何万回囁いても

水城ひさぎ

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苦しくて

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 そうじゃないとつぶやく結衣は、苦しんでいるとか、悲しんでいるとかそういう感じではなく、何かをあきらめたように疲れきっていた。

 何かというのは、俺と話し合うことだろうか。それとも、俺自身だろうか。

「そうじゃないよ、佑樹」

 結衣はそうつぶやく。そして、言葉を失った俺に追い討ちをかける。

「会社でも、私のこと内緒にしてるんでしょ」
「どうしてそれを……」
「佑樹のお友達に会わせてくれないのも、同じ理由でしょ」
「それはそうだけど、違うんだよ」

 誤解だよ。
 誤解だよ、結衣。

 そう思うのに、結衣は目をあわせてくれない。結衣を想うためにしてきたことが彼女を苦しめたなら、誤解は解いてあげたい。

「結衣、聞いて」

 両手で結衣の手を包み込む。祈るような目で彼女を見つめるけど、やっぱり顔はあげてくれない。

「結衣を、他の男にとられたくなかったからだよ」
「……」
「結衣を、愛してるからだよ」

 ようやく結衣は顔をあげた。

 微笑んで、
 全部誤解だったんだって、
 ごめんね、勘違いして。

 って、言ってくれると思ったのに、結衣はさみしそうに笑った。

「知ってるよ……」

 結衣はそう言った。俺の目を見て、そう言ったのだ。

 俺がどれほど愛してるよと言っても安心しなかった結衣は、今でも目の前にいる。

 違うのか?
 俺は焦る。結衣を苦しめているのは、違うことなのだろうか。

「もう俺を愛してないってこと?」

 理由はなくて、ただ俺を愛せなくなったというなら解決する道はないんじゃないか。そんな思いが俺を不安にする。

「松田さんを好きになった?」

 ふたりは楽しそうに話をしていた。
 またねって声をかける松田に、結衣はかわいらしくうなずいた。

 俺にしばらく見せてくれなかったあのかわいらしい笑顔を、彼に見せていた。

「だから別れるっていうの?」

 結衣はまだ悲しそうに俺を見ている。

「もうだめなの? 俺たち」
「もう少しの辛抱だよ」
「意味がわからないよ」
「ちゃんと、さみしくない日が来るよ」

 結衣の手が離れようとするから、俺は必死につなぎとめる。

「離して……」
「結衣にもそんな日が来るの?」

 そんなの耐えられない。結衣が他の男のものになるなんて耐えられない。こんなに大切に守り続けてきたのに。

「佑樹が幸せなら、それでいいから」
「幸せになれると思う?」

 結衣がいないのに、幸せになんかなれるはずはないのに。

「もうやめようよ、佑樹。話が堂々巡りしてる」

 俺は結衣の手を離した。離したくなかったけど、結衣のかばんからスマホの着信を知らせる音楽が流れたから。

 結衣は無言でスマホのディスプレイを確認して、俺に背中を向けた。電話のようだ。スマホに耳を当て、彼女はうんとうなずく。

「芳人さんに合わせます」

 わざと俺に聞かせるためにその言葉を言ったのだとしたら、結衣の意図とは逆効果だった。

 俺は結衣の小さな背中を後ろから抱きしめて、前に回した腕に力を込めた。

「結衣、松田さんにはあげないよ」

 俺はいじわるなことをスマホに向かって囁いた。結衣を幸せに出来るのは、俺だけだ。その思いだけは誰にも負けないと思っていた。
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