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欲しいものは手に入れる
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「朝霧さんっていつ結婚したの? 同期のやつがよくここに来るけど、そんな話聞いたことなかったからさ」
小坂くんは、思いつきで作ったオリジナルカクテルをカウンターにそっと置くと、そう尋ねてきた。
ピーチリキュールをベースにしている淡い桃色の可愛らしいカクテル。ひとくち飲むとほんのりとした甘さが口の中に広がる。
「美味しい。小坂くん、バーテンダーが合ってそうだね」
そう言ってから、彼の質問の返事に悩みながら、ちょっと困り顔で言う。
「結婚なんてしてないの」
「えっ?」
「村橋くんが勝手に誤解しただけ。誤解をとかなかった私も私だけど。苗字が変わったのは親の都合」
驚きの表情を崩せないでいる小坂くんに笑いかけると、ようやく彼は我にかえった。
「そうだったんだ。じゃあ、この時間もだんなさんが家で待ってるわけじゃないんだ?」
「夫と不仲で、家事を放棄してるって思ってた?」
「あ、いや……まあ」
「そう思われても仕方ないよね。きっと小坂くんじゃなくてもそう思うよね」
自然と向けた視線の先に、石神さんの姿を探してしまう。彼はいつもカウンター奥の席によく座るらしい。
何度見回しても彼の姿を見つけることが出来ない。今日は来てないのだ。
真新しいベージュのハイヒールになんとなく視線を落とす。当てが外れてしまった。もし付き合うことになっても、彼とは堂々と会う約束もできないのだろう。
「石神さんはだいたい月曜日に来るよ」
「え?」
今度は私が驚く番だ。小坂くんもまたいつも石神さんが座る席に目を向けている。
「あの人と付き合う?」
「きゅ、急になに?」
ほんのり頬が赤くなるのがわかる。薄暗い店内とはいえ、それは小坂くんにも伝わっているんだろう。彼の表情からわかる。
「石神さんが女の人と来たことなくてさ。それでも土日に何かあるのかな、月曜日はいつも何かを忘れたそうに黙々と飲みに来るんだ。まあ、接客業みたいだし、意外と落ち着けるのが月曜日なのかもしれないけどね」
「そうだったの」
「このところ毎日来てたから、変だなって思ってはいたんだけど、朝霧さんを待ってたんだって気づいたら、妙に納得した」
「毎日来てたの、やっぱり。なんでそんなに私のこと……」
「魅力的だからだよ。俺もお客さんの中で朝霧さんより綺麗な人、見たことないから」
「それは大げさでしょ」
ちょっと笑ってしまうが、小坂くんはなにも言わずににこっと笑うだけ。余計に本当なのかもなんて思ってしまって恥ずかしい。自意識過剰にさせないで欲しいなんて、軽い逆恨みまでしてしまいそうになるほどだ。
「朝霧さんは綺麗だよ、大学時代よりもっと綺麗になってて驚いたな」
「あんまり褒めないでよ。恥ずかしい……」
「彼氏は?」
恥ずかしがる私を見下ろす小坂くんは、やけに冷静だ。
「いないわ……っていうか、いるように見える?」
「いないのが不思議とは思う」
「小坂くんは?」
「俺はもちろんいないよ」
「もちろんなの?」
なんだかおかしくてクスクス笑ってしまうが、彼は妙に落ち着き払っている。
「朝霧さんがあの人と付き合うつもりがないなら、立候補してもいいかな」
「え……?」
さらっとそんなことを言うから、少し沈黙してしまう。小坂くんはおとなしくて、自分から気安く告白するような男の子ではなかったはずだ。
「一応、俺の気持ち話しておきたかっただけだから。ごめん」
「謝ることなんてないのに」
「迷惑じゃないならさ、また来てよ。ここにいると懐かしい友人に会えて結構楽しいんだ。そういうつながりも大事だなって思うよ」
「うん、そうするね」
石神さんに会うためなら、フェリーチェに行くだけでいい。だけど、私は彼のことをもっと知りたいと思っていて、それ以上のものを求めている。彼に会うためなら、何度でもここを訪れるだろう。
また来ると約束した私の目的が、大学時代の友人に会うことではないことを小坂くんは気づいていただろうが、何も言わずに静かに微笑んでいた。
