上 下
24 / 113
第2章 少年期前編

第22話 憤怒の泉

しおりを挟む
 コッツマルズ村から山道を歩くこと三○分。
ついにその憤怒の泉とやらに到着した。
それはまさしく俺の知る露天風呂。
もくもくと立ち昇る湯気。
湯泉の周りを石と岩で囲われ、乳白色の湯が満たされている。
側には大きな滝と川があり、それらが入り混じって適温を保っているようだ。
野風呂の隣には小さな小屋が二つ。
恐らく脱衣所と思われる。

「本当に湯気が出てんのな……。
これ、入れるのか?」

 ガウェンは露天風呂を見ながら心配そうな顔をして言う。

「熱い場所と適温の場所はあるかもしれませんね。
川の水と入り混じった近くの方が良い温度かもしれません。
下手に飛び込まない方が良いですよ」

 俺がそう言いながら小屋に近付く。

「なんだい、坊やは憤怒の泉に来たことあんのかい?」

 リゼットさんは意外そうな顔をする。

「いえいえ。以前似たようなモノに入った経験があるだけです。
ここは初めてですよ」

「どうしてあの泉は白く濁っているのかしら?」

 ローラは首を傾げる。
んー、なんでだ?
確かお湯の成分が変化して云々みたいな事を温泉で一緒になった爺さんが言ってたな。
忘れちまった。

「なんでかはわかりませんが、多分このお湯に浸かると肌がスベスベになりますよ。
多分、ですが」

 もし同じ効能ならね。
魔法の世界だから違う可能性も大いにあるけど。

「そうなの?
楽しみね、セリーヌ」

 サリアがセリーヌの笑いかける。

「あ、あの、それで本当に皆さんで入るんですか?」

 そう言うセリーヌは心配顔でみんなを見回す。

「勿論だろ!?
俺ぁその為に来たようなもんだからな!」

 そう言って満面の笑みのザド。
セリーヌさんはドン引きである。

「おい、ザド。
もしもうちの娘達に変なことしたらぶっ殺すからな」

 ギロリッと鬼の形相で睨みつけるリゼット。
ヒィイイッ!と悲鳴をあげるザド。

 そんなこんなで小屋に到着。
どうやら男性と女性でちゃんと分かれてるようだ。
それまで一緒なら開放的過ぎて俺もついていけないところである。




 脱衣所の小屋にて、俺は服を脱いでスッポンポンになる。
股間には小さなゾウさん。
俺の息子は成長過程なのだ。
子供の俺は真っ裸入っても問題なさそうだが、俺は紳士である。
きちんと布を腰に巻いて隠しておく。
露出癖は無いのだ。
ふと前を見れば筋肉モリモリマッチョメンのローランドさんが股間を隠しもせずに扉を開けようとしていた。

「ちょちょっ!
待ってくださいっ!
ちゃんと股間くらい隠して下さいよっ」

 俺が慌てて止める。

「む?そうなのか?
俺ぁ構わないんだが」

 いや、構えよ。
女性陣がいるだろうが。
むしろ見て欲しいのか?
この筋肉モリモリ変態マッチョメンめ。

「ほら、布で巻いて隠すんですよ。
リゼットさんに怒られますよ」

 俺は布をローランドさんの腰に巻く。

「ガッハッハッハ!
怒られるのはいつもの事よなっ!」

 開き直んなおっさん。
まったく、なんで子供の俺が大人の面倒見なきゃならんのだ。

 そして扉を開けると広い露天風呂が広がっていた。
露天風呂の周りは石畳が敷き詰められてきる。
割とちゃんと作られているようだ。
それなのに入浴にお金を取らないなんてサービス精神半端ないな、この村。

「そんじゃあ入ってみるかぁ」

 そう言って風呂に近付くザド。
俺は慌ててそれを止める。

「ザドさんっ!
あなたが一番汚いんですからちゃんと身体を洗ってからお風呂に入って下さいっ!」

 咎めるように言う俺。

「なっ!?誤解されるような事言うんじゃねぇ!
汚くねぇよっ!
四日に一遍は身体を拭いてらぁ!」

「十分汚いですっ!」

 言い合う俺達をラントさんとガウェンさんが苦笑いして見守っている。
ローランドさんはガハハハと笑っていた。
いや、お前らも止めろよ。

 という訳で仲良く皆で身体を洗う。
残念ながらこの温泉には石鹸が無い。
しかし、代用品となるソープナッツの粉を俺はザドから掻っ払ってきた。
それはソープナッツと呼ばれる木の実を乾かし、それを粉末状にしたもので、水と合わせると泡が出る。
商人であるザドもソープナッツの粉末は持っていたので、俺が沢山持って来た。
それを使って身体を洗う。

