嘘つきフェイク

水城ひさぎ

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私を幸せにしてくれる人

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***


 正午前に怜司さんの部屋を出て、一人で暮らすアパートへと帰ってきた。

 リビングに入る前に来ていた服を脱いで、バスルームへと向かう。鏡の前に立ち、怜司さんの唇が触れた胸元に指を這わす。

 強く肌に吸いつこうとした彼が、ためらいがちにそっとキスをした時、やはり私たちは許されぬ仲だと言われているようで胸は苦しかった。だけど、その優しさに心惹かれていく情熱を止めることもできない。

 いつものくせで髪留めを外そうと手を挙げ、ハッとする。髪留めを忘れてきてしまった。きっと彼のバスルームだろう。

 すぐに取りに行った方がいいかと思ったけど、怜司さんは別れ際、このまま出かけると言っていた。今は部屋にいないだろう。

 シャワーを浴びて、着替えをすませると、冷蔵庫からヨーグルトを取り出してソファーに座った。

 ちょっと眠ろうかなと思うような心地よい疲労感の中、ヨーグルトを持ったままソファーにもたれた。

 怜司さんとの交際は、先がないこと以外は順調だ。元カレとの付き合いもそうだった。お互いにいい距離で付き合っていて、このまま付き合っていたら結婚するだろうと考えるほどだった。

 それでもうまくはいかなかった。たぶん私が元カレを自由にさせすぎていたからだろう。もっと嫉妬して欲しかったのかもしれない。もっと束縛して欲しかったのかもしれない。

 怜司さんは違うだろうか。彼にとって私はちょうどいい女だろうか。

 睡魔にやや襲われて、軽く目を閉じる。そのまま寝てしまったようだ。ヨーグルトが足元に落ちて目を覚ました。時刻は2時になろうとしていた。



 冷蔵庫にあるあり合わせの材料で作った遅めのランチを食べた後、髪留めを忘れたことを伝えようと怜司さんに電話を入れたが、つながらなかった。

 買い物にも行かなくてはいけない。怜司さんには夕方もう一度電話してみようと決めて、すぐにアパートを出た。

 アパートから歩いて行ける距離に商店街がある。いつものようにそこにある小さなスーパーへと向かう。

 いくら駅も近くて利便性の高い場所だといっても、そろそろ自転車を買わないといけないかなと思いながら、自転車屋の前を通り過ぎる。

 商店街が賑わしい。あまりこの時間帯は来ないようにはしていた。商店街の中に保育園があり、3時を過ぎた時間帯はお迎えのママたちや、夕食の準備に忙しい主婦たちで溢れてくるのだ。

 なんとなく落ち着いて買い物ができない雰囲気に馴染めなくてさけてきたのだが、昼寝してしまったから仕方ない。混雑したスーパーで3日分ほどの食材を購入し、早々に店を後にする。

 自転車屋を覗いてみよう。そう思って来た道を戻ろうとした時、前から歩いてくる保育園児に目が止まった。

 どこにでもいそうな普通の保育園児だったが、周りにいる保育園児とは違う様子が私の目を引きつけた。それは一緒に歩く保護者が男性だったからだ。

 父親が迎えに来るのはおかしいことではない。しかし、私はその男性を知っている。彼の左手とつながる保育園児の手を見た途端、急激に私の胸はバクバクと音を立て始めた。

 目を伏せた私の視線は保育園児のそれと重なった。

 黄色いスモッグを着た保育園児は男の子だ。大人しそうだけど、目鼻立ちの整った子。そう、彼によく似ている。

「……朝霧さん、久しぶり」

 男の子を見つめる私に彼はそう言う。彼は男の子が私を見上げる目を気にしている。

 朝霧さんと呼ぶのも、久しぶりと声をかけてきたのも、彼にとってはフェイクだろうか。

 つい数時間前まで私たちは一緒にいて、愛してると言いあって、お互いを求めていたではないか。それを隠そうとするのは、男の子の前では幻にしたいことだからだ。

「お久しぶりです。石神さん、お元気そうですね」

 笑顔で、接客する時のように明るい声を出そうとするのに、抑揚のない声が出る。

「朝霧さん……」

 眉を下げた怜司さんが私に近づこうとするのを見たら心臓がはねあがる。
 これ以上、久しぶりに会った知人との会話を演じるなんて出来そうにない。

「急いでいるので、すみません。失礼します」

 そう早口に言った私は、彼を振り返らずにその場を逃げ出した。

 どんな弁明も必要はない。怜司さんとのことは最初からお遊びで、嘘で固められたものだった。今更、彼の私生活の一部を目の当たりにして私が傷つく理由などないのだ。
 だから次は、何もなかったように彼に会えるだろうか。
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