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第3章 影太くん前世にも出会う

影太くんの存在

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 体毛についての不満をさんざん語ったあとに、エータの射精後の眠気や倦怠感が気になったから元吉げんきちに話してみたんだけど、ドン引きされちゃったよ。元吉はどうも、ノゾムを通してマレが俺たちの会話を聞いてるのを意識しちゃってるみたい。仕方ないから学校の帰りに本屋へ立ち寄って、チロに話を聞いてもらった。そこで俺はやっと人間種の雄の《賢者タイム》なるものを知って、さらにちょっとした技まで教えてもらっちゃう。さすがチロだね♡
 俺の性知識って獣人種のものだけど、それもエータの引き継いだ記憶しかないから現役時代の技術もないし、基本的な知識もふわふわしてる。スゥの記憶の中の行為から思い出せることもあるけど、この体に快感を与えるのはなかなか難しそう。

 俺の中の過去の記憶って、エータが幻灯で見た視覚的な情報の他に、ソウルリンクの時の情報でできてるみたい。エータ自身はその辺をバラバラに引き継いでるのか、俺の記憶や知識を引っ張り出すことができないみたいだった。出産の時の記憶とか、俺しか引き出せなかったし。
 《双子の欠片》もそうだけど、スゥたちにとっては触れるだけで知ることのできる情報も、幻灯上映会みたいに整理して映し出してもらわないと、エータには解読できないのかもね。乱雑な情報の塊から俺が記憶を引き出せるのは、オリジナルの復元だからなのかも。
 それに比べて俺がエータの記憶を普通に引っ張り出せるのは、この《器》がエータのものだからだと思う。俺が覚醒するまでの記憶情報だけはそのまま俺の領域にも複製してるから、過去のエータを知ることは本人と同じレベルでできちゃうんだよね。

 ん~……エータの真似して頭使ったら疲れたよ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 家に帰るとリビングのソファで、エータのお母さんが休んでいた。膝の上には小さなイタチ姿のコロモが丸まってて、お母さんはコロモを無心でナデナデしてる。コロモは気持ちよさそうにぐっすり眠っていた。うわっ……となる。これってアニマルセラピー的なやつなのかな。心身疲れ切ってる様子に胸がめちゃくちゃ痛い。
 コロモの卵はミョウのところなのかな。妊娠には興味があったくせに、妊娠中も出産後も卵に対してコロモはあまり関心がないみたいだった。放置された卵が気になる。抱卵しなくていいの……?

「お帰りなさい、アチェさんとノゾム君」
 帰宅した俺とノゾムにお母さんが微笑んでくれた。きっと俺の顔を見て、エータを思い出しちゃったんだと思う。微かな笑顔はすぐに消えてしまった。ズーンと胸が重くなる。つ……つら……
 ノゾムが「奥様、お手伝いを」と声をかけるけど、「大丈夫よ」とお母さんは首を振る。俺は隣に座ってお母さんの膝に手を乗せた。
「あ……あのねエータのお母さん、ちゃんとこのおうちにエータを返すからね。必ず、ちゃんと……ッ!」
 俺がお母さんを安心させなくちゃ……! いい加減なことを言ってるのはわかるけど、ほかに何て声をかければいいのかわからないし。お母さんにとっては、俺の存在だって憎らしいかもしれない……

「そんな他人行儀にならないでいいのよ、アチェさん」
 お母さんが俺を見て笑ってくれた。俺に笑顔を向けてくれるの? 泣きそうになる。俺の享年はお母さんより若かった気がするんだよね。地球時間に換算しないとはっきりわからないけども。エータの十六年間の記憶も持ってるから、本当に自分の親みたいに錯覚しちゃうよ……
「アチェさんだって、目覚めたばかりでこんなことになって大変でしょう? お互いよくわからないことばかりで困っちゃうわよね。アチェさんはその……影太の前世で、こことは別の世界にいた、影太とは違う人格ってことよね。多重人格とかよくわからないけど、精神障害とも違うんでしょう? なら、影太のお姉……お兄さんみたいな感じかしら。ここは自分の家だと思ってちょうだいね。……スゥちゃんと一緒に、影太を幸せにしてあげて」
 お母さんはそう言ってうつむいてしまった。ふ……複雑だよね~……。スゥとエータ、二人の幸せじゃなくて、俺も含めた幸せを望むとか、もうホント、複雑な気分だよね……

「私ね、さちって名前なの。旧姓は山森でね、山森幸やまもりさち………幸せいっぱいの名前よね。臼井家に嫁いだのがいけなかったのかしら。フフフ……冗談よ」
 お……お母さん?
「もともと影太の《魂》はアチェさんだったのよね。転生してアチェさんが戻るまでの間を繋いだのが影太で、アチェさんが目覚めた今、影太は不要な存在になっちゃうんじゃないの? だからこんなことに……」
 両手で顔を覆ったお母さんに驚いてしまう。エータも同じことを言っていたから。そういう見方もあるのかなってくらいにしか思ってなかったけど、それが自然な流れってこと? でも、そんなの俺は………俺はやだよ。

「あのね、お母さん……俺には両親の記憶がないし、あったとしても楽しい思い出じゃなかったと思う。だから自分の《魂》がこんな素敵な場所に転生できてすごく幸せだよ。でもね、だからってエータからそれを奪うつもりはないよ。エータは俺の最期に希望を与えてくれた、大切な存在なんだ。だから俺も、エータの幸せとエータの人格の維持を心から望んでるよ。絶対にエータをこの《器》に戻すからね。ここまであり得ないことばかりだったんだから、絶対できるよ。だってほら、マレやミョウがいるからね。大丈夫さ!」
「そうよね……マレさんやミョウさんならきっと……」
 俺の肩に顔をつけて泣きはじめてしまったので、ギュッと抱き締めた。お母さん……
 エータぁ~、早く戻って来てよぉ~ッ!!

