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第2章
あまのじゃくは目をつむる
しおりを挟む土曜日と日曜日は学校や仕事が休みの市民が多く訪れる為、図書館員は平日よりも忙しなく働くことになる。日曜日である本日も例外なく、アミナは目を回しながら返却された本を元に戻す作業に追われていた。
同じく本を戻しているシオンとすれ違う。アミナと同じシャンプーの香りの中にほのかに彼の匂いを感じる。
シオンは日だまりの匂いがする。
アミナはシオンに婚約者がいると知ってから、なぜだか気分が沈んでいる。会話はいつも通り笑顔でいるようにして、普段通り接することができていると思うのだが。ふいに婚約者の存在に胸が苦しくなる。
背中にシオンの気配を感じた。背中合わせで二人は本棚に向かう。
「あんた最近おかしない?」
「え?.....そ、そんなこと、ないよ」
シオンはアミナの小さな変化に気がついていた。本棚から振り返り、彼女の丸い後頭部にやいやいと話しかける。
「いやマジでおかしいで!話しとる時とか変な笑い方するやん!」
アミナがムッと眉をしかめてシオンに体を向けた。
「へ、変って!ひど」
「楽しないなら笑うなや!」
アミナは唇を引き結んで視線を下げた。
だって、どうしたらいいか分からないんだもの。
どうしてこんなにもやもやするのか分からない。
シオンにだってどう説明したらいいのか分からない。
だから、気を使わせないようになるべく笑顔でいようって....。なのに...!
「言いたいことあんなら言えや!」
シオンは片腕をアミナの背後にある本棚に押し付け、彼女を覆うような姿になった。アミナを覗き込むように顔を近づける強い視線から逃げたくて少女は顔を背ける。細くて柔らかい顎をシオンがガッと掴み、無理矢理視線を合わせる。アミナの唇がタコのように前に突き出された。
「ひゃ、ひゃめてよう...!」
アミナは恥ずかしさで本当のタコのように真っ赤になった。
「何考えとるか言うたら放したる」
鋭い目付きで睨み付けるシオンは街外れにいる柄の悪い輩達のようで、アミナは蛇に睨まれた蛙のように竦み上がる。
「女の子になにしてるのよ!」
「あ?」
いつからいたのか、リナリアが腰に両手を当ててシオンを人形のような大きな瞳で睨み付けていた。
シオンが鬱陶しそうにリナリアを追い払おうとシッシッと手の甲を振る。
「なんやねんあんた。邪魔や。どっか行け」
「そこの本を取りたいの。あなた図書館職員なんでしょ?利用者様優先が当たり前よ。ほらどいて!」
「ぬっ!?」
リナリアは手加減なしにシオンの肩を横から押し出し、アミナを解放させた。
「女の子を脅すなんて最低!」
「な、なんやねんあんた!俺はアミナと話し」
「仕事しなさいよ!給料もらってるんでしょ!?」
コロコロと舌の回るリナリアにアミナは尊敬の眼差しを向ける。それと同時に、また会いたいと思っていた少女に会うことができてアミナの胸が踊る。
「あなた達」
冷たい冷気とともにアイリスがぬっと本棚から姿を表した。綺麗な顔が怒りでゆがんでいる。アミナとシオンは風よりも速い動きで姿勢を正した。二人は青ざめている。
「仕事中よ」
「「は、はい!!」」
一言だけですべてを理解した二人はぱっと持ち場に戻った。その様子をぽかんと見ていたリナリアは慌ててアミナの後を追う。
「あ、ちょっと!アミナ...だったわよね?」
「う、うん!」
リナリアに話しかけられ、笑顔を浮かべたアミナは「そうだ!ちょっと渡したいものあるの」と何かを思いだしたようでいそいそと奥の本棚に向かって行き、やがて早歩きでリアリアのいる場所まで戻ってきた。
きょとんとしたリナリアにアミナが差し出す。
「こっ、この本、この前来たときに、借りていかなかったでしょう?リナリアが帰った後すぐに借りた人がいたんだけど、け、今朝、ちょうど返却されたの。....よ、よかったら、どうぞ....」
リナリアが来たことが嬉しくてはしゃぐアミナの勢いは本を見つめたまま何も言わないリナリアに気がついて徐々に弱まる。
.....余計なこと、したかな?これって、おしつけ?
