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番外編 ホルニークとの打ち上げで
3 当たりを引いたのは
しおりを挟む「うわ~~~、こんな男前の集団がマジで飲みやがった」
「誰が灰になるのか楽しみだな」
「ヤンの奴が当たり引いても面白くねえな」
これから何が起こるのか知っている男たちは、欲望の含んだ好奇心を目に宿して、これから起こるであろう変化を眺めている。
「——おい、どういうことだよ」
ホルニークの団員たちの含みのある言葉に、カレルが噛みつく。
飲んでしまったら後戻りできないので、ここで種明かしをしてやろうとフォンスは口を開いた。
「滅多に他所には出回らないから、誰もズミエ酒の効能なんて知らねえよな」
何も知らないから、言われるまま素直に飲んだのだろう。
こんなに綺麗に騙されてくれると、嵌めたフォンスも愉快でたまらない。
「なんだよ……効能って、まさかっ……毛深くなるとかじゃねえだろうなっ!?」
レネが不安な面持ちで、見当違いなことを言い出す。
「毛深くなっても、別に罰ゲームにはならねえだろ」
すぐにフォンスは言い返した。
体毛が濃いことは男らしさの証でしかないのに、このツルツルは何を言っているのだ。
「は? じゅうぶん罰ゲームだろ、それ」
「ロランド、人はそれぞれ価値観が違うんだよ」
今度はロランドがフォンスの意見に反論するが、それをボリスがなだめた。
二人のやり取りを聞いていると、フォンスはなんだか無性に腹が立った。
だが余裕があるのも今のうちだ。
「——あのなあ……言っとくけどこの酒は毛生え薬でもなんでもねえ。強力な精力剤だ」
「……精力剤?」
リーパの団員たちが、一斉にフォンスの方に目を向けた。
「八十過ぎても跡取りに恵まれたかった貴族の爺さんが、これ飲んだとたん復活して子供ができたって逸話がある」
それから、噂を聞きつけた金持ちのジジイどもが買いあさったために、こんなに高値に跳ね上がってしまったのだ。
「……でもな若い奴が飲んだらそうはいかない」
「当たりを引いた奴は大変だぞ~~タマが空っぽになってもビンビンだからな」
「抜け殻になるまで終わらんからな」
「明日の朝には、燃え尽きて灰になってるだろうな」
当たりを引いたことのある経験者たちは語る。
「おい、なんちゅーもんを飲ませてくれたんだ……」
カレルが額に手を当てて俯く。
もしかして当たりを引いたのだろうか?
「大丈夫だ。当たりを引いた奴は俺の驕りで、お勧めの娼館に案内する」
当たりを引いた者は、毎回娼館送りにしている。
そうでないと、とてもじゃないが始末に負えないからだ。
「団長、相手は一人じゃ足りませんよ」
「わかってる。ちゃんと三人呼んでやるつもりだ」
一度、当たりを引いた団員が店の娼婦を抱きつぶしてからは、複数人の女に相手してもらうことにしている。
それくらい、精力剤の効力が強いのだ。
「太っ腹っスね。だからって、俺はもう死んでも味わいたくないっスけどね」
「俺も無理」
「違う意味で天国が見えたからな……いや、あれは地獄だったのかもしれん」
経験者たちは、口を揃えて同じことを言う。
フォンスはまだ当たりを引いたことがないので、本当の恐ろしさを知らない。
「——で、当たりを引いたのは誰だ?」
フォンスはとびっきりの笑顔で、リーパの男たちに尋ねた。
だが誰も答える様子はない。
しかし、目の前に座る男の鼻からツツ……と、赤い液体が滴る。
一斉に、男たちの視線がそこに集まった。
「——レネ……お前か?」
「ちっ、違うっって」
必死に否定するが、もう片方の鼻の穴からも鼻血が垂れる。
これは……もう確定だ。
白い肌に流れる赤い血を見て、フォンスの瞳孔が一気に開く。
まるで自分が、ズミエ酒を飲んで熱に浮かされたかのようだ。
周囲の男たちの間でもざわめきが起こる。
この遊びの醍醐味は、本能に逆らいきれない情けない男を見て皆で笑う所だ。
しかしそれがレネとなると、全く意味合いが変わってきた。
フォンスはこの遊びを思いついた時から、頭の片隅で、もしレネが当たりを引いたらと想像していた。
こんな酒を飲ませたのだから、今までせっせと築いてきたフォンスの信用は地に落ちるだろう。
しかし大元をたどれば、どんな事情があったにせよ、レネは仕事に穴を空け、フォンスがそれを埋めた形になる。
だからレネが当たりを引くのが、一番綺麗に収まるのだ。
フォンスの中の悪魔がほほ笑む。
「よ~~~し、綺麗どころを紹介するから、たっぷり絞ってもらえ。さっそく、店に案内してやる」
「なんだよ、まさか団長も行くのか?」
いつもは当たりを引いた人間に金を渡して終わりなので、団員から不満の声が上がる。
「案内するだけだ。店の場所も分からないだろうし、金払うのは俺だぞ」
これまでの付き合いから推測するに、多分レネは娼婦など買ったことがない。
不安にならないように、女たちを呼んでも暫く付き添ってやるつもりだ。
想像しただけでカッと血が滾るが、これは出来心ではない親切心だと自分に言い訳する。
「……おい、鼻の下が伸びてないか?」
冷めた目でフォンスの様子を眺めていたゾルターンが、眉をひそめた。
「なに言ってる、そんなわけ——」
あわてて口許を押さえていると、怒気を含んだ人物が、端の席からフォンスたちの座る真ん中へやって来た。
