8 / 81
奇妙なアルバイト
8
しおりを挟む
「おや、奇遇ですね」
前を通り過ぎた白夜くんを無意識に目だけで追っていた私に、意外にも夜桜さんが話しかけてきた。彼はすぐさまスッと目を落とし、私の腕をつかむ安哉くんへと視線を移す。
「視聴覚室の見回りの時間です。込み入った話はまた次回にされるといいでしょう」
安哉くんはほんのり赤くなり、顔を背ける。淡い茶色の髪がふわりと揺れる。安哉くんの雰囲気は優しい。白夜くんや夜桜さんとは対照的だ。安哉くんはきっと彼らの強く重い雰囲気が苦手なのだろう。それは私も似たようなものだけれど。
「では、参りましょうか、美鈴様」
美鈴様っ?
ちょっと驚く私を見て、夜桜さんは切れ長の目をふっと細める。妖艶で綺麗な人だ。本当に一つ違いなのだろうか。ずいぶんと落ち着いていて、ずっと年上のように感じる。
「学級委員であるあなたに礼を尽くすのは当然です」
「学級委員だから様付けって……」
「あまり気になさらないでください。敬意を払いたい相手には礼節を持って接したい。私のポリシーなだけですから」
「私は気にしませんけど……」
あえて様付けはやめて欲しいとは言わない。どちらかというと、夜桜さんに関わることは高校を卒業すればもうないような気がしているのだ。小さなことをかまう必要はない。
「そうですか。では、これからも美鈴様とお呼びします。私のことは一真とお呼びください」
夜桜さんは西洋の貴族のように、右手を胸にあて深く頭を下げる。
「いつもそんな風に頭を下げるの?」
「ええ、女性に対しては。おかしいですか?」
「おかしくないことはないけれど……、夜桜さんには驚かされるわ」
「一真、と。白夜様のことは確か、白夜くんと呼んでおられましたね」
「みんなそう呼んでるもの」
今度はなんだろうと身構えてしまう。やたらと呼び方に執着する人だ。確かに親しい関係になりたい場合は、そういうことまで気を配るものかもしれないが。
一真はにっこりと微笑む。
「そうですね、結構です。では、白夜様には何と呼んでいただきましょうか。やはり、ここは美鈴、と呼び捨てが親しみがあって良いでしょうか」
白夜くんが私を呼ぶ名前にまで口を出す一真に、少々あきれてしまう。
「……お任せするわ」
そう答えると、一真は満足げにうなずいた。そして、道を譲るように、丁寧な仕草で腕を伸ばして私を促す。まるで貴婦人を扱うように接してくる。洗練された教育を受けて育った人なのだろう。
「では、参りましょう。白夜様もお待ちかねです」
一真がそう言った途端、少し先にいた白夜くんが勢いよく振り返った。その目は怒りに満ちている。待たせたことを怒っているのかもしれない。
「待つ必要なんかないし、見回りは私一人で出来るわ。それに彩斗美を待たせてもいるの」
「これは規則ですから。ご友人は待たせておきましょう」
「規則だなんて言って、学級委員の仕事をしてるのは、一真じゃない。前から一度言おうと思っていたの」
「美鈴様は大層真面目でいらっしゃる。しかし、一つ矛盾がありますね。美鈴様がご友人と見回るのと同じように、私も白夜様に付き従っているのみ。批判されるいわれはございません。それよりも私は一真と呼んでいただけて嬉しく思っております」
「仕方ないからよ……」
困ってしまう。一真は人の話を聞いているようで聞いていない人かもしれない。自分のペースに何でも巻き込んでしまう人のようだ。
一真が私の背中に手を回して軽く押す。されるままに歩き出す。不思議と抵抗がない。むしろ私の足は白夜くんの方へ望んで向かっているように軽い。
奇妙な気分にかられ戸惑うが、なぜか歩みが止まらない。そんな私の背に声がかかる。
「美鈴っ、さっきの話だけど……」
安哉くんが不安そうに私を見つめる。
「また今度きちんと話しましょう? じゃあ、またね」
そう言って手を振れば、安哉くんはちょっと安堵したように微笑んで、「気をつけて」と、私を見送った。
前を通り過ぎた白夜くんを無意識に目だけで追っていた私に、意外にも夜桜さんが話しかけてきた。彼はすぐさまスッと目を落とし、私の腕をつかむ安哉くんへと視線を移す。
「視聴覚室の見回りの時間です。込み入った話はまた次回にされるといいでしょう」
安哉くんはほんのり赤くなり、顔を背ける。淡い茶色の髪がふわりと揺れる。安哉くんの雰囲気は優しい。白夜くんや夜桜さんとは対照的だ。安哉くんはきっと彼らの強く重い雰囲気が苦手なのだろう。それは私も似たようなものだけれど。
「では、参りましょうか、美鈴様」
美鈴様っ?
