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第2章
指針はきらめく星へ
しおりを挟む「んんー...!」
言望葉の特訓でいきんで真っ赤になるアミナにシオンがダイニングテーブルで本を開きながらプッと吹き出した。
「なんやウンコでもしたいんか?」
「シオン、最低!!」
「おわっ!?切れすぎやろ!!」
品のないシオンの無神経な発言にアミナは目に涙を浮かべ、両手を握りしめて怒った。特訓に付き合っていたアイリスがそれに加勢する。
「シオン....あなたそのお下品な言葉選びなんとかしなさい」
「はぁー!?俺のどこが下品やっちゅーねん!だいたいアミナがいつまでもでけへんのがいけないんやろ!」
「それとこれとは話が別よ」
ピシャリとシオンの言葉を封じるアイリスに彼は「ふん!俺は下品ちゃうし!」とそっぽを向いてしまった。
アミナはしょんぼりと自身の両手を見つめる。
「どうしたら...言身が出るんだろう......?」
「だーかーら、自己肯定しろって」
突如リビングに響いた少しハスキーな自信の込められた声にアミナとシオンが驚いて目を丸くする。
風呂上がりのリーフがその声の主の後ろからひょっこりと顔を出し、「おや。いらっしゃい」と微笑んだ。
「勤勉でなによりだアストライア候補生。私が直々に見てやろう」
「オリビアさん.....」
アストライアの団員で聖の言望葉使いであるオリビアは片眉を上げ美しく笑った。
「あの、オリビアさん....」
「なんだ?さっさと自己肯定して言身出せ」
テレビの前のソファーに長い足を組んで座ったオリビアは背もたれに肘をついて手をぷらぷらと振る。
その様子を見ていたアイリスは「........前から思っていたけど」とちらりとシオンを見る。
「なんやねん」
「あなたとオリビアって、似てるわよね」
シオンがショックを受けたように眉をしかめて目を大きく開く。
「はあぁぁあぁ!?なに言うとんねん!どこが似とるんや!あんな自己中なおばはんと、この俺が!」
「似てるわよ。まさにその自己中心的な所とか。...ああ、アミナに強引なところも似てるわ」
「んな!?」
それこそ心外だとばかりにシオンは吠えた。
「俺はあんな強引にアミナを振り回したりしてへん!」
「そうかしら?」
「そうや!!」
ぷりぷりと怒るシオンにアイリスはどこ吹く風で、すっと視線をアミナとオリビアに向けた。
実力があるにも関わらず、アストライアの幹部になっていないのは、オリビアがあまりにも自由な行動ばかりをするので管理職に向いていないと上層部が判断した為である。
アストライアはきっちりと団員を管理していて、どの戦場に向かうかも上の命令通りに従わなくてはならない。何かあればどんな些細なことであろうと、必ず上層部に報告をすることが義務づけられているのだが、オリビアはほとんど野放し状態と言っても相違ないだろう。
行きたい所に戦いに向かい、行きたくない所には頑として行かない。報告も気が向いたらするし、面倒ならしない。奔放すぎて実力のある厄介な彼女を上層部が管理することを諦め匙を投げたのだ。
彼女がここまで自由に行動することが許されているのは、その類いまれなる才能と実力を舵取りのできる器のある者がアストライアにいないからだ。
そして、彼女の一応上司となる人物もまたアストライアでは特異な存在だからだろう。
変な上司に変な部下。
それに常識人であるがゆえに振り回されるかわいそうなディーノ。
そこにアイリスも加われと少年のような瞳をきらきらと輝かせて誘うオリビア。
考えるだけで恐ろしい。
アイリスは首を振り、アミナとオリビアの特訓に意識を集中させた。
「あの、自己肯定って、なんでしょう...?言葉の意味はなんとなく分かるんですけど、実際、どうしたらいいんですか...?」
「そこからか。ふむ。そうだな」
オリビアは自身を親指で指し、腰に手を当てた。
「私は優秀だ」
「あ、はい」
「私は美しい」
「は、そうですね」
「私は頭が切れる。最高な女だ。いや、人類史上最高だ」
「はぁ...そうですね」
アミナがぽかんとしながらも素直に頷くのを当然とばかりにオリビアは「うむ」と受け取る。
「つまり、こういうことだ」
「どういうことやねん」
すかさずシオンがつっこみを入れた。オリビアは彼に顔を向ける。
「少年」
「あ?」
「お前は自分のことをどう思う?」
「俺?」
シオンは腕を組んで顎を反らす。口角を上げた唇から牙が覗いた。
「俺は誇り高い竜の生まれやから、そら力も強い。もとから火の加護を受けとる竜族は火を扱うことができるけど、人型になって言望葉を介して火を使える奴はそうおらん!つまり、俺は才能に恵まれた男!しかも、男気も忍耐力もあるし、顔もええ!!こんなにようできた男は竜族の中でも...いやこの世界中どこ探しても俺だけ」
