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第3章 少年期中編
第55話 銀狼の担い手
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アネッサが駆け抜け魔族、クラウリーとの距離を一気に詰め寄り鋭い左手の爪撃を振るう。
クラウリーは辛うじてそれを避けるが、立て続けにアネッサは爪が襲いかかり、胸に傷を負いつつも飛翔し距離をとる。
上空にクラウリーが舞い上がるや否や、アネッサも強く地面を蹴りつけ飛び上がり、勢いそのままに右手の爪をその腑に深々と突き刺す。
「カッハァッ!!」
吐血するクラウリー。
そんなクラウリーをアネッサは蹴りつけて爪を引き抜き建物の外壁へと吹っ飛ばす。
三角飛びをするようにアネッサが宙を蹴り、壁に打ち付けられたクラウリーへと迫って腕を大きく振り上げた。
ずり下がるクラウリーは震える片手を掲げ、即座に氷の大楯を構築する。
アネッサの閃光のような爪撃は建物の外壁もろとも氷の大楯を斬りつける。
その衝撃に耐えきれず粉々に砕け散る大楯。
しかし、砕けた氷の欠片がアネッサの身体に纏わりつき、腕からその身体を凍らせていく。
僅かな隙を見てすぐ様その場を離脱するクラウリー。
アネッサは侵食するように凍りつくその様を静かに見つめていた。
このままでは全身が凍りつく。
しかし、不思議と焦りがない。
自分の中に眠るモノが、その力が、問題ないと教えてくれる。
忌み嫌い続けたその力。
けれど、それがこの身体に宿っているモノを受け入れ始めた自分がいる。
何故なのか。
それはただフェンリルの力が自分に宿っているだけではない事が今ならわかるからだ。
この力と存在を受け容れた時から。
いや、その力をフェンリルが私に託した時から感じる不思議な心地よさ。
そして、今も尚脳裏に断片的に巡る知らない記憶の数々。
夢でしか見なかったその光景。
それは歴代の憑代達のモノであり、その中には母の記憶もある事も知る。
それが何より、この身体に力をくれる。
その記憶を辿るようにスキルが発動する。
「“絶魔の結晶結界”」
囁くように呟くと、アネッサの身体から凍り付いた氷層が四散する。
更にアネッサの周りを煌めく小さな結晶がダイヤモンドダストのように煌き出す。
それはまさしくフェンリルの使っていた魔法を無効化する結晶結界のそれである。
上空からその光景を見下ろしていたクラウリーは戦慄する。
恐らく、あの者はまだ“憑代”から“担い手”になってそれほど時間が経っていない。
にも関わらず、フェンリルの代名詞とも言える絶魔の結晶を使いこなし始めた。
それはもはや、魔法を扱う自分の勝ち目が消えた事を意味する。
戦ってはいけない化け物。
それは我らが主である魔将ギルディア様が付き従えるあの二人の側にいた自分はよく知っている。
加えて最悪な事態は主のように幻獣を殺さずに打ち倒した誰かも恐らく近くにいるはずという事。
その存在は魔将にも匹敵し得る怪物である事を意味する。
そんな存在がもしこの街にいるのなら、もう計画など固執してる場合では無い。
もはやフェンリルも主人として誰かを認めたのなら、他の者に付くことはもうあり得ない。
つまり、我が主が今来てもフェンリルを付き従える事はもう叶わない。
全ては手遅れ。
今は計画よりも何よりも、この場から一刻も早く離れ、逃げ延びねばならない。
「死霊共ッ!アイツの足止めをしろッ!!」
吐き捨てるように指示すると空中に複数のモヤが出来上がる。
そこから出てくるのは半透明の白いローブを纏った人影達。
この街で命を落とした者達の魂を強制的に使役し、形を与え、使い潰す死霊術。
現れたゴースト達は一目散にアネッサへと宙を舞いながら突き進む。
アネッサは上を見上げると半透明の人影が複数襲いかかってくるのを確認する。
死んだ者の魂すら身勝手に扱うその行い死霊術とはまさに外道の極みである。
アネッサは去っていくクラウリーを鋭く睨みつけ、両手を開いて力を込める。
すると両腕に結晶が集まりだし、長い三本の刃が付いた鉤爪が構築される。
それは魔の存在を消滅させる“絶魔法の鉤爪 ”。
結晶の鉤爪を構え、宙を蹴りつけると一気に上昇する。
物理攻撃が本来通じない霊体のゴーストにも、イレイズクロウならばその存在を捉えて斬り裂き、消滅させる。
次々に湧き出てくるゴースト達を消滅させながらアネッサはクラウリーを追っていく。
——追いつかれる。
背後から急接近する気配を感じながら冷や汗をかくクラウリー。
次に追いつかれたら最後、あの結界内では魔法すら扱えなくなる。
そうなれば万事休す。
震える手を懐に差し込み、取り出したのはあと一つだけ残った呪刻。
ここから無事に逃げだせたとして、フェンリルを差し出せなかった私を主が許すはずもない。
ならば、この命を持って、この街を崩壊させる事だけでも達成させねは……。
握りしめた刻印を胸に押し当てるクラウリー。
焼けるような熱さを感じた後にその胸に消えない呪印が焼き刻まれる。
既に間近まで迫ってきてる幻獣の担い手。
もはや、迷ってる場合ではない——ッ!
