赤子に拾われた神の武器

ウサギ卿

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最終章

最終章-22 神の武器、歩幅

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鐘の如き音が鳴る。
それ以外は雄叫びと鈍く響く音。
剣と剣をぶつけ合う音と、自分を奮い立たせる為の音。

では鐘の音は?

勝敗を報せる剣と鎧、または剣と兜が触れ合った音だ。
では何故響くのだろうか?

これが実践ではなく、あくまで剣術大会であるが故である。

命を刈り取る為に踏み込み、肉と骨を斬り裂くような斬撃は必要ない。
正確に有効打を当て、外した時を考慮して素早く剣を引くからだ。

そしてまた一つ鐘の音が聞こえる。
観戦している騒つく生徒らを他所に、審判を務めている男が大きく声をあげた。

「勝者!アルフレド!」

数戦を終えたお陰か、審判も何とか慣れたようだった。
最初は名前の後に「殿下」を付け、それをアルが咎めた。
戸惑いがちにそれが続き、幾度目かの後にようやく言い切れるようになったのだ。

支えを失い、力無く剣先を地面に落とす。
深く息を吸い込み、目を閉じ立ったまま天を仰いだ。
吐き出す息に合わせて目を開ける。
礼をしてから踵を返せば仲間達チームメイトが目に入る。

ヘラヘラと手を叩く友人と、頬を膨らませる愛しの君だ。
だからこそ笑顔を向ける。
この程度は何でもないのだ。
男として誓った約束を守れないよりは。

「もー、さっきからアルだけ楽しんでない?いい加減、先鋒代わってよー」

そう言われても譲るつもりはない。
だって約束したのだから。

「飛ばし過ぎだよ!ほら、手も震えて来てるじゃないの!」

10回戦えば8回、いや9回は勝てる相手だとしても、その1回が今来ないとは限らない。
その為には全力を尽くすと決めていた。
だって約束したのだから。

「アル、もういいよ、お願いだから次から代わろ?・・・ねえ、オスカーからも何とか言ってよ」

「いや、オレ保険だし?もう本戦出場決まったし?後は負けるだけだし・・・痛いっ!」

「午前の試合も終わったし、休憩も挟めば昼からは元に戻るさ」

オスカーの脹脛ふくらはぎを蹴るハルに、アルがそう答えた。
怪我をした、という審判の判断がない限りは、回復魔法は禁止されている。
不正防止の為、試合前には魔力の残滓も確認されている。
スタミナのペース配分も含めての団体戦なのだ。

観戦していた生徒らが騒ついていたのはそれが理由だった。
少なくとも初等部の予選の中で、一人で先鋒を務めて、最後まで一人で勝ち抜いた者など誰もいなかった。
それが他所の学園の生徒であり、ましてや国王の孫にあたる王子殿下なのだから、騒つきもひとしおであったと言えよう。

「だからハル・・・心配してくれてありがとう」

剣を支える余力もなかった。
だが心の支えはある。
それが約束だ。

「っ!・・・もう知らないんだからっ、アルの馬鹿っ!」

「お、おい、ハル」

「ちょっとお花摘みに行くだけっ!」

「お?孤児院じゃそんな言い方しないくせに」

「・・・だからオスカーはモテないのよ」

「ぐふっ!」

冷めた目でそう言われてしまえば、それが事実だと言わんばかりである。

「なあアル、そんな事ないよな、な?」

「・・・ああ、そうだな」

「こっち見て言ってくれよ!」

肩を揺すられながらハルの背を見送るアル。
その視線が級友であるオスカーに向けられる事はなかった。


居た堪れなくてその場を離れたハル。
花を摘んだ後も直ぐには戻れないでいた。

「・・・ホント馬鹿」

意味のない約束なんてくだらないと思った。
意地になっているようにも思えた。
疲れからの不注意で怪我でもしたらどうするの、と逆にハルが心配する始末だ。

「・・・ホントにバカなんだから・・・」

だけどその理由を思い出せば、心の何処かで嬉しいと感じる自分がいる。
時間を潰す為に、ハルは廊下を左に折れた。
直ぐに集合場所に戻るつもりはない。
その感情を表情として出してしまう自覚があるから。