「こういうことだ。自分を肯定するってことは」
「おい!!!今から締めに入るところやったんやで!」
「長いしくどい」
途中でバッサリと切られたシオンは憤慨する。オリビアは「つまり」と自分より背の低いアミナを見下ろす。
「根拠がなくても自分で自分を信じられることだ」
「根拠?........?」
「シオン、あまり考えるのはやめなさい。深く追求しなくていいわよ」
首を傾げるシオンの頭をアイリスは撫で、なるほどね、と小さく瞬きをした。
「言望葉は言葉を介して力に代える。言葉の源となる心が不安定だとそれは比例して弱い力しか産み出せない。ましてや、自分の力を信じられないということは....」
「そう」
アイリスの考察にオリビアは頷く。
「自分を信じられないということは、言望葉に代える力自体がゼロということだ」
「.....自分を信じる....?」
アミナはぼんやりと自身の足元に視線を落とした。お気に入りの革のショートブーツの爪先が照明に反射してぴかりと光る。
あの時、初めて言身が出せた時、私が信じたのは....。
「自分を信じられへんなら、あんたを信じてる俺を信じろ!!」
「......あの時は、シオンが私を信じてくれるならきっとできるって思ったんです....」
「それではだめだ」
オリビアの強い意思の篭る声が耳を通して心を揺らす。
「それでは戦えない」
きゅう、と唇を閉ざして瞼を伏せたアミナは「.....どうしたら...」と弱々しく洩らした。
自分を信じるって、なに?
だって私は、なんにもない。
唯一の自慢はシオンが友達なこと。
私はシオンやオリビアさんみたいに自分のことをあんな風に話せない。
「こればっかりはな。人による。成功体験を積むことが自己肯定に繋がる奴もいれば、なんの根拠もなく始めから自分を信じられる奴もいる。だから、自分に合った方法を見つけることだな」
眉を下げ困惑顔の少女にオリビアは「いいか」と続けた。
「自分を信じられるってことは、なんだってできるってことだ」
「なんだって......?」
「そうだ。そのことをお前の母親から教わった」
目を見開いてアミナは美しき聖の言望葉使いをまじまじと見つめた。
「母様、に?」
「ああ。あの人ならきっとお前にこう言うだろう」
「どんな人間も、幸福を願う権利がある」
アミナの頬に涙がぽろりと伝った。
城での使用人達の嘲りの視線、言葉。
実の父親に捨てられたこと。
それらは彼女の心の奥の奥で小さな傷となり、治す術も分からぬまま今日まで抱えてきた。
そっと肩に触れる優しい手。リーフが温かな瞳でアミナに微笑んでいた。
過去の傷は確かにある。
けれど、アミナが自分を許せないのは、こんなに温かな人達と共にいるのにふとした時に足を止めて心が過去に戻ってしまうことだった。
それは罪悪感にも似た、確かな己への自己嫌悪。
オリビアとアイリスがリビングを出てから、アミナはぼんやりとソファーに深く沈み込んだ。
その隣ではシオンが鼾をかいてぐっすりと眠っていた。
「飲むか?」
目の前に差し出されたアミナのピンク色のマグカップの先を辿ると、リーフが屈んで微笑んでいた。
「ホットミルクじゃ」
「はちみつ入りの?」
「もちろん」
優しい温度のそれを口に含むとまろやかな甘さにほっと息をつく。
「焦らんでいい」
リーフは皺のきざまれたかさかさの手でアミナの頭をふわりと撫でた。
「ただ、自分が幸せになることを許してあげなさい」
「.........、っ...」
どうしてこの人には分かるんだろう。
実の父親でさえ私の心を知ろうともしなかったのに。
腐ったスープがあたたかいミルクに。
カビの生えたパンがあまいはちみつに。
こんなに幸福でいいのだろうか。
あんなに嫌われてた、何もできない私なのに。
「お主が生きたい道を行きなさい。それはアミナだけのものじゃよ」
後ろを振り返って動けなくなくなってしまいそうな時、元書庫番はいつも彼女の手をとって前へと導くのだ。
「傷さえもいつか愛せるようになる。安心して前に進みなさい」
震える顎で頷いたアミナは、リーフの手に自身の手を重ねる。
まだ幼い柔らかな手を彼は優しく包んだ。
アミナは何度も頷き、涙を流しながら祈るように瞼を閉じた。
勇気がほしい。
自分を好きになれる勇気がほしい。
そう願う勇気を彼女はすでに持っている。
そう思えるのなら、もう前に進めているのだと、リーフは黄緑の瞳を細めて微笑んだ。
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