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本当に守るべきもの
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「泊まれる?」
そう聞かれた時、泊まりたいと言っていいのかと悩んだ。当たり前のように怜司さんの恋人みたいに振舞って良いのかと。
しかし、次はこのマンションで会おうと言われ、やはりダメなのだと思った。
一度、身体を許してしまったら、彼が求めるものはそれだけになってしまうのだと気づいたら、ため息が出た。
それでも怜司さんに抱かれたことに後悔はなくて。彼も同じ気持ちだったらいいと思った。
降り注ぐお湯にただじっと打たれながら、怜司さんのことばかり考えていた。
物音がして我にかえり、シャワーの蛇口を止めると、洗面所に出た。
曇る洗面鏡をぼんやりと眺めながら、そっと自分の身体を抱きしめる。また怜司さんに抱きしめてもらいたい気持ちがわき上がってくる。
今更、やっぱり泊まりたいなんて言ったら、彼を困らせてしまうだろうか。
小さなため息を吐いて目線を下げる。洗面台の片隅に置かれた木製のトレイに、結婚指輪が置かれている。
指輪に奪われた視線はすぐにはそらせなくて、じっと見つめていたがハッとする。怜司さんが指輪をはめているのを見た時に覚えた違和感の正体に気づいた。
指輪にはいくつかの細かいキズがある。普通に生活していたらつくようなキズだ。その中に、ひとすじだけ大きなキズが入っている。
そのキズに違和感を覚えたのではない。怜司さんは宝石店勤務だ。キズを消すことなど容易に出来るのではないか。清潔感のある彼の部屋を見ても、几帳面さはうかがえる。そんな彼ならなおさら、指輪のキズをそのまま放っておくとは思えないのだ。
キズを消さないのは何か理由があってのことかと思えてくる。
思わず指輪に手が伸びそうになるが、その手をタオルに伸ばした。
彼のことを深く知ってはいけない。知りたいとも思ってはいけない。
私に許されているのは、彼に愛されている時間をただ愛しいと思える、それだけだ。
すぐに着替えを済ませ、タオルで髪を乾かした後、リビングへ向かった。
リビングのドアを開けようとした私は、中から聞こえてくる話し声に気づいて手を止めた。
テレビがついているようだ。その音に紛れて、薄く開いたドアから漏れてくるのは怜司さんの声。
電話をしているようだ。すぐにそれに気付き、このままドアを開けるか躊躇した時、私の体は怜司さんの言葉を聞いて凍りついたように動けなくなった。
「……みのりさんに会えるのが楽しみだ」
怜司さんの声はさらに続いた。
一番大事な人が誰かは俺なりに理解してる、とか、君を悲しませたりしない、とか、みのりさんに話しかけている言葉に、私の心臓は鋭い痛みに貫かれていく。
涙がこぼれそうになり、口元をおさえると洗面所に駆け戻った。
鏡の中の私を見つめる。みじめだ。みじめな顔をした私が私を見つめている。
こんな顔をしていたらいけない。ティッシュで目元を押さえ、笑顔を作ってみせる。
彼にはみのりさんという大切な人がいて、だから誰とも結婚しないなんて考えていて、それで結婚指輪をはめている。
それでいいじゃないか。それ以上を知っても、私が幸せを感じることができないのは明白だ。
リビングに戻ると、怜司さんはもう電話を切っていて、缶ビールを飲み終わった後のようだった。
彼は私に気づくと、無言で近づいてくるなり抱きしめてきた。あらがうことなんて出来ない。彼の腕の中はとても居心地がいい。
「怜司さん……」
彼の背中に腕を回す。この瞬間だけでも私のことを考えてくれてるならそれでいい。
「怜司さん、あの……」
「ん?」
私を見下ろす優しい目に、私の胸はトクトクと音を立て始める。
「やっぱり、泊まってもいいですか?」
「君がいいなら」
即答してくれる彼に私の想いはふくらんで。
「今日だけはわがまま、聞いてください」
