65 / 76
第3章
君との出会い
しおりを挟む物心ついた頃には、私達吸血鬼が強制的に世界の端に追いやられていることに気がついていた。
人間という生き物は、とても勝手だね。
愚かで、弱く、怠惰で、傲慢。
多数に価値があり、少数には価値がない。
同じような顔、同じような服、同じような笑い方をする彼らは、自分たちに馴染まない存在と気づけば呆れるほど簡単に、そして単純に差別という名の刃を向けるのさ。
吸血鬼もそういった理由で人間から酷く嫌われていてね。まあ、今もだが。
んんー、多少はねえ。こちらも生きなきゃいけないしねえ。
血を拝借することもあったけれど....。でもねえ、八十年前の事は酷すぎた。吸血鬼狩りなんて事が起こってね。
そこで私の仲間はだいぶやられたね。
私はね、なんでか.....生き残ってしまったのだけど。
まあねぇ。運だけは昔から良かったからねえ。
.....こら、君、君。竜族の君。話をちゃんと聞きなさい。
ん?....ああ。そうだね。シオンくん。ではそう呼ばせて頂こう。
ふざけてなんかないさ。
生きているとねえ、運が良かった、としか言い様のない出来事も起こったりするものなのさ。
この世に生まれ、二百年以上経った頃にようやく気がついたのだけれどね。
人間という生き物は、自分より可哀想な存在がいると安心を得ることができるらしいね。
......なんとも寂しい、生き物だろう。
そして、なんとも....眩しい。
その事に気がついたのは、ある出会いがあったからさ。
それまでは人間に対して憎しみや恨みといった感情しか持ち合わせていなかった吸血鬼に、人間を教えてくれた人。
そうだねえ。
この出会いこそ、まさしく。
運が良かった。という事なのだと思うよ。
八十年前。
「なかなか。うん。良い場所じゃないか」
崖の岩棚に腰掛け、眼下に広がる豊かな牧草がささめく景色に頷く。
小さな村だが、人間の数もある程度はいる。
豚や牛、ふむふむ、馬、羊....。
しばらく血を探しに行く必要はなさそうだ。左手には広い森。あそこを拠点にしようか。
「.....ううむ。美味しそうだねえ」
大きく鳴る喉と腹。
シルクハットを齧り、今か今かと夜を待つ。
「まだまだ。駄目だよモーリス。夜になるのを待たないと。人間なんかに見つかってしまったら大変だ。.....ふん。野蛮族め」
最初は動物。何日か置きに一匹ずつ。
おかしいなと奴等が気がついた頃にショーが始まる。
我が同胞達の叫び声と人間達の狂った笑い声が耳の奥で蘇った。
狭い足場なぞ気にもせず、立ち上がり両手を広げる。
「ハーッハッハッ!!人間共よ!愚かにも今のうちに幸福を味わっておくがよい!殺戮ショーが開幕した時のお前達の顔が楽しみだ!グエ!?」
頭に何か重い物が落ち、首が前に九十度倒れた。足は岩棚を離れ、翼で飛ぼうにも何かが乗っていて動かせない。
事態を把握できない私が言えたことはたった一言。
「何が起こったー!?」
叫んでから地上に落ちるのはあっという間だった。強打した場所から爪先まで衝撃が走る。
起き上がると上に乗っていたものが横に転がりおちた。
人間の女、のようだ。
ボロ切れを纏った女の肌は汚れ、くすんだ金の髪はどう鋏を入れたらそうなるのか長さがバラバラだった。
「ずいぶんと汚いねえ。汚い。それに臭い」
顔を斜めにして女を品定めする。
勿論、食料として。
「....痩せているねえ。これじゃあ満足できないよ。しかし顔を見られてしまったし....せっかく良い村を見つけたばかりだしねえ。ううむ。いらないのだけれど....これは難解」
女はぼんやりと口を開けて私を見ている。
あの高さから落ちて怪我の一つもない様子に驚いているのだろうか?
