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第2章 影太くん前世を知る

ファンタスマゴリア(9)

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「貴方、物心がついた時にはもう大人たちから手を出されていたのよね。たぶんそれは部族の儀式や風習みたいなもので、それが貴方の役割だったんでしょうけど」
「貴方にとって性行為は仕事であって、苦痛でしかなかった。ずっと耐えて来たのね」
 淡々と語る二つの声にエコーが効いている。魂の奥底へ触れるような魔術的な効果で、脳にぐらぐらと響いた。聞いてる俺まで影響を受けてるし、人間の耳でこれだと猫耳のアチェにはかなりキツいんじゃ……
 羽織の裾を握り締めたアチェは耳を伏せてうつむいたまま眉を寄せていた。生まれた環境も文化も違うから俺にはアチェを哀れむことはできないけど、気分のいい話ではなかった。その上でマレさんとのぞみが行なう精神的な揺さぶりに対しても不快を感じる。何でこんなことを……?

「技術があって得意なのかもしれないけど、好きじゃないことを頑張る必要はないのよ?」
「愛し合う方法はほかにもあるはずでしょう? 貴方が望むのなら、スゥの体は元に戻してあげるわ」
 スゥを元に戻したいから、アチェの心をえぐったの? そんなことしないで無理やり元に戻せばいいのにって思うけど、本人の同意が必要なのかな。改造の発端はスゥがアチェから強い影響を受けてのことだし、影響元のアチェから覆す必要がある……とか?
「今のままでいい。スゥとは気持ちよくできてるから問題ないよ」
 アチェはそう言って二人に打ち明ける。確かに性行為は嫌いだった。生きるために耐えてきた。けれどもスゥと出会って自分からしたいと望んだこと、スゥとの行為を気持ちよく感じたこと、今も自分はスゥとしたいと思っていることを。自分を与えたいという胸に沸くこの気持ちは、スゥを愛することではないのかと。
 提案を払い除けたアチェを応援したくなる。アチェがスゥをけがしたのはたしかだけど、二人の行動が腑に落ちない……

「オルクとイーラが貴方の体を心配しているわ。スゥとの行為が普通じゃないのは貴方も気付いているはずよ」
「私が作った障害に貴方たち二人がどう取り組むのか知りたいの。なのに貴方は我慢しているだけなのね。行為が務めだと思っているからなの? 貴方は自分でスゥの奴隷に成り下がっているように見えるわ。それが本当に貴方の愛し方?」
 アチェに言葉を返す隙が与えられない。スゥのチンコに施した戒めは、元に戻すことを見越した腹いせだと思う。それを『二人の愛への試練』みたいに言い換えるのは何かズルい。肉欲から引き離したいというマレさんとのぞみの内心を意地悪く感じてしまうのは、俺の偏見なのかな……

「スゥが頭の中をのぞけることは知っているでしょう? 貴方がスゥの気にいる技巧を模索して、過去の行為を思い出しているのをスゥはどんな風に感じていると思う?」
「失神するまで貴方を離さないのは、貴方が我慢して嫌がらないのもあるし、貴方の記憶にスゥがいら立っているからなのよ。そしてそうやって貴方をいじめてる自分にも苛立ってるわ。スゥはどうやって貴方を愛せばいいのかわからなくなってる」
「だから一緒に考えてあげてほしいのよアチェ。考えないで我慢を選ぶのは私にはただの怠慢に見えるの。だって貴方が我慢すればするほどスゥは苦しむのよ?」
「これは老婆心からの提案だわ。貴方の仕事は『スゥと一緒に愛を育むこと』にしたらどうかって。もう一度言うけど、それは命令じゃないわ。提案なの」
「私たちには貴方の身分や肩書きなんて関係ない。種族も関係ないの。貴方は最初から貴方のものだもの。貴方に命令できるのはこの世で唯一貴方だけよ」

 変な音響効果で心を揺さぶるから疑ってしまったけど、マレさんとのぞみはアチェとスゥの関係を普通に心配しているみたいだった。環境が作り出したアチェの価値観や思考回路は、ぬくぬく平和に育った俺とはぜんぜん違う。だからあんなひどい精神攻撃を使ったのかも。
 スゥのことも俺は誤解していた。エッチの気持ちよさを知ったばかりでしつこいのかと思っていたら、そういうことだったのか……。スゥのあの苛立ちは、双子だけが原因じゃなかったんだ。頭の中が見えるって、本当に厄介だ……

「貴方と出会うまでスゥは私以外の他人とほとんど関わってこなかったの。他人は嘘ばかりつくから嫌いなんですって。頭の中と口から出る言葉が違うことが理解できないのね。スゥは本心を隠されるのを嫌がるの」
「だからアチェ、嫌な時は嫌ってちゃんと伝えてあげてね。貴方はもっと正直になっていいのよ。双子と貴方の命は私が守りましょう。力の弱い貴方たちの身の安全は私が保証するわ。私もスゥも完璧な《星》じゃないのよ。一緒に考えて建設的に歩んで行きたいの」
「私たちは貴方たちと対等でいたいと思っているわ。私は貴方という《星》をできる限り尊重する。私たちをもっと信用してほしいの。きちんと《家族》になりましょう」

 マレさんとのぞみから手を差し出され、アチェは恐る恐るその手を握った。
 彼女の口調は柔らかいけど、見えている物が違いすぎるせいで威圧的にも感じる。アチェは《対等》という言葉をどう受け取ったのかな……

「それから、私の領域を出る時は必ずスゥを一緒に連れて行ってね。隠し事をするのは構わないけど、外は貴方が思うよりずっと危険だわ」
 それは『隠し事などできない』と言われたようなものだった。すべてが見透かされている。今この幻灯を見せられているのは俺なんだと、改めて思いました。震える……

 アチェは二人の手を握ったまま押し黙り、思い立ったように強い眼差まなざしを向けて切り出した。

「《四つ目の魔女》と交渉がしたい」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 場面が変わり、条件反射でポケットから倍速リモコンを取り出す。しかしミョウに取り上げられてしまった。
「ちょっと……返してください。どう考えてもこれエッチシーンじゃないですか!」
「影太君、いい加減アチェから学びましょう。テクニックの一つくらい覚えて帰るべきです。こんなに素晴らしい教材はほかにありませんよ?」
「どう頑張っても俺にあんな動きはできませんッ!」
 ベッドの上の二人を真っ赤になりながら指差す。アチェのその動きは肉体改造からはじめないと無理なやつだった。骨格からして違うし可動域も異なるので絶対に無理です。っていうか……あれ? 映像が動いてる……

「ここはなかなかのスペシャル回ですからね。スゥちゃんの特殊な障害があっての技巧です! さぁ顔を覆ってないで目を凝らしていきましょう!」
 なぜかミョウがここ一番に張り切っている。スペシャル回? 《双子の欠片》以上の情報は初見だってさっき言ってたのにこのシーンは知ってるの?
「マレにあらかじめ幾つかのシーンの選考を頼まれまして。これは私が推したものです。影太君には必要な情報だと思いますよ~」
 本当に……? ところで、エッチシーンなのにガイドブックが沈黙しているのはなぜなの? 実況の収録が面倒くさくなってやめちゃったのかな……
「おや、壊れてしまったんでしょうかね」
 真っ二つに割れているガイドブックを俺とミョウは黙って見つめた。まじですか……
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