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彼の瞳に映るもの
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亜紀とランチした後、まっすぐアパートに戻る気になれなくて、近くのコンビニに立ち寄った。
雑誌を立ち読みしていると、肩をトントンと叩かれる。振り返ると、私の肩に手を置いた青年がにっこりと微笑んだ。
「やっぱり結衣ちゃんだ」
「あっ、雅也さん」
「久しぶり」
私の顔を見つめる雅也さんは、どこか物言いたげだった。きっと佑樹とのことを知ってるんだろう。
雅也さんは佑樹の同僚で、私と佑樹を引き合わせてくれた人。
私と雅也さんは合コンで知り合った。その時雅也さんには彼女がいて、頭数を合わせるためだけに来たのだと、正直に話してくれた。
雅也さんは親しみやすい人で、すぐに打ち解けられた。私が出身大学を教えると、雅也さんは同じ大学出身の友人がいるから紹介してくれるといった。それが、佑樹だった。
今でも忘れてない。佑樹とはじめて顔をあわせた時のこと。想像以上にかっこいい人が来たから、緊張しながら名前を告げた。
佑樹はちょっと驚いた顔をした後、「綺麗な声をしてるね」と言ってくれた。よく声の仕事でもしてるの?と聞かれるから、声をほめられたことは純粋に嬉しかった。
「結衣ちゃん、ひとり?」
「……はい」
「少し話せる?」
いいえと言っても雅也さんが見逃してくれる気はしない。そのつもりで声をかけてきたんだろう。
私は雅也さんについてコンビニを出た。
入り口近くに男性が立っていた。雅也さんがその男性に声をかけたから、一瞬佑樹かと思って身構えた。だけど、その男性は佑樹には似ても似つかない青年だった。
「ごめん、芳人。急用が出来た」
「急用?」
芳人と呼ばれた青年は、すぐに私を見下ろした。とても背が高く、穏やかな茶色い瞳をした優しそうな人だった。
「こんにちは」
あいさつをすると芳人さんはすぐに私から目を離して、雅也さんを見た。
「雅也の彼女?」
「いや」
雅也さんが即答すると、芳人さんの視線はまた私に戻ってきた。
「俺、松田芳人。はじめまして」
丁寧にあいさつをした芳人さんに握手を求められる。つい手を伸ばすと、およそ握手とは思えないような力で手を握られた。
びっくりして彼を見上げれば、穏やかな瞳は私の瞳に向けられていた。
「おい、彼女は佑樹のだから」
困惑する私を見かねて、雅也さんはそう言った。芳人さんは感情を見せない抑揚のない低い声で「佑樹の」とつぶやいただけだった。
佑樹の話題に触れたくなかった私は、知り合いですか? のひとことも聞けないまま、コンビニの前で芳人さんと別れた。
雅也さんに誘われ、近くの喫茶店へ入った。
注文したアイスコーヒーが運ばれてくると、雅也さんは沈黙を破った。
「佑樹と何かあった?」
直球の質問は私を悩ませる。どう答えたらいいかわからない。
佑樹を紹介してくれたのは雅也さんで、そこに何か意図があったのではと勘ぐってしまう。そうでなければ、あんなに素敵な佑樹が女性を紹介してもらってまで彼女を探すなんて、今さらだけど、あり得ないことだった。
「何もないです」
嘘をつくのは後ろめたい。目を伏せてしまい、その時点で何かあると雅也さんに気づかせただけだった。
「佑樹、元気ないからさ」
そうだとは思う。だけど、佑樹の側にはいられない。
「喧嘩してるならさ、ちゃんと話し合えよ」
「うん……」
「佑樹は結衣ちゃんを大切に思ってるよ」
そう言われても、途方に暮れてしまう。浮かない顔をしてしまっただろう。
雅也さんは心配してくれてる。それでも、何度も悩んで考えて出した答えは変わらない。もう元通りにはなれない。
何を言われても、いくら私の心が揺らいでも、戻っちゃいけないって警鐘が鳴ってる。
佑樹が大切に思うのは、私じゃない。
雅也さんもそれを知ってるんでしょって、言葉に出来たらいくらかは楽なのかもしれない。それを問うことすら、今の私には出来ない。悩むことに、もう疲れてしまった。
「悩みがあるならさ、話してみてよ」
「そうじゃないから大丈夫です」
「……結衣ちゃんがそう言うなら何も言わないけど」
「雅也さんに心配かけたりしてごめんなさい」
「そんなことはいいんだよ。話してすっきりすることなら、我慢することなんてないんだよ」
雅也さんの優しさは充分伝わってくる。何も言わないでいることに罪悪を感じるけど、話したって話さなくたって選択肢は一つしかない。
黙り込む私に、雅也さんは忠告する。
「一時の感情で他の男になびいたらダメだよ」
ゆっくりと雅也さんを見上げると、本当に心配そうに顔を歪めている。
私と佑樹のことで、雅也さんに苦しい顔をさせている。
亜紀も同じ顔してた。私が浮かない顔をしてるから、関係ない人も苦しめてしまうのだ。
「そんなこと考えてませんから」
そう言うと、ホッとしたように雅也さんは息をついた。
「じゃあ、ちゃんと話し合うんだよ」
雅也さんに念を押された。
