赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

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第4章 魔人国、前編

4-8 神の武器、友

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侍女は机の上に銀のディッシュカバーで覆われた皿を置いた。

「この間の調理した時の肉の漬け込みを見て、他国の保存食の資料を思い出しました」

先程とは表情が打って変わって真面目なものになっている。

「漬物、と言うそうです」

ディッシュカバーが外され顔を出したのは、その皿には不釣り合いな葉物の野菜だ。

「魔化した野菜はエグ味が強くなるのです、そのエグ味に合わせて調味料を足し漬け込んでみました」

「漬物なら人族の国で食した事がある」

「あの時の焼肉の様な幸福感は全く得られませんでした、ですが少しでも「美味しい」に近づけたのかが知りたいのです」

「わかった・・・いただこう」

ハルを椅子に座らせオリハもその横に座った。
「いただきます」と手を合わせ、フォークとナイフを取り遠慮なく大き目に切り取った。
エインの表情が既に結果を言っている。
だからこそ大きく切り取った。
そして口の中に入れた。

唐辛子の粉末、蜂蜜の甘み、果物の甘み?液体を取り寄せたのか?ニンニク、ショウガ、そうかこれも事前に粉末にして取り寄せたのか。
そしていつまでも口に残るエグ味。

オリハにもこのエグ味を消す想像が出来なかった。
書き記したレシピの中で役に立つものはなかった。

オリハは堪えられず一筋の涙を零した。
幾度も試作した事を思い涙してしまった。
これだけではなく過去を思い涙した。

「・・・オリハ様?」

何も言わず首を横に振った。
縦に振ってやりたかった。
たがそれはこの者の今までの行為を地に落とすものだ。
だから横に振った。
不味いと。

「やはりそうですか」

その態度を見て言いたい事を理解したのだろう。
これはどうにもならない物だと。

パンパンと再度手を叩いた。
マリアが別の皿を二つ持ってきた。

「お口直しです、こちらの味は私めが責任をもって保証いたします」

オリハとハルの前に置いた。
魔物肉のソテーのようだ。

「今回取り寄せた食材の一部と先日のタレを参考に合わせて見ました、魔物肉はギルドに依頼したパラダイムバードになります」

と、説明したマリアが魔化の漬物を下げようとするのを制した。

「オリハ様、そちらは私が頂きますから」

とエインが声をかける。
この者はずっとこうして食べてきたのだろう。
そう思うと腹が立った。

「駄目だ、我は手を合わせた、これは我のだ」

「大丈夫です、私は・・・魔人は慣れております」

慣れ?何にだ?不味い事にか?
そう思うと余計に腹が立った。

「美味しい物は分かち合うからこそ美味しいのだ」

無作法は承知の上だ。
オリハは堪え切れなかった。
漬物を半分に切り自分の皿に移した。
魔物肉のソテーを半分に切り漬物の皿に移した。

「これ以上は認めん」

そう言い皿を促した。
エインは困った様に頷き了承した。

「・・・では私も分かち合いたいのですが、よろしいでしょうか?」

と後ろのワインとグラスを二つ出した。

「御相伴に預かろう」

オリハは含みのない笑みを浮かべ、グラスを受け取った。


侍女が一人ハルについてくれた。
フォークも木製の先の尖っていない物にしてくれている。

漬物は先に食べさせてもらった。
あからさまだが残す気もなかったからだ。
ソテーをアテにワイングラスを傾けた。

「正直なところ・・・少し肩の荷が下りた気がします」

そう言いエインはワインを呷る。

「・・・魔化した野菜か?」

悲しげなホッとした顔をする。
その顔を見てオリハは胸に鈍痛を覚える。

「行商人から美味しい物の話を聞いて、それを国民に広げられたら、と」

空のグラスを置く。
マリアは何も言わずにワインを注いだ。

「我はその話を国境の町で聞いた、素晴らしい領主だと思った、だからここに来たのだ」

「変態だったがな」と苦笑いをしてワインを呷った。

「ありがとうございます」

どちらに対しての礼だったのだろうか、恐らく変態だろうとオリハは思った。

「私はこの国の事を知って頂きたかったのです」

国境での町の事を思い出す。
ノックの回数に至るまで秀麗であった礼儀を。

「温泉を、魔道具を、ここに住む人々の事を・・・ですが料理も、来て頂く事も叶いません、魔素に、恨みはありませんが・・・」

オリハはそこまで出かかった言葉をワインと共に流し飲んだ。
苛立ちがあった。
懸念があった。
だが、この男なら払えるやもしれぬ。
そう思うからこそ言葉を選んだ。

「何故だ?その一点を除けば我には良い国だと思う、エイン殿がそこまで心砕く事もあるまい」

その一点に心血を注ぎ、それが挫折した者にかける言葉ではない。
辛辣だがこの先にある言葉が聞きたかった。

それに気がつかないエインではない。
王族で貴族だ。
言葉の機微を逃す事はない。
言葉のトーンは変わらないが挑発的に向けられたその刃の意味を。
だが意図が読めずたぷついた腹の中を語ることにする。

