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番外編 ホルニークとの打ち上げで
2 接待
しおりを挟む◆◆◆◆◆
今回はレネたちが留守のあいだ世話になったホルニーク傭兵団の手伝いで、イノシシ狩りに来ていた。
その打ち上げとして、今夜宿泊するレカの町の居酒屋で飲み会が行われる。
リーパにとっては完全にアウェイだ。
ボリスは行きがけにルカーシュから言われた言葉を反芻する。
『わかってるな、飲み会はお前たちがちゃんと接待するんだぞ』
まだ年若い団長のフォンスには、リーパの空いた穴を埋めてくれただけでなく、アネタと双子たちのことで個人的にも世話になっていた。
作った借りはちゃんと返す主義のボリスは、相手に気持ちよく飲んでもらうためにその役を買って出た。
「——バート、お前はいつもレネの横にいてばかりだろ。たまには場所を代われ。ロランドと交代」
レネの隣をお陣取り、斜め向かいに座るフォンスを睨んでいたバルトロメイを、一番端の席に追いやる。
バルトロメイは一瞬嫌な顔を見せるが、任務に穴を空けた張本人の一人なので、大人しくボリスの言うことを聞いて席を立った。
代わりに、ニコニコと笑顔を浮かべたロランドがやって来た。
この男はちゃんと自分の求められる役割を理解しているようだ。
中身はアレだが、ロランドがレネの隣に並ぶだけで、男臭い空気が和らぐ。
なんせ向かいの席に座るホルニークの面々は、髭面のいかつい連中ばかりだ。
「——そういや、オレ……あんたたちにお礼言わなきゃってずっと思ってたんだ」
目の前に座るレネが急に姿勢を正して、そう切り出した。
ボリスが宿に荷物を置いて着替えている時に、ちゃんとフォンスに礼を言えとレネに言い聞かせていた。
「なんだよ、改まって」
フォンスはいつになく殊勝なレネの態度に、戸惑っているようだ。
どこか傲慢な所のあるフォンスに、レネはいつも不機嫌な猫の態度を取っていた。
しかし今日はそういうわけにはいかない。
ボリスはレネと互いに目を合わせ頷いた。
(打ち合わせ通りにするんだよ)
「オレたちが抜けてる間に、リーパの仕事を引き受けてくれてみたいだし……それとは別にあんたたち三人で、姉ちゃんたちをジェゼロからオレクの所まで護衛してくれたって聞いた。なにからなにまでお世話になりました」
立ち上がりペコリと頭を下げる。
それは効果抜群で、フォンスの頬がうっすらと赤く染まっていた。
「——本来ならば私が妻子を守らなければならないのに、君たちには感謝してもしきれない」
ボリスももう一度、我が子と妻を護ってもらった礼を述べる。
フォンスには会うたびに告げているが、言いすぎて悪いことはない。
「……ああなんだ、そんなことか。お互い様だろ。だからこうしてリーパにも手伝ってもらってるし。俺たちもあんたたちのお陰で厄介なイノシシの大群を壊滅できたし」
まんざらでもない顔をしながら述べるフォンスの言葉を聞いて、ボリスは自分の役目を果たしたと満足した。
ホルニークの団長が、今回の協力で今までのことがチャラになったと思ってくれるだけでいいのだ。
「——あんたは仕事とは思えないくらい楽しんでたよな」
急にフォンスの右腕的存在のヨーが、ロランドを見て笑う。
ロランド本人は何を言われたのかよくわかっていないようだが、お昼の狩りの様子を思い出し、ボリスも苦笑いする。
カレルの槍をもぎ取って、雄たけびを上げながら一心不乱にイノシシを狩っていた姿は、日頃の澄ました姿とはかけ離れたものだった。
「野生のロランドだったな」
「おい、なんだよその言い方は!」
「イデ、デデデ……」
ニヤニヤ笑うレネの頬を容赦なくロランドがつねる。
まだこれくらいで済んでいるから可愛いものだと、ボリスは二人の様子を見守ることにした。
ホルニークの面々も、笑いながらその様子を眺めている。
普段はあまり表情を表に出さないゾルターンも口を覆って笑っているので、よしとしよう。