瞳をぐるぐると回し、「えっと....あ、えと....」じっとりとした汗がアミナのこめかみを流れる。頭が熱くなり、差し出した本を引っ込めようとした時、リナリアの手がそれを阻んだ。自分と反対側に添えられた手を辿ると、リナリアがこちらをじっと見ていた。金色の睫毛に縁取られた目尻がふっと優しくなる。
「ありがとう。実は借りれなくて後悔していたの」
リナリアの笑顔にアミナもほっとしたように笑った。
「.....よ、よかった。...えへ、へへへ...」
照れたように笑うアミナの後ろを通りながらシオンが「なんやそのきしょい笑いかた」とツッコミを入れた。本を積んだ木製のカートを押して歩くシオンの後ろ姿を見て顎に手をやり少し考えたリナリアは、アミナに向き直ると「あの」と切り出した。
「仕事終わった後とか、少し時間ある?頼みたいことがあるの....」
アミナは首を傾げながら頷いた。
夕方、仕事が終わったアミナは図書館の裏にある木製のベンチにリナリアと並んで座っていた。太陽が姿を表している時間も日に日に長くなっていき、そのうち雨が降り続け、気がついたら夏になっているのだろう。生成色のロングシャツから伸びる腕に包み込むような優しい風を感じてアミナは季節の移り変わりにそっと思いを馳せた。隣に座るリナリアは「....もうだいぶ、暖かくなってきたわよね」と図書館の敷地に植えられた葉桜になろうとしている木々を見て微笑んだ。
「あのね、頼みたいことがあって...」
「うん!私にできることならなんでも言って!」
同年代の女の子と二人でお喋りしている事実に舞い上がっているアミナは両手を握って身を乗り出した。リナリアは「そういうのは、ちゃんと話を聞いてから言った方がいいわよ」と苦笑した。金色の睫毛が夕陽に透けて薄い緑の瞳にきらきらと反射する。
きれい。
アミナは吸い込まれるように見惚れた。
「あのね」
薄くて形の良い唇が言いにくそうに開かれる。
「シオンっているわよね?さっきの騒がしい男の子。私の友達がその子に一目惚れしたみたいで.....。会いたいって言ってるの。協力してくれない?」
「........え....?」
固まったアミナにリナリアが両手を合わせて拝むように頭を下げる。
「お願い!会わせるだけでいいの!」
"一目惚れ"
それって、つまり。シオンを好きな人がいるということ?
ざわざわと胸が苦しくなる。
シオンに婚約者がいると分かった時と同じように、嫌なざわめきがアミナを襲った。
「.....友達を、失いたくないのよ...」
瞼を伏せた彼女のその言葉がアミナにはなによりも本心に聴こえた。
友達....。
はじめてシオンと友達になれた時の喜びは忘れられない。シオンを失うことはアミナには考えるのもつらいことだった。友達を失うのを恐れるリナリアの気持ちがアミナにはよく分かる。
「......わかった」
気がついたら口が勝手に動いていた。
リナリアはその言葉に「ありがとう!」と笑顔を浮かべる。しかし、アミナの顔を見て複雑な想いに駆られた。
少女は笑顔なのに今にも泣きそうだった。
「なにかあったのかい?」
ランドンがリナリアに話しかける。リナリアは「.....べつに...」とちっとも進まないフォークを皿にかちりと下ろした。
「パスタ美味しくなかったかな」
「おいしくは....ないけど...」
「すまない」
シングルファーザーのランドンは料理が苦手だ。リナリアが幼い頃から作り続けているというのに、ちっとも上達しない壊滅的な料理音痴だった。
「でも、おいしいわ」
不味いがリナリアはランドンの料理が嫌いではなかった。幼い頃から自分の為だけに作られる料理。
平日は修道院の寮で過ごし、土曜と日曜は実家に帰る。ランドンが今まで作ってきて比較的美味しい方だとリナリアが言った料理を彼はしっかりと覚えていて、実家に帰る度にいつも振る舞ってくれる。
これ以上の幸せなど、きっとない。
料理を前にして申し訳なさそうに眉を下げるランドンに彼女の胸はいつも温かくなる。
「院の生活はどうだい?楽しめているかな?」
「.....ええ。...うまくやれているわ」
「リナリア」
ランドンは娘に語りかけるように笑いかけた。
「うまくやる必要なんかない。君の心はどう感じているんだい?」
「........楽しいわ...」
これ以上この場にいると余計なことが溢れてしまいそうだと判断したリナリアはパスタを勢いよく掻き込んで急いで席を立った。
「ごちそうさま!」
勢いのままに扉を閉め、豊かな髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。
何が不満で何が嫌なのか。
それを口にしてしまったら、もう後戻りができない気がした。
「パパは?」
ダイアナが母の背中に問う。きっちりと纏められた髪に美しいダイヤの粒で装飾された髪飾りを差し込みながらダイアナの母親は忙しなく動き回る。
「会食よ。私もこれから行かなくてはいけないの。まったく、帰ってくるならもっと早く言ってくれないと....。ええと、あのバッグは...。夕食はメイドが用意したものを食べるのよ。じゃあね」
「待ってママ!私、この前のテストでまた一位だったのよ!あの優秀なリナリアよりも上の順位なのよ!」
バタン。
バッグを片手に慌てて家を出ていった母親にダイアナの瞳は陰る。
「.....ちょっとはこっち見てよ....」
母親譲りのきつい目尻には寂しさが滲んでいた。
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