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あなたか私か
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「怜司くん、ごめんなさいっ。せっかくだからいろいろ見てきちゃった」
地下街の喫茶店で、春翔とドリンクを飲んでいる俺に駆け寄ってくるなり、みのりさんは息を弾ませてそう言った。
友人の結婚式に招待されたからと、ワンピース選びに付き合って欲しいとみのりさんに頼まれた。
三人でショッピングに出かけることになり、いろいろと見て回ったのだが、春翔が退屈がって喫茶店に入ったのは少し前のこと。
みのりさんは少し気になるワンピースがあるから一人で見に行ってくると俺たちから離れたのだが、手ぶらで戻ってきたところを見ると、ウィンドウショッピングをずいぶんと楽しんできたようだ。
「いや、大丈夫だよ。一人で買い物もなかなか出来ないだろう? もっとゆっくり見てきても良かったんだよ」
「ありがとう。でもね、ワンピースはやっぱり、怜司くんが勧めてくれたものがいいかなって思って。春翔の服はまた違うところで探してみるわ。地下街じゃ、なかなかないもの」
「そうだな。他に欲しいものはある?」
「怜司くんは地下街のことよく知ってるから、もう少しだけ付き合ってほしいわ」
「ああ、いいよ。次は何を見に行こう」
「あとね、春翔の靴と私のバッグが欲しいの」
「全身いるね」
「そうなの。あっ、そうだ! さっきね、怜司くんのお店の近くにある靴屋さんを覗いてみたの。でも子供用は扱ってないって言われちゃって」
「え、……靴屋?」
驚く俺の表情を、わからないという風に受け取ったのか、みのりさんは親切に言う。
「ほら、前に怜司くんが素敵な靴を履いてたから、どこで買ったの? って聞いたじゃない。きっとその靴屋さんよ」
「そんな話したかな」
「もう忘れたの? だからかしら……」
みのりさんは小さく首を傾げ、俺の目を覗き込む。
「だからって?」
俺は平然と見返す。うまく動揺は隠せているだろうか。地下街に買い物に行きたいとみのりさんが言い出した時、ふと嫌な予感を覚えたが、今になって的中したことを知る。
みのりさんはミゾタ靴店に行ったのだ。そして、和美に会った。
「そこの靴屋の店員さん、朝霧さんって言うの」
「そう」
胸はどくりと音を立てたが、みのりさんは俺の異変に気付くことなく話を進める。
「朝霧さんって珍しい苗字ねって話したでしょ?」
「どうだったかな。そんな話もした気がするな」
「それも忘れたの?」
みのりさんはあきれ顔だ。
「靴屋の店員にそんな人いたかな」
「じゃあ、違う人に担当してもらったのかしら」
「きっとそうだろう。まあいいじゃないか。意外と朝霧なんて珍しくないってことがわかって良かったじゃないか」
「それがね、やっぱり珍しいらしいのよ。店員さんのお母さんが、この前テレビに出てた日舞の先生なんですって。世間って狭いわよね」
「へえー、そう」
そんな話まで和美としてきたのかと心配する。しかし、彼女の家族に関して詳しく聞いて来なかった俺は、知らなかったことに素直に驚いていた。その演技ではない反応に、みのりさんも満悦の様子だ。
「怜司くんも近くのお店のことで知らないこともあるのね。彼女すごく綺麗な人だったから、てっきり。どうしてこんな地下街のお店で働いてるのかしらって思っちゃったわ。あ、別に怜司くんのことをどうこう言ってるわけじゃないのよ」
「気にしてないよ」
俺は苦笑いする。特に卑屈に受け取ることでもない。みのりさんの素直な感想なのだろう。正直俺だってそう思うこともある。和美は平凡な靴屋の店員にしておくのはもったいないほど綺麗だ。
「嫁ぎ先がそれでは苦労もあるだろうね」
和美の日常はどんなものだろうかと思いを巡らす。嫁ぎ先には居場所がないのだろうか。夫にも不満があるようだった。だから俺みたいな不埒な男の誘いに乗ったのだろうか、と。
「実の親娘じゃないかしら?」
「実の親娘? 本人がそう言ってた?」
「それは聞いてないけど……、テレビに出てた人に似てなくもなかったわ」
それはどういうことだろう。和美の旧姓は確か、前畑だったか。実の母親の名も前畑なはずだ。何か事情があるのだろうか。
深く考えそうになる俺は、耳を澄ますような春翔の視線を感じて、話を打ち切る。
「そんなに興味ある? 無責任な噂話はこのぐらいにしよう」
「え、あ、無責任ってそんな。なんとなくよ。なんとなく、聞いてほしかっただけ」
みのりさんは「すごい人に会ったみたいだったんだもの」なんて、恥ずかしげに顔の前で手を振る。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
トレイにグラスを乗せて、すぐさま腰を浮かす。
「ええ、そうね。春翔、ごめんね、もうちょっとだけ買い物してから帰ろう」
みのりさんは春翔の手を引いて、グラスを片付ける俺を追いかけてくる。
「今夜は怜司くんと食事がしたいわ。あの、三人で」
「ああ、かまわないよ。一度みのりさんのアパートに帰ってから、また出ようか」
笑顔でそう答える。すると、みのりさんは俺の顔をじっと見つめ、何を思ったのか、無言で寄り添ってくるとそっと手を重ねてきた。
「怜司くん、ごめんなさいっ。せっかくだからいろいろ見てきちゃった」
地下街の喫茶店で、春翔とドリンクを飲んでいる俺に駆け寄ってくるなり、みのりさんは息を弾ませてそう言った。
友人の結婚式に招待されたからと、ワンピース選びに付き合って欲しいとみのりさんに頼まれた。
三人でショッピングに出かけることになり、いろいろと見て回ったのだが、春翔が退屈がって喫茶店に入ったのは少し前のこと。
みのりさんは少し気になるワンピースがあるから一人で見に行ってくると俺たちから離れたのだが、手ぶらで戻ってきたところを見ると、ウィンドウショッピングをずいぶんと楽しんできたようだ。
「いや、大丈夫だよ。一人で買い物もなかなか出来ないだろう? もっとゆっくり見てきても良かったんだよ」
「ありがとう。でもね、ワンピースはやっぱり、怜司くんが勧めてくれたものがいいかなって思って。春翔の服はまた違うところで探してみるわ。地下街じゃ、なかなかないもの」
「そうだな。他に欲しいものはある?」
「怜司くんは地下街のことよく知ってるから、もう少しだけ付き合ってほしいわ」
「ああ、いいよ。次は何を見に行こう」
「あとね、春翔の靴と私のバッグが欲しいの」
「全身いるね」
「そうなの。あっ、そうだ! さっきね、怜司くんのお店の近くにある靴屋さんを覗いてみたの。でも子供用は扱ってないって言われちゃって」
「え、……靴屋?」
驚く俺の表情を、わからないという風に受け取ったのか、みのりさんは親切に言う。
「ほら、前に怜司くんが素敵な靴を履いてたから、どこで買ったの? って聞いたじゃない。きっとその靴屋さんよ」
「そんな話したかな」
「もう忘れたの? だからかしら……」
みのりさんは小さく首を傾げ、俺の目を覗き込む。
「だからって?」
俺は平然と見返す。うまく動揺は隠せているだろうか。地下街に買い物に行きたいとみのりさんが言い出した時、ふと嫌な予感を覚えたが、今になって的中したことを知る。
みのりさんはミゾタ靴店に行ったのだ。そして、和美に会った。
「そこの靴屋の店員さん、朝霧さんって言うの」
「そう」
胸はどくりと音を立てたが、みのりさんは俺の異変に気付くことなく話を進める。
「朝霧さんって珍しい苗字ねって話したでしょ?」
「どうだったかな。そんな話もした気がするな」
「それも忘れたの?」
みのりさんはあきれ顔だ。
「靴屋の店員にそんな人いたかな」
「じゃあ、違う人に担当してもらったのかしら」
「きっとそうだろう。まあいいじゃないか。意外と朝霧なんて珍しくないってことがわかって良かったじゃないか」
「それがね、やっぱり珍しいらしいのよ。店員さんのお母さんが、この前テレビに出てた日舞の先生なんですって。世間って狭いわよね」
「へえー、そう」
そんな話まで和美としてきたのかと心配する。しかし、彼女の家族に関して詳しく聞いて来なかった俺は、知らなかったことに素直に驚いていた。その演技ではない反応に、みのりさんも満悦の様子だ。
「怜司くんも近くのお店のことで知らないこともあるのね。彼女すごく綺麗な人だったから、てっきり。どうしてこんな地下街のお店で働いてるのかしらって思っちゃったわ。あ、別に怜司くんのことをどうこう言ってるわけじゃないのよ」
「気にしてないよ」
俺は苦笑いする。特に卑屈に受け取ることでもない。みのりさんの素直な感想なのだろう。正直俺だってそう思うこともある。和美は平凡な靴屋の店員にしておくのはもったいないほど綺麗だ。
「嫁ぎ先がそれでは苦労もあるだろうね」
和美の日常はどんなものだろうかと思いを巡らす。嫁ぎ先には居場所がないのだろうか。夫にも不満があるようだった。だから俺みたいな不埒な男の誘いに乗ったのだろうか、と。
「実の親娘じゃないかしら?」
「実の親娘? 本人がそう言ってた?」
「それは聞いてないけど……、テレビに出てた人に似てなくもなかったわ」
それはどういうことだろう。和美の旧姓は確か、前畑だったか。実の母親の名も前畑なはずだ。何か事情があるのだろうか。
深く考えそうになる俺は、耳を澄ますような春翔の視線を感じて、話を打ち切る。
「そんなに興味ある? 無責任な噂話はこのぐらいにしよう」
「え、あ、無責任ってそんな。なんとなくよ。なんとなく、聞いてほしかっただけ」
みのりさんは「すごい人に会ったみたいだったんだもの」なんて、恥ずかしげに顔の前で手を振る。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
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