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第2章 王都編
2-16 神の武器、怒り
しおりを挟むこの林に腰を下ろして程なく一刻を迎える。
リュックは降ろしたままだ。
剣も刺したままだ。
ハルは背中に背負い直した。
光も影も動かぬ音のない世界。
漂うのは殺気のみ。
オリハは気配探査魔法で辺りを探っていた。
時が経つにつれ数が増えていく。
既に指折り数えるのが面倒になった。
距離にして200メートル、前方から70人程、後方から30人程。
ようやく出揃ったのかジリジリと距離を詰めてくる。
闇夜に劈く一つの悲鳴が上がった。
その悲鳴が動揺を呼び二つ三つと増えていく。
その悲鳴に最も酷く反応したのはオリハだった。
揺れ動いた心を落ち着かせる。
よく知った気配が匂いがそこにある。
その匂いの元である後方へ振り向いた。
(何故だ!何故そこにいる?!)
「ティダ!シャル!」
後方にいた男達を切り裂き駆け寄ってくる。
その周りには見知った影がある。
(あれはギルドマスター?!あの男はティダを弄っておった者!?)
後方だけではない、前方も又一つ一つと気配が消えていく。
どういう事だ?
雇ったのか?
ギルドに護衛依頼をして?
・・・何故に我が気付けかった?
その全ての疑問を一つの言葉にした。
「・・・何故だ?」
「俺のスキルがそうしろって」
その答えを聞いた時オリハはティダを覆うように抱きついた。
そして解析をかける。
「ち、ちょっな、なんだよ」
「何度だ!何度スキルを使った!」
「えーと・・・たくさん?」
(くっ!魂が歪みかけておる!)
オリハの全身から白い光が立ち込める。
「気持ちいいな、いや違うそうじゃなくて」
「・・・最低」
とシャルがジト目でティダを見る。
「違うって!気持ち良いんだけど気持ち良いって何言ってんだ俺!」
「大人しくしろ!魂を治すにはこうするしか無いのだ!」
「・・・どういう事ですか?」
「この間、魂の話をしたな?」
真剣な眼差しを向けシャルは頷く。
「生命力の炎とグラスの空間を魂の余白と呼ぶ、その余白に生まれるのがスキルだ」
そう聞いて事の大きさを知り顔が青褪めた。
「本来ならストッパーがかかる、使用回数としてな」
「その上ティダのスキルは無作為発動型だ、意識して発動出来る筈がないのだ」
「・・・例えば雑巾のように魂を無理やり絞ったような?」
シャルの問いにオリハは無言で頷く。
「あ、あんたバカじゃないの!大丈夫だって言ったじゃない!」
「いや、ほら作戦は大丈夫だって、てかバカとか酷くね?」
あーもーこいつほんとバカとシャルは両手で顔を隠ししゃがみ込んだ。
魂は捻れようが割れようが身体に痛みは起こらないが、代わりに心が激しく痛み悲鳴をあげる。
「計画が母にバレぬ方法をスキルで調べたのか?」
「うん」
「襲われる日時をスキルで調べたのか?」
「うん」
「母に見つからぬ配置をスキルで調べたのか?」
「うん」
「相手の人数もスキルで調べたのか?」
「うん」
「上手くいくかスキルで確認もしたのか?」
「うん」
「調べたのはそれだけか?」
「あー他にもある」
「・・・痛かったか?」
「うん」
覆うように抱きしめる手が震えてくる。
オリハが一番良く知っていて他者と唯一共感出来るのが心の痛みだ。
意識が芽生え幾度も繰り返される現世への降臨の中で繰り返される所有者達の心の痛み。
裏切られ、妬まれ、蔑まれ、世を恨み散っていった者達。
その全ての痛みを物言わぬ神鉄は覚えている。
忘れたくても忘れる事が出来ない。
そしてオリハは気が付いている。
二人をを巻き込みたくない、と一人でやろうとした本当の意味を。
ティダがやったような方法もある。
他にも手はあった。
これは只の我儘だった。
どうしても己の手で裁きたかっただけだと。
(そんな事の為に・・・我はこの青年を傷つけたのか!)
「・・・我が悪かったのか?」
震える手で震える声でそう問いかける。
何故震えてしまうのだろう、それは悲しみからなのか寂しさからだったのか。
「・・・かーちゃんが一人で無茶するからだろ?」
こんな愚か者をそう呼んでくれるのか?
そう思えると震えが不思議と止まった。
「母が悪かった、だからこんな無茶はもうやめてくれ」
ティダとシャルがニヤッと笑った。
「ところでオリハさん」
「・・・呼び方が間違っておるのではないか?」
「いやいや、じゃなくてオリハさんがやらなきゃいけない事があるんだよ」
既に終わっていたのだが、息子を離したくなくて回復をする振りをしていたオリハ。
だがやらなきゃ行けない事と言われたら諦めるしかない。
抱擁を解きティダに問いかける。
「何をやれば良い?」
「オリハさんのためらしいよ?あれはオリハさんの客だって」
といい男共の一団を指差す。
指し示す方を振り返り視線が止まる。
静かながらもその懐かしい感情を思い出す。
受肉してから一度だけ抱いて振り払ったソレ。
(ああそうだ)
記憶を辿れば過去にもソレを抱いた事があった。
(・・・我は)
十日前でも一年前でも十年前でも百年前でも千年前でもない。
我に意識を与えておいて、その結果として延々と見せ続けられた悲劇。
ソレに気付いた時、神の武器は不敬であると封印した。
(主に怒っていたのだ)
そして意識を持っても何も儘ならなかった。
目の前で起こり続ける事を視る事しか出来なかった。
(我自身に怒っていたのだ)
受肉し偉大なる母の亡骸を見て魔力の残滓で彼奴等を見つけた。
だがハルを抱き数里を全力で駆ける訳にもいかず、怒りを無理矢理抑えた。
何故わざわざ釣りをした?
そうだ・・・いつか会えると信じていたからだ。
(ああ久し振りだな・・・元気にしてくれていたのか?あの時みたいに腰が抜けておらぬではないか)
あの村で盗賊団に抱いた感情。
(怒りなどではない全く異なる)
ティダやシャルとあった時の人攫い。
(我儘・・・そうだ)
そして殺意を持って襲ってきた男共。
(あれはただの八つ当たりだ)
ティダを振り返りオリハは笑顔で告げる。
「ティダのスキルは凄いな」
「でしょー」「調子にのるな!」と足を踏みつけられる。
結果として、オリハは感情の制御が出来ていなかっただけと理解した。
それは赤子が泣くようなもの。
子供が玩具を欲しいと捏ねた駄々の様なもの。
ただその八つ当たりが数千年の時を経て、狂気にも似たものになっていただけだ。
そして考えに耽る。
我は我を許せるのか?と。
それは分からない。
だがこれから旅をするのだ。
その目的に贖罪を含めよう。
あの時あの場所で出来なかった事を成すのだ。
だから出来る事をやろう。
そう・・・一つずつだ。
「シャル」
「はい?」
「ハルを預かっておいてくれぬか?」
そう言い抱っこ紐を外し寝ているハルを渡した。
「お前達のお陰だ、感謝する」
「そしてこの様な事は二度とせぬ、これで最後だ」
王都側の攻防が終わったようだ。
あちらを担当してくれたギルドマスターや冒険者達に感謝の礼として笑みを添えた。
振り返り目的へと歩みを進める。
抜剣をし抜き身の刃を輝かせて。
ゆっくりと地を踏みしめるように。
(そうだな・・・いつの日か天へと至る時はこれでもかと言う程に主を叱ろう、母として)
もう不敬とは思わない。
何せ母なのだから。
一歩ずつ至る思いと共に足を踏み出す。
至上の赫々たる主が半べそでごめんなさいをする所を思い浮かべてしまう。
オリハはそれを可愛らしいと想像してしまい、思わず笑みをこぼす。
そしてその歩みは二十メートルを超える。
心に寂寥感が襲いかかる。
淋しい、辛い、哀しい、悲しい。
あらゆるものがのしかかってくる。
全てを捨ててハルの元へ戻りたい。
だが思いと裏腹にその歩みは前へと進む。
横を咆哮を伴い冒険者達が駆け抜ける。
だがオリハの歩みに変化はない。
ただ顔には二筋の涙が流れる。
(我にこの様な想いをさせるのは貴様らか・・・)
目の前を男が吹き飛んでいく。
血が飛び散り服に付く。
その事柄を思い見る様子もない。
(だが我はあの子の元で満たされることが出来る)
通り過ぎる横で男が切り倒された。
顔に血が跳ねる。
だが視線は変わりなく一点を見つめる。
(ハルには・・・二度と戻らぬのだ!)
男三人とオリハを店に誘い込んだ会頭がいた。
間違う事はない。
魔力の残滓を追い、そして見つけ、記憶に焼き付けた忌々しい3つの気配だ。
「・・・久し振りだな」
会頭は狼狽える。
だがオリハの眼中にはない。
その発言を真に理解するものは誰もいない。
「何だ、てめえあの女の「右肩だったか」
凛とした一閃が一人の男の右肩から足の先までそして地面をも疾った。
その男は自分の切断面を見る事になる。
そして噴き出す血を。
「腹を突かれていたな」
廉とした捻りを込めた一刺しが男の腹部を消しとばした。
その男は激痛を伴い動かぬ下半身を見続ける事になる。
「後は背中だ」
その男は視線から刹那に姿を消した女からの死の恐怖を味わう事になる。
毅とした背後からの斬撃。
そして視線は滑り落ちる。
残心からの納剣。
震える矮小な存在を介さずその場を去る。
ハルの・・・温もりの元へと。
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