菩提樹の猫

無一物

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12章 伯爵令息の夏休暇

28 悪だくみ

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◆◆◆◆◆


 ベルナルトはパトリクと二人、小用に立つふりをして茂みの中へと身を忍ばせる。

「実は……あの二人にもう一恥かかせてやろうと思って、とっておきの準備をしてるんだ」

 ベルナルトは口元に冷たい笑みを浮かべ、パトリクに囁く。

「まだ苛めるのかい。あの従者は相当参ってるだろ」

 自分の騎士にレネをそこまで追い詰めさせておきながら、まるで棚に上げたような言い方だ。
 
「俺はアンドレイを貶めてやりたいんだ」

 今回はデニスではなく、頼りのないあの従者だ。チャンスは今しかない。

「なにか考えてるのか?」

 パトリクの質問にベルナルトはニヤリと笑った。

「今夜、偽物の山賊がこの島へやって来ることになっている」

「なんだって!?」

 実はこの話は、リンブルク伯爵夫人のヘルミーナから持ちかけられた話で、アンドレイがクーデンホーフ侯爵家の令嬢アリアナとの婚約を阻止するために、利害の一致したヘルミーナとベルナルトが手を結んだことからはじまる。
 ヘルミーナは自分の息子のタデアーシュを次期リンブルク伯爵の座へ就かせるため、ベルナルトは自分がアリアナ嬢を手に入れるため、それぞれ動いている。
 偽の山賊はヘルミーナが金で雇った男たちを用意すると言っていた。

「山賊たちに二人を裸に剥いて動けないよう縛り上げて、街の広場に転がしといてもらう」

 そうすればアンドレイは街中の笑いものになり、マリアナ嬢もそんな男と婚約したりはしないだろう。
 我ながらいい考えだと思う。

「おい……それはあんまりじゃないか?」

 パトリクは眉を顰めて混乱している。

「別に怪我をさせるわけじゃないんだ」

「じゃあ一緒にいるわたしたちはどうするんだ?」

 一緒にいたら怪しまれるに決まっていると思うのも仕方がない。

「勇敢なお付きの騎士が、山賊たちから身を守り無事に島を脱出できたということにする。迎えの舟が来るから、山賊たちとはちょうど入れ替わりになる」

「じゃあそれに乗ってわたしたちだけ脱出するのか? でもあの二人も一緒について来るだろ? まさか二人だけ舟に乗せないのか?」

「それはいい考えがあるから、任せておけ」


◆◆◆◆◆


 なんとか乾いた服を来て、レネは人心地つく。
 寒さもあるし、素肌に纏わり付く視線も気持ち悪かった。
 付き人三人で片付けをしていると、ベルナルトとパトリクが藪の方へと消えていった。きっと小用かなにかだろう。
 結局あの二人は騎士たちに任せてなにもしない。

(こんなんじゃ無人島に来た意味がないじゃないか……)
 
 アンドレイはというと、火が消えない様に薪を足したりと、焚き火の管理に余念がない。
 リーパの中でも、焚き火に異様な関心を示す男たちが一定数いるが、アンドレイもそういった人種なのだろう。

「お~~~い、アンドレイ! ちょっとこっちに来いよ」

 ベルナルトの呼ぶ声に、アンドレイは薪を持ったまま声のした方を振り返る。

「ちょっとすぐそこだから行ってくるね」

 まだ片付けて手のあかないレネの方を一度見ると、獣道を分け入った。

「おい、こらっ、一人で行ったら危ないだろっ!!」

 レネは手を止めて慌てて後を追うが、一足遅かった。

「——うわっ!?」

 叫び声を聞くと、レネは急いでアンドレイの元へと走る。

「アンドレイっ!? 大丈夫?」

 獣道にしゃがんだまま動かなくなっている少年を見つけ、すぐに駆け寄り様子を窺った。

「うーーーん……木の根っこに引っ掛けて、足を挫いちゃった……」

 顔を顰めながら、足首をさすっている。

 暗闇のなか目を凝らしてみると、道を跨ぐように根を張った木の根が、まるで足を引っ掛ける罠の様に、地面から弧を描く様に張り出していた。
 明るいうちにこの道を通ったが、こんなに根っこは露出していただろうか?
 レネは首を傾げる。

「おい、アンドレイこんな所でどうしたんだよ、せっかく木の幹にでっかい蛾が止まってたから呼んだのに。逃げちゃったじゃないか」

 呼んでも来ないので、痺れを切らしてベルナルトが様子を見に来た。

「ちょっと足を挫いて」

 気恥ずかしい顔をしてアンドレイが事情を説明する。

「なんだよ……大丈夫か? 泉の方で足を冷やした方がいいかもしれないな。そこまでだから一緒に行こう」

 パトリクもやって来て、結局四人で泉へと向かうことになった。


「あれ……? 泉の周りが光ってる」 

 黄色い小さな光が、泉を囲む藪の周りを飛び回っているのが見えた。

「蛍だ……」

 レネの手の中に一匹小さな光が迷い込んできた。

「わぁ……こんなにたくさんいるのは初めて見たかも」

「蛍って本当に光るんだな」

 後ろからついてきた二人も、その光景に圧倒されている。

 パトリクは蛍さえ見るのが初めてのようだ。

(どこまでお坊ちゃまなんだよ……——あれ……!?)

 レネはゾクゾクとする違和感を背中に覚えた。
 

「——アンドレイ、他の二人ともここの藪に隠れて」

 珍しそうに蛍を眺めているベルナルトとパトリックも、近くへ呼び寄せる。

「なに?」

「じっとしてろ」

 有無を言わせなぬ強い制止に、三人はただならぬ事態を感じ取り押し黙った。
 
『あっちに丸太小屋があるだろ? あっちなんじゃないのか?』
『でも、ここら辺でさっき話し声が聞こえなかったか?』
『さっさと後の奴らが来る前に、ガキを殺して首だけとってずらかるぞ』
 
 武装した男たちが、ぞろぞろと目の前の獣道を通って行く。

(なんだあいつら……まさかアンドレイを狙った刺客か?)

 数にして五、六人だが、まだ後から違う男たちが来るような不穏な会話の内容だ。

 完全に通り過ぎるのを待っていたら、不自然に肩を揺らしていたパトリクが「くしゅん」とくしゃみをした。
 その音を聞きつけて、男たちの足が止まる。

『おい、今そこでくしゃみが聴こえたぞ』
『あの藪に隠れてるのか?』

 男たちが引き返してきて、こちらへと近付いてくる。
 後ろでは三人の少年たちが、体験したことのない恐怖に震えている。
 これ以上賊が接近したら、少年たちはパニックを起こして勝手に逃げ出して捕まるかもしれない。

(——畜生……その前に突っ込むしかないな……)

「お前ら、絶対そこから動くな」

 そう言い残すと、レネは藪から飛び出し男たちの方へと走り出す。


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