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第2章: こぼれたミルクを嘆く
2-3. いつも通り
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「……セナ、今日ちゃんとお昼食べた?」
「え?」
この前と同じように売店で飲み物を買う。キャップを開けようとしたところでアストが訊いてきたのは少しだけ想定外の内容だった。
「あの後ボクも図書室に行ってたからわからなくて」
「え、あー……うん。食べた、食べた」
一応は食べた。ただ、『むりやり胃袋に落とし込んだ』という表現の方が正しいかも知れない。ここまで味気ないお昼ご飯は、学校というものに通うようになってから初めての経験だったような気がするくらいだった。
慌てて廊下に出たけれど、だったらいっそのこと教室ではない違う場所で食べてしまった方が面倒じゃないと思い直したアタシは、しばらくしてから教室に戻ってお弁当だけ持ち出して、玄関ホール近くにあるベンチで食べていた。ホールは広くてのびのびとした空間のはずなのに、どうにも疎外感のようなものがあってのんびりなんて出来なかった。
「……っていうか、食べなきゃこんなに部活やってられませんって」
「あ、それもそうか」
ラケットケースを揺らしながら自分で笑い飛ばしておくことで、危うくまた下がりかけていたテンションを元に戻す。アストも納得してくれたようで一安心だった。
「でも、アレって、わざとだったんでしょ?」
「……うん、まぁ、ね。そりゃあ、ね」
アレとは間違いなく、お昼休みのタイミングであのふたりから離れたことだ。アストがずっとアタシを見ていた辺り気付いているかもしれないと思ってはいたけれど、やっぱり気付かれていた。
「やっぱりね……。そういうふうに言われたら、アタシだってちょっとは考えちゃう」
苦笑いしつつ言えば、アストも同じような顔をしていた。
「ボクは、迂闊だったなぁって思ってさ」
アストは、アタシとはまた違った理由での苦笑いだったらしい。
「あまりにもあのふたりがいつも通りだったから、つい……。セナの反応見てようやく気付いたくらいなんだよね。だからボクはあの後ささっと食べ終わって、さっさと図書室に行ったんだけど」
「そうだよね……」
アタシが余計な気を回さなければアタシたちは『今まで通り』に昼休みの時間を過ごせていたはずで。そうすればアストも慌ててお昼を食べ終わらせる必要も無かったはずだった。そうすれば、あんな『カップル・プラスワン』みたいな状態にアストをひとり置いてしまうこともなかった。
「……ごめんねアスト」
アストの声を聞いているうちにちょっとずつそんな考えが浮かんできて、どうしようもなくなって彼に謝った。
「ごめん、って……何のこと?」
「……ううん、何でもない」
だけどアストはアタシを咎めたりしなかった。そうなんだ、叶野翌音とはそういう人だ。
そんな彼の横顔を視界におさめつつ、話題を変えたい雰囲気を少しだけ出しながら、アタシはさっき買ったスポーツドリンクをひとくち飲んだ。それを見たアストはいつもと同じレモンティーを飲むと、少し考えながら口を開いた。
「個人的には、ボクらもいつも通りでイイんじゃないかな、って思うんだよね」
「……というと?」
んー、と小さく悩んでから、ゆっくりと。
「あのふたりが変わることを求めてないんだったら、ボクらがわざわざ変えようとする必要は無いんじゃないかな、ってこと」
言われてみれば、たしかに。お昼を一緒しようと誘ってきたのはナミだったし、フウマもそれに対して異を唱えることもなかった。
むしろ、ナミとフウマをふたりにして、それを自分はジャマしたりしないように、あるいはそんな光景を見ないようにしようと思って――――。
――――?
「……あれ?」
「セナ、どしたの?」
「あ、いや。ごめん。何でもない」
予想もしていない、考えたこともないような疑問のようなものがゆっくりと浮かび上がってくる。
――『見ないように』って、どういうこと?
何を? それとも、誰を? あるいは、どんな光景を?
