嘘つきフェイク

水城ひさぎ

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あなたか私か

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「日曜日なのに珍しくヒマねー」

 間延びした声のする方を見れば、あくびする紀子と目が合う。

 お客様を見送って戻ってきたばかりの私だったが、確かにそうだ。休日の忙しさはない。ミゾタ靴店の客入りの問題だけではなく、心なしか地下街を歩く人たちも普段より少なく感じる。

「まあ、こんな日もあるわよねー」

 いまいち働くスイッチが入らないと、背伸びする紀子に苦笑いしながら、私は店先を指差す。

「通路側に出してる靴のディスプレイ変えてもいい? 前から気になってたの」
「手伝おうか?」
「大丈夫。紀子は備品の管理続けてて」
「必要だったら呼んで」

 そう答える紀子から離れて、店先へ向かう。人の目に触れにくい場所に陳列された靴をまとめて、ディスプレイを直す。

 時々周囲の様子を見ながら作業を進めていたが、ちょっと油断した時ほど声をかけられるものだ。

「あの、すみません」

 背後から突然声がして慌てて立ち上がるが、目の前に立つ女性客と目を合わせた途端、頭の中が真っ白になる。「いらっしゃいませ」の声すら出てこず、思わず息を飲む。

「えっと、あの、……こちらは子供用の靴は置いてるかしら?」

 私の表情を不審げに思った女性客は、戸惑いながらもそう尋ねる。

「あ、……いえ、お子様用は扱いがありません」

 私はどうしたらいいかわからないまま、落ち着きなく目をそらしてしまう。
 こんな態度を見せたら怪しまれてしまう。そう思うのに激しく高鳴る胸を収められない。

「ないの、残念ね」

 女性客は「ありがとう」と言ってすぐさま立ち去ろうとする。帰るのだ。ホッと胸をなでおろす。しかし彼女は不意に足を止め、何を思ったのか急に振り返った。

「あなた、朝霧さんって言うのね」
「え、あ、はい」

 首から下げたネーム入れに女性客の視線が下がる。

 どきりとする。朝霧の名前に執着した理由を図りかねる。まさか私を最初から朝霧と知って声をかけてきたわけではないだろうとは思うが、そうではないとも断言できないのだ。

「珍しい苗字だと思ってたけど、意外と見えるのね」
「珍しいとは思います。この辺りでは親類以外にはいないので」

 余計な話だ。だけどどうしようもない。頭の中は相変わらず混乱していて、この状況から逃れる知恵すら浮かばない。

「やっぱり珍しいの? じゃあ、もしかして日本舞踊の?」
「え、……母のことでしょうか」

 驚いて口走る。また余計なことを言ってしまった。私の心中などおかまいなしの女性客は、身を乗り出してますます私に近づく。

「お母様? あ、そうかもしれないわっ。この間テレビで見たの」

 にこにこと彼女は嬉しそうに話す。これはただの世間話だ。そうは思うが、居心地は良くない。

「そうですか。私はよく知らないんですが、そういうこともあるみたいです」
「テレビに出るなんてすごいわ」
「ありがとうございます。申し訳ありません。仕事中ですので」

 そう言って口をつぐんでしまう。女性客を早く立ち去らせるためには、そうするしか出来なかった。

「あ。そうよね。ごめんなさいね、つい」

 女性客は可愛らしく肩をすくめると、ぺこりと頭を下げて足早に立ち去った。すぐに異変に気付いた紀子が店先にやってくる。

「何かあった?」
「ううん、違うの。知ってる人だったからびっくりしちゃって」
「知り合い?」
「私が知ってるだけだと思うの。あの人が私を知ってて声をかけてきたのかまではわからなかった」

 私を探る様子ではなかった。純粋に朝霧の名に興味を持っているだけのように見えた。だけど後ろめたい私には疑う気持ちがあって、彼女の清廉な笑顔の前では惨めなものだった。

「どういう意味?」
「あの人ね、石神みのりさんって言うの」

 女性客が立ち去った方向を見る。その先には怜司さんが勤める宝石店がある。今日もまた怜司さんに会いに来ているのだろう。

「え、石神?」
「そう。怜司さんの結婚相手なの……」

 言葉にしたら、胸に重たい塊がのしかかってくるようだった。驚く紀子の腕を無意識につかんだ私は、そのままめまいをこらえるように目をつむった。
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