泣き虫少女と無神経少年

柳 晴日

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第3章

君との出会い

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 物心ついた頃には、私達吸血鬼が強制的に世界の端に追いやられていることに気がついていた。

 人間という生き物は、とても勝手だね。

 愚かで、弱く、怠惰で、傲慢。

 多数に価値があり、少数には価値がない。

 同じような顔、同じような服、同じような笑い方をする彼らは、自分たちに馴染まない存在と気づけば呆れるほど簡単に、そして単純に差別という名の刃を向けるのさ。

 吸血鬼もそういった理由で人間から酷く嫌われていてね。まあ、今もだが。
 んんー、多少はねえ。こちらも生きなきゃいけないしねえ。
 血を拝借することもあったけれど....。でもねえ、八十年前の事は酷すぎた。吸血鬼狩りなんて事が起こってね。
 そこで私の仲間はだいぶやられたね。
 私はね、なんでか.....生き残ってしまったのだけど。

 まあねぇ。運だけは昔から良かったからねえ。
 .....こら、君、君。竜族の君。話をちゃんと聞きなさい。
 ん?....ああ。そうだね。シオンくん。ではそう呼ばせて頂こう。

 ふざけてなんかないさ。
 生きているとねえ、運が良かった、としか言い様のない出来事も起こったりするものなのさ。


 この世に生まれ、二百年以上経った頃にようやく気がついたのだけれどね。
 人間という生き物は、自分より可哀想な存在がいると安心を得ることができるらしいね。
 ......なんとも寂しい、生き物だろう。

 
 そして、なんとも....眩しい。

 その事に気がついたのは、ある出会いがあったからさ。
 それまでは人間に対して憎しみや恨みといった感情しか持ち合わせていなかった吸血鬼に、人間を教えてくれた人。

 そうだねえ。
 この出会いこそ、まさしく。
 運が良かった。という事なのだと思うよ。




 八十年前。


「なかなか。うん。良い場所じゃないか」

 崖の岩棚に腰掛け、眼下に広がる豊かな牧草がささめく景色に頷く。
 小さな村だが、人間の数もある程度はいる。
 豚や牛、ふむふむ、馬、羊....。
 しばらく血を探しに行く必要はなさそうだ。左手には広い森。あそこを拠点にしようか。

「.....ううむ。美味しそうだねえ」

 大きく鳴る喉と腹。
 シルクハットを齧り、今か今かと夜を待つ。

「まだまだ。駄目だよモーリス。夜になるのを待たないと。人間なんかに見つかってしまったら大変だ。.....ふん。野蛮族め」

 最初は動物。何日か置きに一匹ずつ。
 おかしいなと奴等が気がついた頃にショーが始まる。

 我が同胞達の叫び声と人間達の狂った笑い声が耳の奥で蘇った。

 狭い足場なぞ気にもせず、立ち上がり両手を広げる。

「ハーッハッハッ!!人間共よ!愚かにも今のうちに幸福を味わっておくがよい!殺戮ショーが開幕した時のお前達の顔が楽しみだ!グエ!?」

 頭に何か重い物が落ち、首が前に九十度倒れた。足は岩棚を離れ、翼で飛ぼうにも何かが乗っていて動かせない。
 事態を把握できない私が言えたことはたった一言。

「何が起こったー!?」

 叫んでから地上に落ちるのはあっという間だった。強打した場所から爪先まで衝撃が走る。
 起き上がると上に乗っていたものが横に転がりおちた。

 人間の女、のようだ。

 ボロ切れを纏った女の肌は汚れ、くすんだ金の髪はどう鋏を入れたらそうなるのか長さがバラバラだった。

「ずいぶんと汚いねえ。汚い。それに臭い」

 顔を斜めにして女を品定めする。
 勿論、食料として。

「....痩せているねえ。これじゃあ満足できないよ。しかし顔を見られてしまったし....せっかく良い村を見つけたばかりだしねえ。ううむ。いらないのだけれど....これは難解」

 女はぼんやりと口を開けて私を見ている。
 あの高さから落ちて怪我の一つもない様子に驚いているのだろうか?
 人の上に落ちてきておいて、何も言わないとは。 
 さすが人間様。ふふ。これは皮肉さ。
 そういえば、と膝を折り女に問いかけた。

「君、君。どうして上から落ちてきたんだい?」

 女はぼんやりと私の口許を瞳に写す。

「この牙かい?ふふふ。気がついたようだね。そうさ私は吸血鬼。とりあえず君を太らせてから頂くことに決めたよ。そうと決まれば、ほいほいっと」

 女を横に抱え、森を目指す。

「今夜さっそく豚を一匹拝借しよう。なあに肉は君にあげるさ。血液だけで、私は十分。十分。ふふふ。吸血鬼というのは、慎ましいだろう?」

 変な人間だ。
 怯えもしない。悲鳴も上げない。

 まあいいさ。その方が好都合だからねえ。



「......なぜ吐くんだい!?」

 焚き火の煙が森を昇っていく。

 人間ごときに、この、私が、豚肉を細切れにし、火で炙ってやったというのに!!
 女の口に肉を押し込んでやると、途端に吐き出した。

「ほら!食べなさい!これでは困るよ。私は美味しい血が飲みたいんだ」

 ぐいぐいと木の枝に指した肉を女の頬に押し付けた。
 小さな口で齧るが、すぐに蹲り吐き出してしまう。

「ぐぬぬ....!なんだというんだい!豚肉が嫌いだとでも!?人間の分際で贅沢なことを.....!この私が、こんなに手をかけてやったのに!」

 怒りに任せて人間の肩を掴み、顔をこちらに向かせた。

「もういい面倒だ!ガリガリの血は大して旨くもないだろうが、私は君らと違って贅沢は言わないのさ!」

 牙を剥いて首筋に噛みつこうとした。しかし、女の髪や身体が放つ悪臭に鼻を抑えのけ反った。

「くっっっっさ!!!!」

 ツーンと頭が痛くなる刺激臭に涙が出る。

「君!君!なんだってこんなに臭いんだい!?私が今まで血を拝借した人間でここまで匂う者はいなかったよ!」

 こんなに臭い人間の血を私が吸う....!?
 鳥肌が腕を覆った。

 女を抱き上げ、翼で飛び上がり、川に着いた所で落とした。
 女は瞳を大きく開き、水飛沫の波紋が広がる川の中で立ち上がった。

「一応感情はあるようだね。ふん」

 私も川に降り、女の髪を掴んで手櫛で汚れを濯いでいった。
 ハンカチを取り出し、女の頬に付いた垢をこそぎとる。
 痛い、とでも言うように眉を寄せ、顔を背けるが、顎を掴んで逃げられないようにした。

「おとなしくしなさい。まったく。あー汚い汚い。こら、隠さないよ。人間の裸なんか見ても何にも感じないのだからね、こっちは。......ほら、これで少しはましに....」

 しばらく抵抗していたが、力で敵わないと悟ったのだろう。女はおとなしくされるがままになっていた。
 満足のいくまで女の肌を磨き上げ、顔を上げると澄んだ月の光に白い肌が浮かび上がり、彼女の顔が真っ赤に染まっていることに気がついた。
 眉をぎゅうっと寄せ、涙を次から次へと溢し、その細い両肩を握りしめた女は、声も出さず、震えていた。

「..........すまない」

 なぜか、勝手に謝罪の言葉が唇から流れた。

 女は私の唇をまじまじと見つめる。

 その瞳から、まるで信じられないとでも言うように、またひとつ涙が溢れた。








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