夢現しの桜

第3章 日曜日の事件

次の日。なぜかとても変な気分がする。なぜだか、頭がずっと重い。しかし、もう学校に行かないといけない。とりあえず、僕は学校へ向かった。この前覚えたはずの道なのに、場所が分からなくなりそうだ。歩いていると、一人の女子生徒が話しかけてきた。
「おはよう。」
「お、おはよう。」
その子は、黒くて長い髪に、透き通るような肌を持っていた。身長は155センチぐらいだろうか……。見覚えがあるはずなのに、頭痛のせいで全く思い出せない。その子は笑顔で言った。
「私の名前、覚えてる？」
「あ、えっと……」
いきなり聞かれたので僕は戸惑ってしまった。名前を聞いたはずだけど、名前が聞き取れなくて……。でも、どこかで聞いたことのある名前のような気がするんだが……。
「ほら、早く答えてよ。」
「ごめん、えっと……」
思い出せない。どうしよう……。僕が困っていると、彼女はクスッと笑って言った。
「私は……」
あれっ？また名前が聞き取れない……。それにしても、さっきから何でこの子は名前を言わないんだろう？どうして名前を聞き返さないのだろう？僕は不思議に思いながらも答えた。
「ごめん……。分からないや……。」
「そっか……。まあいいや。そのうち分かるでしょ。」
彼女はなぜか納得した様子だった。僕はそんな彼女を見ていると、急にめまいに襲われ、そのままふらふらと道に倒れ込んでしまった。
気がつくと僕は学校の廊下にいた。目の前には彼女が立っている。僕は慌てて彼女の名を聞こうとしたが、やはり名前は聞き取ることができない。しかし、彼女は僕を見るとニコッと笑い、そのまま歩いていってしまう。僕は追いかけようとしたが、足が動かなかった。
彼女は振り返ると、何かを話し始めた。しかし、何を言っているのか全く聞こえない。しかし彼女の表情から察するに、僕に対して何らかのメッセージを送っているようだ。やがて彼女は僕から遠ざかっていく。僕は必死に手を伸ばしたが、届かないまま消えてしまった……。
そこで目が覚めた。周りを見渡すと、そこは自分の部屋だった。どうやら夢だったらしい。時計を確認すると、時刻は午前9時過ぎを指していた。いつもより起きるのが遅かったので、少し焦ったが、今日は日曜日だということを思い出してホッとした。そういえば、今日は図書館に本を返しに行くつもりだったんだ。僕はベッドから起き上がると、着替えをして一階へと向かった。
リビングに行くと、テーブルの上には朝食が用意されており、ソファーでは父さんがテレビを見ながらコーヒーを飲んでいる。
「おはよう。」
「おはよ……。」
「朝ごはんできてるから、さっさと食べなよ。」
「うん……。」
僕は椅子に座ってトーストを食べ始める。すると、テレビのニュースが流れてきた。その内容は衝撃的なもので、僕は思わず手に持っていたパンを落としそうになった。
『本日午前8時頃、鳴海市北区夢の台のマンションで火事がありました。火元はマンション4階の角部屋で、部屋の中から出火したものと見られています。なお、中にいたと思われる住人は全員避難しており、怪我人はいなかった模様です。』
「大変じゃないか。」
「…。」
言葉が出ない。間違いなく、あの子の家なのだ。しかも、4階…。
「おい、大丈夫か？」
「うん……。」
僕は心配をかけないように平静を装った。しかし、動揺は隠せなかった。僕は急いで食事を済ませると、逃げるように家を飛び出した。
僕は彼女の家に向かって走った。走って走って、ようやくマンションに着くと、僕は階段を使って4階に駆け上がった。
「はぁ……はぁ……。」
息が苦しい……。僕は何とか呼吸を整えた後、インターホンを押した。しばらくすると、中から女性が出てきた。おそらくこの人が彼女の母親なのだろう。僕は挨拶をした。「こんにちは……。」
「あら、あなたは……？」
「えっと……僕は……その……友達なんです……。」
僕は咄嵯についた嘘をついた。彼女は僕を見て驚いていたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「まあ、そうなのね……。じゃあ、上がってちょうだい。」
「はい……。」
僕は言われるがままに家の中に入った。彼女はまだ帰ってきていないようだったが、僕は居間で待つことにした。しばらくすると、奥の部屋から男性が現れた。その男性は僕の方を見るなり、驚いたような顔を見せた。
「君は……。」
「あ、えっと……僕は……友人でして……。」
「そうか……。」
彼はそれだけ言うと黙り込んでしまった。僕は彼の様子を見て戸惑ってしまったが、しばらくすると彼が口を開いた。
「君の名前は？」
「あっ、えっと……長嶋といいます……。」
「そうか……。私は……いや、なんでもない……。」
「はあ……。」
どうも会話が続かない。気まずい空気が流れるなか、僕は桜井さんに電話をかけることにした。
「すみません……。ちょっと電話かけてもいいですか？」
「ああ……。」僕は桜井さんの携帯番号を入力すると、通話ボタンを押した。しばらくしても出る気配がない。僕は何度もかけ直したが、結局出ることはなかった。僕は諦めて電話を切ると、再び沈黙が流れた。気がつくと、いつの間にか夕方になっていた。
「あ、あの……。」
僕は勇気を出して彼に話しかけた。
「ん？」
「そろそろ帰りたいのですが……。」
「ああ……。そうだな……。」
僕は立ち上がると、荷物をまとめて外に出た。そして桜井さんに会えないことを残念に思いながら帰路に着いた。次の日、僕は学校に登校した。教室に入ると、桜井さんはもう来ているようで、クラスメイトと楽しそうに話をしていた。僕は彼女に近づき、声をかけた。
「あのさ……。」
「ん？どうかしたの？」
桜井さんは僕の方に振り向くと、笑顔で話しかけてきた。僕は安心したと同時に、桜井さんに質問をぶつけた。
「昨日、どうして連絡してくれなかったんだい？それに、火事が起こったことも教えてくれないし……。」
「ごめんね……。ちょっと色々あってさ。」
彼女は苦笑いしながらそう答えると、視線を落とした。
「何かあったの？」
「うーん、別に大したことじゃないんだけど……。」
彼女は言葉を濁すと、話題を変えた。
「それより、この前のクッキー美味しかった？」
「ああ、とても美味しかったよ。ありがとう。」
「よかった！」
彼女は嬉しそうに微笑むと、自分の席に戻っていった。僕も自分の席に戻ろうとすると、そこにいた平沢が声をかけてきた。
「おはよう！」
「おはよう。」
「長嶋ってさ、最近よく桜井と喋ってるよな。」
「えっ、まあ……。」
「俺、実はあの子狙おうと思ってんだよ！」
「へぇ……。」
「興味ない感じだな……。」
「いや、そういうわけでもないけど……。」
「そうか……。まあいいや！お前にもチャンスはあるかもな！」
「ははは……。」
平沢はニヤリと笑って自分の席へと戻って行った。僕はそれを見送ると、鞄の中を整理した。そしてふと桜井さんの方を見ると、彼女と目が合った。彼女はニコッと笑って手を振ってきた。僕はそれに応えると、自分も手を振り返した。やっぱり可愛いなぁ……。僕は心の中で思った。