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第6章 獣王国編
6-3 神の武器、吐露
しおりを挟むオリハが巣穴に来て一週間が過ぎた。
子供らは息苦しそうな呼吸はもうしなくなった。
そして寝ているだけなのが暇で堪らないようだ。
いつものように「狩りに行く」と起き上がりたがる子供らを、オリハが「まだ完全に治った訳ではない」と身振り手振りで止める。
私にはわからないが、オリハが言うのだからきっとそうなのだろうと、私から子供らを諌めた。
・・・オリハの目が怖い。
私は布団らしく目を逸らした。
先程、子供らにはヒトの言葉を覚えるように伝えた。
乗り気ではない返事をしていたが、いずれ嫌でも覚える事になる。
夜になるとオリハがいつも質問をしてくる。
難しかったのは、私が何年生きているのか?だった。
そんなことは考えた事もなかったから。
首を傾げる私に「大体で良い、子供らと過ごした時間がこれくらいだとして、どの程度だ?」と私の目の前に線を引いた。
なので爪で線の続きを引いた。
子供らを身体の上に乗せているので、前脚を伸ばせるだけ伸ばして引いた。
届かず足りない分は許してもらおうと思う。
他にも、寿命はあるのか?他のフェンリルと会った事は?など色々聞かれた。
オリハは気に入った様だが、うら若き娘だった頃の私の毛並みはこんなものじゃない。
もう毛並みの曲がり角をほんの少しだけ過ぎてしまった。
そう、ほんの少しだけ。
そして同族には会った事はなかった。
だから似た匂いのするオリハを、同族だと勘違いしたのだと思う。
つまり雄にも会った事がない。
私が一番美しい時期に出会えなかった。
そう思うと少し涙が出そうになる。
子供だった時期はあるか?と聞かれて首を横に振った。
・・・だから惹かれたのかもしれない。
他の魔物に子らが襲われているのを見て、つい助けてしまった。
親はもう助からなかった。
ヒト里に置いていこうと何度も思った。
だが、その小さな手が私の毛を懸命に掴む様を愛おしく思った。
魔獣と呼ばれる私がヒトの子育てなど酔狂だと思った。
そして今、その事を少し後悔していた。
後悔したのは子供らのせいだ。
それが少しで済むのは子供らのお陰だ。
明日には多少動いても良いだろう、と言いオリハの夜の質問が始まった。
「フェンリルは・・・ヒトが憎くはないのか?」
ヒトは嫌いだ。
いきなり襲ってくる。
しかもしつこい。
そう思いつつも、子らを見た。
・・・憎ければこんなに愛おしい訳がない。
だからオリハに頷いた。
「・・・昔はどうだった?憎くんだのではないか?」
迷わず頷いた。
何故だかわからないがヒトが憎かった。
何かをされた訳ではないのに憎かった。
そしてその感情がより食欲をそそった。
だからヒトを探して嚙み殺し喰らった。
襲いかかってくるヒトを爪で引き裂き喰らった。
ある日ヒトの肉が不味いと思うようになった。
ヒトより魔物の肉の方が美味しいと感じた。
憎いとも思わなくなっていた。
襲い掛かられても面倒に思い、逃げるようになった。
・・・考えた事もなかった。
何故だろう?大狼はそう思案した。
「・・・恐らく、そういう理なのだろう」
オリハが深い溜息をつきながらそう言った。
身も蓋もない、と訝しげにオリハを見た。
出来る事ならばヒトはもう襲いたくない、そう思ったからだ。
「大丈夫だ、恐らくソレは二度はない」
ならいい、と顔を地に伏せ鼻から息を吹き出す。
不思議に思う。
私の言葉は通じないのに、的確に答えるオリハを。
だが、何者なのだろう?と視線を向けると必ず目を逸らされる。
多分気づいているんだろうと思う。
私が子らに憐憫を抱き続けるようにそうしているのだろう、と。
だからこそ安心している。
オリハなら、と。
「・・・我は・・・奴隷商人だ」
いきなり、そう言いながら目を逸らし息を呑んだ。
「そ、そこにいる子供も・・・しょっ、商品だっ」
・・・血を吐くような顔をして、心にも無い事を言っている。
私はヒトの様に笑う事は出来ない。
きっとヒトはこういう気持ちの時に笑うのだろうと思う。
代わりに尻尾が応えた。
「ほ、本当だ、嘘ではないっ、た、大変な事になるのだぞっ!そ、その獣人の子らも、うっ、売り物にしようと思い看病したのだっ!」
・・・成る程、これがヒトの言う嘘と言うモノなのか。
笑う代わりに鼻息をオリハに向けた。
オリハの銀の髪が強く後ろに靡いた。
顔を赤くしてワナワナとしている。
「我の嘘は・・・魔獣にも通じないのか・・・」
顔を伏せそう呟いた。
頷く必要はない。
私の尻尾が既に肯定してくれている。
「・・・気持ちは、わからないでもない、我も、そう思った事がある・・・それは・・・今でもだ」
顔を隠しながらそう言う。
「・・・フェンリル、我は・・・我もいつまでこの地に居られるのか判らぬのだ」
今度は私の目を見てそう言った。
意味は解らないが、先程の拙い嘘ではないのは分かる。
「ハルが・・・アキが大きくなるまで、この地に留まれるか判らぬのだっ」
オリハの目から想いが溢れる。
「・・・離れたくない・・・側に、いだいだろう?」
理由はわからない。
恐らくヒトにも話した事はないのだろう。
溜め込んだ想いなのがよくわかる。
私も・・・そうなのだから。
「だがら・・・ぞんな決断など・・・じでばならぬ・・・何故・・・でぎるのだ?」
・・・そんなオリハが居たからだと思う。
我が子らの幸せを願って決断したのだ。
事情を知った今でもそう思える。
少なくとも魔獣である私の側にいるより。
悲しくない訳がない。
ただ、ほんの少しだけ・・・悲しみより願う気持ちの方が強かっただけだ。
だから、私の溜め込んだ想いも目から溢れた。
「我も・・・共にいぎだい・・・」
そう言い首元にしがみついてきた。
無理矢理身体を洗われた後にしがみつかれた時は嫌だったが、今は心地よい気がする。
同じ想いが重なったからだろうか?
だから私も見習おうと思った。
子らにヒトの嘘を。
だから今は遠慮なく涙を流そう。
魔獣として産まれて初めての嘘だ。
オリハとは違う・・・
子らに絶対に見抜かれないように・・・
「・・・ずまぬ、ばなみずがづいだ・・・まだ洗う・・・」
「・・・ヒャインッ」
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