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第4章: 危険なカオリ
4-2. アクシデント未遂がアクシデントを呼ぶ
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「ごめん! 遅くなったぁ!」
「おっそーい!」
「実行委員、しっかりしろー」
「わかってるわっ!」
どたばたと廊下を走っている途中で生徒指導の小杉村先生――通称・こっすー――に見つかりつつも軽くあしらい、なんとか辿り着いた教室のドアを開けると、ナミをはじめとしたみんなに当然のように怒られる。やる人がいないから何となく挙手して拝命してしまった煌星祭の実行委員。早くも若干の荷の重さを感じつつあったりする。部活と教室の往復に加えて、たまに生徒会室へも向かったりするのだけれど、何しろこの久方煌星高校は校舎が大きいことで有名。各所の移動でも一苦労だった。正直言うと、校内の移動に自転車とか、とにかくタイヤがついた乗り物が欲しい。
「えーっと。……これが、こっち?」
「おー、さんきゅー」
「んで……こっちはコレかな?」
「そうそう! 星凪、ありがとねー」
――実行委員とは名前ばかりで、結局はパシリなんじゃないのかな。そんなことを思いながら、生徒会から預かってきた機材なんかをそれぞれの担当者に預けて回った。
久方煌星高校は今年最初の定期テストを終えて、学校祭である『煌星祭』の準備期間に入っている。放課後はもちろんだけど、それ以外の時間も校内は学祭の話題一色に染まっている。部活の時間帯くらいは、それでも部活と学祭で半々というぐらいだろうか。それくらいのイベントなんだから、仕方のないことではあった。なにせ久方市内にある高校の中では、間違いなく最大規模の学校祭。全国クラスに匹敵するレベルの部活動の発表があったりちょっとした有名人も来たりと見どころも豊富なためか、近隣の街からの来場者も多い。市内の公立高校の学校祭は煌星祭よりも一週間早く開催されることもあって、中学の同級生も見に来ると言う話だ。ちょっとした同窓会のようにもなりそうだった。
ちなみに、煌星祭が終わるとそのまま夏休みに突入することになっている。つまり煌星祭の閉会式が久方煌星高校第一学期の終業式も兼ねているというわけだった。学校説明会ではこの行事予定表についての説明もあったけれど、その時にも既になかなか派手な日程になっているなぁ、なんて思っていた。
「ん? これは……?」
「それ、たぶん体育館じゃね?」
まだいくつか荷物があるけれど、さすがに教室では使わなさそう。これはどうしたものかと見つめていたら、アタシからビニールテープを受け取って作業に取りかかろうとしていた三橋くんが答えてくれた。
「ああ、そっか。今日って体育館練習割り当てだったっけ。まだ間に合うかな」
ありがとねー、と言いながらさっきすぐそばを通り過ぎてきたばかりの体育館へ戻ることにした。
〇
煌星祭で各クラスはふたつの出し物を行うことになっている。ひとつは教室を使った展示物。お化け屋敷とか縁日とか、祭りの出店のようなそこそこ定番のモノが並ぶアレだ。
もうひとつが、全校集会などでも使われるホールを使っての出し物。各クラスに割り当てられた時間は十二分程度――もちろんその時間には準備と撤収の作業時間も含まれている――歌ってよし、踊ってよし。大道芸をしてもよし、演劇をしてもよし。危険でなければ基本的には何をしてもいい、ということになっている。
練習場所はステージ。一応他クラスへの情報漏れを防ぐのと、部活動のボールなどが飛んできても被害が最小限に抑えられるように、ステージの幕は閉じられていた。バスケットボール部の練習を脇に見ながら、アタシは用具庫の入り口へと向かった。ここから中の階段を使えばステージへと上がることが出来る。
「おお、セナじゃん」
「っ!」
ステージの裾に辿り着いたところで、端っこの方で怠そうに立っていたフウマがドンピシャのタイミングでこち
らに気付いた。あまりのタイミングの良さ――『悪さ』と言った方が正しいかもしれないけれど――にアタシの肩が飛び跳ねる。
「どした?」
「これ。お届け物」
「ん?」
フウマがコチラへ寄ってくる。ビニール袋の中身を見てくる。――近い。
いや。どうしてよ。
なんでアタシは、こんなにコイツに対して動揺しているの?
ふつうに。ただふつうにすればいいだけなのに。
――あれ? ふつうって、どうすればいいんだっけ?
