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第2章 不思議な出会い
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次の日、僕はいつも通り登校した。昨日のことが気になりすぎてあまり眠れなかったせいで、眠くて仕方がない。しかし、今日は始業式なのだ。身なりを整えながら門をくぐる。担任の教師がすでに来ていたので挨拶をした。
「おはよう、長嶋くん。」
「あ、おはようございます。今日からよろしくお願いします。」
だめだ、昨日ここに来ているはずなのに、全く思い出せない。
「改めまして、今年1年間、担任します植田美咲です。って、昨日も聞いたよね。あ、もうこんな時間。体育館に移動しないと。ついてきて。」
「は、はい。」
植田先生の案内で体育館に移動した。校長の話や、校歌斉唱などを終えて教室に戻ると、すぐにHRが始まった。
転校生の立場になるのは何回目だろうか。小学校では3回、中学では1回目の体験だ。いつも通り、まわりの雑踏にも目を向けず、慣れた手つきで自己紹介をするだけだ。
僕が黒板の前に立つと、一斉に視線が集まる。しかし、緊張なんてしない。むしろ心地よいぐらいだった。
僕は軽く息を整えると、ゆっくりと話し始めた。
初めまして。東京から引っ越してきました、長嶋優太といいます。親の仕事の都合で引っ越してきました。まだまだわからないことだらけだけど、これから一年、仲良くしてください。
少し短めに終わらせると、僕は席に戻った。
そこでクラス全員の自己紹介が終わり、無事に放課後を迎えた。僕が荷物をまとめていると、2人の男子が声をかけてきた。
「長嶋くん、こんにちは。」
「あ、はじめまして。こんにちは。」
「あ、えっと、中野宏輝です、仲良くしてね。」
「よろしく、中野。」
中野はクラスの中でも小柄で、あまり前に立ちたがらない感じだ。僕が165ぐらいだから、彼は160ぐらいだろうか。
「長嶋って、東京から来たのか?」
「うん、そうだよ。」
「俺、平沢大河。良かったら仲良くしてくれ。」
「よろしくな、平沢。」
平沢は僕より若干身長が高い。見た目は中野とは対照的な感じだが、案外2人は仲良しらしかった。せっかく友達を作れる機会だし、帰る人も居なさそうなので、結局3人で帰ることにした。
「長嶋はどこに住んでるんだ?」
「僕は、三丁目の西側になるのかな。」
「てことは、3号公園の近く?」
「そうそう。そこに引っ越してきた。」
「俺と宏輝は二丁目の東側だから、結構離れてるかもな。」
「僕と大河の家は6号公園の近くだよ。良かったらいつでも遊びにきてね。」
「ありがとう。僕、まだこの辺よく分からないからさ。教えてくれると助かるよ。」
「いつでも教えるから、なんでも聞きにきてくれよな!」
「平沢、中野、ありがとう。」
「あ、僕らこっちだから、また明日ね。」
「また明日なー!」
「またね。」
友達ができて良かった。転校ももう慣れたもんだが、やはり、友達作りはまだまだ緊張する。家に着くと、僕は真っ先に自室に入り、ベッドに倒れこんだ。そして、そのまま眠りについた。
チリリーン……
また聞こえる。この音を聞くと、心が落ち着くというか、安心するというか……。そんな不思議な気持ちになった。しかし、彼女は相変わらず姿を見せてくれない。僕は彼女のことを知ろうと必死に呼びかけた。
———ねえ、君は一体だれなんだ———
———私はね……———
—— チリリーン……
目が覚めると、僕は自分の部屋の天井を見つめていた。
あれは夢だったのだろうか。それにしてはとても鮮明な夢だった。夢の中で、彼女の名前を聞いたはずだ。名前を聞いていないのなら、あんなにはっきりと覚えているわけないと思うのだが……。
