泣き虫少女と無神経少年

柳 晴日

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第3章

恋のかたち

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 リナリアは驚きの声を上げた。

「行かないんですか!?」

 ザハロフ邸の二階の客室を案内されたが、リナリアはすぐにまた森に向かうつもりでいた。
 しかし、レオはここで一夜を明かすと言ったのだった。

 リナリアの瞳には明らかな非難が込められていた。

「.....どうしてですか」

 椅子に腰掛けたレオは顎に手をやり、眉をしかめていた。

「この家には、闇の呪いがかけられている」
「えっ....」
「弱い力だ。微弱すぎて最初に気づくことができなかった」
「....この家に....」

 リナリアは額を指で覆い、恐る恐る瞳を扉へ向けた。

「ミハエルさんか、セラさんが、呪われてるってこと.....?」

 修道院でダイアナが闇の呪いで操られていた時のことを思い出す。
 心が憎しみで染まりきり、鬼の形相になってしまった幼馴染み。
 すべてを闇で覆うその力は暴力的で、恐ろしかった。
 表情を固くしたリナリアに気がついたレオはその肩に手を置いた。

「君は少しでも寝て、体力を温存しておいてくれ」

 アストライアの団員となったからには甘えるな。とでも言いそうなレオは、しかしリナリアの思いに反して優しく微笑んだ。

「大丈夫だ。私がいる」

 彼の中には二人の人格があるのではないか。
 リナリアはなんとなく、そう思った。



 リナリアのいる部屋の扉に結界を張り、廊下に出たレオは音を立てずに一階へと続く階段を降りた。
 主寝室の明かりは消えていた。
 書斎は客がいるというのに不用心にも鍵がかけられていなかった。
 細心の注意を払い扉を開け、中に滑り込む。

 薄青い月明かりを頼りに本棚のファイルを手に取った。
 アルバムだった。
 厚い紙をめくる。おそらくミハエルとセラだろう。幼い二人は肩を寄せ合い、指でピースをつくり笑っていた。
 幼馴染みだったのだろうか。
 今の面影を持つ幼い二人はページをめくるごとに成長し、揃いの指輪を付け微笑み合う写真がアルバムの最後を飾っていた。この写真以降、新しく撮られたものはないようだった。

 アルバムから一枚写真が落ちた。
 屈んで拾い上げると、それは赤ん坊の写真だった。

 赤茶の髪にハニーレモンの瞳。
 母親と同じ色だ。二人の子供だろうか。
 しかし、とレオはアルバムを本棚に戻しながら記憶を手繰り寄せた。
 この家で子供は見ていない。

 レオは顎を撫でた。
 
 腕を組み、本棚を順に見ていく。
 仕事関連の資料やファイルを収めている棚を見つけた。
 手に取り、中を開いた。
 財務諸表か.....。
 最新の記録は今年の六月。昨年の記録と比較すると利益が大幅に上がっているが、その分、チェルミ州の橋や建物の修繕費などで相殺されている。
 一昨年も、その前の年の分も利益は多少の上下はあるが、今年だけ異様な利益をあげている。
 ずいぶんと御粗末な粉飾だ。
 まともに仕事をしている者なら誰でも気がつく。

 レオは小型カメラを懐から取り出し、証拠として不正だらけの書類を記録していった。





 胸のつかえを全て話したクルトは残りのパンも平らげ、ころりと眠ってしまった。
 子供を膝に乗せ、「疲れてたんだね」と笑みを浮かべていたアミナも温かい体温に引きずられ、すうすうと寝息をたてていた。

 白い肌の痣や擦り傷を見つめ、シオンは眉を曇らせた。

「.....無茶しおって」

「君は眠らないのかい?」

 子供が森で落とした麻袋からトマトを取り出し、チーズと一緒に食べていたモーリスがシオンに声をかけた。
 シオンは細めた目を吸血鬼に向け、低く言った。

「今日初めて会うた奴の前で無防備に寝るわけないやろ」
「やあやあ。痛いくらいの鋭い視線だ。威嚇し身を固くし、この世は敵の方が多いと.....あったあった。私にもそんな時が」

