セイギの魔法使い

喜多朱里

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幕間:パティエ村の戦い(2)

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 パティエ村は長年の間、魔物の脅威に晒される生活を続けてきた。平時から意識を切り替えた住民は全員が頼り甲斐のある戦士だ。しかし彼らにも苦手な分野があった。それは大規模な集団戦だ。冒険者のように数人のパーティであれば連携を取れるが戦略の分野に於いては素人同然だった。
 そのため、部外者であるエルネストが全体指揮を取ることになったのだろう。ギルドマスターとして大規模な魔獣討伐依頼や所属する都市が襲撃を受けた場合には、戦略会議に参加したり直接指揮を受け持つことがある。

「昔の名残が救いかな」
「名残ですか?」

 アリアの呟きにシフォンが首を傾げた。

「うん、この村は防衛拠点として理想的だ。きっと昔は魔物も数も多くて大規模な襲撃を受けていたのだろうね」

 今でも辺境の村にしては家が頑丈に作られている。見張り台や村を囲う柵を当然のように備えていて、入り組んだ通り道も高所から狙い撃つポイントやトラップを設置するポイントが意図的に設けられているようだった。

「さて、そろそろ気を引き締め直そうか」

 アリアはシフォンと共に中央広場から近くにある脱衣所の屋根に居た。梯子を掛けて登ってきたのだ。
 麓を下ってくる人影が村を囲う柵まで到達した。
 柵を乗り越えようとしているが手間取っている。追い付かれそうになるが炎の壁がスイープリーチの侵攻を遮った。

「諸君、戦闘準備! これよりスイープリーチの迎撃を行う!」

 見張り台に立ったエルネストが大声で指揮を取っていた。

「弓を引け………………放てっ!!」

 サンライトが囲う柵を乗り越えたのを合図に、村人達が一斉に弓矢を打ち放った。柵に足止めされたスイープリーチのもとに次々と降り注いでいく。しかし数に物を言わせて死体すらも踏み越えて柵を這い上がっていく。
 アリアは戦闘の推移を見守っていたが、下手な騎士団や冒険者よりも練度が高くて舌を巻いた。
 肩を揺さぶられて振り向くと、シフォンが酷く怯えた顔をしていた。

「アルさんとミソラさんの姿がありません……!」
「落ち着きたまえ、単純に別行動を取っているだけだろう」

 シフォンの震える肩に手を置いて冷静に諭す。
 サンライトの三人――ガレット、グレアム、シトロンの姿はあるが、シフォンの言うとおり刀使いと見慣れたローブ姿がない。ただあの二人はアリアからしても高い戦闘能力を持っているのが分かるので、死ぬ時は他の三人も死んでいる可能性が高い。今は何か作戦があるのだと信じるしかなかった。

「そうですよね、きっと無事ですよね」
「後方支援は信じることも仕事の内だよ」

 サンライトは村に入ると二手に別れてスイープリーチを分断する。どうやらサヴァランの放った魔力弾による誘導に気付いてもらえたようだ。
 ガレットとグレアムが逃げる先には火炎魔法を使うのに適した広場がある。燃やしても構わない資材や畑から抜いた雑草が放置されているのだ。
 シトロンの方にはサヴァランが待機しており迎撃準備を整えている。どうやら凄腕の魔法使いのようで、時間さえあれば魔物の群れを相手取る方法があるようだ。


    ***


 グレアムは額の汗を拭った。村に辿り着くまでの逃亡劇で随分と魔力を消費している。魔石を手の平で転がして溜息をつくアルベルトの気持ちが分かった気がした。限られたリソースの中で戦うのは苦しいという当たり前を初めて味わっている。

「グレアム、盛大な一撃を頼んだぜ!」
「任せておけ、オレが燃やし尽くしてやる」

 ガレットの声援を受けて、グレアムは切り札である魔石を取り出した。まだ魔力は残されているが、反射的に魔法を使わなくてならない時に備えて温存しておきたかった。
 それにこれから使用する火炎魔法には自前の魔力では足りないだろう。

「遥かなる果ての炎陽、忌敵を焼き尽くし灰燼に帰す。
 仰ぎ見よ、これなるは我が魔道の頂き――『灼熱紅鏡サンライト・プロミネンス』」

 グレアムの頭上に大きな鏡が出現した。
 鏡に太陽の光と熱が集約されていき放たれる火炎放射――それはもはやレーザー光線となって迫り来るスイープリーチの群れを薙ぎ払った。広場に放置されていた資材や雑草の束が燃え上がり防壁代わりになる。
 たった一発の攻撃で鏡は形を維持できず魔素の中に溶けていった。