僕は起き上がると、時計を確認した。時刻は午後6時30分。だいぶ寝てしまっていたようだ。
すると、下から父親の呼ぶ声が聞こえた。
ご飯ができたらしい。僕は階段を下り、リビングに向かった。
テーブルの上には、焼き魚と味噌汁が並べられており、その隣には炊きたてのご飯があった。僕が椅子に座ると同時に、父親が声をかけてきた。
「悠人、学校はどうだ?」
「うん、楽しいよ。友達もできたし。」
「そうか、それは良かった。」
僕たちは食事を始めた。僕がふとテレビをつけると、ニュースが流れていた。
『本日午後1時15分頃、夢の台駅の東側の踏切で、下りの特急列車が踏切を渡っていた中学2年生の女の子に衝突する事故がありました。幸い女の子に怪我はなく、警察が詳しい事情を調べています。』
「踏切事故、か……。」
「最近物騒だね。」
「ああ、気をつけないとな。」
「そうだね。」
僕は特に気にせず食事をしていたのだが、突然、視界がぼやけてきた。
「あれ……?」
視界が完全にぼやける前に見えたのは、電車が迫る中、踏切渡っている真っ白なワンピースを着た女の子の姿だった。
チリリーン……
「うわぁ!!」
僕は驚いて飛び起きた。もう朝日が登っている。
「ゆ、夢か……。びっくりしたぁ……。」
僕は深呼吸をして心を落ち着かせた。
「はぁ……。」
どこまでが夢だったのだろうか。ご飯を食べて、ニュースを見て…
僕は再びため息をつくと、時計を確認した。
AM7:03と書かれた文字盤が目に入る。
「おーい悠人。早く支度しろよ。遅刻するぞ。」
「はーい。」
僕は急いで制服に着替え、朝ごはんを食べにリビングへ向かった。
「いただきます。」
今日のメニューは目玉焼きとベーコンとサラダとトーストだ。とても美味しい。僕はいつもより早く朝食を済ませると、家を飛び出した。
「行ってきます!」
僕は昨日と同じように歩いていた。しかし、同じ道を歩いているはずなのに、あまり寝れていないせいか、何か違う気がする。ちょうど桜の木がある曲がり角に差し掛かった時、後ろから声をかけられた。
「おはよう!」
振り向くと、そこには元気そうな女の子がいた。栗色の長い髪の毛で、前髪をピンで留めていて、大きな瞳が印象的だ。身長は150センチぐらいだろうか……。とにかく可愛い子であることは間違いなかった。
「お、おはよう!」
僕も笑顔で返すと、その子は僕の横に並んで歩き始めた。横から見るとますますかわいい子だということが分かる。こんな子が僕の横にいるなんて……。そう思うだけでドキドキしてきた。そして僕はその子に尋ねた。
「えっと……君の名前は?」
「私は、桜井花乃。つい最近横浜から引っ越してきて…」
桜井さんのことを、どこかで見たことがある気がする。そう思った瞬間、急に意識が遠のいた。また段々と前がぼやけていく。体に力が入らない…
「長嶋くん!大丈夫!?」
はっと気づくと、そこは学校の廊下だった。目の前には心配そうに顔を覗き込む植田先生と、桜井さんがいる。確かさっきまで一緒に登校していて……。
「えっと……」
状況が全く理解できない。
「あ、あのさ……」
「長嶋くん、学校に着いた途端、急に意識を失って倒れちゃって、みんなで慌ててたところなのよ?」
「だ、大丈夫ですよ!さっきからちょっと頭がボーッとしてただけで。」
「大丈夫?しんどかったらすぐに保健室に行ってね?」
「あ、はい。ありがとうございます
、」
「そしたら、念のためだけど、浅川くん、長嶋くんと桜井さんを教室まで連れて行ってあげてくれる?」
「あ、はい。分かりました。」
「ありがとう。」