 よしよしとお母さんの背中を撫でていたら、コロモが起きて台所に向かった。その先を見ると、スゥが部屋の前でじっとこちらを見ている。この状況だしヤキモチかなと警戒したけど、スゥもしょんぼりしていた。その表情に少し驚いて、でもホッとする。そして嬉しくなった。
 スゥはエータを愛したことで、大きく成長したと思う。前世の俺との間に子供は望まなかったけど、エータの成長を見てきたことで、スゥの中に母性的な愛情が芽生えているのかもしれない。エータと一緒にスゥも成長したんだね。エータのお母さんの気持ちを、俺以外の《星》の気持ちを、少しでも理解しようと努めてくれたらいいな……
 スゥのためにも、エータを失うわけにはいかないね。

 言ったら怒られそうだけど、最悪俺は消えてもいいって思ってる。だって一回人生終わった身だし、今はボーナスタイムみたいなものだから。どうにかしてエータを元に戻して、スゥを納得させなきゃ……



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「アチェ、マレのとこいくの?」
「うん。スゥはエータのお母さんと話しててくれる? スゥがどのくらいエータを大事に思ってるのか、ちゃんとお母さんに教えてあげてよ。俺のためにエータは生まれたんじゃないって、ちゃんと理解してもらってね」
 スゥにお母さんの相手を任せて、俺はマレの家に向かった。小さなイタチ姿のまま、コロモがチョロチョロと横をついてくる。


 キッチンの扉からお屋敷に入った。ここは前世で過ごしたあの石造りのお屋敷によく似ている。テラスや大浴場はなかったけど、真夜中のお茶会に呼ばれた部屋と同じ場所に、今世もマレの部屋があった。
 扉をノックすると、先に戻っていたノゾムが出迎えてくれた。中に入るとぶかぶかの白衣姿の小さなミョウが、「よちよ~ち」と卵をあやしていた。抱っこ紐で大きな卵を抱えて、ガラガラを振って聴かせている。それは孵化ふかしてからやるものじゃないの……?

「いらっしゃいアチェ」
「お勤めご苦労様♡」
 背もたれの大きな椅子に腰をかけた二人のマレが、丸テーブルの手前の席を俺に勧めた。
 コロモは人型になると小さなミョウに抱きついて、頬にチュッチュとキスをしている。卵が潰されそうだけど、あの二人はあの二人でそれなりにちゃんと愛を育んでいるのかも。ミョウが卵を大事に抱えているのを見て安心した。

「ねぇマレ、エータは俺が復元したから消えかかってるの?」
「まぁ腰をおかけください」
 二人のマレの間の席に、小さなミョウを卵ごと抱きかかえたコロモがぴょんと飛び乗るように座った。ノゾムに席を引かれて俺も座る。制服から黒のフォーマルに着替えたノゾムが、俺たちにお茶とお菓子を運んできた。
「それは影ちゃんと影ちゃんのお母さんの考えよね」
「影ちゃんが深くそう思い込めば、そうなってしまう可能性もあるわ」
 どういうこと? エータが思い込むと、現実になるの?
「影太君にそうした特殊スキルがあるということではありません。つまり、可能性を現実に引き寄せてしまうこともある、というお話です。強い思い込みによる自己暗示のようなものですね。恐れている方向へ自ら進んでしまう。無意識に悪いものを選択してしまう。すべては己で選択し、つかみ取った結果です。なので、我々は違うと思っています」
 ミョウの前に出されたお茶とお菓子を、コロモが遠慮なくモシャモシャ食べている。食べカスがミョウの頭にぼろぼろと落ちた。
 マレとミョウの落ち着きように、俺は苛立ちを覚える。

「じゃあ原因は何なの? そろそろヒントか解決方法を教えてよ! こんなのエータのお母さんが可哀想でしょう?! スゥだって悲しんでるのに……どうしてあんたたちはニコニコしていられるのさ!!」
 マレはいつだって全部知っていた。だから今回だって、どうすればいいのかわかってるはずだ。どうして意地悪をするの? エータは俺と違って何も悪いことしてないよね?!
「もったいぶってるわけじゃないのよアチェ」
「本当にわからないから、私もミョウも何もできないでいるのよ」
 困ったようにそう言われて、勢いで立ち上がっていた俺は放心して席に座った。ウソでしょ……マレにも原因がわからないの?

「影太君の人格が消失しているのか、あるいはどこかに見えない状態にあるのかはわかりませんが、前回と同じなら、どこかに存在しているのではないかと思いますねぇ」
 ミョウが食べようと手に取ったクッキーを、コロモが指ごとパクッと食べてしまう。
 え……じゃあ、エータはどこかに隠れてるってこと……?
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