そう言うと、彼はそっと微笑んで、私の頬にキスを落とした。
「泊まれる?」
そう聞かれた時、泊まりたいと言っていいのかと悩んだ。当たり前のように怜司さんの恋人みたいに振舞って良いのかと。
しかし、次はこのマンションで会おうと言われ、やはりダメなのだと思った。
一度、身体を許してしまったら、彼が求めるものはそれだけになってしまうのだと気づいたら、ため息が出た。
それでも怜司さんに抱かれたことに後悔はなくて。彼も同じ気持ちだったらいいと思った。
降り注ぐお湯にただじっと打たれながら、怜司さんのことばかり考えていた。
物音がして我にかえり、シャワーの蛇口を止めると、洗面所に出た。
曇る洗面鏡をぼんやりと眺めながら、そっと自分の身体を抱きしめる。また怜司さんに抱きしめてもらいたい気持ちがわき上がってくる。
今更、やっぱり泊まりたいなんて言ったら、彼を困らせてしまうだろうか。
小さなため息を吐いて目線を下げる。洗面台の片隅に置かれた木製のトレイに、結婚指輪が置かれている。
指輪に奪われた視線はすぐにはそらせなくて、じっと見つめていたがハッとする。怜司さんが指輪をはめているのを見た時に覚えた違和感の正体に気づいた。
指輪にはいくつかの細かいキズがある。普通に生活していたらつくようなキズだ。その中に、ひとすじだけ大きなキズが入っている。
そのキズに違和感を覚えたのではない。怜司さんは宝石店勤務だ。キズを消すことなど容易に出来るのではないか。清潔感のある彼の部屋を見ても、几帳面さはうかがえる。そんな彼ならなおさら、指輪のキズをそのまま放っておくとは思えないのだ。
キズを消さないのは何か理由があってのことかと思えてくる。
思わず指輪に手が伸びそうになるが、その手をタオルに伸ばした。
彼のことを深く知ってはいけない。知りたいとも思ってはいけない。
私に許されているのは、彼に愛されている時間をただ愛しいと思える、それだけだ。
すぐに着替えを済ませ、タオルで髪を乾かした後、リビングへ向かった。
リビングのドアを開けようとした私は、中から聞こえてくる話し声に気づいて手を止めた。
テレビがついているようだ。その音に紛れて、薄く開いたドアから漏れてくるのは怜司さんの声。
電話をしているようだ。すぐにそれに気付き、このままドアを開けるか躊躇した時、私の体は怜司さんの言葉を聞いて凍りついたように動けなくなった。
「……みのりさんに会えるのが楽しみだ」
怜司さんの声はさらに続いた。
一番大事な人が誰かは俺なりに理解してる、とか、君を悲しませたりしない、とか、みのりさんに話しかけている言葉に、私の心臓は鋭い痛みに貫かれていく。
涙がこぼれそうになり、口元をおさえると洗面所に駆け戻った。
鏡の中の私を見つめる。みじめだ。みじめな顔をした私が私を見つめている。
こんな顔をしていたらいけない。ティッシュで目元を押さえ、笑顔を作ってみせる。
彼にはみのりさんという大切な人がいて、だから誰とも結婚しないなんて考えていて、それで結婚指輪をはめている。
それでいいじゃないか。それ以上を知っても、私が幸せを感じることができないのは明白だ。
リビングに戻ると、怜司さんはもう電話を切っていて、缶ビールを飲み終わった後のようだった。
彼は私に気づくと、無言で近づいてくるなり抱きしめてきた。あらがうことなんて出来ない。彼の腕の中はとても居心地がいい。
「怜司さん……」
彼の背中に腕を回す。この瞬間だけでも私のことを考えてくれてるならそれでいい。
「怜司さん、あの……」
「ん?」
私を見下ろす優しい目に、私の胸はトクトクと音を立て始める。
「やっぱり、泊まってもいいですか?」
「君がいいなら」
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「今日だけはわがまま、聞いてください」
そう言うと、彼はそっと微笑んで、私の頬にキスを落とした。
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