「魔族にッ!!ギルディア様に栄光あれッ!!」
振り返ったクラウリーはそう叫び、片手で氷の槍を作り出して自分の心臓を突き刺した。
目の前まで迫ったアネッサは突然のその行動に驚き宙を蹴りつけ距離を取り、外壁に鉤爪を突き刺して停止する。
あの魔族は自ら氷の槍を構築し、胸を貫いた。
敵わないと悟り、自害した?
それならばあまりに呆気ない……。
しかし、その考えは直ぐに改める事になる。
心臓を突き刺し自害したその魔族の口や目から真っ白な炎が吹き出し始めたのだ。
褐色の肌も青白く変色し始め、白い炎に包まれて終いには骨だけになる。
しかし、白い炎と霧が骨を中心に体を構築させ、細い右手が心臓に突き刺さる氷槍を引き抜いた。
直後にその槍が変化し始め、氷の大鎌に変貌する。
更に腕や足が異様に伸び始め、骨の指も鋭い氷の指へと変貌していく。
クラウリーは自らの命を断ち、魔の眷属としてその身を墜とした。
しかし、代わりに得たその身体と力は先程までとは比べ物にならない。
その存在は死を司る魔術師、リッチのそれである。
その力に加え、クラウリーの氷魔法を昇華し、氷滅の死霊術師フェンブルリッチへと姿を変貌させたのであった。
フィンブルリッチが口をあんぐり開くとその大口から白い霧のようなモノが一気に吐き出されていく。
その霧に触れた建物から凍りつき、流れる水路も凍りついていく。
その霧にアネッサもまた包まれるが、その身体が凍りつくことは無かった。
しかし、一気に気温が下がり震えるような寒さが襲いかかる。
早めに決着をつけねば街の全てが凍らされてしまう。
アネッサは爪を引き抜き、即座に空を駆けていく。
フェンブルリッチは電光石火で迫るアネッサに対し、片手を掲げて魔法陣を展開する。
その魔法陣から無数の氷の蛇が飛び出し、アネッサへと襲いかかる。
それをアネッサは的確に爪で切り裂き、次々に消し去っていく。
その直後、フェンブルリッチが吐き出す霧を止め、つんざくような叫び声を上げた。
人間よりもはるかに聴力の良いアネッサは顔を歪めてたまらず耳を手で覆う。
その叫びに呼応するように、街中のグール達がざわめきだし、機敏に動き出す。
一斉に動き出したグール達は一つの場所を目指して動き出す。
しかし、グール達の狙いはアネッサではない。
目指す場所は倒れ伏しているガウェンと片膝を付いて項垂れるサリアのもとへと迫っていったのだ。
集まり出す複数の気配と、その進行方向が瀕死の二人へと向かってる事を察知したアネッサは踵を返して二人の元へと向かう。
そんなアネッサをフェンブルリッチが今度は追い、距離を開けて魔法を放ち続ける。
アネッサの邪魔をするように空中に氷壁をいくつも作り出し、地面や外壁からは巨大な鋭い氷の棘を突き出し襲いかかる。
