何万回囁いても

水城ひさぎ

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彼の瞳に映るもの

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 一心不乱にキーボードを叩いていた。

 あと少しあと少し。この入力さえ済めば。カタンッと、実行キーを押す。終わった。

 安堵する時間はない。すぐに帰り支度を整え、腕時計を確認する。

 まだ間に合う。このまま結衣の会社へ直行すれば、彼女をつかまえられるはず。

「おつかれー」

 若い社員より先にオフィスを飛び出す。

「今日は早いですね、デートですか?」

 すれ違う同僚に声をかけられた。そんな冷やかしを相手にしているひまはない。

 走り出したい気持ちをこらえてエレベーターを待つ。こうしている間にも、結衣は手の届かないところへ行ってしまうかもしれない。

 エレベーターに乗り込み、閉のボタンを連打する。閉まりかけるドアに、人が飛び込んでくる。雅也だった。

「あわててるな」

 雅也は少しだけ笑みを見せた。

「ちょっと急いでるんだ」

 一階まで降りるのに、こんなに時間がかかるものだろうかとイライラが募るぐらい長い時間に感じる。

「昨日、結衣ちゃんに会ったよ」
「え?」

 エレベーターが一階に到着したところで、雅也がそう言った。

「何か悩みがあるみたいだったよ」
「……ああ」

 そんなことはわかっている。

「大事にしてやれよ」
「わかってる。今から結衣に会いに行くから」

 決意を語ると、雅也は安堵したようだ。

「ちょっと気になることがあってさ」
「結衣、何か言ってた?」
「そうじゃなくて」

 雅也は考え事するように、腕を組む。

「結衣ちゃんに会った時、芳人と一緒だったんだ」
「芳人って?」
「覚えてないか? 俺の高校時代の友人。一度会わせたことあるだろ」
「……会った気がするけど」

 どんなやつだったか、はっきりとは思い出せない。そいつがどうしたんだろう。

 結衣に会いに行きたいという気持ちでいっぱいで、深く考えられない。

 以前の俺だったら、真っ先にその可能性を考えたんだろうけど、やはり冷静ではなかった。雅也に言われてそれに気づかされるなんて。

「芳人、結衣ちゃんにかなり興味持ってた。気を付けろよ」

 俺を横目で見る雅也の表情は固い。冗談では済まないような状況なのだろうか。

「わかった」

 俺はうなずくと、会社を飛び出した。

 結衣。
 どうか、結衣……。
 俺にもう一度、話し合うチャンスをくれ。

 そう願いながら、走り続けた。
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