僕はなんとか冷静を装った。桜井花乃、という名前しか頭に残っていない。他にも色々話をしてくれたのだろうか。すごく可愛いが、どこかで見たことがあるような気がする。しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。僕は教室に入ると、自分の席につき、教科書とノートを取り出した。
「はい、皆さん席についてね。今日から、このクラスにもう一人、転校生がやってきました。では、自己紹介してもらいましょう。」
「桜井花乃です。横浜から引っ越してきました。まだまだ分からないことだらけなので、教えてくれると嬉しいです。」
クラスの全員が彼女に見とれている。それもそのはずである。僕は思わず息を呑んだ。
初日の授業が終わり、僕は帰ろうとした。すると後ろから、桜井さんが走ってきた。
「長嶋くん。一緒に帰らない?」
「あ、うん、いいよ。」
帰り道が同じ方向だったので、結局桜井さんと帰ることになった。
「ねえ、桜井さんの家はどこらへんにあるの?」
僕は何気なく聞いてみた。
「んーとね、ここから10分くらいの、二丁目のマンションかな。」
「へー、結構近いかも。」
「あ、見えてきたよ。あそこが私の家なんだ。」
指差した方向には大きなマンションがあった。
「あ、あそこに住んでるの?」
「そう。うち、両親が共働きだから、普段から一人なんだよね。」
「僕も、実は母親がいなくてね。昔、病気で亡くなってさ。なんとなくだけど、君の気持ちがわかる気がする。」
「そうだったの?なんかゴメンね……。」
「いやいや、全然いいんだよ。」
「あ、よかったら今日、うち来る?全然片付いてないんだけど、ちょうど今日、遅くなるみたいだったから。」
「いいの?じゃあ、お邪魔させてもらうよ。」
そんな会話をしながら、僕らは桜井さんの家に到着した。
「ただいま~。」
「お邪魔します……。」
僕が靴を脱いでいると、桜井さんが僕の袖を引っ張ってきた。
僕はその勢いに負けて、引っ張られるように桜井さんの部屋へと連れていかれた。
部屋に入ると、桜井さんは部屋の隅に積まれた段ボールをどかし始めた。
「ねえねえ、これ見てよ。」
「うわぁ……。」
そこには大量のぬいぐるみが置かれていた。クマ、ウサギ、ネコなど、様々な種類のものがある。僕はその光景に圧倒されてしまった。
「すごい数だね……。」
「でしょ?なんか捨てられなくて……。」
「分かるなぁ……。」
僕は思わず共感してしまった。
「ところで、長嶋くんはどういう趣味なの?」
「うーん……そうだな……。」
僕は少し考えた後、棚にあった本を手に取った。
「僕はこういうのが好きかな?」
それは恋愛小説だった。主人公の男の子が、ヒロインである女の子に恋をする話だ。僕はこの物語に出てくる女の子が可愛くて好きだった。
「へぇ……。意外とロマンチックなもの好きなんだね。」
「うん、まあね。」
「じゃあさ、この本読んでみてくれない?」
「えっ?」
僕は戸惑ってしまった。僕には女の子と付き合った経験がないからだ。
「お願い……。」
桜井さんは上目遣いで僕を見つめてくる。そんな顔されたら断れないじゃないか。僕は仕方なく了承することにした。
「分かったよ。読み終わったら感想聞かせるよ。」
「本当?嬉しい!!」
桜井さんは満面の笑みでそう言うと、本を持ってベッドに寝転がった。
「じゃあ、よろしくね。」
「はいはい……。」
こうして僕は読書タイムに突入したのだが、彼女の視線を感じるせいか、なかなか集中できなかった。しばらくすると、本を読み終えた僕は彼女に本を渡した。
「どうだった?」
「うん、良かったよ。特に最後のシーンとか……。」
「やっぱりそうだよね!」
「あとは……主人公がかっこ良かったな。」
「うん、うん!」
「そうだね……。」