「・・・私は本当の意味で国と国、ヒトとヒトが手を取り合う必要があると思っています」

(ああそうだろう、汝はそう考える者だ)

オリハはそう言うエインを見つめる。
熱く静かに次の言葉を待つ。

「四百年前、魔素を利用する仕組みが発見されていなければ、この国は間違いなく戦争を仕掛けていたでしょう、食料を求めて」

静かに強く頷く。
オリハがこの国に来た理由だ。
そして四百年前の魔素の仕組みについて、柱の恩恵があったのではないか?と考えていた。
エルフとダークエルフの時のように。

「現在国家間もヒトの間にも争いはありません、それはないだけなのです、そこには何もないのです」

「だから五百年前の伝承の様に手を取り合おう、と?」

「・・・いつか、遙か未来かもしれますが、このままではいつしか綻ぶと確信しております」

「しかし手を取り合う事でまた戦が始まるのではないか?」

(さあ聞かせてくれ!お主の答えを!)

オリハの最大の懸念だった。
生命として降り立って一歳にもならない己では決して出せない答えだ。
この地で産まれ、この国で育ち、未来を案じた者のみが答えを出す事を許されるのだ。

「絶対ないとは言い切れません、この国でさえ魔人原理主義とくだらない思想を持つ者がいますから」

ふと青臭い事を、とエインは自覚する。
この国の王として育ち学んだ頃の青い自分だ。
理想と現実を知り、継承争いに嫌気がさして、王では成せない事を成したくてその座を降りたのだ。
気恥ずかしく思う。
言葉を遮りたくさえ思う。
だが眼前にいる女性の目がそれを許さない。
品定めをされているかの様な、熱狂的な盲信者の如く支える様な、そんな矛盾を感じさせる目がそれを許さなかった。

エインは唾を飲み込んだ。
一人の女性が城の上からの演説を待つ国民達に思えた。
言葉を作る必要はない、心からの言葉でなければ届く事はない、真実だと自分が信じる事を切に発するだけだ。

「・・・手を取る事で争いが起こるのと、問題を先延ばしにして取り返しのつかない戦が起こる事に大した違いはありません・・・ただ自分の手を汚すのが嫌で未来に問題を先送りにしているだけではないですか」

「ならばそれで戦が起こっても良いと?」

「そうは思いません、手を尽くせばいいのです、話し合えば良いだけです・・・この様にね」

そう言いワイングラスをオリハに掲げた。
分かち合えばいい、そう言ったのだ。
例えば、と政策的な話を始めた。
「代表として王族を他の国に住まわせるのもいいかもしれません」や「数年に一度は会談を取り行うのもいい」と。

酒の力もあるのか滑舌よく語るエイン。
マリアや執事や侍女も目を輝かせ話を聞いている。
求心力もあり他者を思いやる心もある。
変態なのに慕われる理由がそこにはあった。

オリハも国境の町で公爵の話を聞いて気になっていたのだ。
どれ程の者なのか興味があった。
実際に会って変態だと愕然とした。
だが人となりを知りエインに対して好感を持った。

女性としてはない。
御免被る。
これは変態だ。

己がエインに対して抱く感情は、過去の所有者がいつも周りにいてくれた者に抱いていた物だ。

それは友情、友愛。

中には不変ではない事もあった。
嫉妬し裏切る者もあった。
所有者が疑い、憎んだ者もいた。
だが最後の時まで変わらぬ者もあった。

その勝手に認定した友人が困っているのだ。
己の懸念も取り除いてくれた。
手助けするに些かの躊躇もそこにはない。

だからこそ、もうその一言は許せなかった。

「・・・魔素に恨みはありませんが、やはりどうしようもありませんね」

「・・・ここに来てから二度目だ」

オリハは丸盆に叱責する様な視線を叩き込んだ。


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