セイギの魔法使い

喜多朱里

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幕間:パティエ村の戦い(1)

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 冒険者一行――サンライトと同行するアルベルトが山の調査に向かった後、アリアはシフォンの自宅の客間に戻っていた。協力者とはいえ冒険者ギルドから部外者に変わりはないので、エルネストがサヴァランに内密の話があると切り出したからだ。

「コーヒーを淹れてきました」
「ありがとう、助かるよ」

 帰り道でアリアが考え込む様子を見せたからか、シフォンが気を使ってコーヒーを用意してくれた。香りがよく立っている。

「淹れ慣れているみたいだね。これはボクのお気に入りの豆と一緒かな」
「姉がコーヒー好きなんです。そうでした! お礼を言わせてください。アルさんからお裾分けして頂いたんです」
「そうだった。マスターの発注ミスで大量に届いたのを押し付けたんだ」
「マスター、ですか?」
「冒険者ギルド前で顔を合わせた時の自己紹介を覚えているかな? 場末の酒場でウェートレスもやっていたんだ。そこの店主のことだよ」

 シフォンが納得して頷いた。

「冗談だと思っていたのですが、実際に働いていらっしゃったんですね」
「うん、我ながら中々の看板娘っぷりだったよ」
「とても似合いそうですね。……色々とできて少し羨ましいです」
「何故だい? キミの方こそ、その歳で受付嬢を任せられるのは相当に優秀な証拠だと思うけど」
「私は周りに恵まれて、進む先をずっと姉が示してくれていたので……すごく運が良かったんです」
「人脈も幸運も才能さ。どこに生まれたかで未来が決まってしまうこともある。少なくともキミは故郷を飛び出す気概を持っていた、それは褒めてあげてもいいんじゃないかな」

 アリアはコーヒーを飲んだ。
 香りだけでなく味も申し分ない。このコーヒーを挿れる技術だって誇るべき能力だ。ロマエルカでも探偵事務所を開いたら秘書として雇いたい。受付嬢として人を見る目は養われていて、事務能力はもちろん高いことだろう。

「ボクは無遠慮な人間だと自覚しているから、答えたくないなら答えなくてもいい。シフォンくんがどうして自信を持てないのか疑問で仕方ないよ」
「私もアリアさんのようにアルさんの役に立ちたいと思うのは高望みでしょうか」

 なるほど、そっちだったかとアリアは話の根底を理解した。

「まず始めにキミの心配するような関係性ではないことは断っておくよ。それからボクとアルベルトくんはギルドを通した協力関係にはあるけど、個人的な繋がりは強くないんだ」

 本当にただの協力者でしかない。
 同じ王都出身者ではあるらしいがアルベルトの存在は知らなかった。一つ正体について可能性の高い推測はあるが、それを話したところでシフォンの恋心には関係のない話だ。

「アルベルトくんの役に立ちたいということだけど、キミは誰よりも彼の支えになっている筈だよ。面倒見が良いように見えてドライだからね。見ていれば分かる」

 社交性が高いお陰で人に囲まれているが、それはアルベルト本人が考える最低限の施しが他人からしたら高過ぎるところにあるからだ。敢えて親切にするのではない、意識せずともあれぐらいの人助けを人助けだと思わずにやっているのだ。
 どんな善性の人々に囲まれて育ったのだろうかと首を捻るばかりで、そのせいでアルベルトの過去に対する推測が推測止まりになる原因にもなっている。

「……それでも引き止められないんです」
「何か言ったかな?」
「いいえ、なんでもないです」

 小声で呟いた言葉を聞こえなかった振りをして訊き直したが、笑顔で首を横に振られてたので追求しないことにした。

「ところで訊きたいことがあるんだけど構わないかな?」
「はい、どうされました?」
「どうしてパティエ村はここまで独立性が高いのだろう? 確かに陸の孤島で他の集落とは離れているけれど、馬車で行き来できる距離だ。敢えて繋がりを絶っているように見える」

 シフォンがカップが空になっていることに気付いておかわりを淹れてくれる。

「そうですね、サヴァラン先生のように外と繋がりを持っていたり、他にも私の家も商会に所属しているので完全にないわけではないのですが、村としては反対していますね」
「まさに訊きたいのはそこだ。どうして交流を拒むのかな」
「先生から教わった村の歴史だと以前は交流を持っていたようなんです。でも飢饉になった時、パティエ村は真っ先に見捨てられました」

