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第3章 影太くん前世にも出会う
ちびミョウ先生の教室
しおりを挟む「……という具合にですね、影太君とアチェの人格を融合した場合、どちらかの人格が主体になるわけです。アチェの中に影太君を入れるか、影太君の中にアチェを入れるか、まずそこをお二人には決めていただきたいですね」
白衣の幼いミョウ……ちびミョウがホワイトボードに図を描いて、人格の融合について丁寧な説明をしてくれた。俺とアチェの問題について、ミョウとマレさんはちゃんと考えてくれていました。嘆いてすいません。
それから俺の《器》を診て、今のこの状態についてもミョウは簡単に説明をしてくれた。はっきりとした原因はわからないらしいけど、今の俺は《器》から人格が飛び出ている状態……らしいです。本来《器》に属している人格が、どういうわけか飛び出てしまっているという。そんな風に聞くと『人格』と言うよりも『霊魂』のように感じてしまうけど、アチェと共有する《魂》の投影が『人格』なんだそうです。俺の人格が《器》に戻ろうとしないことが、異世界転移の影響なのか、人格そのものの意思なのかが、ミョウにはわからないと言う。《器》の状態は健康そのものだった。
俺自身が戻りたくないって、無意識に思ってるなんてことがあるの……? このままだと俺はもう二度と、スゥに触れないのに?
テラスに設置された教室みたいなセットの中で、俺たちは席に着いて説明を聞いていた。マレさんとのぞみはセーラー服を着て、アチェは着替えずに来ていたので半袖の制服のままで、スゥは短パンにデカTだった。ペイント弾は時間が経つと色が消えるものだったので、制服は無事です。教壇で説明をしているミョウは、マレさんの武器の試作品に座りながら移動している。ピンク色のその球体は、宙に浮いていた。何でもありなんですね。
「融合はエータ主体で構わないよ♡」
笑顔で即答するアチェに慌てる。そんな簡単に決めないでよ。これから何億年も生きていくかもしれないんだよ?
「別に片方が消えるわけじゃないんでしょ? エータの方がマレに好かれてるし、エータ主体の方が今後も上手くやっていけると思ったんだよ」
アチェなりに考えての意見らしい。でも……俺が主体になったら、幻灯上映会の夜の時みたいな人格になっちゃう気がする……
ウフ♡ とのぞみが笑った。
「そうかもしれないわね。あの時の影ちゃんは、なかなかの冒険者だったわ♡」
やめてください……
「あぁ、スゥのお尻でエッチした時のやつね。危険だから俺はあんな風にしたことなかったけどさ、すごく興奮したよね♡ でも、変に冒険する人格だと困るかもね。尻尾で腕が千切れても治してもらえるなんて、ずいぶん自分に都合よく思い切ってたもんね~」
恥ずかしさにスゥのお腹のあたりに逃げ込んで縮こまる。顔はないけど真っ赤だ。
「ムチューなえーた、すっごくかわいかった♡」
うっとりした声でスゥが身をよじる。恥ずかしさに震える。俺はもう二度とあんなことしたくない……ッ!
「羞恥が邪魔して通常のエータには、興奮どころじゃないんだよねぇ。……なら、俺が主体だとどんな感じになりそう?」
アチェ主体の融合体をぼんやり考えてみる……
「落ち着いた、モラルのあるオネエになるんじゃないの? つまらないわ~」
「影ちゃんの《器》でアチェを再現すると、どうしても体格のせいでそういう方向になっちゃうわよね。クソビッチな動きとか」
「現実的だけど、私の趣味じゃないのよね~」
「何でマレの趣味に合わせて生きなきゃならないのさ。オネエでも何でも俺はいいけど。この《器》は長くて百年くらいなんでしょう? エータはどうなの? オネエな人格になるのは嫌?」
うーん……いろいろと面倒なこともあるかもしれないけど、肝が座ってるアチェの人格が主体の方がいいんじゃないかな。今のアチェには違和感しかないけど、融合したらそういうのはきっと感じないよね。《新世界》の新しい《器》になれば、アチェの仕草も馴染むだろうし……うん、悪くない気がする。
ところであの~……二つの人格をどっちも残す、という選択肢はないんでしょうか? 確かスゥが、このままにしてたら二つの人格がひとつの《器》に確立するって言ってたと思うんですが……それは何かまずいんですか?