サンキューな、とか何とか言っているみたいなフウマに、曖昧な声を返す。何となくそれだけでは足りないような気がして、ちょっとだけ質問を付け足すことにした。
「ちゃんとやってる?」
「いや、それはこっちのセリフだわ。どっちかって言うとお前に言いたい」
「へ?」
反撃。
「何か最近ぼーっとしてるよな、お前。いつも以上に」
「……え」
「ほら、その辺だっての。反応鈍すぎだろ」
そう――なのだろうか。いつも通りにしようとしているはずだけれど。
違う。そもそも『いつも通りにしようとしている』時点で、いつも通りではないのかもしれない。完全にどこに置いてきたかわからなくなっている『いつも通りのアタシ』を探そうとしているせいなのだろうか。
「まぁ、いいや。調子悪いなら無理すんなよ」
「……へえ」
「あ? 何だよその言い方は」
滅多に聞いたことの無いフウマの心配するような口調に、ちょっとだけイジってみようなんて考えが湧いてきた。案の定不満そうな声を返したフウマだけど、ちょっとは今までの自分の言動を省みてほしい。そんなこと、絶対言ったことなかったでしょ。
「フウマがそういう風に言うの珍しいじゃん、って思って」
「そりゃあお前、ナミも心配してたし」
「そう……」
自分の声と気持ちがシンクロして沈んでいくのが、自分でもよくわかった。本当はもっと早いタイミングでわかっていたことだったけれど、やっぱり単純にアタシは見ない振りをしていただけだった。
ナミも心配してた――。その一言が、妙に胸に突き刺さった気がした。
口を開けばアタシへの文句だらけだったフウマがこんなことを言ってくれるなんて、とか一瞬でも思った自分が情けなくなる。フウマをこういう風にしたのは他でもない、ナミのおかげなんだ。――そう、それはアタシじゃないんだ。
「え? 何? 星凪ちゃん体調悪いの?」
「だいじょうぶ?」
こちらに気が付いていた何人かからも声がかかる。とりあえず今持ち合わせているだけの元気を掻き集めて、何とか笑顔を作って手を振って応えておく。ちょっとだけ距離があったおかげか、大丈夫そうだと思ってくれたらしい。
ただ、それが余計にフウマには引っかかるところがあったらしく、フウマは眉間に寄せていたシワをさらに深くする。長年見てきている人とそうでない人の違いみたいなものなのかもしれなかった。
「ま、まぁ、とりあえずアタシはまた教室戻んないといけないから、……がんばって」
「お、おう」
ふたりして言葉の出だしに詰まってしまう。今までこんなことなんて無かったはずなのに、どうにもうまく行かない。フウマに背を向けて、本当に小さく、アイツにバレない程度の大きさでため息を吐きながらさっき上がってきた小さな階段を降りて――
「……え?」
「危ねえっ!」
振り向いたところにあったと思っていた階段は無くて。
備え付けの階段じゃなく移動式のものだから、大きな段差のところには手すりとかもなくて。
アタシの足が一瞬だけ空中に置かれて、そのまま全身がステージ袖の下に落っこちるその直前。
フウマは、その寸前のところでアタシの身体を捕まえてくれた。
それに気付いたのは、今自分が置かれている状況を――。
「セナ……?」
――用具庫の入り口のところで、ナミがその表情と声で教えてくれたからだった。
「おっそーい!」
「実行委員、しっかりしろー」
「わかってるわっ!」
どたばたと廊下を走っている途中で生徒指導の小杉村先生――通称・こっすー――に見つかりつつも軽くあしらい、なんとか辿り着いた教室のドアを開けると、ナミをはじめとしたみんなに当然のように怒られる。やる人がいないから何となく挙手して拝命してしまった煌星祭の実行委員。早くも若干の荷の重さを感じつつあったりする。部活と教室の往復に加えて、たまに生徒会室へも向かったりするのだけれど、何しろこの久方煌星高校は校舎が大きいことで有名。各所の移動でも一苦労だった。正直言うと、校内の移動に自転車とか、とにかくタイヤがついた乗り物が欲しい。
「えーっと。……これが、こっち?」
「おー、さんきゅー」
「んで……こっちはコレかな?」
「そうそう! 星凪、ありがとねー」
――実行委員とは名前ばかりで、結局はパシリなんじゃないのかな。そんなことを思いながら、生徒会から預かってきた機材なんかをそれぞれの担当者に預けて回った。
久方煌星高校は今年最初の定期テストを終えて、学校祭である『煌星祭』の準備期間に入っている。放課後はもちろんだけど、それ以外の時間も校内は学祭の話題一色に染まっている。部活の時間帯くらいは、それでも部活と学祭で半々というぐらいだろうか。それくらいのイベントなんだから、仕方のないことではあった。なにせ久方市内にある高校の中では、間違いなく最大規模の学校祭。全国クラスに匹敵するレベルの部活動の発表があったりちょっとした有名人も来たりと見どころも豊富なためか、近隣の街からの来場者も多い。市内の公立高校の学校祭は煌星祭よりも一週間早く開催されることもあって、中学の同級生も見に来ると言う話だ。ちょっとした同窓会のようにもなりそうだった。
ちなみに、煌星祭が終わるとそのまま夏休みに突入することになっている。つまり煌星祭の閉会式が久方煌星高校第一学期の終業式も兼ねているというわけだった。学校説明会ではこの行事予定表についての説明もあったけれど、その時にも既になかなか派手な日程になっているなぁ、なんて思っていた。
「ん? これは……?」
「それ、たぶん体育館じゃね?」
まだいくつか荷物があるけれど、さすがに教室では使わなさそう。これはどうしたものかと見つめていたら、アタシからビニールテープを受け取って作業に取りかかろうとしていた三橋くんが答えてくれた。
「ああ、そっか。今日って体育館練習割り当てだったっけ。まだ間に合うかな」
ありがとねー、と言いながらさっきすぐそばを通り過ぎてきたばかりの体育館へ戻ることにした。
〇
煌星祭で各クラスはふたつの出し物を行うことになっている。ひとつは教室を使った展示物。お化け屋敷とか縁日とか、祭りの出店のようなそこそこ定番のモノが並ぶアレだ。
もうひとつが、全校集会などでも使われるホールを使っての出し物。各クラスに割り当てられた時間は十二分程度――もちろんその時間には準備と撤収の作業時間も含まれている――歌ってよし、踊ってよし。大道芸をしてもよし、演劇をしてもよし。危険でなければ基本的には何をしてもいい、ということになっている。
練習場所はステージ。一応他クラスへの情報漏れを防ぐのと、部活動のボールなどが飛んできても被害が最小限に抑えられるように、ステージの幕は閉じられていた。バスケットボール部の練習を脇に見ながら、アタシは用具庫の入り口へと向かった。ここから中の階段を使えばステージへと上がることが出来る。
「おお、セナじゃん」
「っ!」
ステージの裾に辿り着いたところで、端っこの方で怠そうに立っていたフウマがドンピシャのタイミングでこち
らに気付いた。あまりのタイミングの良さ――『悪さ』と言った方が正しいかもしれないけれど――にアタシの肩が飛び跳ねる。
「どした?」
「これ。お届け物」
「ん?」
フウマがコチラへ寄ってくる。ビニール袋の中身を見てくる。――近い。
いや。どうしてよ。
なんでアタシは、こんなにコイツに対して動揺しているの?
ふつうに。ただふつうにすればいいだけなのに。
――あれ? ふつうって、どうすればいいんだっけ?
サンキューな、とか何とか言っているみたいなフウマに、曖昧な声を返す。何となくそれだけでは足りないような気がして、ちょっとだけ質問を付け足すことにした。
「ちゃんとやってる?」
「いや、それはこっちのセリフだわ。どっちかって言うとお前に言いたい」
「へ?」
反撃。
「何か最近ぼーっとしてるよな、お前。いつも以上に」
「……え」
「ほら、その辺だっての。反応鈍すぎだろ」
そう――なのだろうか。いつも通りにしようとしているはずだけれど。
違う。そもそも『いつも通りにしようとしている』時点で、いつも通りではないのかもしれない。完全にどこに置いてきたかわからなくなっている『いつも通りのアタシ』を探そうとしているせいなのだろうか。
「まぁ、いいや。調子悪いなら無理すんなよ」
「……へえ」
「あ? 何だよその言い方は」
滅多に聞いたことの無いフウマの心配するような口調に、ちょっとだけイジってみようなんて考えが湧いてきた。案の定不満そうな声を返したフウマだけど、ちょっとは今までの自分の言動を省みてほしい。そんなこと、絶対言ったことなかったでしょ。
「フウマがそういう風に言うの珍しいじゃん、って思って」
「そりゃあお前、ナミも心配してたし」
「そう……」
自分の声と気持ちがシンクロして沈んでいくのが、自分でもよくわかった。本当はもっと早いタイミングでわかっていたことだったけれど、やっぱり単純にアタシは見ない振りをしていただけだった。
ナミも心配してた――。その一言が、妙に胸に突き刺さった気がした。
口を開けばアタシへの文句だらけだったフウマがこんなことを言ってくれるなんて、とか一瞬でも思った自分が情けなくなる。フウマをこういう風にしたのは他でもない、ナミのおかげなんだ。――そう、それはアタシじゃないんだ。
「え? 何? 星凪ちゃん体調悪いの?」
「だいじょうぶ?」
こちらに気が付いていた何人かからも声がかかる。とりあえず今持ち合わせているだけの元気を掻き集めて、何とか笑顔を作って手を振って応えておく。ちょっとだけ距離があったおかげか、大丈夫そうだと思ってくれたらしい。
ただ、それが余計にフウマには引っかかるところがあったらしく、フウマは眉間に寄せていたシワをさらに深くする。長年見てきている人とそうでない人の違いみたいなものなのかもしれなかった。
「ま、まぁ、とりあえずアタシはまた教室戻んないといけないから、……がんばって」
「お、おう」
ふたりして言葉の出だしに詰まってしまう。今までこんなことなんて無かったはずなのに、どうにもうまく行かない。フウマに背を向けて、本当に小さく、アイツにバレない程度の大きさでため息を吐きながらさっき上がってきた小さな階段を降りて――
「……え?」
「危ねえっ!」
振り向いたところにあったと思っていた階段は無くて。
備え付けの階段じゃなく移動式のものだから、大きな段差のところには手すりとかもなくて。
アタシの足が一瞬だけ空中に置かれて、そのまま全身がステージ袖の下に落っこちるその直前。
フウマは、その寸前のところでアタシの身体を捕まえてくれた。
それに気付いたのは、今自分が置かれている状況を――。
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――用具庫の入り口のところで、ナミがその表情と声で教えてくれたからだった。
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