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7月篇
7月篇第3.5話: 幼なじみのクラスの執事喫茶が大人気で困ってます
しおりを挟む月雁祭、3日目の朝。
最寄り駅の地下鉄月雁駅周辺は、何となく人通りが多く見える。その理由はきっと――。
「これ、みんな学祭のお客さんだよね」
「だろうなぁ。そういや、去年もこんな感じだったっけか」
「あー、言われてみればそうかも」
エリカが去年の駅前近くの光景を思い浮かべている。私もこっそりと思い出してみるけれど、たしかに人の数は多かったし、その人の列もみんなだいたい同じ方向に向かっていた。私たち3人もその中に紛れていっしょの方向に歩いたことを思い出した。
「……たまにわかんなくなるけど、月雁高校って公立だよね」
「たしか」
「イベントの規模感おかしくない?」
エリカの疑問には、結構納得できる。
昨日の行灯なんて、交通規制も入れた上で一般道を歩くとかいうハイレベルなことを、数十年も続けているという話。おまけに、その準備には1ヶ月以上もかけているという。ユウイチがあんなにへとへとになるのも仕方ないかもしれない。
「私立のマンモス校とかって言われるところくらいの感じは、あるな。たしかに」
「シュウスケのところも同じくらいの感じ、あるよね」
「……あるかもなぁ。ただ、熱量の具合で負けてる感じも。それにウチは土日しかやらないし」
「あー、そう言われると」
シュウスケくんの通っている紫苑寺学園高校は9月末に、私たちが通う星宮桜雲女子高校は12月末に、それぞれ土日の2日間で学校祭が開かれる。内容としてはそれぞれのクラスや部活動での模擬店だったり、文化系の部活動の発表会だったり。在校生の数が多いので規模は大きいけど、比較的その内容は一般的なモノ。――紫苑寺学園では、体育会系の部活が得体の知れない出し物をすることもある、と言う話をシュウスケくんから聞いているけれど、イロモノ的なものはそれくらい。
「せっかくだから、俺らの学祭に使えそうなネタでも拾っていくかなー」
「えー。ふつうパクリ公言するー?」
エリカのブーイング。
「インスパイアされることは悪いことじゃないだろー。完全一致したモノなんてできるわけないし。っていうか、執事喫茶とかならわりとどこでもやるだろ。結局はクオリティの問題で……」
「……執事喫茶?」
「あ」
やべ、と言った顔で口を押さえるシュウスケくん。うん。失言は一度出たら口に戻すことはできないよ。
「あ、そういえばユウくんのクラスで何やるか訊くの、ずっと忘れてたんだ!」
私は痴話喧嘩の最中にちらっと訊いていた。シュウスケくんのあの感じから考えれば、彼もどこかのタイミングでユウイチから訊いていたらしい。
「ん? その反応から考えると、もしかして執事喫茶とか?」
「エリカ、大正解よ」
「マジで! テンションめっちゃ上がるんですけどっ」
そうよねー。この前まで、執事が出てくる系のドラマにすっごいハマってたもんね。(シュウスケくんによく似た)大好きな俳優さんが出てたのもあって、次の日の学校ではいっつも話題にしてたもんね。――私は、『主演の役者さんとエリカの幼なじみの男の子、顔が結構似てるんだよ』、ってどのタイミングで口を滑らせてあげようか、ずっと悩んでたんだから。
サプライズ的に黙っていてあげよう、ってシュウスケくんに言ってたのに。どうしてこんな土壇場で口滑らせちゃうかなー。
まぁ、喜んでいるみたいだし、これはこれでイイかもしれない。
シュウスケくんをちらっと見てみると何となく申し訳なさそうに私を見ていた。素直な反応に苦笑いしてしまう。そういう感じでエリカにも接してあげればいいのに、とか思いつつ、気にしすぎないようにという雰囲気で小さく手をふっておいた。安心したように笑ったので、とりあえず良しとしておきましょう。
「うふ、……ぐふふ。あ、マズいよだれが」
「エリカ。そこまでにしときなよー」
――軽く不審者だった。
○
オープンからほどないタイミングで着いたわりには、かなりの人がすでに校内にいた。
「混んでるなぁ……」
「大人気だねえ」
「すっご……」
生徒用玄関に入った瞬間からすでに人の陰しか見えていないくらいだ。
「とりあえず、離れんなよー」
「うん」
お。エスコートしてくれてる。佳きかな佳きかな。
ひとまず、人垣がわずかに別れたところから視界に入ってきた、校内案内図とプログラムを回収。このままでは人の波に酔ってしまいそうなので、奥の方のスペースにそのまま避難する。吹き抜け構造になっていて、とても開放感がある。
「何かココ、カッコイイ」
「っていうか、上んとこ、ステンドグラスみたいなの入ってないか?」
