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恋が始まる
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「あ、そのネックレス……」
「え、あ、なに?」
どきりとする。勇介は待ち合わせのファミリーレストランに先に来ていて、向かい側に私が座るなり胸元で揺れるネックレスに目を止めたのだ。
「なんだよー、それ。あの人にはめられたのか、俺」
大げさに勇介は身をのけぞらせる。
「はめられたって何?」
「石神さんにもらったんだろ? 俺がそのネックレスが和美に似合うって言ったら、違うものがいいっていうからさー。すっかりだまされたよ。なんだよ、自分でプレゼントしたかっただけかよ」
勇介と怜司さんの間にそんなやりとりがあったなんて知らない。怜司さんにプレゼントされたことまではわからないだろうと思ってつけてきたが、うかつだったようだ。
「で、俺がプレゼントした指輪は?」
勇介の視線が私の手に移動する。
「ごめんね。やっぱりもらえないって思って、今日は返しに来たの」
かばんの中から取り出した小箱をそっとテーブルの上に乗せる。勇介は微妙に傷ついた表情で顔を歪めたが、無言で首をすくめた。
「もらうわけにはいかないから」
「石神さんが気にするから?」
「そうじゃないの。私の気持ちの問題よ」
「迷惑、そういうことか」
「いつまでも勇介が私にこだわるのはおかしいと思うの。励まそうとしてくれた気持ちは嬉しいけど、昔みたいにっていうのは難しいよ」
勇介はジッと真剣な目で、リボンがかかったままの小箱を見つめていたが、しばらくするとその小箱に手を伸ばした。
「和美がそういうんじゃ、仕方ないよな。こうと決めたら曲げないところ嫌いじゃなかったし。俺はさ、和美が石神さんと幸せになってくれるならそれでいいんだ」
「勇介、そのことだけど」
「ん?」
私の不穏な空気を感じ取ったのか、一度は笑みを見せた彼の頬が下がっていく。
「怜司さんとも、……怜司さんともね、別れたの。だから余計に、勇介のこともきちんとしなきゃって思って」
「は?」
「だから、別れたの。何度も言わせないで」
「なんで?」
「別れた方がいいって言ったのは勇介よ。私たちに別れる理由があるのはわかってるでしょ? 説明する気はないの」
「あの人の浮気?」
「浮気じゃないよ、勇介。怜司さんは本気だから、浮気なんてことない」
怜司さんはみのりさんに本気で。どちらかというと、私の方が浮気相手だ。その現実を突きつけられて返す言葉もなかった。
それでいいって開き直れなかったから、怜司さんとは終わったのだ。
「大丈夫か? 和美」
神妙に勇介は言う。うん、とため息を吐き出すと共にうなずくが、彼の硬い表情は崩れなかった。
「どうにもならないのか?」
「おかしなこと言うのね。前は別れろって何度も言ったのに」
「そりゃ、そんな気持ちもあったけどさ、それは和美が納得して別れるならって」
「納得してるよ」
強く言い切る私に納得してないのは勇介の方だ。髪をくしゃりとつかみ、むつかしげな様子で肘をつく。
「俺のせいだな、ごめん。俺との関係、誤解させるようなこと、したっていうか」
彼の告白は大したことではなかった。むしろ私の方が勇介は夫であると嘘をついていた。だからこそ、怜司さんとの関係は順調だった。
「勇介のせいじゃないよ。最初からそういう関係だったんだもの。私に別の恋人がいたって、結婚してたって、怜司さんには関係なかったの。彼に本気になったら終わりってわかってて、言っちゃいけないことを言ったんだから、私のせい」
「なんて言った?」
「……ううん、それはいいの」
「いいって……。間違ったこと言ったなら謝ればいいだろ? あの人なら大概のことは許してくれるだろ」
「間違ったことなんて言ってないよ。本当のこと言ったから愛想つかされたの。こんなことになるなら、ずっと嘘ついてれば良かった」
「嘘……?」
「私は嘘つきだよ、勇介。怜司さんに嫌われたって仕方ないの」
「なにやってんだよ、和美。あの人だってそうだ。和美に嘘つかせるような男なんだったら最低だ」