正直、本の話はそこまで興味がなかったのだが、桜井さんの反応があまりにも良かったので、僕はその後もずっと話をしていた。気がつくと、外は暗くなり始めていた。
「あっ、もうこんな時間か……。」
「ほんとだ……。」
「ごめんね、長い間引き止めちゃって……。」
「ううん、大丈夫だよ。」
「ありがと……。」
僕は時計を確認した。時刻は午後7時を回っている。
「あ、そろそろ帰らないと……。」
「あ、待って!」
僕は立ち上がりかけたが、彼女に呼び止められて再び腰を下ろした。
「どうかした?」
「あ、あのさ……。もし良ければなんだけど……私と友達になってくれない?」
「えっ……?」
「ダメ……かな?」
彼女は不安そうにこちらを見ている。こんなにかわいい子に頼まれたら断るわけにはいかない。
「もちろん、喜んで!」
「ホントに!?」
「ああ、これからもよろしくね。」
「ありがとう!私、すっごく嬉しいよ!」
桜井さんは飛び跳ねるように喜んだ。僕はその様子を見ているだけで幸せになった。
「じゃあ、僕は帰るよ。」
「あ、ちょっと待って。」
桜井さんは机の上に置いてあった紙袋を差し出してきた。
「これは?」
「クッキー焼いたんだ。余っちゃってて、もしよかったら食べて。」
「え、いいの?」
「うん!」
僕はそれを受け取ると、鞄の中に入れた。
「ありがとう!また明日学校で会おうね!」
「うん!バイバイ!」
僕は玄関に向かって歩き出した。そして扉を開けようとしたその時、後ろから声をかけられた。
「あのさ……。」
「ん?」
振り向くと、彼女は顔を赤くしながらうつむいていた。そしてゆっくりと口を開いた。
「あのさ……。私のこと、忘れないでね……。」
「えっ……。」
一瞬、心臓がドクンと音を立てたのが分かった。桜井さんは僕をじっと見つめたまま動かない。僕は言葉を発することができなかった。桜井さんは僕に近づいてくると、僕の手を握った。そして僕の耳元で囁いた。
「約束だよ……。」
そう言って桜井さんは微笑みながら僕の手を離した。そして桜井さんはリビングの方へと走っていった。僕は呆然と立ち尽くしていた。
「おはよう、長嶋くん。」
「あ、おはようございます。今日からよろしくお願いします。」
だめだ、昨日ここに来ているはずなのに、全く思い出せない。
「改めまして、今年1年間、担任します植田美咲です。って、昨日も聞いたよね。あ、もうこんな時間。体育館に移動しないと。ついてきて。」
「は、はい。」
植田先生の案内で体育館に移動した。校長の話や、校歌斉唱などを終えて教室に戻ると、すぐにHRが始まった。
転校生の立場になるのは何回目だろうか。小学校では3回、中学では1回目の体験だ。いつも通り、まわりの雑踏にも目を向けず、慣れた手つきで自己紹介をするだけだ。
僕が黒板の前に立つと、一斉に視線が集まる。しかし、緊張なんてしない。むしろ心地よいぐらいだった。
僕は軽く息を整えると、ゆっくりと話し始めた。
初めまして。東京から引っ越してきました、長嶋優太といいます。親の仕事の都合で引っ越してきました。まだまだわからないことだらけだけど、これから一年、仲良くしてください。
少し短めに終わらせると、僕は席に戻った。
そこでクラス全員の自己紹介が終わり、無事に放課後を迎えた。僕が荷物をまとめていると、2人の男子が声をかけてきた。
「長嶋くん、こんにちは。」
「あ、はじめまして。こんにちは。」
「あ、えっと、中野宏輝です、仲良くしてね。」
「よろしく、中野。」
中野はクラスの中でも小柄で、あまり前に立ちたがらない感じだ。僕が165ぐらいだから、彼は160ぐらいだろうか。
「長嶋って、東京から来たのか?」
「うん、そうだよ。」