「チッ、ソープナッツパウダーは高値で売れるんだぜ?」

 もったいねぇ、と言いつつ布を泡立て身体を洗うザド。

「清潔感は大事ですよ。
せっかくお風呂に入れるならきちんと身体を綺麗にしましょうよ」

 呆れ顔で俺は言う。

「でもこの泡は気持ちいいです。
リゼットさんも高値で販売してたような……。
ザドさん、これ安く売ってくれませんか?」

 ラントさんがザドに交渉する。
どうやらラントさんは身体を洗う事の大事さをわかってくれたようだ。

「まぁ値が張るものだからな。
いくらまで出せる?」

「銀貨一○枚でどうです?」 

「もっと出せよ。一袋銀貨四○枚はする高級品だぜ?」

「今回護衛も兼ねての仲間なんですから、がめつい事言わないで安く売ってあげたら良いじゃないですか」

 俺は呆れたように言う。
ザドは舌打ちする。

「しゃあねぇなっ!
まぁ今回は儲けもかなり出たからな。
銀貨一○枚で手を打ったるよ」

 頷くザドにラントさんは喜んだ。

「そういう事ならザド、俺にも売ってくれよ」

 便乗するガウェンさん。

「わーったよ。後で渡してやるから金持って来いよ」

「それじゃ僕ももらいます。
僕は格安の護衛賃でやってるんだからサービスで良いですよね?」

 俺は身体を洗いながらニヤリと笑ってザドさんに言う。

「ったく、まぁシン坊には世話になってるからな。
その代わりにまた次の行商も護衛頼むぜ?」

「はいはーい」

 俺は敬礼して返事をする。
そんな話しをしているうちに、女性陣の小屋の扉が開く。
男性陣の視線が集中する。

 先頭はリゼットさん。
小麦色の肌に鍛えられた肉体。
筋肉質の身体に肩幅もある。
当然だが、胸から下は大きな布で隠しているので大事な所は見えはしない。
その上からでも膨らみがみえるその胸は

豊満なのか、それとも大胸筋なのか。
いや、膨よかなのだという事にしておこう。
とは言え、失礼ながらガタイだけ見れば男性とも思える。

「なんだい、まだ誰も入っていないのかい?」

 次にサリアさん。
細身ではあるが、とても引き締まった無駄のない身体つきだ。
残念ながら胸は控えめのようである。
肌の色も地球でいう東洋系に近いが、それでも割と白い方だろう。
いつもポニーテールは下ろしており、濡烏色の髪が艶やかに揺れている。
腕を組み、鋭い目付きこちらを睨んでいる。

「あんた達、ジロジロ見ないでくれる?」

 同じような目つきの女性がもう一人。
ローラさんである。
ローラさんは身長もそこそこ高く、スラリとした身体つきはモデルのようである。
肌も白く、胸も程よく大きい。
ダークブラウンのミディアムヘアを片手でかき上げている。
そしてもう片方の手を掲げ、その手からバチバチと紫電を散らす。

「そのヤラシイ目をすぐに止めなさい。
それとも一発キツいの食らってみる?」

 最後に入ってきたのはセリーヌさん。

 普段は修道服のベールを被っている為わからなかったが、髪はストロベリーブロンドのショートヘアだった。
そして、小柄な身体とは裏腹にグラビアアイドルかと思うくらい出るところが出ている。
ゆったりとした修道服ではわからなかった。
モジモジと恥ずかしそうにして、顔は赤らめている。

 ガッツポーズをして前のめりになるザドとガウェン。
ついでに俺も。
しかしその二人だけに雷撃が飛ぶ。
悲鳴が上がり、パタリと倒れる二名の男。
子供で良かった……。
ラントさんはというと、セリーヌさんと同じように赤くなってそっぽを向いている。
ローランドさんはガハハハと笑いながら身体をゴシゴシ洗っている。
この人笑ってばっかだな。

「その二人を連れて奥に行きな。
間違ってもこっちを見るんじゃないよ。
その二人みたいになりたくないだろ?」

 ニヤリと邪悪に笑うリゼットさん。
ラントさんは顔を青ざめてブンブン首を縦に振る。

「それじゃあお先に俺たちは浸かってるぜ。
いくぞぉガキども」

 ローランドさんはザドさんとガウェンさんの足を掴んで引き摺ってノッシノッシと歩いて行く。
ズリズリ引き摺ってるけど、背中痛そうだな……。
その後を俺とラントさんが続く。

