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第4章 少年期後編
第72話 スキッドブラドニール
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シュヴァインが立ち去って間もなく、銀狼となったアネッサとその背中に乗ったミーシャさんが飛び込んできた。
地面に降り立つとすぐ様ミーシャさんは飛び降り、アネッサも人型に戻る。
「あんたビックリする程速いわね……。
振り落とされるかと思ったわ」
若干青ざめているミーシャさんは冷や汗をかきながらそうアネッサに声を掛ける。
「あの気配を感じて急がずにはいられなかったもので……。
加減が出来ず申し訳ありません」
軽く頭を下げるアネッサ。
「責めてる訳じゃ無いけどね。
あんたが味方で心底良かったと思えたわ。
それより、シン。
何があったの?
クウェンさんもなんだか複雑な顔してるけど」
ミーシャさんは俺とクウェンさんを見てそう問いかける。
「あの王子と戦った……という訳では、無さそうですね」
それに続いてアネッサも周囲を見回してそう呟く。
俺は隣にいるクウェンさんに顔を向ける。
「クウェンさん。
この二人には先程の事を話しても構いませんか?
あいつの正体を知っても、動じる二人では無いでしょうし、二人には正体を知っておいてもらいたいので」
そう言ってミーシャさんとアネッサを見据える俺。
その眼差しには強い信頼を込める。
クウェンさんは小さく頷き、それを承諾する。
「あの王子、シュヴァインは……魔将だった」
俺は険しい顔つきでそう告げる。
ミーシャさんは目を見開き、小さくウソでしょ、と呟いた。
アネッサは魔界の気配を強く感じていた事もあり、さして動じる様子は見られなかったが、顔つきは一段と険しくなる。
「まさか……あの殿下が……」
片手を口元に当てて少なからず動揺するミーシャさん。
「ミーシャさんからすれば、やはり驚きはあるんですね。
僕はあの王子とは面識も事前情報も無いので、正直驚きより敵意しか出ませんでしたが」
「そりゃあ……あの方はあまりいい噂は聞かないけれど……。
正直、殿下が敵対したとなればエルフの皆は混乱するでしょうね。
良い意味でも、悪い意味でもあの方はエルフに影響力をもたらしているから」
その言葉にクウェンさんもまた頷く。
良い意味でも、悪い意味でも、か。
「しかしながら、殿下なりにエルフの未来を見据えての行動であったのかもしれませんな。
殿下の言葉をそのまま信じられれば、ですが」
そう言って唸るクウェンさん。
「正直、俺にはあの王子の事を信頼出来るとは到底思えない。
魔将ってのが本当なのかも、わからないしな。
ただ、あの人がエルフを守りたい気持ちが本物なのは、何となくわかったよ。
そして人族の……いや、エルフ以外の種族を敵視してる、ってのもよくわかった」
俺は腕を組んでそう話す。
「魔将であるとご自身で公言されたのでしょう?
ならば、もはや疑う余地のない敵ではないですか。
私とシン様であれば、どれほどの強敵であろうと負ける気がしません。
何か取り返しのつかない事が起きる前に、動くべきではありませんか?」
アネッサはそう言って爪を伸ばし、温厚な普段の雰囲気が一変させる。
それはまさに鋭利な刃物のような気配である。
「落ち着きなさい、アネッサ。
この里で荒事は禁止。
でも、なんだか意外ね、シン。
魔将だとわかった上でなら、あんたは殴りかかりそうだけど?」
ミーシャさんは優しくアネッサの肩に手を置き、宥めながら俺へと問いかける。
「ええ、正直、敵なのは確かですし、アネッサの言い分も一理はあります。
殴りたい、というか、ぶちのめしたい気持ちは大いにあります。
ただ、本当に戦うべき悪なのかは判断しかねるところもありまして……。
ここが魔族から狙われる場所なのは明白で、その地に留まれば当然戦闘にも里の人達は巻き込まれる。
だから、そうなる前にここから里の人達を逃がしたいっていうシュヴァインの考えはわからないでもないです」
あいつの考えに賛同するのは、ムカつきますけど、と俺は付け足した。
「前の魔族の襲撃で、大勢命を落としたんでしょう?
それを避けたい、ってのは……当然なのかな、って」
「殿下はそんな事を言っていたのね……。
確かにここで前に起きた魔族との争いは私の父さんや、ジノのお父様とお爺様がいたからこそ犠牲が最小限で済んだけれど、それでも大勢命を落としたわ。
……その三人も、ね」
そう言って拳を握りしめて下唇を噛むミーシャさん。
「今回は私とシン様がいます。
魔族や魔物程度に遅れはとりません」
ミーシャさんを真っ直ぐ見据えて自信満々に断言するアネッサ。
うーん、普段温厚な性格なんだが、やはり獣人族の血筋なのか、好戦的な傾向はあるようだ。
いや、これもまたフェンリルの影響があるのかな。
「そりゃあ、俺も負けるつもりはない。
どんな奴が相手だとしても、お前となら怖いものなんてない」
アネッサに微笑みかけ、俺は続ける。
「でもな、アネッサ。
俺は痛感してんだよ。
どれほど自分に力があったとしても、手が届かない事もある。
戦いが起きて犠牲になるのは力の無い者達ばかり。
それをジーナスで実感したよ。
後悔しきれない程に……」
そう言って弱々しく溜息をつく。
俺はもう誰も戦いの犠牲にならぬよう、自身の力をつける事ばかりに目がいっていた。
脅威をねじ伏せて、周りの誰も傷つかぬように、と——。
だからシュヴァインの提案を聞くまで、死力を尽くしてこの里を守る事しか出来ないと思っていた。
しかし、この危険な領域から里の皆を遠去けるという考え方もあるのだとしたら、それもありかもしれない。
戦いになれば、弱き者ほど命を落としてしまう。
そして一度失われた命は、もう二度と戻ってはこない。
「だから、里の皆が納得するのなら、ここを離れるのもありだとは思う」
そう言うと、アネッサがジト目で俺を見てくる。
「シン様。
相手は魔将だと公言するような相手ですよ?
その言葉を鵜呑みにするおつもりですか?
万が一、敵の目的が里の皆を別の場所でまとめて襲撃するつもりなら一網打尽です。
もっと疑いの目も持つべきです」
そう責め立てるアネッサ。
その視線が痛い……。
いや、アネッサが言う事ももっともなんだけどね。
「……ちなみに、言っておくけど、私はここを離れるつもりはないわ」
切れ長の目を鋭くさせ、俺を見つめるミーシャさんが言い放つ。
「父さんは……いえ、ここで命を落とした者達は皆その命をかけてこの里を守ったの。
この里を、皆で守り抜いたのよ。
それを間近で見た私が、ここの守りを放棄して逃げ出す訳にはいかない。
それに、里の皆が例えここを離れてもシンは残るんでしょ?」
「ええ、まぁ……」
ジノとの約束もあるからな。
俺はこの場所を離れる訳にはいかないだろう。
「なら、尚更離れる訳にはいかないわね。
あんたの面倒見て欲しいって、ジノから言われてんだから」
わかった?と俺を指差して言い放つミーシャさん。
ジノはミーシャさんにまで頼んでんのかよ。
割と信用ないよなぁ。
信用ない、ってか、過保護なのかな。
「なんにせよ、一度里の皆と話さねばならない案件でしょうな。
ミーシャ、急いで皆を広場に集めてくれ」
クウェンさんがそう頼むと、ミーシャさんは頷いた。
そして直ぐに大きく跳躍し、太い木の枝を渡りながら里の方へと駆け抜けていく。
「シン。
それから、アネッサ君、といったかな?
君達も来なさい。
里を守ってくれている心強い君達もまた、事の成り行きを見届ける資格があるのだから」
そう言ってシワシワの顔を微笑ませるクウェンさん。
「ありがとうございます」
俺が頭を下げると、続いてアネッサもまた頭を下げる。
そして俺はクウェンさんとアネッサと共に広場へと向かった。
広場へと辿り着くと既に里の皆が集まり始めていた。
皆何事かとざわめいている。
ミーシャさんは声を上げて里の皆を集めている真っ最中である。
その脇には大木に身を預けて目を閉じているシュヴァインがいた。
そんなシュヴァインをアネッサは目つきを鋭くして睨みつける。
その鋭い視線に気がついたのか、片目を開けてこちらに目をやるシュヴァイン。
だが、特に気にする様子もなく、また瞳を閉じる。
それがより苛立たしいのかギリッと歯軋りするアネッサ。
アネッサがここまで誰かを嫌うのも珍しいよな……。
やっぱ、フェンリルがアネッサの中できれてんだろうな。
魔族ってだけで、殺意が湧くらしいから。
「皆、少し耳を傾けてもらいたい。
遥々エルフ王国の地より、この里をシュヴァイン王子が訪れて来たようだ。
大事な話が皆にあるので、どうか耳を傾けて欲しい」
そう言ってクウェンさんはシュヴァインに近寄り、里の皆の方へと手を向ける。
それに応じたシュヴァインは預けた身体を起こし、悠然と近付いてくる。
「どうか、里の皆を動揺させる事のなきようお願い致します……」
クウェンはすれ違いざまにシュヴァインの耳元でそう囁くと、シュヴァインは小さく頷く。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。
王国より参りました、シュヴァイン・ファルベリオンです。
どうか硬くならずに聞いてもらいたい」
里の皆を安心させるように優しい微笑みを浮かべて声を上げるシュヴァイン。
里の皆からすれば、この里にいれば会う事もない王子の来訪に物珍しそうな眼差しを送る。
隣のアネッサは変わらず鋭い眼差しを送り続けている。
そして俺は……腕を組んで、事の成り行きを静かに見守っていた。
「かの英雄ジノ・オルディールがこの里を離れたのはクウェン殿から伺いました。
それは、また世界に大いなる危機が迫ってきているからです。
つまるところ、現在魔族との大きな戦争が各地で起き始めているのです」
魔族、その言葉だけで里の皆のざわめきは大きくなる。
「心配には及びません。
と……言いたいのですが、皆さんが不安を持つのは無理もないでしょう。
ここは魔族の侵略を受けた場所でもあるのですから。
だからこそ、皆様には伝えなければいけない事があるのです」
一つ深呼吸をして、里の皆を見渡すシュヴァイン。
一度目を閉じ、意を決するとその青い瞳を大きく開く。
「……再び、この地にも魔の手が伸びようとしております。
魔族が……魔物が……再びこの里を襲うのは、ほぼ間違いありません」
静かに、しかしハッキリと告げるシュヴァイン。
その告げれられた言葉に里の皆は動揺する。
恐怖に青ざめ言葉を失う者もいれば、悲痛に顔を歪めて泣き出す女性もいる。
子供を抱き寄せる父母の姿もある。
そんな里の皆の様子を見て、シュヴァインもまた顔を歪め、それでも直ぐに顔を引き締める。
「僕がここに来たのは、皆さんを守る為です。
僕はあなた方を誰一人として傷つけさせるつもりはありません。
しかし、その為には皆様の協力も必要です」
その言葉に、里の皆はシュヴァインを見つめる。
皆、不安を打ち消す何かを期待するような眼差しをしながら。
「……皆様には、この地を離れてもらいたいのです。
安全な王国で、皆さんを迎え入れたいのです」
シュヴァインの言葉に、里の皆は顔を見合わせてまたどよめきが起こる。
「この地を、離れる?」
「そんな……急に……」
「でも、ここにいたらまた奴等が……」
「聖樹は守らなくて良いのか?」
「王国へはどうやって行けば……」
「子供達も連れていけるの?」
様々な言葉が飛び交い始める。
まぁ、そうなる、よな。
急にこんな事を言われても、難しいわな。
シュヴァインはしばし里の皆の様子を見守り、再び口を開く。
「……聞いてください。
現在この里へとグリフォン騎兵隊の精鋭が向かっています。
彼等はこの里の護衛の任でここへと向かっておりますが、皆さんが王国へと移動するのなら彼等もその護衛に付けることが出来ます。
勿論、僕も護衛につき、死力を尽くして皆さんをお守りする事を約束します。
そして王国での生活においては、衣食住は勿論、他の要望も応えられる範囲でなら応えます。
決して不自由な生活はさせない事を誓いましょう」
その真剣な表情と、その口調に里の皆もまた真剣に聞き入っている。
「どうか……。
皆さんの命を、僕に守らせて下さい。
僕は、あなた方が傷つき、苦しむ姿など絶対に見たくはない……」
そう言って深々と頭を下げるシュヴァイン。
その姿は一人の王子ではなく、一人の同じエルフとして、仲間を憂う姿であった。
それを見た里の皆は言葉を失う。
そんな中、ミーシャさんが目つきを鋭くして口を開く。
「殿下。
この里には五十を超える住民がおります。
中にはまだ幼い子供も。
その人数を一度に王国まで移動する、というのは流石に距離があり過ぎます。
まさか移動手段も無く、徒歩で移動させるおつもりですか?」
シュヴァインの姿を見ても情に流される事なく静かに問いかける。
シュヴァインは頭を上げ、ミーシャさんを見ると軽く微笑んだ。
「もっともな意見だ。
けれど、移動手段は勿論用意していますよ。
子供もいる皆さんに歩いて王国を目指してもらうつもりなどありません」
そう言って右手を天に掲げるシュヴァイン。
その薬指にはめられた指輪の鮮やかな青色の宝石が輝き出し、一筋の閃光が天へと走り抜け、空高くある雲をも突き抜ける。
俺も含め、里の皆全員の視線が空へと集中する。
そして、その光景を見て誰もが目を見開く。
穴の空いた雲から巨大な船艇がゆっくりと降下してきたからだ。
蒼く巨大な船体に白銀の大きな帆が張られているそれの先端には、金色の鷲の頭が象られていた。
その船艇を指差し、シュヴァインは宣言する。
「僕の保有するアーティファクトの一つ。
“スキッドブラドニール”が、皆さんを王国まで運びます。
護衛は先程伝えた通り王国の誇るグリフォン騎兵隊。
いかなる敵が狙って来ようとも、それらを跳ね返し、安全に王国へと辿り着く事をお約束します。
王家の誇りにかけて」
そう言って胸に片手を置き、優雅に一礼するシュヴァイン。
その頭上には巨大な船艇、スキッドブラドニールが佇んでいる。
その光景はまさに壮観と言うほかになかった。
地面に降り立つとすぐ様ミーシャさんは飛び降り、アネッサも人型に戻る。
「あんたビックリする程速いわね……。
振り落とされるかと思ったわ」
若干青ざめているミーシャさんは冷や汗をかきながらそうアネッサに声を掛ける。
「あの気配を感じて急がずにはいられなかったもので……。
加減が出来ず申し訳ありません」
軽く頭を下げるアネッサ。
「責めてる訳じゃ無いけどね。
あんたが味方で心底良かったと思えたわ。
それより、シン。
何があったの?
クウェンさんもなんだか複雑な顔してるけど」
ミーシャさんは俺とクウェンさんを見てそう問いかける。
「あの王子と戦った……という訳では、無さそうですね」
それに続いてアネッサも周囲を見回してそう呟く。
俺は隣にいるクウェンさんに顔を向ける。
「クウェンさん。
この二人には先程の事を話しても構いませんか?
あいつの正体を知っても、動じる二人では無いでしょうし、二人には正体を知っておいてもらいたいので」
そう言ってミーシャさんとアネッサを見据える俺。
その眼差しには強い信頼を込める。
クウェンさんは小さく頷き、それを承諾する。
「あの王子、シュヴァインは……魔将だった」
俺は険しい顔つきでそう告げる。
ミーシャさんは目を見開き、小さくウソでしょ、と呟いた。
アネッサは魔界の気配を強く感じていた事もあり、さして動じる様子は見られなかったが、顔つきは一段と険しくなる。
「まさか……あの殿下が……」
片手を口元に当てて少なからず動揺するミーシャさん。
「ミーシャさんからすれば、やはり驚きはあるんですね。
僕はあの王子とは面識も事前情報も無いので、正直驚きより敵意しか出ませんでしたが」
「そりゃあ……あの方はあまりいい噂は聞かないけれど……。
正直、殿下が敵対したとなればエルフの皆は混乱するでしょうね。
良い意味でも、悪い意味でもあの方はエルフに影響力をもたらしているから」
その言葉にクウェンさんもまた頷く。
良い意味でも、悪い意味でも、か。
「しかしながら、殿下なりにエルフの未来を見据えての行動であったのかもしれませんな。
殿下の言葉をそのまま信じられれば、ですが」
そう言って唸るクウェンさん。
「正直、俺にはあの王子の事を信頼出来るとは到底思えない。
魔将ってのが本当なのかも、わからないしな。
ただ、あの人がエルフを守りたい気持ちが本物なのは、何となくわかったよ。
そして人族の……いや、エルフ以外の種族を敵視してる、ってのもよくわかった」
俺は腕を組んでそう話す。
「魔将であるとご自身で公言されたのでしょう?
ならば、もはや疑う余地のない敵ではないですか。
私とシン様であれば、どれほどの強敵であろうと負ける気がしません。
何か取り返しのつかない事が起きる前に、動くべきではありませんか?」
アネッサはそう言って爪を伸ばし、温厚な普段の雰囲気が一変させる。
それはまさに鋭利な刃物のような気配である。
「落ち着きなさい、アネッサ。
この里で荒事は禁止。
でも、なんだか意外ね、シン。
魔将だとわかった上でなら、あんたは殴りかかりそうだけど?」
ミーシャさんは優しくアネッサの肩に手を置き、宥めながら俺へと問いかける。
「ええ、正直、敵なのは確かですし、アネッサの言い分も一理はあります。
殴りたい、というか、ぶちのめしたい気持ちは大いにあります。
ただ、本当に戦うべき悪なのかは判断しかねるところもありまして……。
ここが魔族から狙われる場所なのは明白で、その地に留まれば当然戦闘にも里の人達は巻き込まれる。
だから、そうなる前にここから里の人達を逃がしたいっていうシュヴァインの考えはわからないでもないです」
あいつの考えに賛同するのは、ムカつきますけど、と俺は付け足した。
「前の魔族の襲撃で、大勢命を落としたんでしょう?
それを避けたい、ってのは……当然なのかな、って」
「殿下はそんな事を言っていたのね……。
確かにここで前に起きた魔族との争いは私の父さんや、ジノのお父様とお爺様がいたからこそ犠牲が最小限で済んだけれど、それでも大勢命を落としたわ。
……その三人も、ね」
そう言って拳を握りしめて下唇を噛むミーシャさん。
「今回は私とシン様がいます。
魔族や魔物程度に遅れはとりません」
ミーシャさんを真っ直ぐ見据えて自信満々に断言するアネッサ。
うーん、普段温厚な性格なんだが、やはり獣人族の血筋なのか、好戦的な傾向はあるようだ。
いや、これもまたフェンリルの影響があるのかな。
「そりゃあ、俺も負けるつもりはない。
どんな奴が相手だとしても、お前となら怖いものなんてない」
アネッサに微笑みかけ、俺は続ける。
「でもな、アネッサ。
俺は痛感してんだよ。
どれほど自分に力があったとしても、手が届かない事もある。
戦いが起きて犠牲になるのは力の無い者達ばかり。
それをジーナスで実感したよ。
後悔しきれない程に……」
そう言って弱々しく溜息をつく。
俺はもう誰も戦いの犠牲にならぬよう、自身の力をつける事ばかりに目がいっていた。
脅威をねじ伏せて、周りの誰も傷つかぬように、と——。
だからシュヴァインの提案を聞くまで、死力を尽くしてこの里を守る事しか出来ないと思っていた。
しかし、この危険な領域から里の皆を遠去けるという考え方もあるのだとしたら、それもありかもしれない。
戦いになれば、弱き者ほど命を落としてしまう。
そして一度失われた命は、もう二度と戻ってはこない。
「だから、里の皆が納得するのなら、ここを離れるのもありだとは思う」
そう言うと、アネッサがジト目で俺を見てくる。
「シン様。
相手は魔将だと公言するような相手ですよ?
その言葉を鵜呑みにするおつもりですか?
万が一、敵の目的が里の皆を別の場所でまとめて襲撃するつもりなら一網打尽です。
もっと疑いの目も持つべきです」
そう責め立てるアネッサ。
その視線が痛い……。
いや、アネッサが言う事ももっともなんだけどね。
「……ちなみに、言っておくけど、私はここを離れるつもりはないわ」
切れ長の目を鋭くさせ、俺を見つめるミーシャさんが言い放つ。
「父さんは……いえ、ここで命を落とした者達は皆その命をかけてこの里を守ったの。
この里を、皆で守り抜いたのよ。
それを間近で見た私が、ここの守りを放棄して逃げ出す訳にはいかない。
それに、里の皆が例えここを離れてもシンは残るんでしょ?」
「ええ、まぁ……」
ジノとの約束もあるからな。
俺はこの場所を離れる訳にはいかないだろう。
「なら、尚更離れる訳にはいかないわね。
あんたの面倒見て欲しいって、ジノから言われてんだから」
わかった?と俺を指差して言い放つミーシャさん。
ジノはミーシャさんにまで頼んでんのかよ。
割と信用ないよなぁ。
信用ない、ってか、過保護なのかな。
「なんにせよ、一度里の皆と話さねばならない案件でしょうな。
ミーシャ、急いで皆を広場に集めてくれ」
クウェンさんがそう頼むと、ミーシャさんは頷いた。
そして直ぐに大きく跳躍し、太い木の枝を渡りながら里の方へと駆け抜けていく。
「シン。
それから、アネッサ君、といったかな?
君達も来なさい。
里を守ってくれている心強い君達もまた、事の成り行きを見届ける資格があるのだから」
そう言ってシワシワの顔を微笑ませるクウェンさん。
「ありがとうございます」
俺が頭を下げると、続いてアネッサもまた頭を下げる。
そして俺はクウェンさんとアネッサと共に広場へと向かった。
広場へと辿り着くと既に里の皆が集まり始めていた。
皆何事かとざわめいている。
ミーシャさんは声を上げて里の皆を集めている真っ最中である。
その脇には大木に身を預けて目を閉じているシュヴァインがいた。
そんなシュヴァインをアネッサは目つきを鋭くして睨みつける。
その鋭い視線に気がついたのか、片目を開けてこちらに目をやるシュヴァイン。
だが、特に気にする様子もなく、また瞳を閉じる。
それがより苛立たしいのかギリッと歯軋りするアネッサ。
アネッサがここまで誰かを嫌うのも珍しいよな……。
やっぱ、フェンリルがアネッサの中できれてんだろうな。
魔族ってだけで、殺意が湧くらしいから。
「皆、少し耳を傾けてもらいたい。
遥々エルフ王国の地より、この里をシュヴァイン王子が訪れて来たようだ。
大事な話が皆にあるので、どうか耳を傾けて欲しい」
そう言ってクウェンさんはシュヴァインに近寄り、里の皆の方へと手を向ける。
それに応じたシュヴァインは預けた身体を起こし、悠然と近付いてくる。
「どうか、里の皆を動揺させる事のなきようお願い致します……」
クウェンはすれ違いざまにシュヴァインの耳元でそう囁くと、シュヴァインは小さく頷く。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。
王国より参りました、シュヴァイン・ファルベリオンです。
どうか硬くならずに聞いてもらいたい」
里の皆を安心させるように優しい微笑みを浮かべて声を上げるシュヴァイン。
里の皆からすれば、この里にいれば会う事もない王子の来訪に物珍しそうな眼差しを送る。
隣のアネッサは変わらず鋭い眼差しを送り続けている。
そして俺は……腕を組んで、事の成り行きを静かに見守っていた。
「かの英雄ジノ・オルディールがこの里を離れたのはクウェン殿から伺いました。
それは、また世界に大いなる危機が迫ってきているからです。
つまるところ、現在魔族との大きな戦争が各地で起き始めているのです」
魔族、その言葉だけで里の皆のざわめきは大きくなる。
「心配には及びません。
と……言いたいのですが、皆さんが不安を持つのは無理もないでしょう。
ここは魔族の侵略を受けた場所でもあるのですから。
だからこそ、皆様には伝えなければいけない事があるのです」
一つ深呼吸をして、里の皆を見渡すシュヴァイン。
一度目を閉じ、意を決するとその青い瞳を大きく開く。
「……再び、この地にも魔の手が伸びようとしております。
魔族が……魔物が……再びこの里を襲うのは、ほぼ間違いありません」
静かに、しかしハッキリと告げるシュヴァイン。
その告げれられた言葉に里の皆は動揺する。
恐怖に青ざめ言葉を失う者もいれば、悲痛に顔を歪めて泣き出す女性もいる。
子供を抱き寄せる父母の姿もある。
そんな里の皆の様子を見て、シュヴァインもまた顔を歪め、それでも直ぐに顔を引き締める。
「僕がここに来たのは、皆さんを守る為です。
僕はあなた方を誰一人として傷つけさせるつもりはありません。
しかし、その為には皆様の協力も必要です」
その言葉に、里の皆はシュヴァインを見つめる。
皆、不安を打ち消す何かを期待するような眼差しをしながら。
「……皆様には、この地を離れてもらいたいのです。
安全な王国で、皆さんを迎え入れたいのです」
シュヴァインの言葉に、里の皆は顔を見合わせてまたどよめきが起こる。
「この地を、離れる?」
「そんな……急に……」
「でも、ここにいたらまた奴等が……」
「聖樹は守らなくて良いのか?」
「王国へはどうやって行けば……」
「子供達も連れていけるの?」
様々な言葉が飛び交い始める。
まぁ、そうなる、よな。
急にこんな事を言われても、難しいわな。
シュヴァインはしばし里の皆の様子を見守り、再び口を開く。
「……聞いてください。
現在この里へとグリフォン騎兵隊の精鋭が向かっています。
彼等はこの里の護衛の任でここへと向かっておりますが、皆さんが王国へと移動するのなら彼等もその護衛に付けることが出来ます。
勿論、僕も護衛につき、死力を尽くして皆さんをお守りする事を約束します。
そして王国での生活においては、衣食住は勿論、他の要望も応えられる範囲でなら応えます。
決して不自由な生活はさせない事を誓いましょう」
その真剣な表情と、その口調に里の皆もまた真剣に聞き入っている。
「どうか……。
皆さんの命を、僕に守らせて下さい。
僕は、あなた方が傷つき、苦しむ姿など絶対に見たくはない……」
そう言って深々と頭を下げるシュヴァイン。
その姿は一人の王子ではなく、一人の同じエルフとして、仲間を憂う姿であった。
それを見た里の皆は言葉を失う。
そんな中、ミーシャさんが目つきを鋭くして口を開く。
「殿下。
この里には五十を超える住民がおります。
中にはまだ幼い子供も。
その人数を一度に王国まで移動する、というのは流石に距離があり過ぎます。
まさか移動手段も無く、徒歩で移動させるおつもりですか?」
シュヴァインの姿を見ても情に流される事なく静かに問いかける。
シュヴァインは頭を上げ、ミーシャさんを見ると軽く微笑んだ。
「もっともな意見だ。
けれど、移動手段は勿論用意していますよ。
子供もいる皆さんに歩いて王国を目指してもらうつもりなどありません」
そう言って右手を天に掲げるシュヴァイン。
その薬指にはめられた指輪の鮮やかな青色の宝石が輝き出し、一筋の閃光が天へと走り抜け、空高くある雲をも突き抜ける。
俺も含め、里の皆全員の視線が空へと集中する。
そして、その光景を見て誰もが目を見開く。
穴の空いた雲から巨大な船艇がゆっくりと降下してきたからだ。
蒼く巨大な船体に白銀の大きな帆が張られているそれの先端には、金色の鷲の頭が象られていた。
その船艇を指差し、シュヴァインは宣言する。
「僕の保有するアーティファクトの一つ。
“スキッドブラドニール”が、皆さんを王国まで運びます。
護衛は先程伝えた通り王国の誇るグリフォン騎兵隊。
いかなる敵が狙って来ようとも、それらを跳ね返し、安全に王国へと辿り着く事をお約束します。
王家の誇りにかけて」
そう言って胸に片手を置き、優雅に一礼するシュヴァイン。
その頭上には巨大な船艇、スキッドブラドニールが佇んでいる。
その光景はまさに壮観と言うほかになかった。
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「ポーションが不味すぎる」
必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」
と考え、試行錯誤をしていく…
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
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エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
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バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
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その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
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しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
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公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
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爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
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88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
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飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
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