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苦しくて
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約束したわけではないけど、毎週土曜日、私と芳人さんは和食料理店で夕食を一緒に取るようになっていた。
今日で三回目。最初に連れてきてもらった時を合わせると、四回目。
「この粕漬けうまいだろ」
「はい。このあいだ食べたサワラの煮付けもおいしくって作ってみたんですけど、やっぱり難しかったです」
「よく料理するの?」
「ちょっと前まで、料理教室に通ってました」
「へぇ、食べてみたいな、結衣ちゃんの手料理」
「……そんな、たいしたの作れないですから」
真っ直ぐに見つめられると戸惑ってしまう。佑樹以外の男性に見つめられるなんて、何年ぶりだろう。
「料理ができる女の子、俺は好きだよ」
「……あ、亜紀も、ああ見えて、料理上手なんですよ」
「亜紀ちゃんがなんで出てくるの?」
不思議そうに首をかしげる芳人さんの穏やかな瞳が、ちょっとだけまじめになる。
「前に、亜紀とばっかり話してたから……」
目をあわせづらくて、きょろきょろすると、芳人さんはふっと笑った。
「結衣ちゃんと話すのに緊張したからだよ」
「どういう……」
つい、目をあわせてしまう。
「わからない?」
芳人さんはいたずらっぽく口元をゆるめる。困惑すると、彼は声を出して笑った。
「彼氏がいる子を誘惑したりしないよ」
別に誤解されてるならそれでかまわなかったのに、誤解されてることにわずかな抵抗があった。だから、私はそれを口にした。
「佑樹とは別れたんです……」
「やっぱり」
「え、やっぱり?」
芳人さんの反応は意外なもので、目を丸くする。
「この間さ、杉田さんに会ったよ。元気がない感じだったからさ」
「元気がないのはきっと、私のこととは関係ないと思います」
静香さんはまた海外へ行ってしまった。すぐに戻ってくるんだろうけど、佑樹にとっては離れてる一日が一年にも感じられるぐらい長いんじゃないだろうか。
「そうなの?」
今度驚くのは芳人さんの方。
「佑樹、好きな人がいるから。その人のことで悩んでるんだと思います」
「その好きな人って結衣ちゃんじゃないの?」
「違います」
きっぱりと答える。期待なんてしちゃいけない。
「そうなんだあ。へえー」
芳人さんは本当に意外そうな顔をする。
「じゃあ、会社で彼女いるの内緒にしてたのは、その好きな人のためだったのかな?」
「そうかもしれないですね」
「こんなにかわいい結衣ちゃんを悲しませるなんて、ひどいね」
「佑樹は悪くないです」
佑樹を批判されてかばうなんてバカみたい。
「ごめん。そういうつもりじゃなくてさ」
芳人さんは申し訳なさそうに謝罪する。
「俺だったら、結衣ちゃんを悲しませるようなことはしないよって意味」
その言葉の真意は、子供じゃないから理解できた。芳人さんを信用してないわけじゃないけど、たとえ愛しているよと言われたって、今は素直に受け入れる気にはなれなかった。
「芳人さんの彼女になる人は幸せですね」
一瞬、芳人さんの顔はゆがんだけど、すぐに笑顔になった。
「その彼女がうんと言ってくれないと、幸せには出来ないけどね」
苦笑いした芳人さんは、スマホを取り出した。アドレスを交換しようという。抵抗はあったけど、断る理由をとっさに見つけられなくて、連絡先を交換した。
「今すぐにとは言わないよ」
芳人さんはいたわるように優しくそう言った。
今すぐでないのなら、いつか芳人さんを好きになれる日が来るんだろうか。そんな日は来ない気がして、途方にくれた。
芳人さんと別れてアパートへ向かう途中、私はびくっと体を震わせた。いきなり十字路の角から何かが飛び出したからだ。
すぐにその何かが人であるということは、街灯によって気づかされる。そしてその人は、苦しげな表情で私を見つめた。
「結衣、どういうこと?」
「佑樹……」
佑樹こそ、ここで何してるの?って思った時には、目の前に移動してきた彼に手をつかまれていた。
表情は苦しげなのに、手を握る力はとても穏やかで優しいものだった。私を怖がらせないようにしてくれている。そんな風に感じた。
「今の、松田芳人さんだよね?」
その名前を口にすると、ますます佑樹の顔は苦しげになる。うなずくと、その表情は悲しみへと変化した。
「どうして一緒にいたの?」
「佑樹には関係ないよ」
「関係あるよ」
佑樹の表情は変わらない、悲しみに満ちたままだ。
手から伝わるぬくもりが、やがて震えも伝えてくる。佑樹が震える理由はわからない。
「さみしい……の?」
聞いてみたら、佑樹は悲しそうにうなずく。静香さんに会えないからさみしくて、私を見かけたから待ってたんだろうか。
「私の声が聞けて、満足?」
「満足はしてないよ」
「私をどうしたいの……?」
そんなの、愚問。
じゃあ私は佑樹にどうされたいの?
