嘘つきフェイク

水城ひさぎ

文字の大きさ
13 / 54
本当に守るべきもの

2

しおりを挟む



「泊まれる?」

 そう聞かれた時、泊まりたいと言っていいのかと悩んだ。当たり前のように怜司さんの恋人みたいに振舞って良いのかと。

 しかし、次はこのマンションで会おうと言われ、やはりダメなのだと思った。

 一度、身体を許してしまったら、彼が求めるものはそれだけになってしまうのだと気づいたら、ため息が出た。
 それでも怜司さんに抱かれたことに後悔はなくて。彼も同じ気持ちだったらいいと思った。

 降り注ぐお湯にただじっと打たれながら、怜司さんのことばかり考えていた。
 物音がして我にかえり、シャワーの蛇口を止めると、洗面所に出た。

 曇る洗面鏡をぼんやりと眺めながら、そっと自分の身体を抱きしめる。また怜司さんに抱きしめてもらいたい気持ちがわき上がってくる。

 今更、やっぱり泊まりたいなんて言ったら、彼を困らせてしまうだろうか。

 小さなため息を吐いて目線を下げる。洗面台の片隅に置かれた木製のトレイに、結婚指輪が置かれている。

 指輪に奪われた視線はすぐにはそらせなくて、じっと見つめていたがハッとする。怜司さんが指輪をはめているのを見た時に覚えた違和感の正体に気づいた。

 指輪にはいくつかの細かいキズがある。普通に生活していたらつくようなキズだ。その中に、ひとすじだけ大きなキズが入っている。

 そのキズに違和感を覚えたのではない。怜司さんは宝石店勤務だ。キズを消すことなど容易に出来るのではないか。清潔感のある彼の部屋を見ても、几帳面さはうかがえる。そんな彼ならなおさら、指輪のキズをそのまま放っておくとは思えないのだ。

 キズを消さないのは何か理由があってのことかと思えてくる。

 思わず指輪に手が伸びそうになるが、その手をタオルに伸ばした。

 彼のことを深く知ってはいけない。知りたいとも思ってはいけない。
 私に許されているのは、彼に愛されている時間をただ愛しいと思える、それだけだ。

 すぐに着替えを済ませ、タオルで髪を乾かした後、リビングへ向かった。

 リビングのドアを開けようとした私は、中から聞こえてくる話し声に気づいて手を止めた。

 テレビがついているようだ。その音に紛れて、薄く開いたドアから漏れてくるのは怜司さんの声。

 電話をしているようだ。すぐにそれに気付き、このままドアを開けるか躊躇した時、私の体は怜司さんの言葉を聞いて凍りついたように動けなくなった。

「……みのりさんに会えるのが楽しみだ」

 怜司さんの声はさらに続いた。

 一番大事な人が誰かは俺なりに理解してる、とか、君を悲しませたりしない、とか、みのりさんに話しかけている言葉に、私の心臓は鋭い痛みに貫かれていく。

 涙がこぼれそうになり、口元をおさえると洗面所に駆け戻った。

 鏡の中の私を見つめる。みじめだ。みじめな顔をした私が私を見つめている。

 こんな顔をしていたらいけない。ティッシュで目元を押さえ、笑顔を作ってみせる。

 彼にはみのりさんという大切な人がいて、だから誰とも結婚しないなんて考えていて、それで結婚指輪をはめている。

 それでいいじゃないか。それ以上を知っても、私が幸せを感じることができないのは明白だ。

 リビングに戻ると、怜司さんはもう電話を切っていて、缶ビールを飲み終わった後のようだった。

 彼は私に気づくと、無言で近づいてくるなり抱きしめてきた。あらがうことなんて出来ない。彼の腕の中はとても居心地がいい。

「怜司さん……」

 彼の背中に腕を回す。この瞬間だけでも私のことを考えてくれてるならそれでいい。

「怜司さん、あの……」
「ん?」

 私を見下ろす優しい目に、私の胸はトクトクと音を立て始める。

「やっぱり、泊まってもいいですか?」
「君がいいなら」

 即答してくれる彼に私の想いはふくらんで。

「今日だけはわがまま、聞いてください」

 そう言うと、彼はそっと微笑んで、私の頬にキスを落とした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...