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第4章 魔人国、前編
4-5 神の武器、あの頃
しおりを挟む「・・・そんなに怯えなくてもよろしいでしょう」
公爵はシスターの背後に隠れたオリハを見て苦笑いをしつつそう言った。
「御安心下さい、私は苛めたいのではありません、オリハ様に虐められたいだけですから」
跪き笑顔でオリハを見つめ、そう告白する公爵。
淑女に捧げる仕草としては最上級なのに、台詞と体型が台無しにしている。
「こ、断る!」
「残念です、ただ虐めたくなったらいつでも申しつけ下さい」
そう立ち上がり一礼をする。
立ち居振る舞いは腐っても王族なのか無駄がないようだ。
問題は発言内容だ。
「顔合わせはお済みですか?」
「いや、まだだ」
とシスターの背後からそう答える。
では「呼んで参ります」と盾が消える。
「おっと自己紹介がまだでしたね」と盾の無いオリハに近寄る。
「こちらで領主をしておりますエインリッヒと申します、宜しければエインか豚とお呼びください」
「・・・オリハだ」
と差し出された手を握る。
丸いお盆の上に線を引いた様な目と口を細めた。
あの言動さえなければ無害なのかもしれない。
「・・・手を握り潰して頂いてもよろしいですよ?」
やはり駄目だ、と慌てて離す。
「そこの侍女殿に頼めば良かろう!」
「いえマリアは良き理解者で友人でもあるのですが、同じ趣味でしてね」
「マリアと申します、私もいつでも歓迎しております」
と、顔を赤らめて宣言された。
何をだっ!とは思ったがもうそんな元気は残されていなかった。
癒しを求めて泥だらけの子供達に近寄ろうとしていると、シスターが神父と子供達を連れて戻ってきた。
その内の一人に見覚えがあった。
財布を掏ったというあの時の少女だ。
少女は罰の悪そうに他の子供達の陰に隠れている。
公爵が膝に手をつき視線を落とした。
「中身も少なくてすまないが、あの財布は父から貰った物でね、良かったら返してくれないかい?」
そう優し気に少女に説いた。
神父とシスターは驚き叱ろうとしたが公爵が手で制した。
ポケットにしまってあったのだろう財布をオズオズと公爵に返した。
「ありがとう、どうしてこんな事を?」
「そ、その、い、いつも二人にはお世話になってるし・・・皆に魔物のお肉を食べてもらおうと思って・・・公爵様は女性にいじめられるのが好きだって聞いたから・・・」
涙を浮かべる少女の頭を撫でる。
「神父様達に恩返しをしたかったんだね?」
「・・・はい、ごめんなさい」
「ただ私は大人の女性に虐められたいのであって、子供に苛められても嬉しくないんだ、悪いと思ってくれたのならもう少し大きくなってから虐めてくれるかい?」
・・・釈然としないが少女も「わかりました」と反省しているし・・・「二十歳を過ぎたらね」「約束だよ?」と公爵は念を押しているし・・・これで良かったのだろうか?と悩むオリハであった。
神父もシスターも公爵に平謝りしている。
「勘違いさせた私も…」と頭を下げている。
公爵も変態なだけでやはり人はいいようだ。
そう、ただ変態なだけで。
だがオリハは口には出さない。
喜ばせるだけだから。
「・・・公爵殿」
「エインか豚とお呼びください」
「・・・エイン殿、魔物肉はやはり高いのか?」
「この辺りは食べられる魔物も少ないですし滅多に出回りませんね、冒険者ギルドに依頼を出しても高額になりますし」
確かにオリハが数日駆けずり回っても食べられる魔物の方が少なかった。
しかも見つけにくい魔物が多かった。
これから訓練をつける子供達の心と胃袋を掴むのに魔物肉を提供する事になんら問題はない。
問題はタレだ。
「では公爵殿、肉を焼くタレは用意できぬか?」
「豚かオークとお呼びください」
「エイン殿」
やれやれと首を振り答える。
「・・・私が思う物とオリハ様が仰っている物が同じかどうか正直なところ自信がありません」
と、申し訳なさそうに言う。
ああそれもそうか、と納得する。
ならタレも作る事にした。
「鉄の網と酒と醤油と砂糖は用意出来るか?」
エインは鉄の網と聞き悩むがマリアが実験用の調理器具の中にあったはずです、と答えた。
「酒はワインなら、醤油も砂糖も屋敷にあります」
「ではそれを至急頼む」
時刻は昼前だ。
仕込みも含めてまだ間に合う。
マリアはもういない。
既に屋敷に向かったようだ。
神父やシスターにはエインが説明している。
オリハの意図を察してくれたようだ。
ならやる事はただ一つ。
「焼 肉 を 創 る ぞ」
あの頃のオリハが帰ってきた。
ハルをキレイにしてから抱いて宿に戻った。
いくつかのブロックを残して巾着袋と調味料を纏めた袋を持った。
余った手に日本酒を装備した。
教会に戻り薪を貰い火をつけておく。
ハルは子供達が見てくれるようだ。
エインに「何か手伝う事は」と聞かれたので火を扇いでおくように命令した。
公爵だろうがオリハには関係ない。
何もさせなければ放置プレイになりかねない。
マリアが執事と侍女を連れ頼んでいた物を持ってきた。
網も三枚あったようで大きさも程よい。
だが薪が足りないので追加させて扇がせた。
エインは「私が命令された」と固辞して一人扇いでいた。
咳き込んだり涙目になりながら。
結局、煙で何らかのプレイが成立してしまったようだった。
台所を借りて解凍し肉を適度な大きさに切断した。
ボールなどなかったのでいくつかの深い皿に肉を入れ醤油、ワイン、調味料を注いだ。
マリアが「私にも御命令を」と言うので肉をひたすらモミモミさせた。
鍋を借りて醤油、日本酒、砂糖を入れて弱めの火で煮る。
アルコールを飛ばして少し煮詰めてハーブで香りをつけたら焼肉のタレの完成だ。
表に出て網を置けるような竃を三カ所作った。
エインに「もう良いぞ」と言うと「ありがとうございました!」と言われた。
だがあの頃のオリハには通じなかった。
炭になった薪を竃に分けて移し網を乗せてこちらも完成だ。
台所に戻るとマリアが肉をモミモミしていた。
素直に「忘れておった」と伝えると「ありがとうございます!」と言われた。
だがあの頃のオリハには通じなかった。
大皿三枚に肉の種類ごとに分けて盛り、人数分の小皿にタレを注ぎフォークとナイフを用意して焼肉の準備が整った。
竃の近くにはいつの間にか机や椅子などを出してくれていた。
「さすが公爵家の執事と侍女だ」
尚、この賛辞にマリアは含めなかった。
オリハは振り返らなかったがきっと喜んでいた筈だ。
オリハ、ハル、エイン、マリア、神父で一つの竃を囲んだ。
念の為に、エインに「あの執事と侍女は普通の魔人か?」と確認したら「残念ながらそうです」と答えたので安心して竃を任せた。
オリハは本当は子供達と囲みたかった。
だがこの期に及んで二人に、他の人が食べている姿を指を咥えて我慢する放置プレイを許す程オリハは優しくはない。
適当に肉を網に並べるよう指示する。
ジュ~と音が三カ所からし始める。
タレの焼ける匂い、肉の甘い香りが辺りに立ち込める。
周りの反応もなかなか良い。
エインは魔物肉を食した事があるだろうが、鼻腔を擽ぐる香りに驚いていた。
「これが調理というものだ」
とドヤしておいた。
片面がしっかり焼けたらひっくり返すよう再度指示をする。
エルフの子も楽しそうに返している。
それ以下の子らは見学だ。
しっかりと火が通れば各自の皿に取らせた。
真似をするように、と告げ「いただきます!」と両手を合わせた。
「「「「「いただきます!」」」」」
そして全員揃って口に運んだ。
肉の種類はそれぞれ違うが、咀嚼しながらも笑顔が並んだ。
甘いやら、溶けるやら、顔が勝手に緩むやら、胸があったかいやら、なんか幸せ!やら、んー!と言いながら膝をパンパン叩いたりと皆落ち着きがない。
だが流れてくる感情は共通していた。
「オリハ様・・・」
と呼ぶエインが少し涙ぐんでいた。
「これが美味しいという事なのですね」
「違う」
とオリハはキッパリと否定した。
少し驚くエインに、ここ二日の鬱憤を晴らすかのようなドヤ顔を向けた。
「凄く美味しい、だ」
そう言いエインの小皿に焼けた肉をポイポイ放り込んだ。
だがオリハは気づいていなかった。
食欲のテンションによりSという才能の扉が開かれた事を。
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