「威力に偏りすぎたか……詠唱の改良が必要だな」

 詠唱は固有魔法との同調率を高める魂との対話だ。魔法使い一人一人が編み出す詠唱と魔法名は自己開示によって魔素への干渉力を高める効果もある。それを「技名を叫ぶ愚か者」と揶揄されることもあるが、逆に言えば「手札を晒したからには絶対に始末する」という必殺の宣言でもある。

「おらおら! どうした、動きが鈍ってやがるぞ、このナメクジ野郎共!」

 前衛を務めるガレットが、合間を縫って抜けてきたスイープリーチを盾で炎の中に叩き込んだ。
 グレアムは新たな魔石を取り出して、今度は簡易の火炎魔法で火球を撃ち込んでいき確実に一体ずつ仕留めていく。
 こちらはなんとか切り抜けられそうだが、とグレアムは逆方向に逃げたシトロンと、スキュラの足止めに残ったミソラとアルベルト――仲間の無事を祈りながら、どうにかスキュラについて伝えなくてはならないと考えた。


    ***


「先生ー! 助けてー!!」
「そのままワシの後ろまで走り抜くのじゃ」

 シトロンはサヴァランの姿を見付けて逃走劇の終わりが見えて安堵する。
 村に居た時に外へ出るためには、サヴァランからの推薦が必須と言って良かった。そのためには知識を身に着ける必要があり、勉強嫌いのシトロンは毎日のように怒られながら机に向かっていた。
 しかし、今だけはサヴァランが輝いて見える。魔法使いとして頼りになるのをよく知っていた。
 サヴァランの横を走り抜けてすぐに反転する。ここまで苦しめたスイープリーチの顛末を見届けようと思った。

「――――――」

 異国の言葉で詠唱が紡がれたので、シトロンには何一つ聞き取れなかった。
 魔法について詳しくないが、詠唱によって魔法の効果が強化されるのは知っている。魔法使いにとって自分に合った呪文を考えるのは一生の課題だ。
 サヴァランが詠唱を終えて杖を振るうと、直前にまで迫ったスイープリーチが一斉に反転して後続と激突して揉みくちゃになった。更に奇妙な現象は続く。スイープリーチが何にも触れられていないのに、その場から吹き飛んで民家か外壁に叩き付けられた。

「……回転魔法」
「不用意に口にするでない」
「ごめんなさい、先生!」

 思い出した魔法名をつい口にしてしまい、慌てて口を手で塞ぐ。
 サヴァランの固有魔法は軸を指定して任意の方向に回転の力を与えることができる。物理的な力だけでなく色々な概念的な使い道もあるそうだが難し過ぎて説明を理解できなかった。
 既に付近の魔素はサヴァランの支配下にあり、スイープリーチは身動きを封じられた。もはや戦うことも逃げることもできない。
 一箇所にまとめられていき、次々と降り注ぐ弓矢に止めを刺されていく。一方的な展開だった。

「さっすが先生! ……先生?」
「下がっておれ、魔素が干渉を受けておる……山中で何を見た?」
「そうだった……! スキュラです! 冗談とか見間違いなんかじゃなくて本当に居たんです!」
「なんじゃと。すぐに皆を避難させねば」サヴァランの杖を握る手に力が籠もる。「もはや手遅れか」

 空気に触れているだけでビリビリと体に痺れを感じる。強大な魔力の影響を受けて、本来は指向性を持たない魔素が異常に活性化しており周囲の魔力に干渉しているのだ。
 魔法使いではないシトロンですら感じ取れる。山小屋で感じたのと同じかそれ以上の圧迫感が襲ってきた。

「どうして村にあいつが……」

 無数の触手を束ねた巨大な下半身が強引に柵を突き破った。
 人間態の美女が妖しく笑う。両手を広げると村中に散らばっていたスイープリーチがスキュラのもとへと集まり出した。

「センパイは? ミソラは? 二人はどうしたの!?」

 シトロンはスキュラに向けて駆け出していた。
 背後から聞こえるサヴァランの呼び止める声は無視した。今は一刻も早くセンパイのところに行かなくてはならない。きっと無事で居てくれる。無事ならば急ぐ必要はないじゃないかと冷静な思考が訴え掛けるが聞こえない振りをした。
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