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第4章 少年期後編

第73話 魔将が狙うモノ

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 俺は里にある大きな切り株に座り込み、頬杖をついて空中に浮かぶ巨大な船艇を眺めていた。
その巨大な船艇、スキッドブラドニールとやらは里の真横の空に佇んだまま動きを止めている。

 今も尚里の皆は話し合いをしているが、全員の意見が一致とはならないようだ。
それは里に残るか残らないかを決断した者もいれば、未だ迷っている者も中にいるからである。
いずれにしろ、急な話でもあった為、即座に皆の意見がまとまるのは無理な話だろう。

「……なぁ、アネッサ。
これって人が作ったのか?」

 俺は隣で同じように巨大船艇を眺めているアネッサに問いかける。

「どうでしょう、ね。
“アーティファクト”と呼ばれるモノは噂で耳にした程度で、現物を見たのは私も初めてですから……。
ただ、聞いた話では太古に封印されし伝説の魔道具、あるいは失われた古代兵器などと呼ばれているそうですよ」

 アネッサは目を細めてスキッドブラドニールを見つめながらそう答える。

 太古に封印された、か。
って事はやっぱりこれは人工物なのかな。
うーん、少なくとも現在の技術力でこんなものは作れない気がするんだよな。
乗り物とか馬車とかしか見たことないし。
ひょっとして、昔の方が文明が発達してたのだろうか?
ロストテクノロジー的な。
ここまでの巨大な空飛ぶ船を作っちまうなんて、なかなかの技術力と科学力である。
もっとも、飛んでる原理は根底から違いそうだから、科学とは違うかもしれないが——。

「こんなもんを一個人が保有するってのは、王家の者だからこそ、か」

 改めて、その権力とも言えるモノを見せつけられたような気がする。
ただの戦闘能力とは違う強い力、それをアイツは持っている。
そしてそれは敵である以上計り知れない驚異とも言える。
エルフの皆からすれば、この力は自分達を守る大きな力だろうが、それが敵として牙を向けられれば安心など出来るはずもない。
まして、アイツがエルフの味方だとしても、俺達人族の敵である事は自らせんげんしてくる始末。
つまり、このままの敵対関係ならばいつかはこの強大な力と対峙する事になる、という事だ。
それは非常に——。

「厄介だな、本当に……」

 俺は小さく呟いた。

「えぇ、私としても、想像よりはやり手のようです。
でも、シン様と私二人でなら何も怖くはありません」

 そう言ってニコリと笑うアネッサ。
その迷いない言葉と揺るがない信頼に、思わず恥ずかしくなって俺はポリポリと頬をかく。

 すると、そんな俺とアネッサのもとに話し合いを終えたミーシャさんがやってきた。

「やっぱり、急な話だから皆も混乱してるわね。
明日改めて、皆と話し合う事になったわ。
とりあえずアネッサ。
今日は里へと続く林道の見回りだけにしておきましょう。
あんなデカブツが空に浮かんでるから、森の生き物がざわついてるかもしれないわ。
注意してね」

 そうミーシャさんは告げると、アネッサは頷いた。

「わかりました。
シン様、ではまた行って参ります」

「気をつけてな」

 ペコリと一礼するアネッサに俺は片手をヒラヒラと振って見送る。
そして再び巨大な船艇に向き直る。

 とりあえず、これ見よがしに空に浮かばせてるんだから、こっちも見学といくか。

 俺はゆっくりと飛翔し、スキッドブラドニールに近付いて行く。

 万が一、この船艇に武器が積み込まれてるとしたら、それは里を襲撃出来る砲台が目の前にある事を意味するのだ。
そんなもんが目の前に鎮座していたら気が気ではない。
このバカでかい船がただの乗り物か、それとも巨大な兵器なのか。
外見からでもわかる範囲で確認しておかなくては……。

 俺は大空を旋回しながらスキッドブラドニールを見回した。
鮮やかな蒼いその船体は陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
その外見から見る限り、素材は木製のようなモノでは無さそうだ。
かと言って鉄のような重厚感はなく、蒼く輝くそれはまるで硝子のようである。
光り輝く船体はとても神秘的で、やはり人工物とはとても思えない。
その美しい見た目からは太古の物という感じは全くなく、真新しさをすら感じる程だ。
そして甲板から突き出す三本の大きな柱には大きく真っ白な帆が張られ、風に吹かれて揺らめいている。
グルリと船体を見て回ったが、見る限りでは武器のようなモノは見当たらなかった。
いきなり砲台が飛び出してきそうな穴も無さそうだったが、このデカブツは俺の常識の外にある存在。
何より魔法のあるこの世界なのだから、見た目は武器に見えずとも武器になり得るモノもあるかもしれない。

 外見からは脅威は感じないが、やはり警戒は怠ることは出来ないな。
念の為、里を簡易結界で防護しておくか?

 俺は宙で腕組みをしながら船艇を眺めていると、このデカブツの所有者が近付いてくるのを感じた。
横目でチラリとそちらを見やると、シュヴァインが飛翔してゆっくりと舞い上がってきていた。

「人の物をそんなにジロジロと眺めるのは感心しないね。
その視線だけでスキッドブラドニール  が汚れてしまいそうだ」

 開口一番嫌味を言ってくるクソ王子。

「見られたく無いならしまっとけよ。
どうぞ皆さんご覧下さい、と言わんばかりに里の真横に展示しといて何言ってんだ。
見せたいのか見せたく無いのかハッキリしろよ」

 俺はシュヴァインに顔を向けることもせずそう言い返す。

「里の皆に見てもらう事も目的だが、ここに留まらせているのは万が一に備えてもいるからさ。
何かあった時、すぐに出発出来るように、ね」

 その意味深な言葉を聞き、俺はシュヴァインを睨みつける。

「……、って何だよ?」

 俺の鋭い視線を受けても特に気にすることもなく平然と口を開くシュヴァイン。

「言っただろう?
ここは僕が任されているが、他の魔将にも狙われている特別な場所なんだ。
そして残念ながら、僕はまだそれほど彼等に信用されていない。
あまりに僕の手際が悪ければ、奴等が手を出してきてもおかしくはないからね」

 そう言ってある場所を見つめるシュヴァイン。

 手際、って何だ?

 俺はそう疑問に思いつつ、その視線の先にあるモノを見る。
そこにら遠くからでもその存在が確認できる聖樹ユルダがあった。

「お前——ッ!」

 俺は思わず摑みかかりたかったが、拳を握りしめて堪える。
流石に里にいる皆の頭上で荒事を起こすのはマズイ。
ただでさえ皆混乱と不安を抱えている中、争い事が頭上でおきたらパニックが起きるやもしれない。
それを知ってか知らずか、俺の鋭い眼光を受け流し、平然とした口調でシュヴァインは答える。

「そうだよ。
僕は里の皆を守りにきただけで、聖樹を守る為に来た訳では無い。
むしろ、あれを破壊する事が魔将としての役割さ」

 俺を真っ直ぐ見据えて、なんの感情も込めない冷たい声色で言い放つシュヴァイン。

「正直、あれを守るジノ・オルディールをどう説得するかが悩ましかったんだ。
事を構えるのも辞さないと覚悟を決めていたくらいに……。
だが、いざ着いてみたらジノ・オルディールは不在で、代わりに君のような小物が留守番しているのだからお笑い種だ。
楽な仕事になってむしろ助かるけれど」

 そう言って乾いた笑いをするシュヴァイン。
どうやら、コイツは俺の事を相当に低く見積もっているらしい。

「お前程度がジノの相手をするとか思い上がりも甚だしいっつの。
聖樹を壊すのが目的なら、やっぱりお前はぶちのめさなきゃならない相手って訳だ。
お前の言う仕事ってのが本当に楽かどうか、場所を変えて試してみるか?」

 俺は挑戦的に言い放つが、相変わらず気にする様子のないシュヴァインは呆れたように溜息をつく。

「鑑定などせずとも、僕と君との力量差くらいはわからないのかな。
残念ながら、君と僕とでは埋めようのない差があるんだ。
生まれ持ったモノも、培った経験も、何もかもが違う」

 そう言って背筋が凍るような冷たい眼差しで俺を見つめ、殺意を露わにするシュヴァイン。

「……人族の君が愚かにも僕へと楯突いたんだ。
それを後悔させるのも悪くはないかもね」

 そう言って邪悪に微笑んでくる。

「お前もやる気ってんなら、望むところだよ。
……って、言いたいけどな。
お前の突然の問いかけに里の皆が混乱してんだよ。
お前をぶちのめしたいのは山々だが、場所は変えるぞ。
ここでやり合って里にいる皆の不安をこれ以上煽りたくはないからな」

 その言葉を聞き、眉をひそめるシュヴァイン。
上空から里を見下ろし、里の様子を伺っていた。
そこには幾人かは未だに広場で不安気なな顔付きで話し合いをする者達もいれば、小刻みに震えながら怯えた表情で家事をする女性や、頭を抱えて溜息をつく男性等もいた。
それを見ただけで、里の皆にとってシュヴァイン投げた一石の波紋がいかに大きかったのかが見て取れた。

「……なるほど、確かに。
彼等の不安を煽るような事になるのは僕にとっても不本意だ」

 君に同調するのは非常に不愉快だが、と付け足して言うシュヴァイン。
何か嫌味を言わないと気が済まない病気なのか、コイツは。

「とは言え……。
君が取るに足らない小さな存在なのは間違いないが……無視するには少々鬱陶しい存在とも言える。
前に言ったように、僕の邪魔をするのなら容赦はしない。
正直、僕にとっての弊害になり得るであろう君を野放しにしたくないのが本音だよ」

「それはこっちの台詞だ。
里にとっての一番の脅威はお前だからな」

 俺が間髪入れずに言い返す。
しばし睨み合う俺達。
どちらも視線を逸らさず、一歩も譲らないという意思を込め、互いに殺意と敵意をぶつけ合う。
そんな二人の間に割って入るように、飛翔してきた存在があった。

 それは透き通るようなプラチナブロンドの長髪を淡い緑のシュシュで束ね、肩から下げているエルフの少女。
その少女、リアナは腰に手を当てて俺とシュヴァインを交互に見やる。
幼く可愛らしい顔付きでありながら、その表情はキリッと引き締め凜としていた。

 リアナ、いつの間に飛翔出来るようになったんだよ。

 俺は割って入ってきた事より、その事に少なからず驚いていた。

「二人共、怖い顔して何を睨み合っているの?
里の皆が二人を見上げて何事かと言ってるよ」

 ビリつくような空気に割って入ってくるその度胸もまた、いつの間に身に付けたのやら。
それとも、そこまではよく分からず割って入ったのか。
何れにしても、俺とシュヴァインはリアナの仲裁によりその殺意と敵意を引っ込める。

「これはこれは、昨日会った仔猫ちゃんじゃないか」

 先ほどとは打って変わって優しく微笑み、穏やかな口調で話しかけるシュヴァイン。
そんなシュヴァインをリアナはキッと睨みつける。

「私、猫じゃありません。
私にはリアナ・クリスターナという名前があります」

 王子相手に毅然とした態度で言い放つリアナ。
その反応にシュヴァインは目を丸くし、直ぐにニコリと微笑み頭を下げた。

「それは失礼な言い方をしたね。
申し訳ない。
リアナ、だね。
いい名前だ、覚えておくよ」

 謝罪の言葉こそ口にし頭を下げたものの、あまり悪びれる様子はないシュヴァイン。
しばしシュヴァインを見つめていたリアナだったが、すぐに鋭い視線は俺へと向けられる。
鋭さとは違う、何かを訴えるような眼差しで俺を見つめてくるリアナ。
先日の事を思うと、何故か俺の胸は締め付けられる。

「シン……。
少し話があるの」

 静かな口調ではあるが、有無を言わせぬ気迫を込めてそう告げるリアナ。

 うーむ、どうやら離れてる間にリアナもまた成長したようだ。

 俺はまるで条件反射のように頷いた。
それを見たリアナも一つ頷くと、再び広場の方へとゆっくりと降下していった。
残された俺はシュヴァインに向き直る。

「……聖樹は俺が守る。
お前があれを狙うのなら、俺はお前の前に必ず立ちはだかる。
本当に取るに足らない存在かどうかは、その時にわかるさ」

 俺はそう言ってシュヴァインを一睨みしてから背を向け、リアナを追った。
残されたシュヴァインはその背中を冷たく見つめていた。

「……やはり、エルフにとって人族は害悪でしかない。
昔も、今も……。
そうだろう、シャーロット」

 誰にも聞こえぬ程小さく、シュヴァインは呟いて、遥か遠くを見つめていた。
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