菩提樹の猫

無一物

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14章 エミリエンヌ嬢を捜索せよ

5 二年ぶり

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◆◆◆◆◆


 レネたちが通されたのは来客用の一室で、大きな窓からは綺麗に手入れされた庭が見えた。
 少し赤く色付いたバラの木には今年最後の花が儚げに咲いている。
 その先には石造りのガゼボがあり、大木になった藤の蔓が巻きついていた。

 グリシーヌとは古代語で藤を意味する。
 古代は公国として存在していた公爵家の象徴ともいえる木だそうだ。

(それにしても凄いな……)

 敷地の広さだけでも驚きなのに、屋敷の中はもっと凄かった。
 玄関ホールから三階まで繋がる大きな階段は、そこだけでも大きな家が建ちそうな広さで、まるで劇場のエントランスのような造りだ。
 柱や天井は細かな彫刻が施されており、ホールの一番上のドーム状の天窓からは光が溢れ、神でも降臨してきそうな雰囲気がある。

 通された部屋も白と金を基調とした部屋で、これでもかというほど訪れる者を圧倒するのだが、決して成金趣味には見えないのが不思議だ。

「アンドレイのお母さんの実家って凄いんだね……」

 レロの名門貴族だとは知っていたが、ここまでだとは思わなかった。
 領地にあったあの大きな城の中はもっと凄いんだろうと想像する。
 バルトロメイとヴィートもとんでもない所にやって来たとばかりに、キョロキョロと視線を泳がせている。

「色々お世話になっているけど、僕は外孫だし、あんまり関係ないんだけどね」

 アンドレイは頭を掻きながら謙遜するが、ここに暮らしているだけでも充分凄い。
 それに、祖父母が自分の屋敷に呼び寄せるほどアンドレイは可愛がられているのだ。

 レネが今まで仕事で訪れたどの貴族よりも、グリシーヌ公爵家は格式が高い。
 世の中には格式だけで飯は食えず、見栄だけを張って家計は火の車という貴族も少なくない。
 しかしグリシーヌ領は広大な上、高級家具の産地としても有名で、国内だけでなく西国三国の王侯貴族の邸宅は大抵がグリシーヌ家具で揃えるというほど人気があった。
 今レネが座っている椅子も、吃驚するほど座り心地が良い。どうやら本当に良い家具とは見かけの豪華さだけではないようだ。
 
(そりゃあ人気があるはずだ……)

 
 
 お茶が運ばれてくると、レネはここへやって来た目的をかいつまんでアンドレイたちに話す。

「——じゃあレネはド・ホーダへ行くためにグリシーヌへ行ったけど、誰もとりあってくれなかったんだね」

 もちろん自分が古代王朝の直系であることや『復活の灯火』については話していない。
 
「まあ、普通そうだよね。ここはアンドレイがいてくれたからよかった」

 その時のことを思い出しレネは苦笑いをする。
 城の門番から全く相手にされず、名前を告げることさえもできなかった。

「僕は血の繋がりはあるけれど外の人間だから、あんまりそこら辺は詳しくないんだけど、祖父は多忙だから、祖母に話してみるよ」

「ありがとう。助かるよ」

 こうして訪ねて行けば、アンドレイはレネのために動いてくれるとわかっていた。
 別に悪いことをしているわけではないけれども、良心につけ込むようで、レネは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「でもね今はちょっと色々あって、すぐには取り次いでくれないと思う。部屋を用意するから、そこに滞在してもらっていいかな?」

 やはり公爵家でなにか問題が起こっているのか、アンドレイは言葉を濁しながら申し訳なさそうにレネたちに告げた。

「いや、無理言ってるのはこっちだし、今日が無理だったら明日来るよ」

 屋敷に居座るほど厚かましい神経は持ち合わせていないので、レネはアンドレイの申し出をあわてて断る。

「でもまだ宿も決めてないんでしょ?」

 みすぼらしい格好をして不審がられないようにと、ファロには昨日のうちに着いて風呂付の宿屋で綺麗に身支度を整え臨んできた。
 しかし、どうなるか先が読めないので、まだ今日の宿は取っていない。

「いや、明日また出直して来るから——」

「レネ、わかってやれ」

 レネの言葉を遮る様に、突然デニスが口を挟んできた。
 
「えっ……なんです?」

 いきなりなにを分かれというのだ。

「アンドレイは、お前と積もりに積もった話をしたくてたまらないんだ。なにか他にも特別な用事があるなら仕方ないが、予定がないのならこいつに付き合ってやってくれ」

「そうだよ、二年ぶりに会ったんだよ! いっぱいレネと話したいに決まってるじゃん」

 アンドレイは二年の間に背も伸びて、レネなんかよりも身体つきもしっかりしてすっかり大人になったと思ったのに、こんなところはあった時と全く変わらない。
 主従の息の合った連携プレイで、申し出を断る理由を持たないレネは、完全に外堀を埋められた。

「それにいつの間にか騎士まで従えて、俺だってなにがあったのか興味がある」

 デニスはチラリとバルトロメイを一瞥すると、レネに視線を合わせニヤリと笑った。
 
(デニスさん……そんな所に食いつかないくれ……)
 
 褐色の肌を持つ騎士は、一番触れてほしくないところをつついてくる。

「ああーだから……色々あったんですって」

「だから、その色々が僕も知りたいんだよ」

 いつの間にか、アンドレイまでが目を輝かせている。
 バルトロメイが余計なことをいうものだから、妙な所に興味を持たれてしまったではないか。
 ことの経緯をこの二人に話さなければいけないのかと思うだけで、頭が痛くなってきた。


「レネ、遠慮なくお言葉に甘えろよ」

「そうそう。ここまで言われたら断る理由がないだろ」

 連れの二人からそう言われたらもう断る理由がなくなる。
 ここにはレネの心中を察する者など誰もいない。

「……わかったよ。お世話になります」

 レネは渋々答えながらも、バルトロメイとの関係をどこまで話せばいいのか悩んでいた。
 


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