赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

文字の大きさ
58 / 162
第4章 魔人国、前編

4-12 神の武器、エインリッヒ

しおりを挟む


涙が出そうで頭を上げる事が出来ませんでした。
背後にはマリアがいます。

「・・・フラれてしまいました」

「やはり体型ではないでしょうか?」

眼鏡をクイっとあげてマリアが答えます。
相変わらず遠慮がありません。

「これは私の豚としての信念です・・・豚でない豚はただの人なのです!」

「意味がわかりません」

くっ!何とも主人思いの侍女です!

何がいけなかったのでしょうか・・・
財力も見せました。
王相手にも揺るがない権力も見せました。
数年かかる計画を一年でやってみせる行動力も見せました。
贅を尽くし将来に不安を抱く事のないよう、歓待し籠絡させて頂きました。

豚や変態であるデメリットを超える条件は提示出来たと思うのですが・・・

「・・・早過ぎたのでしょうか?」

「同じ女として可能性はあると思ったのですが・・・過去の経歴と関係があるのかもしれませんね」

怒られるかも知れませんが、惚れた相手の過去を調べるのは貴族としての義務です。
ギルドの経歴書を拝見して驚きました。
確かに百年の研鑽とは・・・何かあったのでしょうか?

「私もオリハ様がエインリッヒ様の女王様になって頂けたらおこぼれに預かれましたのに」

そう言うマリアは元々伯爵家の三女でした。
侍女になった理由は「粗相をして御主人様に叩かれたいっ!」という在り来たりな理由だそうです。
そして私の魔人には珍しい体型を前に被虐心が煽られ、当家に従事させろと押しかけて参りました。
これは後々語ってくれました。

私めも当初は隠しておりましたので申し訳ない事をしました。
ですが同じ業界の魔人だと分かるのに時間はかかりませんでした。

困った事にマリアは私めより拗らせております。
百合や腐属性持ちなのです。
同性愛者と名高い男爵との見合いを水面下で進めていた時は鳥肌が立ちました。

そんなマリアは「エインリッヒ様の女王様は私の女王様!」をモットーに頑張ってくれております。

そういえば・・・マリアに一目惚れした事もありましたね。
同じ業界魔人と知った時は悲しみに暮れたものです。

このオリハ様への想いもいつか・・・


「今日は・・・飲みたい気分です、付き合ってくれますか?」

「お付き合い致しますエインリッヒ様」

「はぁ、掴まれただけで手の骨が砕かれそうになったり・・・鞭の扱いも素晴らしく・・・知恵も力もある・・・そんな女性にまた出逢えるのでしょうか?」

「あれは羨ましゅう御座いました、ですが私も怒りに燃えた目で見られた時は、視線だけでイカさせて頂きました」

「なっ!私めも水を掛けられた時を思い出せばパン三斤は軽く頂けますっ!」

「あれはオリハ様も一緒にお水を被ったので無効に御座います」

「そ、それとこれとはっ!」

「それに最初の平手打ち、あれは思い出すだけでゾクゾク致します・・・あ、意識が飛んで思い出せないんでしたっけ?」

「ぐぬぬぬぬっ!」



・・・身体が気怠い。
失恋のせいでしょうか?
お酒のせいでしょうか?
どうやらいつの間にか眠っていた様です。
しかもベットにいます。
自分で歩いたのなら良いのですが。

大きく伸びをしました。
仕事はひと段落ついたとはいえ、いつまでも寝ていられません。
身体を起こして昨日のマリアの言葉を思い出しました。
思わずお腹の肉を摘んでしまいます。
痩せてからもう一度告白を、などと女々しい事を考えてしまうと溜息が出ます。


魔人の王族は側妃はいません。
初代国王、魔と力の柱が女性である事が理由にあります。
初代様は命尽きるまでその場を離れる事が出来ませんでした。
夫と共に寝る時も、子を産んだ時も、如何なる時も。

夫となる者は如何なる時も妻を大事にしなければならない。

これは特に王族として守らねばならない不文律なのです。
この土地を憎んだ私めでさえ破る気は御座いません。

嫁を娶るだけでしたらいつでも出来ます。
この様な変態めに「私の娘を」と申し出る者は後を絶ちません。

ですが私めは妥協したくないのです。
だからこそ念には念を入れて勝負に打って出たのです。

・・・負けましたが。

はぁ、駄目ですね。
溜息が止まりません。
朝、いえもう昼前ですが誰も起こさなかった・・・
気を使われたのですね、主人失格です。

ベットから降りて鏡を見ます。
・・・酷い顔です。
この様な顔では誰も虐めてくれません。
気がつくと机の上に二通の手紙が置いてました。

入室にも気付かない程憔悴しているとは。
そう情けなく思いつつ手紙を開けました。

一通は愚弟、国王に宛てた書簡の返事です。
妙な噂があったのでそれの事実確認です。
思わず胸を撫で下ろしました。
万が一にもあってはならない事ですから。

もう一通はマリアの父親、伯爵殿からですね。
大変懇意にさせて頂いてます。
いつの間にか「娘を嫁に」と言わなくなりました。
恐らく娘の性癖がバレる前に手を付けて欲しかったのでしょう。
残念ですが同類は不思議と匂いでわかるのですよ。

その手紙に目を通して・・・思わず握り潰してしまいました。
ああ、駄目だ!顔が歪み顰めてしまう!
この様な顔つきでは誰も怖がって虐めてくれません!

