秘密結社盗賊団のお仕事

無一物

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13 満たされる心と身体(その1)

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◆◆

 あの事件以来、ロメオはよりいっそうシリルのことが尊く思えて仕方がない。

 自分が言い出したことだが、もしペアを解消すると言われたらどうしようかと戦々恐々とした日々を送っていた。
 以前ほどではないが、少しずつシリルに笑顔が戻ってきた。それを見るだけでロメオは胸がいっぱいになる。シリルには笑顔が似合うのになぜあんな傷つけるような態度をとったのか、ロメオはことあるごとに自分のとった軽率な行動を後悔していた。

 そんなある日、ロメオは下の書店の女主人から頂きものだという酒をもらった。
 亡き主人の店を女手一つで切り盛りするクローエは、住んでいる部屋の大家でもある。シリルに翻訳の仕事を回したりと、なにかと気にかけてくれるよき大家だ。

 ロメオは部屋に帰ると、その酒を居間のテーブルの上へと置いておいた。シリルの仕事が終わったら一緒に飲もうと思っていたからだ。
 夜になりシリルが仕事部屋から出てくると、ドカリと居間の自分の席に腰を下ろす。

「あれ、今日はもう終わったの?」

「まあな……」

 目の下にうっすらと隈を作り、凄くお疲れのようだ。
 でもそんなやつれたシリルも気怠げで、見ているだけで気持ちがいけない方向へと向かっていく。

「これさ、クローエさんにもらったんだけど、今から飲まない?」

「なんだこれ? 梨の蒸留酒か?」

 瓶を手にとり、シリルは興味津々にラベルを覗きこんでいる。

(おっ!? 食いつきがいいぞ!)

 気が変わらぬ内にグラスを用意してテーブルに置くと、酒を注ぎはじめた。

「じゃあ乾杯っ!」

 自分の瞳の色とそっくりな液体に鼻を近づけると、梨のいい香りがする。

「——美味しい……」

 恐る恐る口にしていたシリルがぼそりと呟いた。

(よかった……)

 酒の味などわからなかったが、シリルがそう言うだけでまるで自分のことのように嬉しい。いつの間にかロメオは笑顔になっていた。
 あんな酷いことをした自分と、再び一緒に暮らして会話をしてくれるだけでもじゅうぶん幸せだった。
 しかし本心では、もっともっと親密になりたいという強欲な自分がいた。

 ふとシリルに視線を移すと、淡藤色の瞳がまっすぐにこちらを見つめているではないか。
 二千年前に消えた古代王朝——スタロヴェーキ王朝の血を引く家系の生まれだというシリルは、その血のせいなのか神秘的な雰囲気を持っている。

 しかしロメオは知っていた。こんこんと清澄な水を湧き出す泉のようでありながらも、一度はまってしまったら抜け出すことができない底なし沼のように、周囲を魅了するのだ。

「——シリル……」

 吸い寄せられロメオの心は絡めとられる。
 本来ならば今までの関係が続くだけでも満足するべきなのに、それ以上を求めてしまうのは、やっかいなこの瞳にはまったせいだ。

 今までになく真剣な顔をしているので、きっとこれから大事なことを喋るのだろうと、背筋を伸ばす。
 もしかしたら……ここを出ていけと切り出されるのかもしれない。いつ言い出すのかとビクビクしていたので、ついにこの時がきたのかと、ロメオは観念する。

「——あれから色々考えたんだ……でもやっぱり私は……お前と離れて暮らすことなんて考えられない……」

 信じられない言葉が、サーモンピンクの唇から紡ぎ出された。

(嘘だろ……)

「お…俺……シリルに非道いことしたんだよ? それでもいいの?」

 ついつい馬鹿正直に訊いてしまう。

「ああ。あのとき以前の関係は壊れたけど、永遠に変わらないものなんてこの世には存在しない。だからまた新たに作っていけばいいって、踏ん切りがついた」

「でも……俺、シリルのこと違う意味で好きだよ……?」

 この言葉を受けてどういう反応を見せるのか、おずおずと上目遣いでシリルの様子を確かめる。
 一緒に暮らし続けるとしたら、ここだけはちゃんと伝えておかなければならない。
 シリルの口から出たように、もう……以前の関係は崩れてしまったのだ。

 戻れないのならば、前進あるのみ。


「——ああ、知ってる……それも含めて、お前のことを可愛いと思う自分がいるんだ……」

 少し横に目を逸らして、シリルは自嘲気味に笑った。

「可愛いって……俺……子供じゃないのに」

 ロメオはそんなことを言いながらも、心の中では小躍りしていた。

(それも含めてって……)

 自分を性的な目で見ていると知った上で、シリルは可愛いと言ってくれているのだ。
 酒のせいもあってか、ロメオはいつもより大胆になっていた。

「じゃあ……キスしていい?」

 馬鹿みたいな話だが、二年間ずっとシリルと口付けすることを夢見ていた。まるで恋する少女みたいだと自分でも笑ってしまうが、今までその一歩も踏み出せなかった。

「——ほらっ」

 困った顔をしながらも、シリルはなんと、テーブル越しに自ら唇を突き出してきた。
 自分より薄い作りのサーモンピンクの唇が差し出され、ロメオは信じられないものでも見るかのように動揺する。

(夢じゃないよな?)

「なんだよ、やる気ないのか?」

 チラリとまるで挑発するかのように、首を傾げて流し目でロメオを見る。

(——あああああっ……)

 今までおあずけを食らっていた犬のように、ロメオはシリルの唇に飛びついた。
 夢にまで見たその唇は、柔らかくそして思ったよりも弾力があった。

「……んっ……」

 一度密着した唇は離れがたく、角度を変えて口付けを深くすると、シリル自ら歯列を割って舌を絡めてきた。

(うわぁ……ヤバい!)

 自分よりシリルのほうが大人なのだと思い知る。
 キス一つとってもロメオはシリルをリードすることができない。翻弄されっぱなしだ。すでに下半身はギンギンに反応していた。
 これではまるで童貞みたいではないか……いや……実際に童貞に毛が生えたくらいの経験しかない。

「はぁっ……」

 名残惜しげに唇をはなすと、唾液が糸を引いてシリルの唇からたれた。

(ああ……もう無理……)

 一度シリルの痴態を見ているだけに、その先を想像してしまい、いてもたってもいられなくなる。

「シリル、俺……もうがまんできない」

 愛する人の顔を両手で包んで、正面から見つめ直した。
 酒のせいかほんのり頬を染めて、その可愛さに思わずゴクリと唾液を飲み込む。

 淡藤色の瞳もサーモンピンクの唇も、白い肌もどれもが淡い色なのに、黒い睫毛と髪の毛がアクセントになりより一層シリルをミステリアスに見せていた。
 一度惹きこまれたら、二度と目をはなすことができない魔法にかかったようだ。

「シリル……」

 思いつめたようにシリルを見つめていると、シリルが一度目を横に逸らし、両手の中に包んだ顔が……コクリと頷いた。

(——ああ……神様……)

 これは、神を復活させるための燭台を取り戻したご褒美だろうか?
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