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10章 運び屋を護衛せよ
エピローグ
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◆◆◆◆◆
あれから這々の体でメストに帰り着くと、ゼラから引きずるように医務室に連れて行かれ、古株の癒し手、イグナーツから腕の傷の治療を受け、丸一日の休養を言い渡された。
人使いの荒い依頼主のお陰で、レネは疲労困憊していのだ。
しかし一日休養するとすっかり元気を取り戻し、仕事に復帰していた。
(あの仕事はいったいなんだったんだ?)
ぼんやりと眠れない夜に、レネはベッドの中で独り物思いに耽る。
ドプラヴセがコンラートに見せていたあの記章も気になっていた。
あれを見たとたん、鷹騎士団が手を引いていた。ドプラヴセの所属する組織の方が権力を持っていることになる。
(わかんねーーー)
レネは羽根枕を抱いてゴロゴロとベッドの上を転がる。
(——ん?)
なにかの気配を感じ、レネは枕元に置いてある剣に手を掛け様子を窺う。
鍵を締めているはずの、バルコニーに繋がる窓がガチャガチャと音をたて、勝手に開く。
「おい、人の部屋へ黙ってに入ってくんじゃねーよ」
とつぜんやって来たルカーシュを咎めるが、まったく気にしてない。
「別にいいだろ? 女でも連れ込んでるならまだしも、お前いっつも一人寝だろ」
とても師匠と弟子の会話には聞こえない。
普段の二人の取り澄ました会話しか知らない団員たちが聞いたら、開いた口が塞がらないだろう。
「それとなんの関係があるんだよっ! 自分の部屋から入ればいいだろ」
(いちいち気に障ることばかり言ってイライラくる……)
「ちょっと風呂を貸せよ、俺のとこ今お湯が出ねーんだよ」
「人にものを頼む態度かよ……」
人を斬ってきた後なのだろう、血の臭いがするし風呂に入りたいのはわかるが、なぜデリケートな青年の女性問題にまで口を突っ込んでくるのだ。
「じゃあいい。バルのとこで入ってこよう……」
レネは咄嗟に、ルカーシュの腕を掴んで引き止める。
ルカーシュが、テプレ・ヤロで屈強な男と連れ込み宿に入っていったのを見て以来、レネはバルナバーシュとの関係を怪しんでいる。
他の男だったら勝手にしろと思うが、さすがにバルナバーシュとのそういう関係は想像したくない。
真夜中、養父の部屋の風呂なんかにこの男が入ったら、なにかが起こってしまいそうな気がして、レネは阻止する。
「貸してやるよ。でも、一つ条件がある。ドプラヴセは何者なのか教えろよ」
「じゃあ、風呂から上がってからな……」
(すんなり教えてくれるとは意外だ……)
ぽいぽいと服を脱ぎ散らかしながら、ルカーシュは浴室へと向かう。
「そんなの待ってたら朝になる、いま話せよっ」
この男は恐ろしいほどの長湯だ。
「じゃあ、浸かってる間に隣で聞いてろ」
仕方ないので、レネは脱衣所にある椅子を浴槽の隣まで持っていってどかりと腰を下ろした。
特になにもすることがなく、シャワーを浴びながら髪を洗っているルカーシュの後ろ姿を眺める。
『これ以上は無駄な筋肉を付けるな』と見せられたお手本の身体だが、筋肉の付き辛いレネの身体は努力の結果、やっと似た体型になってきた。
同じような動きをするので、発達する筋肉も同じなのだろう。
だが腹筋はルカーシュの方が割れていて少し悔しい。
それと、背中の鞭の痕。
傷一つ無い自分の身体とは違う。
ルカーシュは他の団員たちの前では絶対肌を晒さない。
たぶんこの背中の傷を詮索されるのが嫌だからだ。
ドプラヴセは拷問の痕だと言っていたが、身体に傷が残ることのないレネには少し羨ましい気もした。
「で、なにが訊きたいんだ?」
そう言いながらルカーシュは、洗った髪を軽くタオルで拭くと、手慣れた仕草で長い髪を一纏めにして頭上で結ぶ。
湯に浸かった時、拭いた髪が濡れないためだろうが、それがそのまんまコジャーツカ族の髪型で、レネは思わず笑ってしまう。
「お前、人がせっかく話してやろうとしてんのに、なに笑ってんだよ」
ぽちゃんと音をたてて浴槽に浸かった師匠から、容赦なくバシンと頭を叩かれる。
「痛って……」
裸でよかった。本来だったらここでナイフが飛んでくる。
ルカーシュは近くでよく見ないとわからないのだが、白い肌に薄いオレンジがかったソバカスが浮いている。
ソバカスはドロステアでは男女共セックスアピールになる。ほくろと同じだ。
そういえば……唇と乳首もオレンジと濃いピンクのちょうど真ん中の色だ。そして性器も。
肌の色が濃い所は全部オレンジがかっている。
「さっき、歓楽街でパソバニの領主が捕まった」