それらを避け、時に鉤爪で破壊し、猛進するアネッサ。
アネッサが再度二人を視認した時には既に三十近いグールが二人に迫っていた。
片手が折れて尚、それでも立ち上がり身構えるサリアを見てその逞しさにアネッサは感嘆する。
そして宙を蹴りつけ、一気に加速したアネッサは二人の目の前に着地する。
着地と同時に両手の鉤爪を地面に突き刺すと、三人を守るように結晶の槍が地面から幾つも突き出した。
次々と結晶の槍が突き刺さるグール達。
しかし、中にはそれすら避ける俊敏なグールもいた。
どうやらあの変貌した魔族はグール達を指示しただけじゃなく、強化もしたらしい。
先ほどより動きは鋭くなっている。
駆け寄ってくるグール達の足は速く、外壁を這ってくる者すらいる。
その両目が赤くギラつき、グール達は叫び声を上げながら三人へと迫ってくる。
その頭上にて、フェンブルリッチが嘲笑うようにカタカタと笑い、頭上から巨大な氷柱を辺りを幾本も落としてくる。
流石のアネッサも、二人を守りながらあの存在と戦うのは至難。
休む間も無く爪を振るい、迫り来るグール達を斬り伏せ、降り注ぐ氷柱を砕いていくアネッサ。
その視線を走らせると、路地の奥が紅蓮の炎に包まれる。
その炎が駆け抜け、三人のもとまで炎の斬撃を散らしながら向かってくる。
そして一際大きく炎が目の前で燃え盛ると、槍を構えた猫が三人の元へと舞い降りた。
「ニャーんか知ってる化け物みたいニャ気配を感じたと思ったら、アネッサたんだったのかニャ」
そう言ってニャフフンと笑うタマリウス。
サリアはアネッサに続いてグール達をいとも軽々と一掃する存在の登場に声も出せずに驚いていた。
「猫さん。
無事、だったのですね」
そう言ってタマリウスをみて微笑むアネッサ。
「イヤイヤ……。
全然無事じゃニャかったニャッ!
死にかけたニャッ!
むしろ殺されかけたニャッ!
アネッサたんマジでオイラを殺す気だったニャッ!」
その言葉にサリアが、「えっ?」と声を出して引きつらせた顔でアネッサを見る。
「誤解です。
私ではなくフェンリルの意志です。
知ってる癖に言いががりを付けないで下さい」
まったく、とアネッサはムスッとした顔になる。
それを見たタマリウスは優しく微笑む。
「……その様子を見る限り、呪われた夜を乗り越えたんだニャ、アネッサたん」
真顔で言うその言葉に、アネッサは少し驚いた後に笑顔で頷く。
それを見て溜息を一つつくタマリウス。
「結局あのガキに良いところ持ってかれたニャ。
しかもオイラですら敵わなかったのに、あのガキが止めたとかッ!
オイラがアイツより格下とか発狂もんだニャッ!!」
頭をガリガリ掻き乱すタマリウス。
「猫さん、取り乱してる所悪いのですが、この二人を任せても良いですか?