「俺、平沢大河。良かったら仲良くしてくれ。」
「よろしくな、平沢。」
平沢は僕より若干身長が高い。見た目は中野とは対照的な感じだが、案外2人は仲良しらしかった。せっかく友達を作れる機会だし、帰る人も居なさそうなので、結局3人で帰ることにした。
「長嶋はどこに住んでるんだ?」
「僕は、三丁目の西側になるのかな。」
「てことは、3号公園の近く?」
「そうそう。そこに引っ越してきた。」
「俺と宏輝は二丁目の東側だから、結構離れてるかもな。」
「僕と大河の家は6号公園の近くだよ。良かったらいつでも遊びにきてね。」
「ありがとう。僕、まだこの辺よく分からないからさ。教えてくれると助かるよ。」
「いつでも教えるから、なんでも聞きにきてくれよな!」
「平沢、中野、ありがとう。」
「あ、僕らこっちだから、また明日ね。」
「また明日なー!」
「またね。」
友達ができて良かった。転校ももう慣れたもんだが、やはり、友達作りはまだまだ緊張する。家に着くと、僕は真っ先に自室に入り、ベッドに倒れこんだ。そして、そのまま眠りについた。
チリリーン……
また聞こえる。この音を聞くと、心が落ち着くというか、安心するというか……。そんな不思議な気持ちになった。しかし、彼女は相変わらず姿を見せてくれない。僕は彼女のことを知ろうと必死に呼びかけた。
———ねえ、君は一体だれなんだ———
———私はね……———
—— チリリーン……
目が覚めると、僕は自分の部屋の天井を見つめていた。
あれは夢だったのだろうか。それにしてはとても鮮明な夢だった。夢の中で、彼女の名前を聞いたはずだ。名前を聞いていないのなら、あんなにはっきりと覚えているわけないと思うのだが……。
僕は起き上がると、時計を確認した。時刻は午後6時30分。だいぶ寝てしまっていたようだ。
すると、下から父親の呼ぶ声が聞こえた。
ご飯ができたらしい。僕は階段を下り、リビングに向かった。
テーブルの上には、焼き魚と味噌汁が並べられており、その隣には炊きたてのご飯があった。僕が椅子に座ると同時に、父親が声をかけてきた。
「悠人、学校はどうだ?」
「うん、楽しいよ。友達もできたし。」
「そうか、それは良かった。」
僕たちは食事を始めた。僕がふとテレビをつけると、ニュースが流れていた。
『本日午後1時15分頃、夢の台駅の東側の踏切で、下りの特急列車が踏切を渡っていた中学2年生の女の子に衝突する事故がありました。幸い女の子に怪我はなく、警察が詳しい事情を調べています。』
「踏切事故、か……。」
「最近物騒だね。」
「ああ、気をつけないとな。」
「そうだね。」
僕は特に気にせず食事をしていたのだが、突然、視界がぼやけてきた。
「あれ……?」
視界が完全にぼやける前に見えたのは、電車が迫る中、踏切渡っている真っ白なワンピースを着た女の子の姿だった。
チリリーン……
「うわぁ!!」
僕は驚いて飛び起きた。もう朝日が登っている。
「ゆ、夢か……。びっくりしたぁ……。」
僕は深呼吸をして心を落ち着かせた。
「はぁ……。」
どこまでが夢だったのだろうか。ご飯を食べて、ニュースを見て…
僕は再びため息をつくと、時計を確認した。
AM7:03と書かれた文字盤が目に入る。
「おーい悠人。早く支度しろよ。遅刻するぞ。」
「はーい。」
僕は急いで制服に着替え、朝ごはんを食べにリビングへ向かった。
「いただきます。」
今日のメニューは目玉焼きとベーコンとサラダとトーストだ。とても美味しい。僕はいつもより早く朝食を済ませると、家を飛び出した。
「行ってきます!」
僕は昨日と同じように歩いていた。しかし、同じ道を歩いているはずなのに、あまり寝れていないせいか、何か違う気がする。ちょうど桜の木がある曲がり角に差し掛かった時、後ろから声をかけられた。