それも愚問。
私は佑樹をまだ愛してる。だから芳人さんに連絡先を聞かれて抵抗を感じたんだろう。佑樹を裏切ったような気がしたから。そんな感情、何の意味もないのに。
「話がしたい」
「何を話すの?」
「結衣が俺と別れようとした理由」
今さらそれを話し合ってどうするの?
話し合ったら、昔みたいに戻れるの?
違うよね。何も知らなかった頃になんて戻れない。
「それを聞いたら、もう私に関わらないでくれるの?」
佑樹に会うだけでつらい。苦しい。
「俺は話し合いがしたいんだ。前みたいな関係に戻りたい」
「私……、そんなに都合のいい女じゃないよ?」
ぎゅって、佑樹の手に力が入る。
「俺がそんな風に結衣を思ってるって、そう思ってた?」
「今でも思ってる」
「どうしてそう思う? もし、もしっ」
佑樹は焦るように言を紡ぐ。私に話すすきを与えたくないみたいに。
「俺が結衣のこと彼女じゃないって言ったの気にしてるならそれは誤解だよ。あの時はそういうしかなくて、結衣を傷つけるつもりなんてなかった」
「……そうじゃないよ」
「え」
「そうじゃないよ、佑樹」
約束したわけではないけど、毎週土曜日、私と芳人さんは和食料理店で夕食を一緒に取るようになっていた。
今日で三回目。最初に連れてきてもらった時を合わせると、四回目。
「この粕漬けうまいだろ」
「はい。このあいだ食べたサワラの煮付けもおいしくって作ってみたんですけど、やっぱり難しかったです」
「よく料理するの?」
「ちょっと前まで、料理教室に通ってました」
「へぇ、食べてみたいな、結衣ちゃんの手料理」
「……そんな、たいしたの作れないですから」
真っ直ぐに見つめられると戸惑ってしまう。佑樹以外の男性に見つめられるなんて、何年ぶりだろう。
「料理ができる女の子、俺は好きだよ」
「……あ、亜紀も、ああ見えて、料理上手なんですよ」
「亜紀ちゃんがなんで出てくるの?」
不思議そうに首をかしげる芳人さんの穏やかな瞳が、ちょっとだけまじめになる。
「前に、亜紀とばっかり話してたから……」
目をあわせづらくて、きょろきょろすると、芳人さんはふっと笑った。
「結衣ちゃんと話すのに緊張したからだよ」
「どういう……」
つい、目をあわせてしまう。
「わからない?」
芳人さんはいたずらっぽく口元をゆるめる。困惑すると、彼は声を出して笑った。
「彼氏がいる子を誘惑したりしないよ」
別に誤解されてるならそれでかまわなかったのに、誤解されてることにわずかな抵抗があった。だから、私はそれを口にした。
「佑樹とは別れたんです……」
「やっぱり」
「え、やっぱり?」
芳人さんの反応は意外なもので、目を丸くする。
「この間さ、杉田さんに会ったよ。元気がない感じだったからさ」
「元気がないのはきっと、私のこととは関係ないと思います」
静香さんはまた海外へ行ってしまった。すぐに戻ってくるんだろうけど、佑樹にとっては離れてる一日が一年にも感じられるぐらい長いんじゃないだろうか。
「そうなの?」
今度驚くのは芳人さんの方。
「佑樹、好きな人がいるから。その人のことで悩んでるんだと思います」
「その好きな人って結衣ちゃんじゃないの?」
「違います」
きっぱりと答える。期待なんてしちゃいけない。
「そうなんだあ。へえー」
芳人さんは本当に意外そうな顔をする。
「じゃあ、会社で彼女いるの内緒にしてたのは、その好きな人のためだったのかな?」
「そうかもしれないですね」
「こんなにかわいい結衣ちゃんを悲しませるなんて、ひどいね」