怒ってくれる勇介が頼もしく見える。彼はいつも前向きで、真っ直ぐな人だった。それは今も変わってない。
「怜司さんは悪くないよ。彼はずっと私に正直だった。不誠実だったのは私だけだよ」
「だからって……」
「ねえ、勇介」
「なんだよ」
「勇介はどうして浮気したの? 私って、二番目にはちょうど良かった?」
「……そんなこと聞くな」
「私の気持ちが重かった?」
勇介は沈黙する。それは肯定だろう。
「それなら納得できる気がするよ」
「今更何言っても信じられないかもしれないけどさ、和美のこと飽きたとか、そんなんじゃなかった。浮わついた気持ちが俺にあったから。和美は何も悪くない。一番大事にしてやれなかったのは、和美のせいじゃないさ」
「……変なこと言ってごめんね」
「謝るなよ。ちゃんと言ってやれなかった俺が悪かったんだ。和美は嘘なんてつかなくても幸せになれるよ。本気で大事にしてくれるやつにいつか出会えるさ」
「勇介に言われると、そんな気がしてくる」
勇介はいつだって私の一番近い場所にいて、一番の理解者で、一番助けてくれた人だった。
「ずっと一緒にいてやれなくてごめんな」
「ううん。また勇介に会えて良かった。今度は本当にお別れだよ」
「ああ……、わかった。でもまた俺に相談したくなったらいつでも連絡しろよ。友人としてすぐに駆けつけてやるから」
「そうならないように、次の恋は慎重にするから」
「本当かよ? 未練たらたらな顔してさ。あの人とどうやって別れたか知らねぇけど、あいまいにしてるなら、ちゃんと別れろよ。お互いのためだ」
「……うん、そうだね。また、そのうち」
「そのうちってさ……。まあいいか、時間が解決してくれることって、確かにあるもんな。次に石神さんに会う時は笑顔で会えるといいな」
そんな自信全然ないけど、私は小さくうなずく。
「勇介がそう言うと、本当にできる気がしてくるの」
「和美ならできるさ。ちゃんと幸せになれるって俺が保証してやるよ」
「すごく不安だわ」
「なんだよー、その言い方。ほんと可愛げないとこも治ってないよな。今日は俺が奢ってやるから、素直にご馳走になれよ」
そう言って、勇介はおもむろに片手を挙げると、「すみませーん」と店員を呼んだ。
「あ、そのネックレス……」
「え、あ、なに?」
どきりとする。勇介は待ち合わせのファミリーレストランに先に来ていて、向かい側に私が座るなり胸元で揺れるネックレスに目を止めたのだ。
「なんだよー、それ。あの人にはめられたのか、俺」
大げさに勇介は身をのけぞらせる。
「はめられたって何?」
「石神さんにもらったんだろ? 俺がそのネックレスが和美に似合うって言ったら、違うものがいいっていうからさー。すっかりだまされたよ。なんだよ、自分でプレゼントしたかっただけかよ」
勇介と怜司さんの間にそんなやりとりがあったなんて知らない。怜司さんにプレゼントされたことまではわからないだろうと思ってつけてきたが、うかつだったようだ。
「で、俺がプレゼントした指輪は?」
勇介の視線が私の手に移動する。
「ごめんね。やっぱりもらえないって思って、今日は返しに来たの」
かばんの中から取り出した小箱をそっとテーブルの上に乗せる。勇介は微妙に傷ついた表情で顔を歪めたが、無言で首をすくめた。
「もらうわけにはいかないから」
「石神さんが気にするから?」
「そうじゃないの。私の気持ちの問題よ」
「迷惑、そういうことか」
「いつまでも勇介が私にこだわるのはおかしいと思うの。励まそうとしてくれた気持ちは嬉しいけど、昔みたいにっていうのは難しいよ」
勇介はジッと真剣な目で、リボンがかかったままの小箱を見つめていたが、しばらくするとその小箱に手を伸ばした。
「和美がそういうんじゃ、仕方ないよな。こうと決めたら曲げないところ嫌いじゃなかったし。俺はさ、和美が石神さんと幸せになってくれるならそれでいいんだ」
「勇介、そのことだけど」
「ん?」
私の不穏な空気を感じ取ったのか、一度は笑みを見せた彼の頬が下がっていく。
「怜司さんとも、……怜司さんともね、別れたの。だから余計に、勇介のこともきちんとしなきゃって思って」
「は?」
「だから、別れたの。何度も言わせないで」
「なんで?」