そんなに佑樹は元気がないのだろうか。まだ彼の心配をする私は、やっぱり忘れられてないんだと思う。
亜紀とランチした後、まっすぐアパートに戻る気になれなくて、近くのコンビニに立ち寄った。
雑誌を立ち読みしていると、肩をトントンと叩かれる。振り返ると、私の肩に手を置いた青年がにっこりと微笑んだ。
「やっぱり結衣ちゃんだ」
「あっ、雅也さん」
「久しぶり」
私の顔を見つめる雅也さんは、どこか物言いたげだった。きっと佑樹とのことを知ってるんだろう。
雅也さんは佑樹の同僚で、私と佑樹を引き合わせてくれた人。
私と雅也さんは合コンで知り合った。その時雅也さんには彼女がいて、頭数を合わせるためだけに来たのだと、正直に話してくれた。
雅也さんは親しみやすい人で、すぐに打ち解けられた。私が出身大学を教えると、雅也さんは同じ大学出身の友人がいるから紹介してくれるといった。それが、佑樹だった。
今でも忘れてない。佑樹とはじめて顔をあわせた時のこと。想像以上にかっこいい人が来たから、緊張しながら名前を告げた。
佑樹はちょっと驚いた顔をした後、「綺麗な声をしてるね」と言ってくれた。よく声の仕事でもしてるの?と聞かれるから、声をほめられたことは純粋に嬉しかった。
「結衣ちゃん、ひとり?」
「……はい」
「少し話せる?」
いいえと言っても雅也さんが見逃してくれる気はしない。そのつもりで声をかけてきたんだろう。
私は雅也さんについてコンビニを出た。
入り口近くに男性が立っていた。雅也さんがその男性に声をかけたから、一瞬佑樹かと思って身構えた。だけど、その男性は佑樹には似ても似つかない青年だった。
「ごめん、芳人。急用が出来た」
「急用?」
芳人と呼ばれた青年は、すぐに私を見下ろした。とても背が高く、穏やかな茶色い瞳をした優しそうな人だった。
「こんにちは」
あいさつをすると芳人さんはすぐに私から目を離して、雅也さんを見た。
「雅也の彼女?」
「いや」
雅也さんが即答すると、芳人さんの視線はまた私に戻ってきた。
「俺、松田芳人。はじめまして」
丁寧にあいさつをした芳人さんに握手を求められる。つい手を伸ばすと、およそ握手とは思えないような力で手を握られた。
びっくりして彼を見上げれば、穏やかな瞳は私の瞳に向けられていた。
「おい、彼女は佑樹のだから」
困惑する私を見かねて、雅也さんはそう言った。芳人さんは感情を見せない抑揚のない低い声で「佑樹の」とつぶやいただけだった。
佑樹の話題に触れたくなかった私は、知り合いですか? のひとことも聞けないまま、コンビニの前で芳人さんと別れた。
雅也さんに誘われ、近くの喫茶店へ入った。
注文したアイスコーヒーが運ばれてくると、雅也さんは沈黙を破った。
「佑樹と何かあった?」
直球の質問は私を悩ませる。どう答えたらいいかわからない。
佑樹を紹介してくれたのは雅也さんで、そこに何か意図があったのではと勘ぐってしまう。そうでなければ、あんなに素敵な佑樹が女性を紹介してもらってまで彼女を探すなんて、今さらだけど、あり得ないことだった。
「何もないです」
嘘をつくのは後ろめたい。目を伏せてしまい、その時点で何かあると雅也さんに気づかせただけだった。
「佑樹、元気ないからさ」
そうだとは思う。だけど、佑樹の側にはいられない。
「喧嘩してるならさ、ちゃんと話し合えよ」
「うん……」
「佑樹は結衣ちゃんを大切に思ってるよ」
そう言われても、途方に暮れてしまう。浮かない顔をしてしまっただろう。
雅也さんは心配してくれてる。それでも、何度も悩んで考えて出した答えは変わらない。もう元通りにはなれない。
何を言われても、いくら私の心が揺らいでも、戻っちゃいけないって警鐘が鳴ってる。
佑樹が大切に思うのは、私じゃない。
雅也さんもそれを知ってるんでしょって、言葉に出来たらいくらかは楽なのかもしれない。それを問うことすら、今の私には出来ない。悩むことに、もう疲れてしまった。
「悩みがあるならさ、話してみてよ」
「そうじゃないから大丈夫です」
「……結衣ちゃんがそう言うなら何も言わないけど」
「雅也さんに心配かけたりしてごめんなさい」
「そんなことはいいんだよ。話してすっきりすることなら、我慢することなんてないんだよ」
雅也さんの優しさは充分伝わってくる。何も言わないでいることに罪悪を感じるけど、話したって話さなくたって選択肢は一つしかない。
黙り込む私に、雅也さんは忠告する。
「一時の感情で他の男になびいたらダメだよ」
ゆっくりと雅也さんを見上げると、本当に心配そうに顔を歪めている。
私と佑樹のことで、雅也さんに苦しい顔をさせている。
亜紀も同じ顔してた。私が浮かない顔をしてるから、関係ない人も苦しめてしまうのだ。
「そんなこと考えてませんから」
そう言うと、ホッとしたように雅也さんは息をついた。
「じゃあ、ちゃんと話し合うんだよ」
雅也さんに念を押された。
そんなに佑樹は元気がないのだろうか。まだ彼の心配をする私は、やっぱり忘れられてないんだと思う。
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