何万回囁いても

つづき綴

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この想いが届きますように

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***


 新幹線の改札口を通ろうとしたところで、スマホが震えていることに気づいた。

 改札口から離れ、バッグを足元に置き、スマホをポケットから取り出す。

 結衣から電話がかかってきている。

 結衣の名前を見るだけで、胸が苦しくなる。俺は知らないうちに、どれほど結衣を傷つけてただろう。

 昨夜のことだ。雅也から連絡をもらった。

「おまえ、静香の写真、大事にもってんじゃねーよっ」

 珍しく荒々しい言葉で雅也に怒鳴られた。

 結衣があの写真の存在に気づいていたことを知った。いつから気づいていたんだろう。知っていて、彼女は黙っていた。明らかに誤解していた証拠だ。そんなことすら、俺は気付けなかった。

 雅也はむかつくから詳しくは話したくないって電話を切った。

 ぼんやりしているうちに、結衣からの電話は切れた。

 かけ直した方がいいだろうか。そう考えているうちに、またスマホが震えた。

 結衣からだ。俺はスマホを耳に当てた。

「佑樹さん? 俺、拓也」

 思わずスマホを落としそうになった。思いがけない青年からの電話だった。

「おぉ」
「あのさあ、今から結衣とそっち行くから」

 あいかわらずの拓也に俺は苦笑する。

 本当に姉弟かと思うほど、二人は対照的だ。拓也は人の意見に耳を貸さない。強引だが、意味のない行動をしない青年だということも俺は知っていた。

「結衣は?」
「男と一緒だったから、保護した」
「……そうか」

 礼を言うべきかはわからない。一緒にいた男が誰かも想像はつく。

「それよりさ、何の用事?」
「え?」
「電話、しただろ。親から連絡もらってさ。スマホに佑樹さんから電話入ってるって。すぐに連絡できなくて悪かったよ」
「……あぁ」

 そうだった。
 すっかり忘れていた。

 結衣の様子がおかしくなったのがお盆に自宅へ帰ってからだった。何があったのだろうと拓也に確認の電話をしたんだった。

「ちょっと聞きたいことがあってさ」
「なに?」

 俺は迷う。拓也の近くには結衣がいるのだろう。拓也は俺の質問に正直に答えてくれるだろうか。

「俺さ、仕事でこっちに来たの。来週にはまた戻るからさ、聞きたいことあんなら今聞いて」

 拓也はさっぱりとしている。勇気をもらった気がして、俺は電話の奥にいるだろう結衣を気遣いながら、「あのさ」とつぶやく。

「なに?」
「お盆に……」
「ん?」
「お盆に、結衣になんかあったかなと思ってさ」
「なんか?」

 拓也は思案しているのか、沈黙する。

 こういう沈黙は苦手だ。嘘をつかれるんじゃないかと不安になる。

「うーん」

 拓也は本気で考え込んでいるみたいだった。

 俺は辛抱強く待った。結衣に聞いても絶対言わないことだろうと思った。

「ない。ないな」

 あっさりと拓也は言う。

「え?」
「ああ、ない。なんにもない」
「そんなことはないだろう」

 俺は思わず叫んでいた。目の前を通りすぎるサラリーマンがじろりと俺をにらむ。ばつが悪い思いをしながら、声を押し殺す。

「結衣がお盆からちょっと元気なくてさ。なんかあったかなと思ってるんだよ」
「結衣が? あ、ああ、あれか」

 拓也は何かを思い出したらしい。

 そんなにすぐ思い出せないほど小さなことなのか?
 そんな小さなことで、結衣はあんな風になってしまったのか?

「佑樹さんには全然関係ないことだと思うけど?」

 拓也はいたって冷静だ。結衣はあんなに塞ぎ込んでいたのに。

「結衣、元気なかったからさ」
「は、まじ?」

 拓也は笑った。
 笑うようなことなのか?

「拓也、何の話?」

 スマホの奥から不安そうな結衣の声がする。

 結衣のあのかわいらしい声を聞くだけで、俺の胸はどうしようもなく高鳴る。

 結衣に会いたい。
 急激にその思いは募る。

 新幹線の時間を確認する。もう行かないと間に合わない。だけど、結衣がこちらに向かっているのなら、俺は……。

「結衣さあ、ばかみてぇに大ファンの詩人がいんの」

 拓也の言葉で、俺は我にかえる。

「今、なんて?」
「だからあ、その尊敬する詩人が亡くなってるって知って、ショック受けたわけ」
「詩人?」
「ああ、えーっと名前、なんだっけ? 結衣、あれ誰だっけ?」

 結衣は沈黙しているみたいだ。しかし、拓也はハッとしたように叫んだ。

「そうそうっ、ななお、七緒なんとかだよっ!」
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