「えっ!? どうしてパソバニの領主がメストにいるんだ?」
「密輸の疑いで、ずっとドプラヴセが『運び屋』として荷物を運びながら追いかけてた。そしてあいつがメストまで上手いことおびき寄せた」
「ルカも一緒にいたのか?」
「ああ。本来は俺がパソバニにも行く予定だったからな」
足を浴槽の縁に乗せて、ルカーシュはまるで自分の部屋のように寛いでいる。
「あいつは何者なんだ?」
「これからお前も一緒に仕事をすることが増えるだろうな」
「……オレはあいつ嫌いだ」
ニヤニヤと笑って、常にレネを支配しようとするあの感じが苦手だ。
「好き嫌いで仕事するわけじゃないだろ」
青茶の目で睨まれる。
ルカーシュの瞳は複雑な色をしており、まるで青いインクに錆びた鉄の色が混じっているようだ。
「そうだけど……」
「お前もわかってるだろうと思うが、ゆくゆくはバルの跡を継がなきゃならない。実の息子と決闘して養子のお前を連れ帰ったんだぞ。それも皆に見せつけながら」
初めてルカーシュからそんなことを言われた。
「……」
跡継ぎに関しては、自分がリーパの団長になるなんて想像もつかない。
だが「自信がない」という甘えた言葉など吐いたら、レネはこの男に殺されそうだ。
だから今は頭からそのことを切り離す。
「覚えなきゃいけないことがたくさんある。その中でもドプラヴセとの関係はリーパにとっても重要だ」
「……あいつが持ってた記章みたいなのはなんだ?」
「これのことか?」
「……!?」
いつの間にか、ルカーシュの手の中にはドプラヴセと同じ記章が握られていた。
左側に白い獅子、右側には山猫の紋章。下には『闇を暴く』と古代語でモットーが書かれている。
「なんなんだ……それは?」
「ディヴォカ・コチカ。通称『山猫』と呼ばれている国王直属の捜査機関だ。主に貴族の不正を取り締まってる」
「だから……パソバニの領主を? ——ルカも、その一員なのか?」
「ああ……でも今夜はここまでだ。お前にはまた少しずつ話していくつもりだ」
そう言い残すと、ルカーシュにしては短い時間で入浴を終え、勝手にレネのバスローブを羽織って部屋を出ていった。
「おいって……」
師はいつもとつぜんやって来て、そしてとつぜん帰っていく。
「——こんなもん、忘れてくんじゃねーよ……」
レネは頭にきて、床に脱ぎ捨てられたままのどぎつい色の下着を摘むと、浴室の窓から投げ捨てた。
今夜はますます眠れそうにない。
あれから這々の体でメストに帰り着くと、ゼラから引きずるように医務室に連れて行かれ、古株の癒し手、イグナーツから腕の傷の治療を受け、丸一日の休養を言い渡された。
人使いの荒い依頼主のお陰で、レネは疲労困憊していのだ。
しかし一日休養するとすっかり元気を取り戻し、仕事に復帰していた。
(あの仕事はいったいなんだったんだ?)
ぼんやりと眠れない夜に、レネはベッドの中で独り物思いに耽る。
ドプラヴセがコンラートに見せていたあの記章も気になっていた。
あれを見たとたん、鷹騎士団が手を引いていた。ドプラヴセの所属する組織の方が権力を持っていることになる。
(わかんねーーー)
レネは羽根枕を抱いてゴロゴロとベッドの上を転がる。
(——ん?)
なにかの気配を感じ、レネは枕元に置いてある剣に手を掛け様子を窺う。
鍵を締めているはずの、バルコニーに繋がる窓がガチャガチャと音をたて、勝手に開く。
「おい、人の部屋へ黙ってに入ってくんじゃねーよ」
とつぜんやって来たルカーシュを咎めるが、まったく気にしてない。
「別にいいだろ? 女でも連れ込んでるならまだしも、お前いっつも一人寝だろ」
とても師匠と弟子の会話には聞こえない。
普段の二人の取り澄ました会話しか知らない団員たちが聞いたら、開いた口が塞がらないだろう。
「それとなんの関係があるんだよっ! 自分の部屋から入ればいいだろ」
(いちいち気に障ることばかり言ってイライラくる……)
「ちょっと風呂を貸せよ、俺のとこ今お湯が出ねーんだよ」
「人にものを頼む態度かよ……」
人を斬ってきた後なのだろう、血の臭いがするし風呂に入りたいのはわかるが、なぜデリケートな青年の女性問題にまで口を突っ込んでくるのだ。
「じゃあいい。バルのとこで入ってこよう……」
レネは咄嗟に、ルカーシュの腕を掴んで引き止める。
ルカーシュが、テプレ・ヤロで屈強な男と連れ込み宿に入っていったのを見て以来、レネはバルナバーシュとの関係を怪しんでいる。
他の男だったら勝手にしろと思うが、さすがにバルナバーシュとのそういう関係は想像したくない。
真夜中、養父の部屋の風呂なんかにこの男が入ったら、なにかが起こってしまいそうな気がして、レネは阻止する。