断片的な疑問に対する答えは、何故だかどれも同じようにも思えてきて、アタシは何度も首を横に振る。
そんなことはない。きっとそんなはずはない。
あのふたりの恋の行方を見たくないなんて、そんなはずはないんだ。
「とりあえず、ボクもセナもいつも通りで良いんだよ。きっと」
そもそもアタシが『いつも通り』をできるのかどうか、その自信が今はもう欠片くらいしか残っていない。フウマとは悪ふざけのようなからかい合いをするとか、ナミとは他愛のないことばかりを話すとか。そもそもそれが本当に『いつも通り』なのかも、よくわからなくなりそうだった。
「そうなの……かな?」
思わずぽろりと口から溢れたのは、アタシの本音だったのだろうか。慌てて口を押さえようとしてももう遅かった。
これでは、アストの顔なんて見られない。
そんなことを思ったアタシの気持ちを知ってか知らずか、アストは変わらず柔らかい声色で続けた。
「それにさ。最終的には、そういう気持ちって、きっとなるようにしかならないモノだと思うんだよね」
見られない、なんて思ったのに、あっという間に前言撤回。思わずアストの方を見上げると、その声色と同じ様な笑顔がそこにはあった。
「そう、じゃないかな?」
「たしかにそうかも。……ん? あー。たしかに、うん、そうかもしれない」
思わずそう答えてしまって、一旦悩んで、改めてしっかりと飲み込めた。たしかに、言われてみればそんな気もしてくる。『なるようにしかならないし、ならないようにはならない』、物事って案外そんなモノだ。
「え?」
この前と同じように売店で飲み物を買う。キャップを開けようとしたところでアストが訊いてきたのは少しだけ想定外の内容だった。
「あの後ボクも図書室に行ってたからわからなくて」
「え、あー……うん。食べた、食べた」
一応は食べた。ただ、『むりやり胃袋に落とし込んだ』という表現の方が正しいかも知れない。ここまで味気ないお昼ご飯は、学校というものに通うようになってから初めての経験だったような気がするくらいだった。
慌てて廊下に出たけれど、だったらいっそのこと教室ではない違う場所で食べてしまった方が面倒じゃないと思い直したアタシは、しばらくしてから教室に戻ってお弁当だけ持ち出して、玄関ホール近くにあるベンチで食べていた。ホールは広くてのびのびとした空間のはずなのに、どうにも疎外感のようなものがあってのんびりなんて出来なかった。
「……っていうか、食べなきゃこんなに部活やってられませんって」
「あ、それもそうか」
ラケットケースを揺らしながら自分で笑い飛ばしておくことで、危うくまた下がりかけていたテンションを元に戻す。アストも納得してくれたようで一安心だった。
「でも、アレって、わざとだったんでしょ?」
「……うん、まぁ、ね。そりゃあ、ね」
アレとは間違いなく、お昼休みのタイミングであのふたりから離れたことだ。アストがずっとアタシを見ていた辺り気付いているかもしれないと思ってはいたけれど、やっぱり気付かれていた。
「やっぱりね……。そういうふうに言われたら、アタシだってちょっとは考えちゃう」
苦笑いしつつ言えば、アストも同じような顔をしていた。
「ボクは、迂闊だったなぁって思ってさ」
アストは、アタシとはまた違った理由での苦笑いだったらしい。
「あまりにもあのふたりがいつも通りだったから、つい……。セナの反応見てようやく気付いたくらいなんだよね。だからボクはあの後ささっと食べ終わって、さっさと図書室に行ったんだけど」
「そうだよね……」
アタシが余計な気を回さなければアタシたちは『今まで通り』に昼休みの時間を過ごせていたはずで。そうすればアストも慌ててお昼を食べ終わらせる必要も無かったはずだった。そうすれば、あんな『カップル・プラスワン』みたいな状態にアストをひとり置いてしまうこともなかった。
「……ごめんねアスト」
アストの声を聞いているうちにちょっとずつそんな考えが浮かんできて、どうしようもなくなって彼に謝った。
「ごめん、って……何のこと?」
「……ううん、何でもない」
だけどアストはアタシを咎めたりしなかった。そうなんだ、叶野翌音とはそういう人だ。
そんな彼の横顔を視界におさめつつ、話題を変えたい雰囲気を少しだけ出しながら、アタシはさっき買ったスポーツドリンクをひとくち飲んだ。それを見たアストはいつもと同じレモンティーを飲むと、少し考えながら口を開いた。
「個人的には、ボクらもいつも通りでイイんじゃないかな、って思うんだよね」
「……というと?」
んー、と小さく悩んでから、ゆっくりと。
「あのふたりが変わることを求めてないんだったら、ボクらがわざわざ変えようとする必要は無いんじゃないかな、ってこと」
言われてみれば、たしかに。お昼を一緒しようと誘ってきたのはナミだったし、フウマもそれに対して異を唱えることもなかった。
むしろ、ナミとフウマをふたりにして、それを自分はジャマしたりしないように、あるいはそんな光景を見ないようにしようと思って――――。
――――?
「……あれ?」
「セナ、どしたの?」
「あ、いや。ごめん。何でもない」
予想もしていない、考えたこともないような疑問のようなものがゆっくりと浮かび上がってくる。
――『見ないように』って、どういうこと?
何を? それとも、誰を? あるいは、どんな光景を?
断片的な疑問に対する答えは、何故だかどれも同じようにも思えてきて、アタシは何度も首を横に振る。
そんなことはない。きっとそんなはずはない。
あのふたりの恋の行方を見たくないなんて、そんなはずはないんだ。
「とりあえず、ボクもセナもいつも通りで良いんだよ。きっと」
そもそもアタシが『いつも通り』をできるのかどうか、その自信が今はもう欠片くらいしか残っていない。フウマとは悪ふざけのようなからかい合いをするとか、ナミとは他愛のないことばかりを話すとか。そもそもそれが本当に『いつも通り』なのかも、よくわからなくなりそうだった。
「そうなの……かな?」
思わずぽろりと口から溢れたのは、アタシの本音だったのだろうか。慌てて口を押さえようとしてももう遅かった。
これでは、アストの顔なんて見られない。
そんなことを思ったアタシの気持ちを知ってか知らずか、アストは変わらず柔らかい声色で続けた。
「それにさ。最終的には、そういう気持ちって、きっとなるようにしかならないモノだと思うんだよね」
見られない、なんて思ったのに、あっという間に前言撤回。思わずアストの方を見上げると、その声色と同じ様な笑顔がそこにはあった。
「そう、じゃないかな?」
「たしかにそうかも。……ん? あー。たしかに、うん、そうかもしれない」
思わずそう答えてしまって、一旦悩んで、改めてしっかりと飲み込めた。たしかに、言われてみればそんな気もしてくる。『なるようにしかならないし、ならないようにはならない』、物事って案外そんなモノだ。
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