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第6章 獣王国編
6-10 神の武器、王都の日々の始まり
しおりを挟む宿に戻った後もまだ興奮冷めやらぬ二人だった。
二人で「ワウワウ」「ガウガウ」言っている。
普段ならそれとなく注意して、ヒトの言葉の練習をさせるのだが、今日は大目に見ようと思う。
それだけ楽しそうに思えた。
夕食はネズミの老人も交えた。
申し訳ない、と言われたが四人分も五人分も作るのにさして変わらない。
美味しいと言われた方が嬉しい、と伝えた。
瞳に涙を蓄えてありがとうと言われ、逆にあたふたする事になった。
夕食を終えお茶を嗜んでいる間、ナツとフユは漸く落ち着きを取り戻していた。
寧ろ何か言いたげにしている気がする。
それを見て時は満ちた、オリハはそう判断した。
「・・・強くなりたいか?」
そう聞くと二人は目を見開いて強く頷いた。
今日、刺激され続けた戦闘本能が二人の心に火を点けた。
二人の胸にある思いは、母親からの最後の言葉だったのだろう。
オリハは二人の才能を買い被ってはいない。
才に溢れているとは思っていない。
スキルを得られるような魂は持っていない。
だからこそ才能を超越する為に必要なやる気を待っていた。
体の基礎は出来ている。
現時点で六、七歳の体力ではない。
フェンリルの、魔獣の子として野を駆け山を越え森を抜けてきたのだ。
あと必要なものは知識と経験だ。
今まで教えてきた、短期のソレとは違う。
念入りにみっちりと教える事が出来る。
延々たる反復練習、やる気がなければ乗り越えられない壁。
より固く敷き詰められた基礎を持ったこの子らが、どこまで強くなれるのだろうか?
「・・・明日からだ、今日は早目に休もう」
アキの母乳の為に階段を登りながら、そう考えていたオリハの表情は、暗がりの中で下弦の月を浮かべでいた。
二人は「「オッス!」」という代わりに「「ガウ!」」と鳴いた。
次の日の朝から特訓は始まった。
朝早く起きてハルとナツとフユの三人は、宿屋のお手伝いと掃除から始める。
オリハはアキを背負い朝食の準備をする。
ナツとフユは表周りを念入りに掃除させ、通った人に「「オハヨウゴザイマス」」と挨拶させた。
まだ人に慣れていない二人の精神修行の一環だ。
遠慮するネズミの店主には「子供らのためなのだ、やらせてくれ」と椅子に座らせてお茶を啜らせた。
午前中は頭のトレーニングからだ。
客はいないので食堂をそのまま使わせてもらった。
店主も勉強の様子をニコニコと眺めていた。
勉強は一時間おきに必ず休憩をいれて、口に飴玉を放り込む。
集中は長くは続かない。
休憩は必要なものだ。
そして伊達眼鏡を光らせながら勉強を教えるオリハは、まるで女教師さながらだった。
昼食を挟み、午後からは宿屋から出て郊外へと向かった。
そしてストレス発散の体育の授業を、夕方まで行う。
当然だがハルも連れて行く。
これはオリハのため、いやオリハのせいだ。
体育の授業内容は、ナツはゆっくりとした型、フユはゆっくりとした素振りだ。
型が崩れる度に注意を促す、いつものやり方だ。
基礎体力のある二人なら、筋肉痛もないだろう、と遠慮なく時間をかけてゆっくりとやらせた。
魔法は身振り手振りでは教えられなかった。
語学の勉強が進んでから、おいおいとやっていくつもりだ。
そして宿に戻り夕食を済ませ、店主を交えて歓談し「オヤスミナサイ」と眠りにつく。
この生活を暫くは続けていく事になる。
宿代は前金で取り敢えず一ヶ月分を払った。
「こんなに貰えない」と言うネズミの店主に「貸切で使わせて貰っている」「掃除も子供らの勉強のためだ」と受け取らせた。
店主から食費として金貨五枚渡されそうになるが、何とか固辞を試みる。
結果、三枚で手を打った。
祭りも終わり、他にも宿屋はあるが変える気はオリハにはなかった。
初めてこの宿屋に来た時の、店主の感情が気になったからだ。
それは寂しさと孤独感。
宿屋は奥方と二人で営んでいた。
子供はいない。
その奥方も10年程前に亡くなって、それからは一人で営んでいたが、最近は身体も言う事を利かなくなっていた。
掃除も料理もままならない。
客足も遠のいた。
もう畳んでしまおうかと悩んだが、奥方との思い出がそれを止めた。
そこまでの事情はオリハは知らない。
聞くつもりもない。
だが、それ故の寂しさは伝わった。
そして楽しげな子供らを見ている時に、優しげな綿飴を思わせる感情を感じた。
感じた以上、止まるオリハではない。
気になった以上、止めるオリハではなかった。
歳経たネズミの店主にとって、それが幸か不幸かは解らないが、綿飴の様な感情を出してくれる間は迷惑ではないだろう、と勝手に判断した。
これがオリハの平常運転だ。
特訓の休みは週に一回とした。
休みでも、朝の宿屋の手伝いは別だ。
周りの住民も、当初はいきなり増えた客という名の住民に戸惑われるものの、毎日続けていると「今日もお手伝い偉いわねー」と声を掛けられる様になった。
褒められて照れる二人。
やらされていたモノが、やりたいモノに変わっていく。
いつの間にか「「オハヨウゴザイマス」」は「「おはようございます」」に変わっていた。
オリハは良い変化だ、と微笑ましく思う。
昼から買い物や観光がてら、王都を見て回った。
武具屋なども寄った。
ナツはやはり武器には興味はないようだ。
フユはナイフやダガーなどを見ていた。
間合いが爪に近いものの方が使いやすいと言う。
木剣での素振りがひと段落したら買ってやる事にした。
ハルは冬服を自分で選んで買った。
オリハには選ぶ自信はない。
アキにはおしゃぶりを買ってみた。
本当にオリハには歯が痛かったのだ。
だが見せながら咥えさせると吐き出す。
なので胸を吸わせる直前に、おしゃぶりとすり替えた。
これが上手くいったようで、吐き出さずにしゃぶり続けた。
胸元からアキを離すと、騙された!と目を見開いたようにオリハには見えた。
訝しげな視線を向けると、目を逸らしたようにオリハには見えた。
・・・そして母乳の生成が止まった。
アキの中にエインの影が見えた様な気がした。
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