「朝霧さんっていつ結婚したの? 同期のやつがよくここに来るけど、そんな話聞いたことなかったからさ」
小坂くんは、思いつきで作ったオリジナルカクテルをカウンターにそっと置くと、そう尋ねてきた。
ピーチリキュールをベースにしている淡い桃色の可愛らしいカクテル。ひとくち飲むとほんのりとした甘さが口の中に広がる。
「美味しい。小坂くん、バーテンダーが合ってそうだね」
そう言ってから、彼の質問の返事に悩みながら、ちょっと困り顔で言う。
「結婚なんてしてないの」
「えっ?」
「村橋くんが勝手に誤解しただけ。誤解をとかなかった私も私だけど。苗字が変わったのは親の都合」
驚きの表情を崩せないでいる小坂くんに笑いかけると、ようやく彼は我にかえった。
「そうだったんだ。じゃあ、この時間もだんなさんが家で待ってるわけじゃないんだ?」
「夫と不仲で、家事を放棄してるって思ってた?」
「あ、いや……まあ」
「そう思われても仕方ないよね。きっと小坂くんじゃなくてもそう思うよね」
自然と向けた視線の先に、石神さんの姿を探してしまう。彼はいつもカウンター奥の席によく座るらしい。
何度見回しても彼の姿を見つけることが出来ない。今日は来てないのだ。
真新しいベージュのハイヒールになんとなく視線を落とす。当てが外れてしまった。もし付き合うことになっても、彼とは堂々と会う約束もできないのだろう。
「石神さんはだいたい月曜日に来るよ」
「え?」
今度は私が驚く番だ。小坂くんもまたいつも石神さんが座る席に目を向けている。
「あの人と付き合う?」
「きゅ、急になに?」
ほんのり頬が赤くなるのがわかる。薄暗い店内とはいえ、それは小坂くんにも伝わっているんだろう。彼の表情からわかる。
「石神さんが女の人と来たことなくてさ。それでも土日に何かあるのかな、月曜日はいつも何かを忘れたそうに黙々と飲みに来るんだ。まあ、接客業みたいだし、意外と落ち着けるのが月曜日なのかもしれないけどね」
「そうだったの」
「このところ毎日来てたから、変だなって思ってはいたんだけど、朝霧さんを待ってたんだって気づいたら、妙に納得した」
「毎日来てたの、やっぱり。なんでそんなに私のこと……」
「魅力的だからだよ。俺もお客さんの中で朝霧さんより綺麗な人、見たことないから」
「それは大げさでしょ」
ちょっと笑ってしまうが、小坂くんはなにも言わずににこっと笑うだけ。余計に本当なのかもなんて思ってしまって恥ずかしい。自意識過剰にさせないで欲しいなんて、軽い逆恨みまでしてしまいそうになるほどだ。
「朝霧さんは綺麗だよ、大学時代よりもっと綺麗になってて驚いたな」
「あんまり褒めないでよ。恥ずかしい……」
「彼氏は?」
恥ずかしがる私を見下ろす小坂くんは、やけに冷静だ。
「いないわ……っていうか、いるように見える?」
「いないのが不思議とは思う」
「小坂くんは?」
「俺はもちろんいないよ」
「もちろんなの?」
なんだかおかしくてクスクス笑ってしまうが、彼は妙に落ち着き払っている。
「朝霧さんがあの人と付き合うつもりがないなら、立候補してもいいかな」
「え……?」
さらっとそんなことを言うから、少し沈黙してしまう。小坂くんはおとなしくて、自分から気安く告白するような男の子ではなかったはずだ。
「一応、俺の気持ち話しておきたかっただけだから。ごめん」
「謝ることなんてないのに」
「迷惑じゃないならさ、また来てよ。ここにいると懐かしい友人に会えて結構楽しいんだ。そういうつながりも大事だなって思うよ」
「うん、そうするね」
石神さんに会うためなら、フェリーチェに行くだけでいい。だけど、私は彼のことをもっと知りたいと思っていて、それ以上のものを求めている。彼に会うためなら、何度でもここを訪れるだろう。
また来ると約束した私の目的が、大学時代の友人に会うことではないことを小坂くんは気づいていただろうが、何も言わずに静かに微笑んでいた。
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