私は、アイツを仕留めなければ」
そう言って頭上で大鎌を構えるフェンブルリッチを睨みつけるアネッサ。
「その目、オイラからするとトラウマもんだニャ」
「何か言いましたか?」
ギロリと睨むアネッサ。
タマリウスの尻尾がヘタリと地に落ちる。
「……任されたニャ……。
アネッサたんに逆らうのは怖いからニャァ」
そう言ってニャハハー、と苦笑いしながら槍をクルリと回して担ぐタマリウス。
「ですから、誤解を招くような事を言わないで下さい」
呆れたような声でそう言って、頭上を再度見上げるアネッサ。
スッと両手の鉤爪を構え、脚に力を込め
地を蹴り付ける。
急上昇するアネッサ。
フェンブルリッチは魔法陣を展開して氷結の槍を放ち続ける。
迫るその氷結の槍をアネッサは自分の周りに結晶の槍を構築して迎え撃つ。
止まらないアネッサにフェンブルリッチは再度凍てつく霧を吐き出し、氷結の大鎌を振り上げ身構える。
アネッサは両手を大きく開き、鉤爪を構える。
「″滅狼の銀十字”ッ!」
アネッサの右手の鋭い爪を縦に、左の爪を横に振り抜き、交差する斬撃がすれ違いざまに放たれる。
その一撃は振り下ろされた大鎌諸共フェンブルリッチを斬り裂いた。
その斬撃に沿って十字の形に銀色の残光が煌めき、消え去っていくフェンブルリッチと共に薄れていく。
魔力を根こそぎ消滅させる絶魔の結晶爪による斬撃。
聖十字の斬撃はアンデットを消滅させるには十分過ぎる力をもっていた。
空中でクルリと身を翻したアネッサは真下を見下ろす。
街中をうろついていたグール達はここへと集まってきたお陰でタマリウスがまとめて消し炭に変えてくれていた。
そして元凶であるこの魔族の消滅により、残ったグール達も一人、また一人と倒れただの屍に戻っていく。
宙をひと蹴りして、建物の屋根に降り立つアネッサ。
これでこの街にいるグールの脅威は無くなった。
あとは残党の盗賊と、この街の中心で禍々しい力を放つ何かのみ。
しかし、そこにはどうやら早くも目覚めたあの人が向かっているようだ。
これだけ離れてても、自分の主人たるシンの気配と臭いは敏感に察知できる。
どんな相手であろうと、シン様が負けるとは思えないが、まだ身体が疲弊している状態のはず。
一人で戦うのはシン様と言えど少々危険のはず。
アネッサはチラリと路地にいるタマリウス達を一瞥して、夜の空を駆け出した。
猫さんがいれば、あの二人は安全だろう。
私はシン様の援護へと向かおう。
もっとも、自分が着いた頃には終わっているかもしれないけれど。
なにせ、自分のご主人は最強なのだから。
アネッサは小さく微笑みながら、ブラッドムーンの光を浴びながら闇夜を駆け抜ける。
長い長い夜も、いよいよ幕引きへと向かっていった。
クラウリーは辛うじてそれを避けるが、立て続けにアネッサは爪が襲いかかり、胸に傷を負いつつも飛翔し距離をとる。
上空にクラウリーが舞い上がるや否や、アネッサも強く地面を蹴りつけ飛び上がり、勢いそのままに右手の爪をその腑に深々と突き刺す。
「カッハァッ!!」
吐血するクラウリー。
そんなクラウリーをアネッサは蹴りつけて爪を引き抜き建物の外壁へと吹っ飛ばす。
三角飛びをするようにアネッサが宙を蹴り、壁に打ち付けられたクラウリーへと迫って腕を大きく振り上げた。
ずり下がるクラウリーは震える片手を掲げ、即座に氷の大楯を構築する。
アネッサの閃光のような爪撃は建物の外壁もろとも氷の大楯を斬りつける。
その衝撃に耐えきれず粉々に砕け散る大楯。
しかし、砕けた氷の欠片がアネッサの身体に纏わりつき、腕からその身体を凍らせていく。
僅かな隙を見てすぐ様その場を離脱するクラウリー。
アネッサは侵食するように凍りつくその様を静かに見つめていた。
このままでは全身が凍りつく。
しかし、不思議と焦りがない。
自分の中に眠るモノが、その力が、問題ないと教えてくれる。
忌み嫌い続けたその力。