シュウスケくんが吹き抜けの上の方を指差すので、そちらをエリカとふたりで見てみる。
「ホントだ!」
「わ、キレイ」
前回来たときは気がつかなかった。ちょっと勿体ないことをしていたのかも。
「よし。じゃあ、まずは」
「ユウくんとこでしょ!」
威勢良くエリカが答える。
「言うと思ったわ」
「と言っても、他に何があるかはまだ調べてないからな。それでいいんじゃないかな」
「じゃあ、決定!」
○
並ぶこと、15分。
まさか学校祭のイベント――というか、クラスの出し物で並ぶことになるとは予想していなかった。しかも、まだ午前中なのに。他のクラスはそうでもないようなので、如何にユウイチのクラスが人気を確保しているかがよくわかる。ものの見事に並んでいる人は、シュウスケくんを除いてみんな女の子なのも、何だかすごい。
そして、さっきから列の整理と呼び込みを担当しているふたりの男子の恰好が、ガチ。クオリティ高すぎ問題。本人たちは敢えて気付かないようにしているのかもしれないけど、彼が通り過ぎるたびに黄色い声が聞こえている。
でも、残念ながらしばらくの後に彼らも中の担当に回ってしまい、落胆のため息が漏れてきた。すぐ横からもため息が聞こえてきたけど、ちょっと黙っていようと思う。
そんなこんなで列も進んでいき、ようやく私たちが入店できるタイミングになったところで、客担当がさきほどのふたりに変わった。なにやら店内の方を見つつ合図をし合っているが、何だろう。
「……おかえりなさいませ、お嬢様方」
「……ご指名は?」
何故か私たちに耳打ちするような言い方になる。――というか、指名制度あるの?
「だったら……なぁ?」
「ユウくん……じゃなかった。紫藤優一くんって、今います?」
「……お、やっぱりか」
「ジュンイチ。お前、よく見てるな」
「え?」
「ああ、申し訳ございません。それではもう一度」
ジュンイチと呼ばれた方の彼が一度咳払いをする。
「おかえりなさいませ、お嬢様方」
「どうぞ、こちらの方へ」
もうひとりの彼に促されるように教室内に入ると――。
「ゲェッ!?」
――ふさわしさの欠片もない声で出迎えられた。
「へえ、なかなかクオリティの高い……」
「ユウくん、やっほー! って、おおお……っ! これは……!」
でも、これは意外。というか、新鮮。
ユウイチの制服はずっと学ラン。スーツというかジャケット姿は見たことが無かった。
――悪くない、と思う。
「ほら。紫藤くんにご指名だから、しっかりやってね」
あ、ユウイチ、何かすごい顔してる。これは、ホントは指名制度なんて無いっていうパターンだったりするのかしら。さっきのふたりは何か企んでいるような感じもしていたし、きっとそうなのだろう。
とはいえ、直ぐさま表情を元に戻したユウイチは、――元に戻すどころか、いっそのこと何かを吹っ切ったような顔で。
「……おかえりなさいませ、お嬢様に……おぼっちゃま」
「ぶっ!」「んぐっ」
「ちょっと待て、なんだその言い方」
爆弾を投げ込んできた。――っていうか、『おぼっちゃま』って……!!
「いや、いろいろ調べたら御令息にはこの言い方が適切らしいってことで」
「よかったね、おぼっちゃま……!」
「くっそ……。ユウイチをイジるつもりで来たのに、何でこんなことに」
ここぞとばかりにシュウスケくんをイジるエリカ。楽しそうで何よりです。
「すっごい並んだけど、よく見たらみんなレベル高いもんねー。納得、って感じ」
「お褒めにあずかり光栄ですよ、エリカお嬢様」
「……あ、なんだろこの気持ち。目覚めそう」
やめてね、エリカ?
「キャラ崩さないんだね」
「……やらなきゃ怒られるんだよ」
私たちに顔を近付けさせて囁き、周りからは見えないところで、親指を使って何かを指し示した。3人ともそれとなくその指された方向を見て、もう一度ユウイチの方へと視線を戻した。そして、そのまま席に案内されておく。全員が全く同じ空気の読み方をしていた。
「ああ、なるほど。さっきから妙に強烈な視線感じるな、と思ってたけど、あの人か」
「そ。あれが学級委員長兼発起人兼店長役」
――あ、エリカがユウイチくんからは見えないところで、彼女に向かって合掌してる。
「……ああ、そうだ。しっかり後夜祭まで居てくれよ? どこに居るか場所教えてくれたら行くからさ」
「りょーかーい」
雑談もそこそこに、注文を取って去って行くユウイチ。
「……ああ、最高ね」
「わかる」
カウンターの中にいるユウイチのクラスメイトたちからの視線は、何となく気になったけれど、その辺は正直、エリカの言うとおりだと思った。
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