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結衣の声
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週末、俺は結衣が来るのを待っていた。スマホに電話しても出ることはないだろうと思ったから、何度かメールした。
風邪引いたから、しばらく会えない。
その返信をもらったのは二日前のことだった。それっきり連絡はない。
旅行に行くのは無理だろうか。半ばあきらめてはいるが、会うだけでも会いたいと、結衣からの連絡を待っている。
時間だけが過ぎていく。
不安だ。
結衣の体調も心配だけど、さけられているという事実は認めなければならないだろう。だけど、このまま終わらせたくない。それは俺のエゴだけど、ほんのわずかでもやり直せる可能性があるなら、それにかけてみたい。
思いきって、電話をかけてみた。出ないだろうと思っていたから、たいした期待はしていなかった。しかし、結衣は3コール目で出てくれた。
「佑樹?」
俺の名前を呼ぶ結衣の声は、いつもの綺麗な声じゃなかった。
「まだ風邪、治ってない?」
「うん、声、おかしいでしょ」
耳元で、結衣の息づかいが聞こえる。ちょっと彼女が笑った。風邪を引いて、声がガラガラなのに、うれしそうだ。
「今日は会えそうにないね」
「うん、ごめんね」
謝る結衣の声もどことなく明るい。そんなにも俺に会いたくなかったんだろう。
「熱はない?」
「うん、ないよ」
「お見舞い、行こうか?」
うんと言って欲しい。結衣がどこに住んでるかさえ知らない。会いたい時に会いに行けないのはつらい。
「大丈夫だよ。佑樹に風邪がうつるといけないから」
そんな心配するような言い方をするけど、ただ会いたくないだけなんだろう。いくら察しの悪い人間でもそのぐらいはわかる。でも待つと決めたのだから、俺は怒りをぐっと沈めた。
「無理しないで」
「うん、ありがとう」
「何かあったら連絡して」
「うん」
結衣の声は弾んでいる。風邪を引いていても、気分が良いならそれでいい。
最近は無口だった彼女が普通に話してくれている。それだけで、俺の心は満たされる。結衣の声が聞けるなら、どんなしゃがれた声だってかまわない。
「治ったら、絶対に連絡して」
その言葉に結衣の返答はなく、スマホは切れた。
電話の切れ方があまりに突然でそっけなかったから、何かのトラブルで切れたんじゃないかと思った。
すぐにかけ直してくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱く俺は相当お人好しだ。
結衣が俺と別れたがっているという事実を認められない。いいかげん認めて別れたらどうだと、もう一人の俺が囁く。だけど、無理だと思う俺がいる。漫然と、ただスマホが鳴るのを待つ俺もいる。
そしてしばらくして着信を知らせる音楽が鳴った瞬間、よく確認もせずにスマホに飛びついていた。
「もしもし、結衣?」
しばらくの沈黙があった。その後、ふっという息が耳に届いた。
「誰と間違えてるの? 佑樹」
その声を聞いてスマホを落としそうになった。
「私よ。静香。里中静香。忘れちゃった?」
10年ぶりに聞く声は、最近聞いた声にとても類似していた。
「覚えてるよ……」
忘れるはずはない。結衣の声を聞くたびに君を思い出すんだから。
結衣の声が違う声だったらと、俺は何度願っただろう。
週末、俺は結衣が来るのを待っていた。スマホに電話しても出ることはないだろうと思ったから、何度かメールした。
風邪引いたから、しばらく会えない。
その返信をもらったのは二日前のことだった。それっきり連絡はない。
旅行に行くのは無理だろうか。半ばあきらめてはいるが、会うだけでも会いたいと、結衣からの連絡を待っている。
時間だけが過ぎていく。
不安だ。
結衣の体調も心配だけど、さけられているという事実は認めなければならないだろう。だけど、このまま終わらせたくない。それは俺のエゴだけど、ほんのわずかでもやり直せる可能性があるなら、それにかけてみたい。
思いきって、電話をかけてみた。出ないだろうと思っていたから、たいした期待はしていなかった。しかし、結衣は3コール目で出てくれた。
「佑樹?」
俺の名前を呼ぶ結衣の声は、いつもの綺麗な声じゃなかった。
「まだ風邪、治ってない?」
「うん、声、おかしいでしょ」
耳元で、結衣の息づかいが聞こえる。ちょっと彼女が笑った。風邪を引いて、声がガラガラなのに、うれしそうだ。
「今日は会えそうにないね」
「うん、ごめんね」
謝る結衣の声もどことなく明るい。そんなにも俺に会いたくなかったんだろう。
「熱はない?」
「うん、ないよ」
「お見舞い、行こうか?」
うんと言って欲しい。結衣がどこに住んでるかさえ知らない。会いたい時に会いに行けないのはつらい。
「大丈夫だよ。佑樹に風邪がうつるといけないから」
そんな心配するような言い方をするけど、ただ会いたくないだけなんだろう。いくら察しの悪い人間でもそのぐらいはわかる。でも待つと決めたのだから、俺は怒りをぐっと沈めた。
「無理しないで」
「うん、ありがとう」
「何かあったら連絡して」
「うん」
結衣の声は弾んでいる。風邪を引いていても、気分が良いならそれでいい。
最近は無口だった彼女が普通に話してくれている。それだけで、俺の心は満たされる。結衣の声が聞けるなら、どんなしゃがれた声だってかまわない。
「治ったら、絶対に連絡して」
その言葉に結衣の返答はなく、スマホは切れた。
電話の切れ方があまりに突然でそっけなかったから、何かのトラブルで切れたんじゃないかと思った。
すぐにかけ直してくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱く俺は相当お人好しだ。
結衣が俺と別れたがっているという事実を認められない。いいかげん認めて別れたらどうだと、もう一人の俺が囁く。だけど、無理だと思う俺がいる。漫然と、ただスマホが鳴るのを待つ俺もいる。
そしてしばらくして着信を知らせる音楽が鳴った瞬間、よく確認もせずにスマホに飛びついていた。
「もしもし、結衣?」
しばらくの沈黙があった。その後、ふっという息が耳に届いた。
「誰と間違えてるの? 佑樹」
その声を聞いてスマホを落としそうになった。
「私よ。静香。里中静香。忘れちゃった?」
10年ぶりに聞く声は、最近聞いた声にとても類似していた。
「覚えてるよ……」
忘れるはずはない。結衣の声を聞くたびに君を思い出すんだから。
結衣の声が違う声だったらと、俺は何度願っただろう。
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