「——バート?」
レネが愛称でその男の名を呼ぶ。
なぜだかそれだけで、フォンスの中に嫉妬の嵐が巻き起こる。
初対面の時から、バルトロメイにいい印象を持っていない。
フォンスは敵意を込め、男を睨んだ。
威嚇の視線などものともせず、空になったレネのグラスにズミエ酒をなみなみと注いだ。
バルトロメイは皆の注目を浴びたまま、グラスの液体をぐびぐびと呷った。
飲むたびに喉仏が上下する。
「ちょっ……なにしてんだよっ!?」
レネまでもが、突然の奇行に驚きの声を上げる。
そんな声を一切無視して、バルトロメイは飲み干し口の周りについた酒を手で拭う。
その動作が雄の色気に満ち溢れており、思わずフォンスも見入ってしまう。
「——あ~あ……飲んじまった。俺もレネと一緒に、店に行ってくるわ。二人で灰になってくっからさ、あとはみんなで楽しんでて」
「おいっ……ちょっとまてっ!」
悪ガキのような屈託のない笑顔を皆に向け、バルトロメイは戸惑うレネの肩を抱いて、店の外へと出て行った。
「…………」
その手際は強引なのに……あまりにも鮮やかすぎて、誰も止めることができなかった。
完全にあの男の毒気に中てられた。
◆◆◆◆◆
「おいっ……おいっ!!」
レネの制止の声を無視し、バルトロメイはずんずんと歓楽街の通りを歩く。
(あんな酒を飲ませやがって……)
鼻の下を伸ばしながら当たりを引いたレネを見る、フォンスの間抜け面を殴ってやろうかと思った。
しかし相手はリーパと並ぶ傭兵団の団長で、レネとバルトロメイの空けた穴を埋めるために協力してくれていた。
それにフォンスのやり方は、別に間違っていない。
荒くれ者の男たちをまとめるには、多少は馬鹿な遊びを行う必要がある。
あんな遊びなど、まだ可愛いものだ。
問題はレネが当たりを引き、周囲に流れる空気がおかしくなりかけたことだ。
しかるべき野郎が当たりを引いて、鼻息を荒くしているだけなら、笑い転げるだけであんなことになりはしない。
そのまま放っておいたら、フォンスがレネを娼館に案内して現場であれこれ教えていただろう。
レネも女体が嫌いなわけではない。
発情している時に目の前に準備万端の女がいれば抱くだろう。
男の性だ。
フォンスは決して男に手を出したりしないと思うが、女を抱くレネを見て劣情を抱くに違いない。
それがわかっていたから、少々強引な手を使って店を飛び出してきたのだ。
女を抱くレネも駄目だし、それをフォンスが見るなんてとんでもない。
少々強引な手を使ったが、ちゃんと二人で娼館へ繰り出したように見えていただろうか?
リーパの団員たちは、バルトロメイの意図に気付いただろう。
ホルニークの中でも、二人の関係を怪しむ者が出て来るかもしれない。
しかしそこはレネの名誉の為に、ボリスあたりが繕ってくれるだろう。
「——そこのお兄さんたち、うちは綺麗な女の子が沢山いるよ。遊んでかない?」
「あいにく間に合ってる」
進行方向を塞いで客引きする男が、レネの顔を見て黙り込んだ。
それはそうだ。そこらの美人ではレネに敵うものなどいない。
レカの町は街道沿いにあるせいか、歓楽街も充実している。
本来の目的地であるはずの娼館が連なる通りを突っきって、バルトロメイはもっと薄暗い裏通りへと足を進める。
比較的綺麗な造りをした店を選んで、受付に金を払いカギを受け取り、誰ともすれ違わないうちにさっさと二階へ上がった。
風呂付の部屋は狭いが、コンコンと壁を叩くと安宿よりも壁は厚い。
でもどうせ周りも同じ目的だから、少しくらい声が漏れても気にしない。
「おいっ! いったい何のつもりだ!」
強引に連れて来たものだから、猫がフーフーと背中の毛を立てて怒っている。
本当はそんな余裕などないはずなのに、どこまでも意地っ張りな奴だ。
「お前のために決まってるだろう。それともフォンスと一緒に娼館で女を抱いたほうが良かったのか?」
再び忘れかけていた怒りがバルトロメイの中で蘇り、乾いた笑いが漏れる。
「——勘違いすんじゃねえっ! オレは当たりなんか引いてないって」
「は? 鼻血たらしてたのに……俺にまで意地を張るのか?」
連れ込み宿に強引に連れて来たから、機嫌が悪くなっているのか?
意地っ張りなのは知っていたが、その態度はあんまりだろう。
こちらはわざと被弾して窮地から救ってやったと言うのに、いまさら何を言っているのだ。
弱みを見せようとしない猫のプライドの高さに、バルトロメイは盛大な溜息を吐いた。
どうしてそんなに意地を張るのだ。
「違うっ、オレが飲んだのはお茶だ。飲むときに鼻を強く摘まみすぎて鼻血が出ただけだ」
酒が原因で鼻血が出たのならば、ホルニークの男たちが言っていたように、既に股間はギンギンに猛っているはずだ。
しかしズボン越しにレネの股間を覗くが、なんの兆しも見せていない。
「——え……?」
「だから最初から、違うって言ってただろ」
(強がってたんじゃないのか……?)
本来ならば、熱に浮かされたレネと同じ熱を持って、二人で灰になろうと思って酒をあおったのに……。
——なんだか自分は大変な過ちを起こしたかもしれない。
しかし、時すでに遅く……バルトロメイの息子は痛いほどに張りつめ、悲鳴を上げていた。
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