しかし一刻の猶予もありません。
急いで準備を・・・ああ、まだ寝巻きです。
このまま飛び出せば虐められ・・・違う、そんな場合ではありません!
普段着に着替えて研究所に早足で向かいます。
途中、侍女が「ひぃっ!」と声を上げていました。

・・・駄目です、何時ものベビーフェイスに戻さなくては。


研究所で大型車の確認をしました。
台数も整備も終わっています。
これで足は問題ありません。
次は運搬する魔道具の確認ですね。
階段を上がりながら必要事項を確認します。
・・・農作物が遅れそうですね。
魔道士を増やしてでも数を確保せねば。

部屋の前でふと聞き慣れた声がします。
娘のハル様と「あれ~?」と「小さ~い」を連呼しているオリハ様がいらっしゃいます。
魔道具師がその単語に青ざめています。

・・・どうせなら私めに・・・

いえいえ、その前に何故ここに?
私め・・・避けられる事を覚悟しておりました。
フラれた以上、嫌われたと覚悟しておりました。
逃げられても仕方ないと。
もう二度とそのお顔を拝顔出来ない、と。

昨晩を思うと胸がまだ痛みます。
ですがそれ以上に喜びが溢れます。
まだお側に私めを置いてくださると!

・・・なんと女々しい事か。
この想い、いつか捨てる事が出来るのでしょうか?

恥知らずな私めは恐る恐る声をかけます。

「・・・何をしていらっしゃるのでしょう?」

「・・・暇なのだ」

「・・・は?」

「エインにはわからぬのだ!・・・教会の子に「ヒマなの?」と円らな瞳で声を掛けられた我の気持ちはっ!」

そう言いむくれる麗しの君を見て思わず噴き出しました。
思いの丈を叫んだ男を袖にした翌日にその男の前に現れて暇を問うたのです。

ああ、そうでした、思い出しました。
私めが恋い焦がれたのは貴女様のそのような所なのです。
・・・そういえば私め、昨晩一度も言っていなかったのに気がつきました。
些事だと思っていた言葉を。

「はー・・・申し訳御座いませんでした、オリハ様、好きです」

「・・・はっ?!」

・・・お顔が赤く染まられました。
ああ、なんと愛らしいお顔・・・駄目ですね、我慢できそうにありません。
心の内を少しだけ聞いていただきましょうか。

「如何に武や魔力に長け、如何に魔素を消し去る叡智をお持ちであっても、貴女様の真の輝きの前では路傍の花に過ぎません」

おや?意外だと言わんばかりのお顔を・・・
その程度の素養に惹かれる程、この豚めは軽くないのですが。

・・・少し意地悪がしたくなりました。
オリハ様の前に膝をつき跪きます。
王族として相応しい姿で淑女に対する礼を尽くす為に。

「試食をお願いした時、私めの苦労と徒労を慮り流して下さった涙に心惹かれました」

ふふふ、慌ててらっしゃいます。
アタフタするオリハ様もなんと素敵な。

「あの時の茶番で、私めの代わりに怒って下さった思いに心惹かれました」

ふふふ、全力で否定してらっしゃる。
ですが私め、言葉の機微を嗅ぐ事には自信があるのですよ。
豚でございますので。

「自分ごと水を浴びせ髪をかき上げた時の無邪気な笑顔に、私めは心惹かれました」

ああ!羞恥を帯びる顔がなんとも可愛らしい!
成る程、Sの方の気持ちが理解出来ます。
これは・・・癖になりそうです。

「そしてオリハ様の純真さに心奪われました・・・好きです、愛しています」

「昨日の今日だぞ、何を・・・それは断「はて?異な事を申されます」

「私め、愛らしい御姿を前に思わず心の一部を吐露したに過ぎません」

口元に指を当て首を傾げました。
私めの自慢のポーズです。

「くっ!し、しかし今のはどう受け取ってもだな・・・」

困らせるのはここまでにしましょう。
今は・・・いえ、これで良いのです。

「ああ、申し訳御座いませんでした、麗しの君の御要望とあれば出立の準備を大至急させて頂きます」

「い、いやそういう意味で言ったのではなくてだな!」

「一週間と申しましたが三日、いえ!二日で終わらせてみせましょう!」

「違うっ、エインも休息がいるであろう!」

「昨晩申したように、私めの身体は粉にしても無くなりませぬ」

「すき~」

ハル様が私めに飛び付いてこられました。
そうですね・・・大事なのはこの一言でございましたね。

「なっ!?」

「私めもハル様が大好きで御座いますよ」

「い、いかん!ハルよ!これは変態だっ!」

「ああ!オリハ様!ありがとう御座います!私共の業界ではご褒美でございます」

「くっ!」


この想いは・・・捨てずに大切にさせて頂きます。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...