 細長い指の左手をかざし、モーリスは薬指に嵌められた銀の指輪を見せた。

「結婚指輪さ」

 シオンはまったく興味を抱かず、欠伸をした。

「結婚指輪とか、人間だけやと思っとったで。吸血鬼もするんやな」

 モーリスは「いいや」と首を傾ける。白い髪がさらりと彼の肩を滑った。

「私は人間の女性と結婚したのさ」

 水を取ろうと延ばされたシオンの手が止まった。 
 じっと自分を見つめる何かを問う瞳に吸血鬼は微笑み、椅子から立ち上がり窓辺に置かれていた写真立てを手に戻る。

「どうせ寝ないのなら、暇潰しに話してあげよう。人間嫌いな吸血鬼と、そんな吸血鬼に愛された人間の女性の....昔話さ」

 テーブルに置かれた写真には大きな口を開けて笑う女とその肩に手を置き、優しく笑うモーリスが写っていた。






「じゃあ、お先に」

 ルカは夜の仕事先であるカフェバーの店長兼友人に声をかけた。
 カウンターの真ん中を陣取っている魚屋が大きな体を向けて不満気に文句を言う。

「もう帰るのかよ?最近早くないか?」
「こいつ図書館で朝飯作ってんだって」
「まあ、臨時でね」

 店長に煙草で示されたルカは楽しそうに頬を緩めた。
 魚屋は目をぱちくりとさせ、涎を垂らした。

「マジ!?俺も食いに行っていい?」
「俺も行きたい。アイリスさん見たい」
「絶対来んな。俺の幸せタイムを邪魔すんな」

「じゃあな」

 軽く手を上げ、帰っていくルカの背中を魚屋は唇を尖らせて見送る。

「お前ほんっとルカ好きだな」
「だって、良い奴じゃん。あの洋食屋であいつが働いてた時からの仲なんだぞ」
「俺だってそうだよ」

 こいつ、と店長は苦笑し、薄く煙を上に吹いた。

「.....ガキの頃からの付き合いだけど、よく考えると全然あいつのこと知らねぇんだよなぁ」
「自分のことあんまり話さないからね。あ、そうだ。グラウンドの整備終わったから使っていいって」
「マジ?っしゃ。んじゃ、またシオン誘ってやっか」
「結構可愛がってるよね」
「生意気なクソガキだよなぁ。でもかわいいんだよなぁ」

 店長は目尻を細め喉の奥で笑った。

「あ、来たよ」

 ドアベルを鳴らし、酒で出来上がった悪友達が千鳥足で来店する。
 その中の一人がふらりと手を上げた。

「おーーーーーう!」
「飲みすぎだよ」
「あれ!?ルカはー!?ルカー!?ルカくーん!今日もいねぇのー!?」
「声でけぇよ」
「いいじゃん別にぃ~!他に客いねぇんだからよぉ」
「閉店時間なんだよ」

 あからさまに溜め息を吐く友人など意にも介さずに、酔っ払いは「ビールね!」と笑顔を見せた。

「まったく」

 慣れた様子でビールを置いた店長は短くなった煙草を灰皿に放り、新しい煙草を咥えた。
 ライターで炙られた先から煙が昇るのを眺めていた魚屋は酔いの回りきった真っ赤な顔で頬杖をついた。

「……アイリスさんってさぁ。ほんとのとこ、どう思ってんだろ…」
「……ああ?」
「だってさぁ。なんか、ずるくない?きちんと返事もしてあげないでさぁ。生殺しだよ。ダメだったらダメで、ルカも次にいけるじゃん」

 駄々をこねる子供のように唇をつき出す魚屋の肩に、頭に鉢巻をした揚げ物屋が腕を回した。

「そうかねぇ!?かなり美味しい状況だと俺ぁ思うけどねぇ!好きな女と一日中一緒に働けんだぜぇ!?最高じゃねーの!」
「うーん……でも、ルカは本当にそれでいいのかなぁ?アイリスさんも、何考えてんだろ」

 ふーっと天井に煙を吹き、店長は淡く光る照明に目を細めた。

「……知らねぇよ。他人の恋愛なんか。………こんな店開いてると色んな恋愛の形が見えてくる。本当に、色んな。だからこれだけは分かるよ。……変化の時ってのは必ず訪れる。変わらない想いなんか、ねぇんだよなぁ」



 ぽつぽつと灯りを落とす街灯に沿って家路を進むルカは、バイクに跨がる男におや、と手を上げた。

「クロノ」

 呼ばれた男は鋭い鷹のような瞳にルカを写した。

「ルカ」
「よ!久しぶりじゃん。こんな所で何やってんの?お姫様の側にいてやんなくていいのかよ?」
「子供の失踪事件を追っている」

 ルカは眉根を深めた。

「……ああ。新聞で読んだぜ。何か進展あったのか?」

 クロノは頷き、バイクのキーを回した。

「手掛かりが掴めた。……こんなに城から離れるのは初めてだが、腕の立つ者を置いてきた」
「あの人はお前にいてほしいんじゃないか?何年もビオラ様の警護を担当してるんだろ?」
「どうかな」

  首の後ろに手を当て、騎士は「あのお方は強い。俺は何年も、側にいることしかできなかった」と自嘲した。

「側にいることしか、……か」

 分かるなー。口角を上げ、夜空を見上げたルカは苦く笑った。

「お側にいることしか出来ないが、そう決めたのは俺だ。後悔はない」

 ヘルメットを被り、エンジンを回されたバイクが夜の町に重低音を響かせた。

「地道に聴き込みをした結果、分かったことがある。子供がいなくなったと思われる日に必ず目撃されていたものがあった。とある州の紋章が刻まれた馬車だ」

「俺はこれからチェルミへ行く。この街で何かあったら、頼んだぞ」

 赤いテールランプの跡を残し、クロノはあっという間に夜へ消えていった。

「……俺を買い被りすぎだよ。……さ、明日の朝飯何にするかなーっと」


 ……後悔はない、か。

 叶うと思えた事は一度もない。
 難攻不落の恋はすっかり自分の一部になっていた。

「俺もさ」

 気をつけろよ。
 かつて自分を鍛えてくれた恩人であり、同士とも言える男にルカは胸の中で呟いた。








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