 気絶した二人は石畳に置いておいて、俺達は湯加減の良い場所を探す。

「あっつ!
これホントに入れるんですかぁ?」

 涙目になっているラントさん。

「ガッハッハッハ。おいラント。根性が足りんな。
この程度の熱さで根をあげるとは!」

 そう言って足からザブンと湯に入るローランドさん。

「ぬぅ、これはなかなか。
熱いなっ、ガハハハッ!」

「ガハハハじゃないですよ!
早く上がって下さいっ!
そこは川の水もほとんど混じってないから熱すぎるでしょ!」

 俺が慌てて引き上げる。
ローランドさんの下半身は赤くなっていた。
これ、軽く火傷してるだろ?
俺はヒーリングで火傷を癒やす。

「ラントさん、あっちの川の水が混じってる辺りの湯加減をみてください」

 俺がそう頼むとラントさんは頷いて指定されて場所に辿り着く。
そして湯に手を入れると、目が見開く。

「ここっ!暑くないです!
丁度いい感じです!」

 まったく、世話の焼ける連中だ。
風呂に入るだけで大騒ぎかよ。
そんな訳で、俺達は三人はようやく露天風呂に入る事が出来た。

 すこーし熱い温度だが、それもまた気持ちいい。
なにせこの世界に来てからお風呂になんて入った事がないのだから。
今までは川の水や湖で身体を流す日々が続いていた。
それを思えば、やはり風呂は良い。
隣を見るとラントさんとローランドさんも寛いでいる。

 少し離れたところから女性陣の声が響いている。
流石に女湯と男湯で分けるほど整備されてはいないので、完全な混浴風呂。
そんなのには日本にいた頃ですら入った事がない。
二人は雷撃を食らう恐れがあるから女性陣の方は断固として向かないが、俺はそっちを見てみる。
よつやく身体を洗い終えたようで、露天風呂のどこなら入れるかを模索しているようだった。
男なら多少の火傷も笑い事だが、女性には火傷させる訳にはいかないだろう。
俺はそっと風呂から上がり、腰に布を巻いて女性陣に近付いていく。
近付く俺の姿を見る四人はまったく動じていない。
やはり子供だからか。

「坊や達はあっちで入っていたね。
そこは熱くないのかい?」

 リゼットさんが尋ねてくる。

「えぇ。川の水と混じってる場所じゃないと熱くて入れませんよ。
あっちは男性陣がいますから、距離をあけるらならこっちの方です」
 
 そう言って俺は指を差す。
その方向に女性陣は向かい、俺も付いていく。
そうは言っても無責任な事はできないので、片手を湯に触れて確かめる。
うん、問題無し。適温だ。

「この辺なら大丈夫です」

 俺が笑顔でそう言うと、サリアが頭を撫でてくる。

「キミは本当に頼りになるわね」

「いえいえ、湯加減を確認しただけで大袈裟ですよ」

 俺は照れながら頬をかいて答える。
まさかこんな間近でほぼ全裸の女性を見る事になるとは……。
あの布切れ一枚の下は生まれたままの姿。
思わず生唾を飲み込む。

「コラ、人の身体をジロジロ見ないのよ」

 そう言ってローラさんが俺の頭をコツンと拳で叩く。

「すみません。
皆さんお綺麗なので、つい」

「子供に褒められても何とも思わないわ。
ねぇ?
……って、サリアっ!?
アンタ顔赤くなってるしっ!」

 同意を求めようとサリアさんを見たローラさんが驚いた顔をする。
サリアさんの頬は少し赤らんでいる。

「べ、別に何とも思ってない!」

「まさかあんた、こんな小さい子が好みなの?」

 引き気味に言うサリアさん。

「違うってば!
でも、その、私はあの時自分は死んでしまうと思って死を覚悟したわ。
でもこの子に助けられたの。
まだ子供だけどっ!わかってるけど!
カッコいいな、って思ったって良いでしょ!?」

 ぶっちゃけたサリアさん。
え?それマジで言ってるの?

 その様子を湯に入り、こちらを眺めるリゼットさんが口を開く。

「まぁサリアの言う事もわからんでもないさ。
この子は歳と中身はまるで違う。
私だってサリアはダメかと諦めたが、この子が救ったんだ。
あれには本当に驚かされた。
むしろそれを見てないローラとセリーヌには残念だったな、と言いたいよ」

 そう言って目を閉じ頷くリゼットさん。

「私もこの子には少し興味はあります」

 そう言ったのはセリーヌさん。
皆が驚いた顔をしてセリーヌさんを見る。
俺はついつい視線が下がりそうになるが、堪えて顔を見る。

「それだけの力を持ち合わせていながら、決してそれを誇示したりせず、傲慢にもならず、横暴な振る舞いもしない。
他者を慈しみ、盗賊のような悪しき存在にすら情けを向けるその姿勢。
とても子供のそれとは思えません。
この歳にして尊敬に値する存在と言えます」

 ベタ褒めすぎるだろ。
逆に恥ずかしくなる。

 ローラは、よくわかんないわね、と一言言って湯に浸かる。

「ねぇ、シンくん。お姉さんと入る?」

 サリアは笑顔で訪ねてくる。
ホントにこの人ショタコンなのか。
意外だな。
それは嬉しいお誘いだけど、俺はゆっくり浸かりたい気持ちもあったり……。

「あっ!!シン坊がなんつう羨ましい場所にいやがるっ!」

 遠くで声を上げてるのはザドだ。
どうやら目を覚ました様子。
そしてダッシュでこっちへ向かってくるザド。

「一人でズリィぞシン坊っ!」

 チッ、と舌打ちするサリアさんはゆっくり立ち上がる。
その瞳がギラリと光る。
俺の頭から手を離し、その姿が目の前から消える。
直後、ザドの顎に掌底を打ち付け、その身体を宙に浮かせた後、鋭い回し蹴りを放つ。
蹴り飛ばされたザドは熱い湯に叩き込まれ、悲鳴を上げて石畳を転がり回る。
ザドは相変わらず元気である。

 フンっ、と鼻息荒くしたサリアさんが俺を見て微笑む。

「まったく、やよね、あぁいう野蛮な男は」

 う、うーん、どっちが野蛮なのかは疑問が残る所ですけどね。
俺は思わず苦笑い。

「そ、それにしても、何故リゼットさんはわざわざ男性陣と一緒に来たんです?
女性陣だけで来た方が色々と安全だったのでは?」

 俺は湯に浸かりながらリゼットさんに尋ねる。

「坊やが言ったんだろう?
警戒すべき、ってね。
今はバラバラに行動をとるべきじゃないのさ」

 あ、なるほどね。
今は出来るだけ皆でかたまっていた方が安全か。

「何に警戒するって?」

 ローラさんが首を傾げる。

「ゴーレムがまた来るかもしれない、って話だよ」

 そう言ってローラに答え、次いで俺を見て微笑む。
今は皆には秘密にしとこうって訳、か?
余計な不安を煽っても、身体が休まらないだろうしな。

 逆に言えば、いざという時に俺を頼りにしてるという事でもある。
責任重大だなぁ。

 そんなこんなで、俺達は露天風呂を堪能した。
残念ながら、俺はゆっくり風呂を満喫する事が出来なかった。
眼福なるものは拝ませてもらったけれど。



 そんな訳で。
ゆっくり風呂に浸かるために、明朝早くに再度憤怒の泉を訪れた。
速度を上げて飛翔すれば村まで二分とかからない。
すこーしだけのんびり過ごして帰るとしよう。

 まだ日が昇り始めたくらいの時間。
こんな時間には誰もいないはず。
それに朝風呂はとっても気持ちいい上に頭もスッキリする。

 小屋から出ると、俺はマッパで布を肩にかけ、テクテク石畳を歩く。
と、一つの気配を感じ取った。

 こんな朝早くに入りに来る村人いるのかよー、とボヤこうと思った時、立ち昇る湯気の奥にいる人影が目に映る。
それは褐色肌に真っ白なストレートヘアの美しい少女。
褐色肌の少女は身体を隠す事もなく、岩に足を組んで座って足先だけ湯に浸かっている。
そしてこちらをジッと眺めていた。

 この褐色肌。
そして白い髪。
この世界にいおけるある種族の特徴。
即ち……。

「魔族……」

 俺は小さく呟いた。
すると褐色肌の美少女は微笑む。

「その通り、魔族だな。
だが、妾はただの魔族ではないぞ、小僧」

 大して歳の変わらなさそうなその子が言い放つ。
魔族なのに、ただの魔族ではない?

 一糸まとわぬその美少女は腕を組み、こちらを舐めるように眺めて口を開く。

「妾は八大魔将の一翼。
剛拳烈刃の鬼将、アリスだ。
よろしくな、小僧」

 そう言って口角を上げ、ニヤリと笑ったのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

浮気の認識の違いが結婚式当日に判明しました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,320pt お気に入り:1,217

婚約者を取り替えて欲しいと妹に言われました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:461pt お気に入り:657

魔物のお嫁さん

BL / 完結 24h.ポイント:184pt お気に入り:750

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,843pt お気に入り:3,018

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:23,737pt お気に入り:3,534

転生王子はダラけたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:11,388pt お気に入り:29,331

処理中です...