「別れた方がいいって言ったのは勇介よ。私たちに別れる理由があるのはわかってるでしょ? 説明する気はないの」
「あの人の浮気?」
「浮気じゃないよ、勇介。怜司さんは本気だから、浮気なんてことない」
怜司さんはみのりさんに本気で。どちらかというと、私の方が浮気相手だ。その現実を突きつけられて返す言葉もなかった。
それでいいって開き直れなかったから、怜司さんとは終わったのだ。
「大丈夫か? 和美」
神妙に勇介は言う。うん、とため息を吐き出すと共にうなずくが、彼の硬い表情は崩れなかった。
「どうにもならないのか?」
「おかしなこと言うのね。前は別れろって何度も言ったのに」
「そりゃ、そんな気持ちもあったけどさ、それは和美が納得して別れるならって」
「納得してるよ」
強く言い切る私に納得してないのは勇介の方だ。髪をくしゃりとつかみ、むつかしげな様子で肘をつく。
「俺のせいだな、ごめん。俺との関係、誤解させるようなこと、したっていうか」
彼の告白は大したことではなかった。むしろ私の方が勇介は夫であると嘘をついていた。だからこそ、怜司さんとの関係は順調だった。
「勇介のせいじゃないよ。最初からそういう関係だったんだもの。私に別の恋人がいたって、結婚してたって、怜司さんには関係なかったの。彼に本気になったら終わりってわかってて、言っちゃいけないことを言ったんだから、私のせい」
「なんて言った?」
「……ううん、それはいいの」
「いいって……。間違ったこと言ったなら謝ればいいだろ? あの人なら大概のことは許してくれるだろ」
「間違ったことなんて言ってないよ。本当のこと言ったから愛想つかされたの。こんなことになるなら、ずっと嘘ついてれば良かった」
「嘘……?」
「私は嘘つきだよ、勇介。怜司さんに嫌われたって仕方ないの」
「なにやってんだよ、和美。あの人だってそうだ。和美に嘘つかせるような男なんだったら最低だ」
怒ってくれる勇介が頼もしく見える。彼はいつも前向きで、真っ直ぐな人だった。それは今も変わってない。
「怜司さんは悪くないよ。彼はずっと私に正直だった。不誠実だったのは私だけだよ」
「だからって……」
「ねえ、勇介」
「なんだよ」
「勇介はどうして浮気したの? 私って、二番目にはちょうど良かった?」
「……そんなこと聞くな」
「私の気持ちが重かった?」
勇介は沈黙する。それは肯定だろう。
「それなら納得できる気がするよ」
「今更何言っても信じられないかもしれないけどさ、和美のこと飽きたとか、そんなんじゃなかった。浮わついた気持ちが俺にあったから。和美は何も悪くない。一番大事にしてやれなかったのは、和美のせいじゃないさ」
「……変なこと言ってごめんね」
「謝るなよ。ちゃんと言ってやれなかった俺が悪かったんだ。和美は嘘なんてつかなくても幸せになれるよ。本気で大事にしてくれるやつにいつか出会えるさ」
「勇介に言われると、そんな気がしてくる」
勇介はいつだって私の一番近い場所にいて、一番の理解者で、一番助けてくれた人だった。
「ずっと一緒にいてやれなくてごめんな」
「ううん。また勇介に会えて良かった。今度は本当にお別れだよ」
「ああ……、わかった。でもまた俺に相談したくなったらいつでも連絡しろよ。友人としてすぐに駆けつけてやるから」
「そうならないように、次の恋は慎重にするから」
「本当かよ? 未練たらたらな顔してさ。あの人とどうやって別れたか知らねぇけど、あいまいにしてるなら、ちゃんと別れろよ。お互いのためだ」
「……うん、そうだね。また、そのうち」
「そのうちってさ……。まあいいか、時間が解決してくれることって、確かにあるもんな。次に石神さんに会う時は笑顔で会えるといいな」
そんな自信全然ないけど、私は小さくうなずく。
「勇介がそう言うと、本当にできる気がしてくるの」
「和美ならできるさ。ちゃんと幸せになれるって俺が保証してやるよ」
「すごく不安だわ」
「なんだよー、その言い方。ほんと可愛げないとこも治ってないよな。今日は俺が奢ってやるから、素直にご馳走になれよ」
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