「おはよう!」
振り向くと、そこには元気そうな女の子がいた。栗色の長い髪の毛で、前髪をピンで留めていて、大きな瞳が印象的だ。身長は150センチぐらいだろうか……。とにかく可愛い子であることは間違いなかった。
「お、おはよう!」
僕も笑顔で返すと、その子は僕の横に並んで歩き始めた。横から見るとますますかわいい子だということが分かる。こんな子が僕の横にいるなんて……。そう思うだけでドキドキしてきた。そして僕はその子に尋ねた。
「えっと……君の名前は?」
「私は、桜井花乃。つい最近横浜から引っ越してきて…」
桜井さんのことを、どこかで見たことがある気がする。そう思った瞬間、急に意識が遠のいた。また段々と前がぼやけていく。体に力が入らない…
「長嶋くん!大丈夫!?」
はっと気づくと、そこは学校の廊下だった。目の前には心配そうに顔を覗き込む植田先生と、桜井さんがいる。確かさっきまで一緒に登校していて……。
「えっと……」
状況が全く理解できない。
「あ、あのさ……」
「長嶋くん、学校に着いた途端、急に意識を失って倒れちゃって、みんなで慌ててたところなのよ?」
「だ、大丈夫ですよ!さっきからちょっと頭がボーッとしてただけで。」
「大丈夫?しんどかったらすぐに保健室に行ってね?」
「あ、はい。ありがとうございます
、」
「そしたら、念のためだけど、浅川くん、長嶋くんと桜井さんを教室まで連れて行ってあげてくれる?」
「あ、はい。分かりました。」
「ありがとう。」
僕はなんとか冷静を装った。桜井花乃、という名前しか頭に残っていない。他にも色々話をしてくれたのだろうか。すごく可愛いが、どこかで見たことがあるような気がする。しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。僕は教室に入ると、自分の席につき、教科書とノートを取り出した。
「はい、皆さん席についてね。今日から、このクラスにもう一人、転校生がやってきました。では、自己紹介してもらいましょう。」
「桜井花乃です。横浜から引っ越してきました。まだまだ分からないことだらけなので、教えてくれると嬉しいです。」
クラスの全員が彼女に見とれている。それもそのはずである。僕は思わず息を呑んだ。
初日の授業が終わり、僕は帰ろうとした。すると後ろから、桜井さんが走ってきた。
「長嶋くん。一緒に帰らない?」
「あ、うん、いいよ。」
帰り道が同じ方向だったので、結局桜井さんと帰ることになった。
「ねえ、桜井さんの家はどこらへんにあるの?」
僕は何気なく聞いてみた。
「んーとね、ここから10分くらいの、二丁目のマンションかな。」
「へー、結構近いかも。」
「あ、見えてきたよ。あそこが私の家なんだ。」
指差した方向には大きなマンションがあった。
「あ、あそこに住んでるの?」
「そう。うち、両親が共働きだから、普段から一人なんだよね。」
「僕も、実は母親がいなくてね。昔、病気で亡くなってさ。なんとなくだけど、君の気持ちがわかる気がする。」
「そうだったの?なんかゴメンね……。」
「いやいや、全然いいんだよ。」
「あ、よかったら今日、うち来る?全然片付いてないんだけど、ちょうど今日、遅くなるみたいだったから。」
「いいの?じゃあ、お邪魔させてもらうよ。」
そんな会話をしながら、僕らは桜井さんの家に到着した。
「ただいま~。」
「お邪魔します……。」
僕が靴を脱いでいると、桜井さんが僕の袖を引っ張ってきた。
僕はその勢いに負けて、引っ張られるように桜井さんの部屋へと連れていかれた。
部屋に入ると、桜井さんは部屋の隅に積まれた段ボールをどかし始めた。
「ねえねえ、これ見てよ。」
