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#27.覚醒
しおりを挟むタケルが特別室に移って以降、青樹は同じ部屋に寝泊まりし、ずっと傍に付き添っていた。
そして、いつも言葉をかけ続けた。
「タケル……貴水彰という人と何があった? おまえの両肩にある傷は、その人がつけたのか?」
タケルの身体を拭きながら、青樹は日々薄くなっていく肩の傷痕を見る度に訝しんでいた。
事故とは無関係と思われる爪痕のようなその傷は、貴水千鶴の話から推察するに、青樹の脳裏に一つのイメージを描かせた。その傷の意味、爪痕の理由は……。
「どんな時だろうと、俺はおまえを傷つけたりしない」
一時といえどもタケルを奪い、瀕死の重傷を負わせた貴水彰という人物。彼がタケルに何をしたかは、もう問うまい。既に彼はこの世にいない。何より、彼の妹・貴水千鶴のためにこそ、許し難い思いは鎮めて然るべきだと青樹は諦念した。気丈で、立派な妹に免じて。
「タケル、おまえは帰って来てくれた。生きてさえいてくれればいい。そのことだけで感謝する。ありがとう、タケル、おまえは俺の元に帰って来た。傷つきながら……どうしておまえは、いつもそう傷だらけで帰って来るんだ? おまえが傷つくと、俺は生きた心地がしない。でも、タケル……タケル……帰って来てくれて、ありがとう。……愛してる」
蒼ざめて眠るタケルに、青樹は心からの愛を告げる。
そして、夢の子守唄を歌う。
但し、眠りのためならず、目覚めよと歌う。覚醒を促す願いのもとに。
忌夢として厭うはずの子守唄を。
囁くように、語りかけるように、御魂に届けるように。
渾身の愛を込めて。
そして、奇跡は起こる。
タケルの瞼が、微かに動いた。
やがて、濃いブルーの瞳が、光を湛えて現われた。
「……兄さん」
* * *
タケルが意識を取り戻したことを知り、千鶴はその後、何度も彼を見舞った。
そうするうちに青樹やその両親とも懇意になり、さらには宇都宮とも知り合い、彼の個展に足を運ぶことになった。
初めて宇都宮崇の作品に触れ、千鶴は内面世界の原風景を一変させるほどの感動と興奮に包まれた。
就中、激しく魂を揺さぶられたのは、最新作の『エクスタシーの燃えさし』と『ララバイ』だった。
今まさに恋人との情事を終えたばかりのような美青年が気怠く横たわり、朝の光に裸身を晒している。その肌を愛撫するように彩る光と影が、硬質な肉体の官能的な夜の躍動を想起させる。モデルは、降谷青樹である。
現代に甦る麗しきエロスの神。解説にそう記されていた。
そして、聞こえて来る、ララバイ。
岸壁に佇む金髪の美女は青樹の霊界の姿。彼女が口ずさむのは心蕩かす子守唄。
千鶴はその二つの作品の前に跪いた。立っていることさえ困難なほど強いインパクトだった。その衝撃は、彼女を更なる覚醒へと導いた。
「青樹さん……確かに、兄があなたに敵うわけがない」
それはまた、彰の慟哭そのものだった。千鶴の身体に流れる彰と同じ血が、降谷青樹に完全に敗北したことを認めた。
それからというもの、千鶴は魅入られたように、連日、宇都宮崇の個展に通い詰め、終日その作品と共に過ごした。それは期間終了まで続けられた。
つづく
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