「佑樹は悪くないです」
佑樹を批判されてかばうなんてバカみたい。
「ごめん。そういうつもりじゃなくてさ」
芳人さんは申し訳なさそうに謝罪する。
「俺だったら、結衣ちゃんを悲しませるようなことはしないよって意味」
その言葉の真意は、子供じゃないから理解できた。芳人さんを信用してないわけじゃないけど、たとえ愛しているよと言われたって、今は素直に受け入れる気にはなれなかった。
「芳人さんの彼女になる人は幸せですね」
一瞬、芳人さんの顔はゆがんだけど、すぐに笑顔になった。
「その彼女がうんと言ってくれないと、幸せには出来ないけどね」
苦笑いした芳人さんは、スマホを取り出した。アドレスを交換しようという。抵抗はあったけど、断る理由をとっさに見つけられなくて、連絡先を交換した。
「今すぐにとは言わないよ」
芳人さんはいたわるように優しくそう言った。
今すぐでないのなら、いつか芳人さんを好きになれる日が来るんだろうか。そんな日は来ない気がして、途方にくれた。
芳人さんと別れてアパートへ向かう途中、私はびくっと体を震わせた。いきなり十字路の角から何かが飛び出したからだ。
すぐにその何かが人であるということは、街灯によって気づかされる。そしてその人は、苦しげな表情で私を見つめた。
「結衣、どういうこと?」
「佑樹……」
佑樹こそ、ここで何してるの?って思った時には、目の前に移動してきた彼に手をつかまれていた。
表情は苦しげなのに、手を握る力はとても穏やかで優しいものだった。私を怖がらせないようにしてくれている。そんな風に感じた。
「今の、松田芳人さんだよね?」
その名前を口にすると、ますます佑樹の顔は苦しげになる。うなずくと、その表情は悲しみへと変化した。
「どうして一緒にいたの?」
「佑樹には関係ないよ」
「関係あるよ」
佑樹の表情は変わらない、悲しみに満ちたままだ。
手から伝わるぬくもりが、やがて震えも伝えてくる。佑樹が震える理由はわからない。
「さみしい……の?」
聞いてみたら、佑樹は悲しそうにうなずく。静香さんに会えないからさみしくて、私を見かけたから待ってたんだろうか。
「私の声が聞けて、満足?」
「満足はしてないよ」
「私をどうしたいの……?」
そんなの、愚問。
じゃあ私は佑樹にどうされたいの?
それも愚問。
私は佑樹をまだ愛してる。だから芳人さんに連絡先を聞かれて抵抗を感じたんだろう。佑樹を裏切ったような気がしたから。そんな感情、何の意味もないのに。
「話がしたい」
「何を話すの?」
「結衣が俺と別れようとした理由」
今さらそれを話し合ってどうするの?
話し合ったら、昔みたいに戻れるの?
違うよね。何も知らなかった頃になんて戻れない。
「それを聞いたら、もう私に関わらないでくれるの?」
佑樹に会うだけでつらい。苦しい。
「俺は話し合いがしたいんだ。前みたいな関係に戻りたい」
「私……、そんなに都合のいい女じゃないよ?」
ぎゅって、佑樹の手に力が入る。
「俺がそんな風に結衣を思ってるって、そう思ってた?」
「今でも思ってる」
「どうしてそう思う? もし、もしっ」
佑樹は焦るように言を紡ぐ。私に話すすきを与えたくないみたいに。
「俺が結衣のこと彼女じゃないって言ったの気にしてるならそれは誤解だよ。あの時はそういうしかなくて、結衣を傷つけるつもりなんてなかった」
「……そうじゃないよ」
「え」
「そうじゃないよ、佑樹」
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