人の上に落ちてきておいて、何も言わないとは。
さすが人間様。ふふ。これは皮肉さ。
そういえば、と膝を折り女に問いかけた。
「君、君。どうして上から落ちてきたんだい?」
女はぼんやりと私の口許を瞳に写す。
「この牙かい?ふふふ。気がついたようだね。そうさ私は吸血鬼。とりあえず君を太らせてから頂くことに決めたよ。そうと決まれば、ほいほいっと」
女を横に抱え、森を目指す。
「今夜さっそく豚を一匹拝借しよう。なあに肉は君にあげるさ。血液だけで、私は十分。十分。ふふふ。吸血鬼というのは、慎ましいだろう?」
変な人間だ。
怯えもしない。悲鳴も上げない。
まあいいさ。その方が好都合だからねえ。
「......なぜ吐くんだい!?」
焚き火の煙が森を昇っていく。
人間ごときに、この、私が、豚肉を細切れにし、火で炙ってやったというのに!!
女の口に肉を押し込んでやると、途端に吐き出した。
「ほら!食べなさい!これでは困るよ。私は美味しい血が飲みたいんだ」
ぐいぐいと木の枝に指した肉を女の頬に押し付けた。
小さな口で齧るが、すぐに蹲り吐き出してしまう。
「ぐぬぬ....!なんだというんだい!豚肉が嫌いだとでも!?人間の分際で贅沢なことを.....!この私が、こんなに手をかけてやったのに!」
怒りに任せて人間の肩を掴み、顔をこちらに向かせた。
「もういい面倒だ!ガリガリの血は大して旨くもないだろうが、私は君らと違って贅沢は言わないのさ!」
牙を剥いて首筋に噛みつこうとした。しかし、女の髪や身体が放つ悪臭に鼻を抑えのけ反った。
「くっっっっさ!!!!」
ツーンと頭が痛くなる刺激臭に涙が出る。
「君!君!なんだってこんなに臭いんだい!?私が今まで血を拝借した人間でここまで匂う者はいなかったよ!」
こんなに臭い人間の血を私が吸う....!?
鳥肌が腕を覆った。
女を抱き上げ、翼で飛び上がり、川に着いた所で落とした。
女は瞳を大きく開き、水飛沫の波紋が広がる川の中で立ち上がった。
「一応感情はあるようだね。ふん」
私も川に降り、女の髪を掴んで手櫛で汚れを濯いでいった。
ハンカチを取り出し、女の頬に付いた垢をこそぎとる。
痛い、とでも言うように眉を寄せ、顔を背けるが、顎を掴んで逃げられないようにした。
「おとなしくしなさい。まったく。あー汚い汚い。こら、隠さないよ。人間の裸なんか見ても何にも感じないのだからね、こっちは。......ほら、これで少しはましに....」
しばらく抵抗していたが、力で敵わないと悟ったのだろう。女はおとなしくされるがままになっていた。
満足のいくまで女の肌を磨き上げ、顔を上げると澄んだ月の光に白い肌が浮かび上がり、彼女の顔が真っ赤に染まっていることに気がついた。
眉をぎゅうっと寄せ、涙を次から次へと溢し、その細い両肩を握りしめた女は、声も出さず、震えていた。
「..........すまない」
なぜか、勝手に謝罪の言葉が唇から流れた。
女は私の唇をまじまじと見つめる。
その瞳から、まるで信じられないとでも言うように、またひとつ涙が溢れた。
0
あなたにおすすめの小説
神楽坂gimmick
涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。
侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり……
若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~
伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華
結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空
幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。
割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。
思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。
二人の結婚生活は一体どうなる?
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。
みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。
同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。
そんなお話です。
以前書いたものを大幅改稿したものです。
フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。
六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。
また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。
丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。
写真の花はリアトリスです。
殺されるのは御免なので、逃げました
まめきち
恋愛
クーデターを起こした雪豹の獣人のシアンに処刑されるのではないかと、元第三皇女のリディアーヌは知り、鷹の獣人ゼンの力を借り逃亡。
リディアーヌはてっきりシアンには嫌われていると思い込んでいたが、
実は小さい頃からリディアーヌ事が好きだったシアン。
そんな事ではリディアーヌ事を諦めるはずもなく。寸前のところでリディアーヌを掠め取られたシアンの追跡がはじまります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる