異世界転生した俺は最強の魔導騎士になる

ひとつめ帽子

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第5章 遥か遠いあの日を目指して

第99話 多くを失っても

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 ポツリと雫が落ちてきたのを感じ、俺は薄目を開く。
うっすらと明るくなりかけた空はどんよりと曇っている。
顔を上げて空を見つめていると、頬に再び雨粒が落ちてくる。

「……最悪だな……」

 ようやく夜が明けたというのに、ポツポツと雨が降り始めてきたのだ。
テントを叩く雨音に気付いたリアナものそのそ出てくる。

「おはよ、シン。雨が降ってる?」

「あぁ、今降り始めた。外套を羽織って出発しよう。ここじゃ雨風も凌げない」

 俺はそう言うとテントを手早く片付けて荷物をまとめていく。
見上げれば、雨雲がより一層濃く広がっている。

「早く出発しよう。嫌な予感がする」





 そして、その予感は的中する。

 容赦のない大雨が俺達を襲い、地面はぬかるみ思うように進めなくなる。
濡れた積荷とぬからんだ足場により荷車も思うように進まず、曳く疲労度は倍以上。
力任せに引っ張れば逆に荷車が壊れてしまうので力加減にも気を遣わなければならない。
そして益々雨風は勢いを増し、台風かよと言いたくなるほどの豪雨と暴風となる。

「リアナッ!大丈夫か!?」

「なんとかッ!大丈夫ッ!」

 暴風雨に負けないように声を張り上げ互いに声を掛け合う。
しゃへいぶつしゃへいぶつの少ないこの場所では一層風も強く、降り注ぐ雨粒は弾丸のようで前方もうまく見えなくなる。
しかし、そんな俺達に襲い掛かるのは自然の猛威だけではなかった。

 ヒヒィーーーーンッ!!

 突如嵐の中を引き裂くような高い悲鳴。
それはリアナの乗っていた馬のいななきであり、突然リアナを放り出して勢い良く駆け出してしまったのだ。
次いで小さな悲鳴を上げて泥だらけの地面を転がるリアナ。

「リアナッ!」

 荷車を離して慌てて駆け寄ろうとする俺の頬を何かが掠めていく。
慌ててそちらを見やると小柄な緑肌をした二足歩行の魔物——ゴブリンが弓矢を構えてこちらを狙っていたのだ。
しかもそれは一匹ではない。
二匹三匹と草むらから顔を覗かせて次々と弓を構え始めていく。

 再び馬の嘶く声が遠くから聞こえ、そちらを見れば逃げ出した馬が遠くでゴブリンの群れに囲まれていた。
そして続け様に粗悪な槍によって串刺しにされていく。
そんな槍を持った連中は俺たちの周りの草むらからものそりと現れ始め、ジリジリと近寄ってくる。

 どうやら気付かぬうちに囲まれていたらしい。
舌打ちをして直ぐにリアナに駆け寄る。
あの間にも無数の矢が飛んでくるが、矢の命中率は幸いな事に非常に悪い。
逆に矢の飛んでくる位置が判断し難くもあるが、なんとか襲い掛かる矢の雨を剣で叩き落としながら泥まみれのリアナのもとに辿り着いた。

「無事か!?」

「なんとか、大丈夫……。手首と脚をやっちゃったけど、直ぐに治すからッ」

 苦痛に顔を歪めながらリアナはそう応え、即座に治癒魔法を自分にかける。
しかし治癒魔法をかけてるその間にも幾本もの矢が襲いかかり、更には短剣や槍、手斧を握って駆け出し突撃してくる輩も出てきた。
若い娘が手負いなのを見るや、醜悪な笑みを浮かべて迫ってくる。

「リアナッ!立てるようになったら走るぞッ!荷物は捨てる!」

 俺はそう決断し、飛びかかってくるゴブリン達を斬り伏せていく。
飛んで来る矢も弾き、迫り来るゴブリンを斬っている間に捌き切れない矢と斬撃が俺の皮膚を裂く。
致命傷こそ受けないようにしているものの、痛みが怪我の程度に比べて非常に強く熱も感じる。
話には聞いた事があるが、恐らくは矢や矛先に毒が塗られているのだろう。

 俺がゴブリンの猛攻を凌いでいると、治癒を終えたリアナが立ち上がったので直ぐに二人で駆け出した。
既に二○匹は倒したというのに、奴等は未だギャアギャアと喚き声を上げながら逃げる俺達を追ってくる。
その数はまるで数が減っている気がしない。

 恐らく、昨夜のうちに奴等は俺達を襲う算段をつけていたのだろう。
可能な限り数をかき集め、襲撃する。
大して知能もなく、弱小の魔物ではあるが、それ故にゴブリンは数を集めて行動する。
の群れなら脅威でなくとも、数十匹と増えると手練れでも厄介なのだ。
せめてこの嵐が無く、両腕があれば難なく俺一人でも殲滅出来るのだが……。
何より奴等の粗悪な武器はいずれも毒が矛先に塗られているのが常だ。
状態異常耐性のお陰で俺は動けるが、リアナには擦り傷一つでも負わせる訳にはいかない。
彼女を守りつつ、この数を捌き切れるかどうか——。

 走りながら頭を振り絞る。
顔だけ振り返ると置き去りにした荷車の荷物を奪っているゴブリン達の姿が目に映る。
また絶命した馬にも群がるゴブリン達もいる。
そこで少なからず奴等が足止めしてくれるなら、残りはリアナだけでも逃す為にも俺が迎え討つ。

 身体を反転させ、剣を翻して迫り来る二匹のゴブリンを斬り伏せると俺は足を止めて身構える。
続けて三匹のゴブリンが迫ってくる。
四匹、五匹と立て続けに鋭い斬撃により両断すると奴等は俺に向かって一気に群がってくる。
捌き切れない数が俺に襲い掛からんとしたその刹那——。

「〝風よ、その力を束ね、敵を討つ一矢とならん〟」

 耳障りな喚き声が響く中、心地よい調べのような透き通る声が雨風を割って耳に入る。
その声はリアナが口早に唱えたものだった。
驚いて走っていたであろうリアナを見やると、弓を構えて弦を引き絞っていた。
しかしその手に矢は無い——ように見えた。
即座に放たれたのは疾風の魔矢。
嵐の中を走り抜ける風音が三つ重なり、迫り来る三匹のゴブリンを貫いた。
続けて目に見えぬ矢が再び駆け抜け、次々とゴブリン達を射抜いていく。
驚いた俺が再びリアナを見ると、口を固く結び、その表情からは確かな戦意が見て取れた。

 こんな嵐の中、奇襲を受けて互いに怪我も負い、魔物に囲まれてる絶体絶命な状況。
そんな中、彼女は戦意を失わなかった。
逃げてくれればそれで良いと思ってくれた俺だったがら、彼女は共に戦える事を行動で示したのだ。

 間違いなく、昔に里で見た時より成長している。
それは単に年月があらから経ったからだろうか?
いや、違う。
ミーシャさんとの訓練があったから?
それともジノとの特訓の成果?
いや、再開したあの時ですら、こんな雰囲気を彼女は持っていなかった。

 恐らくは、あの日の絶望を彼女もまた味わったからだ。

 震えるほどの恐怖も、目を瞑りたくなるような状況も彼女は味わった。
そんな状況をリアナもまた乗り越えて今日に至っているのだ。

 あの日を越えてきたのは、俺だけじゃ無い。
悲しみや苦しみ、辛さや不安を抱えてるのは俺だけじゃ無いのだ。
彼女もまた、もがきながら前を向いて生きている。
きっと俺にだって負けないくらい、強い意志を持って前を向いているのだ。

「リアナッ!戦えるか!?」

 俺が声高に問い掛けると、リアナは力強く頷いた。
そして俺達は逃げる脚を止め、身構える。

「弓使いはリアナに任せる!近付いてくる奴は俺に任せろッ!」

「わかった!」

 逞しい返事が一つ返ってくる。
それだけで俺には再び力が湧いてくる。

 状況は最悪。
いや——少しばかり悪いだけだ。
嵐があっても、馬も荷物も失っても、俺達の命を狙う魔物に囲まれても。

 あの日の絶望とは程遠い——ッ!

 もともとゴブリンは弱小の魔物。
少なくとも俺の敵ではない。
そして、それはリアナにとってもどうやら同じであったようだ。
数の優位などあっという間にひっくり返し、血塗れの俺と泥塗れのリアナは鬼気迫る戦いぶりでゴブリン達を圧倒する。
それを見たゴブリンの数少ない残党は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていったのであった。

 息が上がる俺達は未だ身体中を打ち付ける雨風を感じながら互いを見やる。
しばし沈黙していた俺達だったが、思わずどちらとなく息を吐く。
どっちも凄い姿になっていたが、初めて二人で得た勝利であった。

「シン、凄い姿になってるけど」

「リアナもな」

 酷い姿をしたお互いを見て思わず笑みが溢れ、そしてその健闘を称え合う。
そんな二人を強めの雨水が泥も魔物の血も洗い流していく。
俺の怪我は軽傷ではあったが、幾本も矢が突き刺さっており裂傷も幾つかある。
ズタボロの荷物から薬草や布切れを探して応急処置をしてもらう。

「……治癒魔法が効けば、こんな数直ぐに治せるのに……」

 悔しがるリアナは泣きそうになりながら俺の手当てをしてくれた。

「魔法がなくても、こうやっての傷の手当てをしてくれるだけで十分だよ。将来はそっち方面でリアナは活躍できるんじゃないか?」

「シンのバカ……。手当てばっかりさせられるこっちの身にもなってよ」

 天然のシャワーを浴びながら、俺の軽口をリアナが咎められる。
そんな俺達はビショビショの身体で再び歩き出した。



 食料も荷物も失ってしまったが、それぞれの得物だけを手に歩き続けていく。
そしてようやく雨が止んだ頃、ついに巨大な森が見えてくる。
それはまさしく、あの〝静寂の森〟であった。
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