けれど、それがこの身体に宿っているモノを受け入れ始めた自分がいる。
何故なのか。
それはただフェンリルの力が自分に宿っているだけではない事が今ならわかるからだ。
この力と存在を受け容れた時から。
いや、その力をフェンリルが私に託した時から感じる不思議な心地よさ。
そして、今も尚脳裏に断片的に巡る知らない記憶の数々。
夢でしか見なかったその光景。
それは歴代の憑代達のモノであり、その中には母の記憶もある事も知る。
それが何より、この身体に力をくれる。
その記憶を辿るようにスキルが発動する。
「“絶魔の結晶結界”」
囁くように呟くと、アネッサの身体から凍り付いた氷層が四散する。
更にアネッサの周りを煌めく小さな結晶がダイヤモンドダストのように煌き出す。
それはまさしくフェンリルの使っていた魔法を無効化する結晶結界のそれである。
上空からその光景を見下ろしていたクラウリーは戦慄する。
恐らく、あの者はまだ“憑代”から“担い手”になってそれほど時間が経っていない。
にも関わらず、フェンリルの代名詞とも言える絶魔の結晶を使いこなし始めた。
それはもはや、魔法を扱う自分の勝ち目が消えた事を意味する。
戦ってはいけない化け物。
それは我らが主である魔将ギルディア様が付き従えるあの二人の側にいた自分はよく知っている。
加えて最悪な事態は主のように幻獣を殺さずに打ち倒した誰かも恐らく近くにいるはずという事。
その存在は魔将にも匹敵し得る怪物である事を意味する。
そんな存在がもしこの街にいるのなら、もう計画など固執してる場合では無い。
もはやフェンリルも主人として誰かを認めたのなら、他の者に付くことはもうあり得ない。
つまり、我が主が今来てもフェンリルを付き従える事はもう叶わない。
全ては手遅れ。
今は計画よりも何よりも、この場から一刻も早く離れ、逃げ延びねばならない。
「死霊共ッ!アイツの足止めをしろッ!!」
吐き捨てるように指示すると空中に複数のモヤが出来上がる。
そこから出てくるのは半透明の白いローブを纏った人影達。
この街で命を落とした者達の魂を強制的に使役し、形を与え、使い潰す死霊術。
現れたゴースト達は一目散にアネッサへと宙を舞いながら突き進む。
アネッサは上を見上げると半透明の人影が複数襲いかかってくるのを確認する。
死んだ者の魂すら身勝手に扱うその行い死霊術とはまさに外道の極みである。
アネッサは去っていくクラウリーを鋭く睨みつけ、両手を開いて力を込める。
すると両腕に結晶が集まりだし、長い三本の刃が付いた鉤爪が構築される。
それは魔の存在を消滅させる“絶魔法の鉤爪 ”。
結晶の鉤爪を構え、宙を蹴りつけると一気に上昇する。
物理攻撃が本来通じない霊体のゴーストにも、イレイズクロウならばその存在を捉えて斬り裂き、消滅させる。
次々に湧き出てくるゴースト達を消滅させながらアネッサはクラウリーを追っていく。
——追いつかれる。
背後から急接近する気配を感じながら冷や汗をかくクラウリー。
次に追いつかれたら最後、あの結界内では魔法すら扱えなくなる。
そうなれば万事休す。
震える手を懐に差し込み、取り出したのはあと一つだけ残った呪刻。
ここから無事に逃げだせたとして、フェンリルを差し出せなかった私を主が許すはずもない。
ならば、この命を持って、この街を崩壊させる事だけでも達成させねは……。
握りしめた刻印を胸に押し当てるクラウリー。
焼けるような熱さを感じた後にその胸に消えない呪印が焼き刻まれる。
既に間近まで迫ってきてる幻獣の担い手。
もはや、迷ってる場合ではない——ッ!
「魔族にッ!!ギルディア様に栄光あれッ!!」
振り返ったクラウリーはそう叫び、片手で氷の槍を作り出して自分の心臓を突き刺した。
目の前まで迫ったアネッサは突然のその行動に驚き宙を蹴りつけ距離を取り、外壁に鉤爪を突き刺して停止する。
あの魔族は自ら氷の槍を構築し、胸を貫いた。
敵わないと悟り、自害した?
