仮初めの甘い誘惑

水城ひさぎ

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永遠の条件

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 商談を終えると、そのまましらかわの家へ向かった。

 毎週は難しいかもしれないが、できる限り送り迎えをしてやりたいと思っている。佐那子は必ず、木曜日の決まった時間に施設を訪れる。天野が佐那子に接触するとしたら、この日が一番狙いやすいだろうと思ったのだ。

 大通り沿いには、行きに見かけた小学生の姿はなく、ぽつぽつと中学生の歩く姿が見えた。赤信号で停車し、何気に通りを見ていると、中学生に声をかける、エプロンをつけた女性が目についた。

 彼女は首を振る中学生に頭を下げては、次から次へと通りを歩く人に声をかけている。

「あのエプロンは確か……」

 しらかわの家の職員は、水色の格子模様のエプロンをしていた。そのエプロンに似ている。その上、彼女の首には社員証のようなカードがぶら下がっている。

 何かあったか。嫌な予感がして、信号が変わるとまっすぐしらかわの家に向かった。

 門をくぐると、赤ちゃんの泣き声がした。しらかわの家で預かっている赤ちゃんだろう。

 しらかわの家では5人の子どもを預かっている。3人は小学生だが、あとの2人は生後間もない赤ちゃんと、2歳の男の子だと聞いている。

 しかし、赤ちゃんの泣き声以外、にぎやかな声は聞こえてこない。やはり、何かあったのだろうか。

 すぐさま事務所に向かうと、受付の前を行ったり来たりしている姉の秋花を見つけた。

「姉さん、まだ帰ってないのか?」

 声をかけると、姉はびっくりした様子で受付から飛び出してくる。

「夏凪っ! 大変なのよ、夏凪っ」
「落ち着けよ、姉さん。大変って、何が」

 取り乱す姉は珍しい。

 彼女は大げさに手を振りながら言う。

「落ち着いてられないわよ。帰ってこないの。帰ってこないのよっ」
「誰が帰ってこないって?」
「実花ちゃんよ、実花ちゃんっ」
「実花ちゃんって……ああ、あのおかっぱ頭の子か、一年生ぐらいの。帰ってこないって?」

 どうやら、子どもがいなくなったらしい。施設でこういうことが起きるのは、珍しいのかそうじゃないのかわからないが、姉の様子を見る限り、めったにないことなのだろうと思う。

「いつもは健吾くんや麻衣ちゃんが一緒に帰ってきてくれるんだけど、今日は遠足だから、ふたりはまだ帰ってないの。実花ちゃんひとりで帰ってくるはずが……、もう1時間近く経つのに帰ってこないのよ」
「1時間?」
「そうなの。職員みんなで探してるんだけど、全然。佐那子ちゃんも探しに行ってくれたんだけど、連絡が取れなくて……もう心配で心配で」
「佐那子と連絡が取れない?」

 落ち着きなく辺りを見回す姉の腕をつかむ。

「え、ええ、そうなの。もしかしたら、実花ちゃんを見つけて、ふたりともどこかで身動きが取れなくなってるんだとしたらって思って……」
「警察には?」
「それはまだ。もう少し探してからにしようって」
「わかった。俺も探すよ」

 1時間近く探して見つからないなら、ただの行方不明とは思えない。

「夏凪も? あー、助かるっ!」

 藁をもすがる様子の姉に尋ねる。

「実花ちゃんの服装は?」
「今日は白のブラウスに赤のスカートを履いていったの。靴も赤よ」
「他に特徴は?」
「いつもね、絵本を入れるピンクの袋を持ってるの。ランドセルは実花ちゃんが好きな水色で、お母さんが作ってくれた大きなうさぎのキーホルダーをつけて……」
「うさぎ?」

 サッと記憶がよみがえる。

 クロシェットの駐車場に停まっていた高級車の後部座席にいた女の子は、水色のランドセルにうさぎのキーホルダーをつけていなかったか。

 あのとき、クロシェットには天野鈴矢がいた。俺がカフェにいる間、ドリンクを持ち帰った客などいなかったように思う。

「まさか、天野が……」

 つぶやいたとき、事務所の中から男の人の叫ぶ声が聞こえた。

「福富さんっ! 佐那子先生から連絡あったよ! 実花ちゃんを見つけて一緒にいるって! 今から帰るから、警察に連絡するのは待ってくれって!」
「事務長! 本当? 見つかったのっ? よかったーっ」

 事務所に駆け込んでいく姉と、受話器を片手に笑顔を見せる、確か、村上と言ったか……事務長は、喜びをかみしめるような握手をした。

「天野が連れ去ったんじゃないのか?」

 後部座席にいた女の子は、絵本を読みながら楽しそうにしているように見えた。

 無理やり連れ去られた様子ではなかったが、もし、天野が実花ちゃんを連れ去り、彼と一緒にいる実花ちゃんを佐那子が見つけたのだとしたら……。

「夏凪、佐那子ちゃんが帰ってくるまで事務所に入って待ってなさいよ」

 姉があんどの表情を浮かべながら声をかけてくる。

 本当に、ここで待っていて大丈夫か?
 佐那子は無事に帰れるのか?

「いや、ちょっと出てくるよ」
「夏凪?」
「また佐那子から連絡あったら、俺にも知らせてくれ」

 俺はそう言うと、すぐさまきびすを返して、車へと駆け戻った。
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