ちょっと驚く私を見て、夜桜さんは切れ長の目をふっと細める。妖艶で綺麗な人だ。本当に一つ違いなのだろうか。ずいぶんと落ち着いていて、ずっと年上のように感じる。
「学級委員であるあなたに礼を尽くすのは当然です」
「学級委員だから様付けって……」
「あまり気になさらないでください。敬意を払いたい相手には礼節を持って接したい。私のポリシーなだけですから」
「私は気にしませんけど……」
あえて様付けはやめて欲しいとは言わない。どちらかというと、夜桜さんに関わることは高校を卒業すればもうないような気がしているのだ。小さなことをかまう必要はない。
「そうですか。では、これからも美鈴様とお呼びします。私のことは一真とお呼びください」
夜桜さんは西洋の貴族のように、右手を胸にあて深く頭を下げる。
「いつもそんな風に頭を下げるの?」
「ええ、女性に対しては。おかしいですか?」
「おかしくないことはないけれど……、夜桜さんには驚かされるわ」
「一真、と。白夜様のことは確か、白夜くんと呼んでおられましたね」
「みんなそう呼んでるもの」
今度はなんだろうと身構えてしまう。やたらと呼び方に執着する人だ。確かに親しい関係になりたい場合は、そういうことまで気を配るものかもしれないが。
一真はにっこりと微笑む。
「そうですね、結構です。では、白夜様には何と呼んでいただきましょうか。やはり、ここは美鈴、と呼び捨てが親しみがあって良いでしょうか」
白夜くんが私を呼ぶ名前にまで口を出す一真に、少々あきれてしまう。
「……お任せするわ」
そう答えると、一真は満足げにうなずいた。そして、道を譲るように、丁寧な仕草で腕を伸ばして私を促す。まるで貴婦人を扱うように接してくる。洗練された教育を受けて育った人なのだろう。
「では、参りましょう。白夜様もお待ちかねです」
一真がそう言った途端、少し先にいた白夜くんが勢いよく振り返った。その目は怒りに満ちている。待たせたことを怒っているのかもしれない。
「待つ必要なんかないし、見回りは私一人で出来るわ。それに彩斗美を待たせてもいるの」
「これは規則ですから。ご友人は待たせておきましょう」
「規則だなんて言って、学級委員の仕事をしてるのは、一真じゃない。前から一度言おうと思っていたの」
「美鈴様は大層真面目でいらっしゃる。しかし、一つ矛盾がありますね。美鈴様がご友人と見回るのと同じように、私も白夜様に付き従っているのみ。批判されるいわれはございません。それよりも私は一真と呼んでいただけて嬉しく思っております」
「仕方ないからよ……」
困ってしまう。一真は人の話を聞いているようで聞いていない人かもしれない。自分のペースに何でも巻き込んでしまう人のようだ。
一真が私の背中に手を回して軽く押す。されるままに歩き出す。不思議と抵抗がない。むしろ私の足は白夜くんの方へ望んで向かっているように軽い。
奇妙な気分にかられ戸惑うが、なぜか歩みが止まらない。そんな私の背に声がかかる。
「美鈴っ、さっきの話だけど……」
安哉くんが不安そうに私を見つめる。
「また今度きちんと話しましょう? じゃあ、またね」
そう言って手を振れば、安哉くんはちょっと安堵したように微笑んで、「気をつけて」と、私を見送った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
9
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる