嘘つきフェイク

水城ひさぎ

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あなたのために

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 それは不意にだった。

 冗談めかして、酔ってる朝霧さんはいつも可愛いね、なんて言われてひるんでいたら、肩に回った腕によって抱き寄せられていた。

 細い腕なのにたくましさもあって、彼は男なんだ、って当たり前のことを認識させられて胸がどきどきした。その心音が伝わるんじゃないかと不安になってすぐに胸を押す。

「小坂くん……あの……」

 軽く押したらすぐに解放された。戸惑いを隠せずに小坂くんを見上げたら、彼は申し訳なさげに髪に手を置く。

「酔ってるの?」
「あ、いや、そのさ、……まあ、なんでもないよ」

 小坂くんは気まずげに視線を落とす。距離を縮めるタイミングを間違えた。そんな表情にも見えて、彼に期待させてるのはいけない気がした。

「あの、小坂くん、食事に誘ってもらっておいてこんなこと言うのおかしいけど、私ね……」
「朝霧さん、わかってる。わかってるから。俺もそんなつもりじゃなくてさ。悪ふざけでもないから、……とにかく、ごめん」

 今のはなかったことに、とばかりに私に背を向けて小坂くんは足早に歩き出す。

「小坂くんっ」

 彼を追いかけようとした私は、彼の後ろ姿と街路樹の隙間から遠目に見える背中を目にして、ハッと足を止めた。

 怜司さんだ。すぐにわかる。彼のスマートな背中を見間違えるはずはない。
 そして横には、彼に寄り添うみのりさんの姿がある。

 まるで恋人のようだ。そう思ってから、ちょっと笑ってしまう。彼らは恋人なのだ。もう私の居場所は怜司さんの隣にはない。

 私は遠くなる小坂くんの背中を慌てて追いかけた。

 すぐに追いついて彼の横顔を見上げるが、彼は申し訳ない気持ちでいっぱいのようで、苦しげにうつむいている。

「小坂くん、ありがとう」

 そっと声をかける。

 小坂くんはきっと怜司さんとみのりさんに気づいて、私に見せないようにとっさにあんなことをしたのだ。そう思える。

 彼なりの優しさのせいで私に不信感を与えたなんて、今はひどく傷ついたりして、小坂くんは本当に優しい人だ。

「……え」

 小坂くんは意味がわからず困惑した様子だったが、私は首を横に振って微笑んだ。

「ありがとう。それだけよ」
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