「貴族相手の仕事ばかりしていると、ストレスが溜まって来るんですよ」
爽やかな笑顔の仮面をかけなおして、ロランドがフォンスたちに向き直る。
ご婦人たちを相手に上手くやっているとばかり思っていたが、やはりこの男も神経をすり減らしていたようだ。
「そうだろうな。あんたでもストレスがたまるくらいだから、慣れないうちの団員はもっと苦労したみたいだぜ」
フォンスのその言葉をきっかけに、堰を切ったようにホルニークの面々から愚痴が零れてきた。
「慣れない護衛の仕事は大変だったんだぞ」
「そうだそうだ、お屋敷でお行儀よくするのも肩が凝ったし」
「金持ちはムカつくよな。金で雇ったら何してもいいと思ってやがる」
「俺なんか見てくれが悪いって理由でチェンジされたからな」
「じっと動かず見張りするなんて、俺たちの性に合ってねえんだよ」
フォンスやゾルターンは、決闘の代闘士として貴族たちの仕事を請け負っている。しかし他の団員たちは、今回のように獣狩りや揉め事を解決する仕事がほとんどで、あまり富裕層に接する機会がない。
護衛の仕事は特殊で、ただ強いだけでは顧客を満足させることは難しい。
せっかくリーパとホルニークの貸し借りはこれでえ終わったと思ったのに、どうも雲行きが怪しい。
面倒な展開になってきたと、ボリスは人知れずため息を吐く。
◆◆◆◆◆
「——せっかくこの店で飲んでるんだし、俺たちの遊びをリーパでやってもらおうぜ」
ホルニークの団員が言い出した一言に、フォンスは無言で考え込む。
「そりゃおもしれえ。余興にちょうどいいな」
「どうせ今日は泊まりだし問題ないだろ」
他の団員たちもすでに乗り気だ。
フォンスは二つの傭兵団がたびたび交流するようになって気付いたことだが、炭鉱夫たちが集まったホルニークと比べ、リーパはどこかお上品なところがある。
リーパには十の禁止事項があり、それを破ったら罰金を払わないといけないと聞いたことがあるがそれが原因かもしれない。
ここの居酒屋に来たらホルニークの団員たちで必ずやるゲームがあった。
ホルニークの中では大人しい遊びの一つなのだが、これを……リーパの面々に強要していいのだろうか?
フォンスは良心の呵責に苛まれた。
しかし、我が傭兵団と比べたらやたらと顔面偏差値の高いリーパの男たちを、困らせてやりたいという悪戯心が湧いてきた。
「せっかく俺たちの仕事を手伝いに来てくれたんだ。最後まで俺たちのやり方で楽しんでもらおうか」
ここまできたらとことん楽しもう。
フォンスの許可が下り、ホルニークの面々も、わっと歓声を上げる。
「じゃあ早速、酒を持って来てもらおう。おやじ、ズミエ酒と新しいグラスを九つ。そしていつものお茶を頼む」
ヨーが店員を呼んで例の酒を注文する。
「——なんだよ……嫌な予感しかしねえぞ……」
不穏な空気に気付いた猫が毛を立てると、他のリーパの団員たちもザワザワと騒ぎ始めた。
「おい猫ちゃん。留守番してた俺たちは完全にとばっちりだぞ」
留守番組のカレルが自分たちも被害者だと主張すると、元ホルニークのヤンが続く。
「だよな。休日返上で仕事した日もあったんだぜ」
「俺なんか団長の隣にいてどれだけ息が詰まったか」
優男のロランドが腕組みをして息を吐く。
この男は……副団長代理として執務室で仕事をこなし、連絡係として何度もホルニークを訪れていた。
「おい、テメェは団長をからかって楽しんでたくせに何を言う」
カレルがすかさず突っ込みを入れる。
フォンスは度重なる合同鍛練で、ロランドが温厚なふりをして実はなかなかイイ性格をしていると知っていた。
なのであの鬼団長をからかうという信じられない行為も、この男ならやりかねないと思う。
「団長をからかうなんて出来るわけないだろ」
心外だと言わんばかりの顔をしてロランドが、赤毛の男を睨み返す。
「内輪もめはその辺にしとけ」
親父が透明の大きな瓶に入った酒を目の前に持ってきたので、いったん騒ぎを終了させる。
フォンスが止めなくとも、リーパの面々は瓶の中に入った物体へ釘付けになっていた。