それならばあまりに呆気ない……。
しかし、その考えは直ぐに改める事になる。
心臓を突き刺し自害したその魔族の口や目から真っ白な炎が吹き出し始めたのだ。
褐色の肌も青白く変色し始め、白い炎に包まれて終いには骨だけになる。
しかし、白い炎と霧が骨を中心に体を構築させ、細い右手が心臓に突き刺さる氷槍を引き抜いた。
直後にその槍が変化し始め、氷の大鎌に変貌する。
更に腕や足が異様に伸び始め、骨の指も鋭い氷の指へと変貌していく。
クラウリーは自らの命を断ち、魔の眷属としてその身を墜とした。
しかし、代わりに得たその身体と力は先程までとは比べ物にならない。
その存在は死を司る魔術師、リッチのそれである。
その力に加え、クラウリーの氷魔法を昇華し、氷滅の死霊術師フェンブルリッチへと姿を変貌させたのであった。
フィンブルリッチが口をあんぐり開くとその大口から白い霧のようなモノが一気に吐き出されていく。
その霧に触れた建物から凍りつき、流れる水路も凍りついていく。
その霧にアネッサもまた包まれるが、その身体が凍りつくことは無かった。
しかし、一気に気温が下がり震えるような寒さが襲いかかる。
早めに決着をつけねば街の全てが凍らされてしまう。
アネッサは爪を引き抜き、即座に空を駆けていく。
フェンブルリッチは電光石火で迫るアネッサに対し、片手を掲げて魔法陣を展開する。
その魔法陣から無数の氷の蛇が飛び出し、アネッサへと襲いかかる。
それをアネッサは的確に爪で切り裂き、次々に消し去っていく。
その直後、フェンブルリッチが吐き出す霧を止め、つんざくような叫び声を上げた。
人間よりもはるかに聴力の良いアネッサは顔を歪めてたまらず耳を手で覆う。
その叫びに呼応するように、街中のグール達がざわめきだし、機敏に動き出す。
一斉に動き出したグール達は一つの場所を目指して動き出す。
しかし、グール達の狙いはアネッサではない。
目指す場所は倒れ伏しているガウェンと片膝を付いて項垂れるサリアのもとへと迫っていったのだ。
集まり出す複数の気配と、その進行方向が瀕死の二人へと向かってる事を察知したアネッサは踵を返して二人の元へと向かう。
そんなアネッサをフェンブルリッチが今度は追い、距離を開けて魔法を放ち続ける。
アネッサの邪魔をするように空中に氷壁をいくつも作り出し、地面や外壁からは巨大な鋭い氷の棘を突き出し襲いかかる。
それらを避け、時に鉤爪で破壊し、猛進するアネッサ。
アネッサが再度二人を視認した時には既に三十近いグールが二人に迫っていた。
片手が折れて尚、それでも立ち上がり身構えるサリアを見てその逞しさにアネッサは感嘆する。
そして宙を蹴りつけ、一気に加速したアネッサは二人の目の前に着地する。
着地と同時に両手の鉤爪を地面に突き刺すと、三人を守るように結晶の槍が地面から幾つも突き出した。
次々と結晶の槍が突き刺さるグール達。
しかし、中にはそれすら避ける俊敏なグールもいた。
どうやらあの変貌した魔族はグール達を指示しただけじゃなく、強化もしたらしい。
先ほどより動きは鋭くなっている。
駆け寄ってくるグール達の足は速く、外壁を這ってくる者すらいる。
その両目が赤くギラつき、グール達は叫び声を上げながら三人へと迫ってくる。
その頭上にて、フェンブルリッチが嘲笑うようにカタカタと笑い、頭上から巨大な氷柱を辺りを幾本も落としてくる。
流石のアネッサも、二人を守りながらあの存在と戦うのは至難。
休む間も無く爪を振るい、迫り来るグール達を斬り伏せ、降り注ぐ氷柱を砕いていくアネッサ。
その視線を走らせると、路地の奥が紅蓮の炎に包まれる。
その炎が駆け抜け、三人のもとまで炎の斬撃を散らしながら向かってくる。
そして一際大きく炎が目の前で燃え盛ると、槍を構えた猫が三人の元へと舞い降りた。
「ニャーんか知ってる化け物みたいニャ気配を感じたと思ったら、アネッサたんだったのかニャ」
そう言ってニャフフンと笑うタマリウス。
サリアはアネッサに続いてグール達をいとも軽々と一掃する存在の登場に声も出せずに驚いていた。
「猫さん。
無事、だったのですね」
そう言ってタマリウスをみて微笑むアネッサ。
「イヤイヤ……。
全然無事じゃニャかったニャッ!
死にかけたニャッ!
むしろ殺されかけたニャッ!