「貸してやるよ。でも、一つ条件がある。ドプラヴセは何者なのか教えろよ」
「じゃあ、風呂から上がってからな……」
(すんなり教えてくれるとは意外だ……)
ぽいぽいと服を脱ぎ散らかしながら、ルカーシュは浴室へと向かう。
「そんなの待ってたら朝になる、いま話せよっ」
この男は恐ろしいほどの長湯だ。
「じゃあ、浸かってる間に隣で聞いてろ」
仕方ないので、レネは脱衣所にある椅子を浴槽の隣まで持っていってどかりと腰を下ろした。
特になにもすることがなく、シャワーを浴びながら髪を洗っているルカーシュの後ろ姿を眺める。
『これ以上は無駄な筋肉を付けるな』と見せられたお手本の身体だが、筋肉の付き辛いレネの身体は努力の結果、やっと似た体型になってきた。
同じような動きをするので、発達する筋肉も同じなのだろう。
だが腹筋はルカーシュの方が割れていて少し悔しい。
それと、背中の鞭の痕。
傷一つ無い自分の身体とは違う。
ルカーシュは他の団員たちの前では絶対肌を晒さない。
たぶんこの背中の傷を詮索されるのが嫌だからだ。
ドプラヴセは拷問の痕だと言っていたが、身体に傷が残ることのないレネには少し羨ましい気もした。
「で、なにが訊きたいんだ?」
そう言いながらルカーシュは、洗った髪を軽くタオルで拭くと、手慣れた仕草で長い髪を一纏めにして頭上で結ぶ。
湯に浸かった時、拭いた髪が濡れないためだろうが、それがそのまんまコジャーツカ族の髪型で、レネは思わず笑ってしまう。
「お前、人がせっかく話してやろうとしてんのに、なに笑ってんだよ」
ぽちゃんと音をたてて浴槽に浸かった師匠から、容赦なくバシンと頭を叩かれる。
「痛って……」
裸でよかった。本来だったらここでナイフが飛んでくる。
ルカーシュは近くでよく見ないとわからないのだが、白い肌に薄いオレンジがかったソバカスが浮いている。
ソバカスはドロステアでは男女共セックスアピールになる。ほくろと同じだ。
そういえば……唇と乳首もオレンジと濃いピンクのちょうど真ん中の色だ。そして性器も。
肌の色が濃い所は全部オレンジがかっている。
「さっき、歓楽街でパソバニの領主が捕まった」
「えっ!? どうしてパソバニの領主がメストにいるんだ?」
「密輸の疑いで、ずっとドプラヴセが『運び屋』として荷物を運びながら追いかけてた。そしてあいつがメストまで上手いことおびき寄せた」
「ルカも一緒にいたのか?」
「ああ。本来は俺がパソバニにも行く予定だったからな」
足を浴槽の縁に乗せて、ルカーシュはまるで自分の部屋のように寛いでいる。
「あいつは何者なんだ?」
「これからお前も一緒に仕事をすることが増えるだろうな」
「……オレはあいつ嫌いだ」
ニヤニヤと笑って、常にレネを支配しようとするあの感じが苦手だ。
「好き嫌いで仕事するわけじゃないだろ」
青茶の目で睨まれる。
ルカーシュの瞳は複雑な色をしており、まるで青いインクに錆びた鉄の色が混じっているようだ。
「そうだけど……」
「お前もわかってるだろうと思うが、ゆくゆくはバルの跡を継がなきゃならない。実の息子と決闘して養子のお前を連れ帰ったんだぞ。それも皆に見せつけながら」
初めてルカーシュからそんなことを言われた。
「……」
跡継ぎに関しては、自分がリーパの団長になるなんて想像もつかない。
だが「自信がない」という甘えた言葉など吐いたら、レネはこの男に殺されそうだ。
だから今は頭からそのことを切り離す。
「覚えなきゃいけないことがたくさんある。その中でもドプラヴセとの関係はリーパにとっても重要だ」
「……あいつが持ってた記章みたいなのはなんだ?」
「これのことか?」
「……!?」
いつの間にか、ルカーシュの手の中にはドプラヴセと同じ記章が握られていた。
左側に白い獅子、右側には山猫の紋章。下には『闇を暴く』と古代語でモットーが書かれている。
「なんなんだ……それは?」
「ディヴォカ・コチカ。通称『山猫』と呼ばれている国王直属の捜査機関だ。主に貴族の不正を取り締まってる」
「だから……パソバニの領主を? ——ルカも、その一員なのか?」
「ああ……でも今夜はここまでだ。お前にはまた少しずつ話していくつもりだ」
そう言い残すと、ルカーシュにしては短い時間で入浴を終え、勝手にレネのバスローブを羽織って部屋を出ていった。
「おいって……」
師はいつもとつぜんやって来て、そしてとつぜん帰っていく。
「——こんなもん、忘れてくんじゃねーよ……」
レネは頭にきて、床に脱ぎ捨てられたままのどぎつい色の下着を摘むと、浴室の窓から投げ捨てた。
今夜はますます眠れそうにない。
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