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風光る
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「日菜詩ー、また散歩行ってたの?」
レンガの小道を抜け、無機質なアスファルトの上をとぼとぼと歩きながら、社会福祉学部のある校舎へ向かっていると、木陰から一人の女子生徒が飛び出してきた。
淡いピンクのふんわりとしたスカートがよく似合う、フランス人形のような愛くるしい瞳の持ち主の彼女は、友人の天道麻那香だ。
「ごめんねー、麻那香。次の講義受けないけど、もしかして待ってた?」
すぐに駆け寄って、顔の前で両手を合わせるが、おおらかな性格の麻那香は全く気にしてない様子で微笑んだ。
「どこ行ってたの? せっかくの日傘もささないで、日焼けするよ?」
そう言って、麻那香は私から日傘を取り上げると素早く開く。麻那香の差した日傘の影が私の肌に落ち、彼女の茶色の巻き髪が太陽の光でキラキラと輝く。
「ありがとう、麻那香」
麻那香が差し出す傘の柄をつかみ、私より肌の白い彼女が日に焼けないよう、二人で傘の下に入る。
「日菜詩、体調悪くて帰った日から変だよ? 何かあった? 良かったら相談に乗るよ」
「あ、うん……、別にね、麻那香に話せないような隠し事があるとかじゃないよ」
「じゃあ話してみて」
「でももう、いいかな」
「どうして?」
「たぶんもう、あそこには行かないから」
そう言って、来た道を振り返る。
周囲との景観から一線を画す図書館は普段と変わらず威風堂々とそこにあり、来訪者を拒むわけでもないのに、消極的な私はそれらを拒もうとしている。
「もしかして、図書館の裏庭に行ってたの?」
麻那香はなぜだかひどく驚いたように言う。
「うん……。ほら、麻那香が言ったみたいに、この間、具合悪くて帰った日にね、北門にお父さんが迎えに来てくれたから、近道しようと思って図書館の裏から北門に向かったの。それであの道を見つけて」
「半年前に工事したんだっけ? 綺麗な庭があるんだってね。私も一度見に行こうかなって思ってたんだけど……」
「うん。すごく綺麗なところだよ。あんまり知られてないのかな? 全然人がいないの」
「あ、それって」
麻那香はすぐに何かに気づいたようだ。
「なに?」
「あしたくんのせいじゃない?」
「え、なに? あしたくん?」
なんのことだろう。聞いたことのない名前だし、すぐには何も連想できない。
怪訝そうにする私に身を寄せた彼女は、周りをきょろきょろと見回してから耳打ちする。
「あしたくんが裏庭に来る人たちを怖がらせるんだって噂」
「お化けが出るの?」
ちょっとゾッとする。あの穏やかな空間からは想像もつかなくて、考えてもみなかった。
「さあ、お化けかどうかまでは知らない。みんな、その話にはあんまり触れたくないみたいで、とにかく行かない方がいいよって」
「そうなんだ……」
「でももう行かないんだよね? これからは正門から帰ろう。変な噂の立つ場所には行かないのが一番だって」
「あ、うん、そうだね」
図書館の窓から見えたあの青年に会えなくなるのは残念だけど、どちらにしろ迷惑だと言われてしまったのだ。麻那香の話に反論する必要もない。
「あ、そうだ、日菜詩。今から図書館行かない? 次の講義まで時間あるし。まだ改築してから行ってないしね」
「図書館?」
「いや?」
麻那香は敏感だ。とかく嫌な顔をしたわけでもないのに、私の気持ちを悟るのが早い。
「あ、いやっていうか」
もしかしたら窓辺の青年に出くわすかもしれない。会ったからって気後れする必要もないけど、もしまた顔を合わせたらと思うと消極的になってしまう。
「ちょっとだけ。ね。中を見て回りたいだけだから」
それが困るのだ。そう思ったが、麻那香の頼みを断ることがなかなか出来ない私は、「ぐずぐずしてると時間なくなっちゃうよ」と歩き出す彼女の後をしぶしぶとついていった。