融合する流れになってるけど、それが本当に最善なのかなと思ってしまった。それに、融合してあとからやっぱり逆がよかったとなった場合、もう一度切り離せるのかな。
「いったん融合させてしまったら、切り離しは難しいと思います。影太君ともアチェともつかない部分が出てきますからね。そして両方の人格を残す場合ですが、それにはまず影太君とアチェが《器》の交代をできるようにならないといけません。影太君は今の状態が続くと、そのうち存在が途絶えてしまう恐れがあります。やはり《星》として存在を維持するには《器》は必要になってきますので」
え……このままだと俺、消えちゃうの? でも今の俺って、飛び出てるけど頭を使って考えてるし、《器》には属しているんですよね? 《星》の知覚範囲を意識がウロウロしてるだけで、《器》から分離してるわけじゃないと思うけど……
「確かにそうです。しかし常に意識を覚醒し続けることは困難ですよ。《器》での睡眠が行なえない影太君の人格は、情報の再構築と記録ができず、それを抱え続けるようになります。その負荷から電源が切れたように意識が途絶えてしまう、処理落ちのようなことも起こり得るでしょう。消滅するわけではありませんが、『存在している』とは言えない状態になってしまうかと。再び覚醒することが影太君に可能かどうかもわかりませんし、リスクを避けるには融合が一番かと思いますねぇ」
なかなか怖い話だった。
「また、交代が可能になったとして、その《器》ですと影太君の方が優勢になってきますから、今度はアチェの人格が不安定になる可能性もあります。逆に《新世界》の《器》ですと、アチェが優勢になるかと……まぁそれについては《器》を二種類用意すれば、問題ないかもしれませんねぇ」
「何か暗示を行なうのはどう? 切り替えスイッチみたいな……暗示とリンクさせた本物のスイッチでリモコンを作ったら楽しいわね♡」
セーラー服のマレさんが挙手をしながら発言する。教室のノリなんだと思う。
「私は融合より二つの人格を推すわ。二心同体なんてロマンの塊じゃない!」
のぞみが何かの変身ポーズをとって、歌を口ずさんでいる。漫画やアニメみたいな面白さを、俺の人生に求めないでほしいです。中身が入れ替わっても外見は変わらないですし。
「でもよく考えてみて、影ちゃん。この先スゥと一緒にすご~く長い時間を生きるでしょう?」
マレさんが真剣な表情でアチェを見つめた。俺を見てるのかもしれない。
「あまり気にしてなかったけど、私たちと仕様が異なる影ちゃんの場合、正気を保てなくなっちゃったりしないかな~と思って」
「自分の中に会話ができる相棒がいた方が、気が楽かもしれないわよ?」
確かに。言われて不安になる。
不老不死で気が狂うという物語は見聞きするし。でもそれって、ひとりぼっちの場合じゃないのかな。パートナーや同族がいれば、それなりに楽しくやっている気もする。俺が見聞きするのも結局フィクションだから、現実となるとわからないけど……いやそもそも不老不死ではないので、気は狂わないよね。気が狂う原因は、どう足掻いても訪れない『死』にあると思います。
「でもエータ、マレたちの中で俺とエータだけが近い種族だし……あ、今は同じ《器》で同種族だったね、とにかくさ、話しができる状態にあった方が確かに都合がいいかもしれないよ? 《新世界》で暮らすようになれば、俺たちの立場ってすごく弱いと思うし。《魂》そのものをぜんぶ任せてる状態なんだからね」
うーん……確かにそうだ。《新世界》が自分たちにとって都合のいい場所であるとは限らない。マレさんやミョウに守られているからって、安心していいの? ヒュルとかネムとかスペックの異なる人たちの中で、長い時間を生きていくんだよね。弱い人間種の俺は、彼らの作る流れに身を任せるしかない。でもそこにアチェがいたら………いや、いても状況は何も変わらなくないですか? 励まし合うの? 一人よりはマシなのかな……
「ねぇえーた、エッチはどうするの?」
………。はい、やっぱり融合ですね!
応援ありがとうございます!
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