「うわぁ……。」
そこには大量のぬいぐるみが置かれていた。クマ、ウサギ、ネコなど、様々な種類のものがある。僕はその光景に圧倒されてしまった。
「すごい数だね……。」
「でしょ?なんか捨てられなくて……。」
「分かるなぁ……。」
僕は思わず共感してしまった。
「ところで、長嶋くんはどういう趣味なの?」
「うーん……そうだな……。」
僕は少し考えた後、棚にあった本を手に取った。
「僕はこういうのが好きかな?」
それは恋愛小説だった。主人公の男の子が、ヒロインである女の子に恋をする話だ。僕はこの物語に出てくる女の子が可愛くて好きだった。
「へぇ……。意外とロマンチックなもの好きなんだね。」
「うん、まあね。」
「じゃあさ、この本読んでみてくれない?」
「えっ?」
僕は戸惑ってしまった。僕には女の子と付き合った経験がないからだ。
「お願い……。」
桜井さんは上目遣いで僕を見つめてくる。そんな顔されたら断れないじゃないか。僕は仕方なく了承することにした。
「分かったよ。読み終わったら感想聞かせるよ。」
「本当?嬉しい!!」
桜井さんは満面の笑みでそう言うと、本を持ってベッドに寝転がった。
「じゃあ、よろしくね。」
「はいはい……。」
こうして僕は読書タイムに突入したのだが、彼女の視線を感じるせいか、なかなか集中できなかった。しばらくすると、本を読み終えた僕は彼女に本を渡した。
「どうだった?」
「うん、良かったよ。特に最後のシーンとか……。」
「やっぱりそうだよね!」
「あとは……主人公がかっこ良かったな。」
「うん、うん!」
「そうだね……。」
正直、本の話はそこまで興味がなかったのだが、桜井さんの反応があまりにも良かったので、僕はその後もずっと話をしていた。気がつくと、外は暗くなり始めていた。
「あっ、もうこんな時間か……。」
「ほんとだ……。」
「ごめんね、長い間引き止めちゃって……。」
「ううん、大丈夫だよ。」
「ありがと……。」
僕は時計を確認した。時刻は午後7時を回っている。
「あ、そろそろ帰らないと……。」
「あ、待って!」
僕は立ち上がりかけたが、彼女に呼び止められて再び腰を下ろした。
「どうかした?」
「あ、あのさ……。もし良ければなんだけど……私と友達になってくれない?」
「えっ……?」
「ダメ……かな?」
彼女は不安そうにこちらを見ている。こんなにかわいい子に頼まれたら断るわけにはいかない。
「もちろん、喜んで!」
「ホントに!?」
「ああ、これからもよろしくね。」
「ありがとう!私、すっごく嬉しいよ!」
桜井さんは飛び跳ねるように喜んだ。僕はその様子を見ているだけで幸せになった。
「じゃあ、僕は帰るよ。」
「あ、ちょっと待って。」
桜井さんは机の上に置いてあった紙袋を差し出してきた。
「これは?」
「クッキー焼いたんだ。余っちゃってて、もしよかったら食べて。」
「え、いいの?」
「うん!」
僕はそれを受け取ると、鞄の中に入れた。
「ありがとう!また明日学校で会おうね!」
「うん!バイバイ!」
僕は玄関に向かって歩き出した。そして扉を開けようとしたその時、後ろから声をかけられた。
「あのさ……。」
「ん?」
振り向くと、彼女は顔を赤くしながらうつむいていた。そしてゆっくりと口を開いた。
「あのさ……。私のこと、忘れないでね……。」
「えっ……。」
一瞬、心臓がドクンと音を立てたのが分かった。桜井さんは僕をじっと見つめたまま動かない。僕は言葉を発することができなかった。桜井さんは僕に近づいてくると、僕の手を握った。そして僕の耳元で囁いた。
「約束だよ……。」
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