「日菜詩ー、また散歩行ってたの?」
レンガの小道を抜け、無機質なアスファルトの上をとぼとぼと歩きながら、社会福祉学部のある校舎へ向かっていると、木陰から一人の女子生徒が飛び出してきた。
淡いピンクのふんわりとしたスカートがよく似合う、フランス人形のような愛くるしい瞳の持ち主の彼女は、友人の天道麻那香だ。
「ごめんねー、麻那香。次の講義受けないけど、もしかして待ってた?」
すぐに駆け寄って、顔の前で両手を合わせるが、おおらかな性格の麻那香は全く気にしてない様子で微笑んだ。
「どこ行ってたの? せっかくの日傘もささないで、日焼けするよ?」
そう言って、麻那香は私から日傘を取り上げると素早く開く。麻那香の差した日傘の影が私の肌に落ち、彼女の茶色の巻き髪が太陽の光でキラキラと輝く。
「ありがとう、麻那香」
麻那香が差し出す傘の柄をつかみ、私より肌の白い彼女が日に焼けないよう、二人で傘の下に入る。
「日菜詩、体調悪くて帰った日から変だよ? 何かあった? 良かったら相談に乗るよ」
「あ、うん……、別にね、麻那香に話せないような隠し事があるとかじゃないよ」
「じゃあ話してみて」
「でももう、いいかな」
「どうして?」
「たぶんもう、あそこには行かないから」
そう言って、来た道を振り返る。
周囲との景観から一線を画す図書館は普段と変わらず威風堂々とそこにあり、来訪者を拒むわけでもないのに、消極的な私はそれらを拒もうとしている。
「もしかして、図書館の裏庭に行ってたの?」
麻那香はなぜだかひどく驚いたように言う。
「うん……。ほら、麻那香が言ったみたいに、この間、具合悪くて帰った日にね、北門にお父さんが迎えに来てくれたから、近道しようと思って図書館の裏から北門に向かったの。それであの道を見つけて」
「半年前に工事したんだっけ? 綺麗な庭があるんだってね。私も一度見に行こうかなって思ってたんだけど……」
「うん。すごく綺麗なところだよ。あんまり知られてないのかな? 全然人がいないの」
「あ、それって」
麻那香はすぐに何かに気づいたようだ。
「なに?」
「あしたくんのせいじゃない?」
「え、なに? あしたくん?」
なんのことだろう。聞いたことのない名前だし、すぐには何も連想できない。
怪訝そうにする私に身を寄せた彼女は、周りをきょろきょろと見回してから耳打ちする。
「あしたくんが裏庭に来る人たちを怖がらせるんだって噂」
「お化けが出るの?」
ちょっとゾッとする。あの穏やかな空間からは想像もつかなくて、考えてもみなかった。
「さあ、お化けかどうかまでは知らない。みんな、その話にはあんまり触れたくないみたいで、とにかく行かない方がいいよって」
「そうなんだ……」
「でももう行かないんだよね? これからは正門から帰ろう。変な噂の立つ場所には行かないのが一番だって」
「あ、うん、そうだね」
図書館の窓から見えたあの青年に会えなくなるのは残念だけど、どちらにしろ迷惑だと言われてしまったのだ。麻那香の話に反論する必要もない。
「あ、そうだ、日菜詩。今から図書館行かない? 次の講義まで時間あるし。まだ改築してから行ってないしね」
「図書館?」
「いや?」
麻那香は敏感だ。とかく嫌な顔をしたわけでもないのに、私の気持ちを悟るのが早い。
「あ、いやっていうか」
もしかしたら窓辺の青年に出くわすかもしれない。会ったからって気後れする必要もないけど、もしまた顔を合わせたらと思うと消極的になってしまう。
「ちょっとだけ。ね。中を見て回りたいだけだから」
それが困るのだ。そう思ったが、麻那香の頼みを断ることがなかなか出来ない私は、「ぐずぐずしてると時間なくなっちゃうよ」と歩き出す彼女の後をしぶしぶとついていった。
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