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第五話 死後に届けられる忘却の宝物
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御影政憲の葬儀にやってきたのは、政憲が勤めていたレストラン『ナカムラ』のオーナーシェフ、中村保とその息子、良弥だった。
中村親子は、政憲と家族のように過ごしてきたという。誠さんから、彼ら以外に政憲と親しくしていた知人はいないと聞いていたものの、改めてその現実を目の当たりにすると、思いは複雑だった。
八枝さんはさみしい生活だったのだろうと息をついた。一度は夫婦だった男の人に対する思いは、私よりも複雑のようだった。
もともと料理人だった政憲は、ナカムラでシェフとして働いていたらしい。いつも厨房にいて、客と話すこともなく、黙々と仕事をこなす昔気質の男だった。それでも、彼の作る料理は天下一品で、レストランは繁盛していたという。
葬儀後の会食で昔話に花は咲いたが、政憲が交通事故に遭った経緯に関する話題は一切語られなかった。誠さんや八枝さんも尋ねなかったし、保もつとめて明るい話題に徹しているようにも見えた。
帰り際、生前の政憲の話をもっと聞きたいと、保と会う約束を取り付けた誠さんは、翌日、早速出かける準備を整えていた。
凛々しい彼のスーツ姿は、和装の時とはまた違う貫禄がある。菜月さんも、探偵さんには見えませんね、と私に耳打ちするぐらいだった。
「で、結局、千鶴ちゃん連れて調査に行くわけ?」
御影家の一角を改築して作られた事務所の壁にもたれた春樹さんが、あきれた様子で腕を組んでいる。
昨夜、菜月さんに取り憑いた政憲が現れて、誠さんの調査に同行したいと言い出したのは予想通りだったけれど、菜月さんが、出かけるなら私も一緒に、なんて申し出るとまでは思っていなかった。彼女も自分の置かれた状況を理解していて、誠さんとふたりでは不安もあるようだった。
「夕方までには帰るよ。今日は中村さんから話を聞くだけだから」
「兄貴も人がいいよな。ずっと連絡を寄越さなかった親父なんて放っておけばいいんだよ」
「まあ、そういうわけにもいかないだろう」
苦笑する誠さんから視線をずらし、菜月さんを盗み見る。彼女は申し訳なさそうに肩をすくめるが、彼女の中にいる政憲はすましているようにも感じられた。
「春樹さん、留守番お願いします」
菜月さんが板挟みになってはいけないと思い、そう言う。
「おう、ミカンは任せとけ」
軽く胸を張る春樹さんの足もとに、呼んだ? とばかりにミカンがひょっこり現れる。
「ミカン、ちょっとお出かけしてくるね」
行き先が八枝さんのお宅じゃないことはわかってるのだろう。彼女はゆるりとしっぽを振って、お行儀良く座っていた。
春樹さんとミカンは仲良しで、安心して留守番をお願いできる。
「では、行きましょうか。本郷までは少し時間がかかりますが、昼前には着くでしょう」
そう言って玄関へ向かう誠さんを、私と菜月さんは無言で追いかけた。
御影政憲の葬儀にやってきたのは、政憲が勤めていたレストラン『ナカムラ』のオーナーシェフ、中村保とその息子、良弥だった。
中村親子は、政憲と家族のように過ごしてきたという。誠さんから、彼ら以外に政憲と親しくしていた知人はいないと聞いていたものの、改めてその現実を目の当たりにすると、思いは複雑だった。
八枝さんはさみしい生活だったのだろうと息をついた。一度は夫婦だった男の人に対する思いは、私よりも複雑のようだった。
もともと料理人だった政憲は、ナカムラでシェフとして働いていたらしい。いつも厨房にいて、客と話すこともなく、黙々と仕事をこなす昔気質の男だった。それでも、彼の作る料理は天下一品で、レストランは繁盛していたという。
葬儀後の会食で昔話に花は咲いたが、政憲が交通事故に遭った経緯に関する話題は一切語られなかった。誠さんや八枝さんも尋ねなかったし、保もつとめて明るい話題に徹しているようにも見えた。
帰り際、生前の政憲の話をもっと聞きたいと、保と会う約束を取り付けた誠さんは、翌日、早速出かける準備を整えていた。
凛々しい彼のスーツ姿は、和装の時とはまた違う貫禄がある。菜月さんも、探偵さんには見えませんね、と私に耳打ちするぐらいだった。
「で、結局、千鶴ちゃん連れて調査に行くわけ?」
御影家の一角を改築して作られた事務所の壁にもたれた春樹さんが、あきれた様子で腕を組んでいる。
昨夜、菜月さんに取り憑いた政憲が現れて、誠さんの調査に同行したいと言い出したのは予想通りだったけれど、菜月さんが、出かけるなら私も一緒に、なんて申し出るとまでは思っていなかった。彼女も自分の置かれた状況を理解していて、誠さんとふたりでは不安もあるようだった。
「夕方までには帰るよ。今日は中村さんから話を聞くだけだから」
「兄貴も人がいいよな。ずっと連絡を寄越さなかった親父なんて放っておけばいいんだよ」
「まあ、そういうわけにもいかないだろう」
苦笑する誠さんから視線をずらし、菜月さんを盗み見る。彼女は申し訳なさそうに肩をすくめるが、彼女の中にいる政憲はすましているようにも感じられた。
「春樹さん、留守番お願いします」
菜月さんが板挟みになってはいけないと思い、そう言う。
「おう、ミカンは任せとけ」
軽く胸を張る春樹さんの足もとに、呼んだ? とばかりにミカンがひょっこり現れる。
「ミカン、ちょっとお出かけしてくるね」
行き先が八枝さんのお宅じゃないことはわかってるのだろう。彼女はゆるりとしっぽを振って、お行儀良く座っていた。
春樹さんとミカンは仲良しで、安心して留守番をお願いできる。
「では、行きましょうか。本郷までは少し時間がかかりますが、昼前には着くでしょう」
そう言って玄関へ向かう誠さんを、私と菜月さんは無言で追いかけた。
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