瓶の中には、度の高い酒に漬けたズミエという毒蛇が入っている。
ズミエはこの辺一帯にしか生息していない蛇で、ズミエ酒は普通の蒸留酒の十倍の値が付くほど高価なものだ。
「まさか……俺たちにこれを飲めと……」
案の定、ロランドが顔を顰めて酒の中身を睨んでいる。
お上品な男には縁のない酒だ。
レネに至っては無言のまま固まり、ボリスの腕にしがみついていた。
その姿を見て、フォンスはすぐに合点がいった。
以前いっしょに釣りをした時に、餌に使うミミズを怖がっていた。
多分レネは、ニョロニョロした足のない生き物が苦手なのだ。
レネが怯える姿など滅多に見られない。
加虐心を刺激されたフォンスは、わざと意地悪な質問をする。
「なんだレネ、もしかしてゲテモノは苦手なのか?」
「そ…そんなことない。ただ吃驚しただけだ」
強がりな所のあるレネは、絶対にそう答えるだろうと思っていた。
ロランドが隣で「のせられるな」と言わんばかりにレネの袖を引っ張っているが、もう遅い。
「別に全員飲んでもらおうって言ってるわけじゃない。これ一杯7000ペリアもする高級酒だぞ。当たりは一杯だけで他はお茶だ。たかが酒だ、そんな大したことじゃないだろ?」
いや、実際は大変なことになるのだが、今ここで教えてやる必要はない。
他のホルニークの男たちも同じことを思っているようで、誰も酒の効能については触れない。
「……なーんだ……」
先ほどの強がりはどこにいったのか、レネは見るからにほっとした様子だ。
よっぽどズミエ酒を飲むのが嫌なのだろう。
「ゲテモノ酒を引き当てた奴が嫌々ながら飲むのを眺めて笑うだけだ。大したことないだろ。こいつらは毎回、嫌々ながら酒を飲む奴を見るのが楽しくて仕方ないんだ。我慢して慣れない仕事を手伝ったホルニークの憂さ晴らしに付き合ってくれ」
「こっちも長い間お世話になってたし、そんくらいなら別にいいよ。……なあ?」
レネが他の団員たちに確認を取る。
「俺は構わねえぜ」
「おもしろそうじゃん」
「酒は酒だろ?」
「ニョロニョロが嫌いなお前だけの問題だよな」
この酒について何も知らない男たちから反対の声は上がらない。
しかし……。
「……おっ…おい、この酒は——」
元ホルニークのヤンはこの酒がなんであるか知っており、仲間たちに知らせようとするが、フォンスは凄みを利かせたひと睨みでそれを阻止する。
「…………」
大きな図体の割に気の優しい所のあるヤンには、効果てきめんだった。
これ以上邪魔が入らぬうちにと、フォンスは酒の隣に置かれた冷茶の入ったピッチャーを手に取り、新しくきたグラスにお茶を注ぐ。
この酒はちょうどお茶と同じ琥珀色をしているので、お茶の中に紛れたら全く区別がつかない。
フォンスは冷茶をグラスに注ぎ分けると、残り一つの空いたグラスに、禍々しい蛇の沈んだ瓶から液体を注いだ。
「今からシャッフルするからあんたたちは後ろ向いてろ」
ヨーに手伝ってもらい、どれか分からないようにグラスの位置を変える。
自分たちでもどれが当たりか分からなくなるまで混ぜると、グラスを丸いお盆の上に並べた。
「よーしこっち向いていいぞ。一番端のヤンから好きなグラスを選べ」
全てを知っているヤンは、真剣にグラスを覗き込んで、一つを自分の前に置く。
グラスを乗せたお盆を順番にまわして、一つずつリーパの団員たちに選ばせた。
「じゃあ選んだやつを、一気に飲み干してもらおうか」
「飲み干しても黙ってろよ。誰が当たりなのか予想するのがこのゲームの醍醐味なんだからな」
ヨーが大切なことを付け加える。
表情を見合って誰が当たりを引いたか探り合うのがこのゲームの面白さなのだ。
リーパの団員たちは目配せしあうと、グラスを持ち上げ、一気に琥珀色の液体を飲み干した。
レネはよっぽど飲みたくないのか、目を瞑り鼻を摘まんで飲んでいる。
ホルニークの男たちはゲラゲラ笑いながら、その様子を眺めていた。
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