 アリアは見捨てられた理由を考える。
 飢饉という切羽詰まった状況にイデオロギーの問題が噴出した可能性もあるが、それよりも現実的な問題によって切り捨てられたと考える方が自然だろうか。

「立地的に農地が限られているから、そもそも日常的に食料を他の村に頼っていた。パティエ村はその見返りとしてなんらかの役目を担っていた……というとこだろうか」
「はい、その通りです。どうして分かったんですか?」

 目を見開いたシフォンにアリアは得意気にコーヒーを口に運んだ。

「推測を立てただけだよ。それで具体的には何があったんだい」
「パティエ村は狩猟や魔物に対処する役目を担っていました。その見返りとして食料を分けて頂いていたのです。ですが飢饉になって村の中ですら食料が不足した時、飢えに苦しむパティエ村に手を差し伸べるどころか助けを求める手を振り払われました」
「なるほど、それで排他的な考えを持つようになったのか」
「随分と昔の話ですけどね。この周辺にはもっとたくさん集落があったそうです。でもみんな魔物の襲撃に耐えられず滅びるか去っていきました。そして辺境でますます孤立したパティエ村は狩猟を中心に自給自足を確立して生き延びてきました」

 結束力は高まり外を目指すものに厳しい目を向ける。
 そうでもしないと生き残れなかったのもあるだろうが、徐々にその縛りが弱まろうとしているのは、村長自身も受け入れ難いとはいえ時代の変化を認めざるを得ないからだろう。

「孤立した地で奇妙なことに魔物や動物の姿が減っている。ここでなければならなかったのだとしたら――これも何かの陰謀に繋がっているとでも?」 アリアの思考が外から響く喧しい音で遮られた。
「これは! 見張り台の鐘の音です!」
「緊急事態のようだね。この場合はどう行動することになっているのかな」
「中央広場に集合することになっています」
「すぐに向かおう」

 ベッド脇にまとめていた装備一式を身に纏うと外に出た。
 村中に鐘の音が響き渡る。住民も流石に慣れない事態なのか戸惑いを見せているが、村の中央広場に集まり始めていた。

「山の方を見てください!」
「ああ、彼らが何かを引き当てたようだね」

 シフォンが指差す方角を見れば、山の木々の間から火球が打ち上げられるのが見えた。あれはグレアムの火炎魔法だ。護衛依頼の打ち合わせで問題があった場合に集合の合図として決めたものだ。馬車での移動中を想定した合図だったが、敢えて同じサインを送るのには意図があるのだろう。
 火球は定期的に打ち上げられており、徐々に村に近付いてきている。
 山道だというのに進行速度が早い。走っているとなると、やはり追手がいるようだ。

「アリアくん、事態を把握しているかね?」

 村外れから来たため、最後に広場にやってきたのはエルネストとサヴァランだった。

「恐らくですが大規模な襲撃が村に迫っています。非戦闘員は避難させて迎え撃つ準備を整えるよう伝えてください」
「ふむ、シフォンくんが中心になって避難誘導を――」
「いいえ、私の魔法が役立つ場面もあるかもしれません。パティエ村なら大丈夫です」

 サヴァランがシフォンの言葉に頷いていた。

「全員が戦場を知っておる。方角を示して自主避難に任せればよい。それよりも山から来るものに備えねばならんぞ」

 サヴァランから村長に伝えられてすぐに非戦闘員は護衛を付けて橋を渡った川向こうまで避難を開始した。
 戦闘の心得があるものは集合時に自宅から武器を持ち出しており、あとは配置を決めるだけだった。

「あれは随分と厄介なものが棲み着いていたものだ」

 アリアは麓から現れたサンライトらしき人影の背後に、黒い津波のように押し寄せる魔物の群れを捉えた。
 地を這いすべてを喰らうもの、生態系の破壊者、暴食の魔物――様々な呼び名を持つその正体はスイープリーチだ。巨大に成長した個体は単体でも十分に危険だが、たくさんの群れで行動することで本領を発揮する。自分達よりも何倍も大きい獲物に襲い掛かり骨まで喰らい尽くすのだ。

「シフォンくん、アリアくん、きみたちは後方支援を頼んだ」

 全体指揮を取ることになったエルネストからの指示を受け入れる。
 戦闘は苦手だが一人で逃げたところで生き残れない。もはや全員で死ぬか全員で生きるかの選択肢しか残されていなかった。
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