アネッサたんマジでオイラを殺す気だったニャッ!」
その言葉にサリアが、「えっ?」と声を出して引きつらせた顔でアネッサを見る。
「誤解です。
私ではなくフェンリルの意志です。
知ってる癖に言いががりを付けないで下さい」
まったく、とアネッサはムスッとした顔になる。
それを見たタマリウスは優しく微笑む。
「……その様子を見る限り、呪われた夜を乗り越えたんだニャ、アネッサたん」
真顔で言うその言葉に、アネッサは少し驚いた後に笑顔で頷く。
それを見て溜息を一つつくタマリウス。
「結局あのガキに良いところ持ってかれたニャ。
しかもオイラですら敵わなかったのに、あのガキが止めたとかッ!
オイラがアイツより格下とか発狂もんだニャッ!!」
頭をガリガリ掻き乱すタマリウス。
「猫さん、取り乱してる所悪いのですが、この二人を任せても良いですか?
私は、アイツを仕留めなければ」
そう言って頭上で大鎌を構えるフェンブルリッチを睨みつけるアネッサ。
「その目、オイラからするとトラウマもんだニャ」
「何か言いましたか?」
ギロリと睨むアネッサ。
タマリウスの尻尾がヘタリと地に落ちる。
「……任されたニャ……。
アネッサたんに逆らうのは怖いからニャァ」
そう言ってニャハハー、と苦笑いしながら槍をクルリと回して担ぐタマリウス。
「ですから、誤解を招くような事を言わないで下さい」
呆れたような声でそう言って、頭上を再度見上げるアネッサ。
スッと両手の鉤爪を構え、脚に力を込め
地を蹴り付ける。
急上昇するアネッサ。
フェンブルリッチは魔法陣を展開して氷結の槍を放ち続ける。
迫るその氷結の槍をアネッサは自分の周りに結晶の槍を構築して迎え撃つ。
止まらないアネッサにフェンブルリッチは再度凍てつく霧を吐き出し、氷結の大鎌を振り上げ身構える。
アネッサは両手を大きく開き、鉤爪を構える。
「″滅狼の銀十字”ッ!」
アネッサの右手の鋭い爪を縦に、左の爪を横に振り抜き、交差する斬撃がすれ違いざまに放たれる。
その一撃は振り下ろされた大鎌諸共フェンブルリッチを斬り裂いた。
その斬撃に沿って十字の形に銀色の残光が煌めき、消え去っていくフェンブルリッチと共に薄れていく。
魔力を根こそぎ消滅させる絶魔の結晶爪による斬撃。
聖十字の斬撃はアンデットを消滅させるには十分過ぎる力をもっていた。
空中でクルリと身を翻したアネッサは真下を見下ろす。
街中をうろついていたグール達はここへと集まってきたお陰でタマリウスがまとめて消し炭に変えてくれていた。
そして元凶であるこの魔族の消滅により、残ったグール達も一人、また一人と倒れただの屍に戻っていく。
宙をひと蹴りして、建物の屋根に降り立つアネッサ。
これでこの街にいるグールの脅威は無くなった。
あとは残党の盗賊と、この街の中心で禍々しい力を放つ何かのみ。
しかし、そこにはどうやら早くも目覚めたあの人が向かっているようだ。
これだけ離れてても、自分の主人たるシンの気配と臭いは敏感に察知できる。
どんな相手であろうと、シン様が負けるとは思えないが、まだ身体が疲弊している状態のはず。
一人で戦うのはシン様と言えど少々危険のはず。
アネッサはチラリと路地にいるタマリウス達を一瞥して、夜の空を駆け出した。
猫さんがいれば、あの二人は安全だろう。
私はシン様の援護へと向かおう。
もっとも、自分が着いた頃には終わっているかもしれないけれど。
なにせ、自分のご主人は最強なのだから。
アネッサは小さく微笑みながら、ブラッドムーンの光を浴びながら闇夜を駆け抜ける。
長い長い夜も、いよいよ幕引きへと向かっていった。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら
七鳳
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気付いたら異世界に転生していた主人公。
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「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…
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無口最強の仮面メイド・シンカク、命を取引に差し出した狼耳少女・アイリ。彼は常にコスパの高い道を選び、母の遺したノートの謎、そして生まれて一度も会ったことのない父・帝国大元帥のいる帝都の闇へと踏み込んでいく。
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バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
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爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
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88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
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飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
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