「・・・あれ?」

廊下を左、左、左と曲がった。
先程の道へと戻れると思っていたが、どうも雰囲気が異なるように感じられる。
人の気配が感じられない。
それもその筈だ。
違う施設棟へ入り込んでしまったのだから。
これは度重なる増築の影響であった。

キョロキョロと辺りを見渡すハル。
こういう時に突き進むと碌でもない事になる。
よし、と引き返す事を決めた。

「そこの貴女、少し宜しいかしら?」

その戻る道すがらに、三人組の少女らに声をかけられた。
辺りに人影は見当たらない。

「・・・わたし?」

「貴女以外に誰かいらっしゃるの?」

確かに、と頷く。
だが見ず知らずの少女に声をかけられるなど、思い当たる節はない。
少なくとも今は制服ではなく鎧兜姿なので、他の学園生だとは分からない筈なのだ。
ここに至るまでも、その類の視線は感じる事はなかった。
兜を被っていれば、目立つ長い耳も見えない。
日に良く焼けた少女にしか見えないだろう。
だからこそ気兼ねなく探検をしていた。

「あの噂は本当なのかしら?」

「・・・うわさ?」

首を傾げるハルに苛立ちを隠さずに問い直す。

「・・・聞き方を変えますわ、アルフレド様とお付き合いされている、という平民の女とは貴女の事ですわね?」

ああそういう事か、と一人で腑に落ちる。
この少女と取巻きらしき二人は、態々問い質す為だけに追って来たのだ。

「えーと・・・別に付き合ってないよ?」

それにただの友達だと説明を付け足す。
遠回しな告白に対して、遠回しな言い回しで断っているのだから。

「嘘をお言いなさい!その為にここ王都の学園ではなく、そちらに隣町の学園入学されたのでしょう?!」

それだけではない。
幼少の頃から城を抜け出し、足蹴に隣街へと通っていた。
そりゃ噂にもなるかー、と納得する。

「どこの成り上がりの娘かは知りませんが、身の程というものを少しは弁えたら如何なのかしら!」

「「そうよ、そうよ!」」

それが普通だよねー、と心の中で頷く。
熱い眼差しを向けるアルフレド王子殿下に対して、あっさりと袖にするハル平民を誰も咎めようとしないのだ。
それは教師であったり、同級生達であったり、そして街の人らも生暖かい視線を向けるのだ。
それだけじゃなく、遠巻きに見守る護衛すらそうなのだ。
さも王子殿下を応援するように、手に汗握っている姿をハルは何度か見かけた。

「そうだよね、うん、やっぱりそうだよ」

「ちょっと、聞いていますの?」

目の前の3人組を放置して、ハルは頷き、独りごちる。
そもあの街におけるオリハの、ひいては子供らの位置付けが異様なのだ。
「わたしがおかしいのかな?」と疑った事が間違いではないと知る。

「あっ、うん、聞いてる聞いてる」

「・・・調子が狂いますわね」

「ホントですわ」

「これだから平民はっ」

ハルはアハハと苦笑しながら兜を掻く。

「そうよ?あなた達もわたしは平民なんだから気にすることないよ」

「それはどういう意味かしら?」

「そのまんまだよー、王子殿下のご学友でいられるのも、同じ学園に通ってる間だけなんだし」

アルが思い出を作りたいのであれば、その事柄に異存はない。
どうせいずれは違う道なのだ。

「それにね?わたしはエルフ族だし」

「・・・それが何だと言うのですか?」

如何あっても長さの異なる道なのだ。

「わたしの見た目は変わらないの、あなたがお婆ちゃんになっても」

歩く歩幅が異なるのだ。

「ねえ、考えてみて?あなたなら明日、明後日、お爺ちゃんになる人を好きになれる?・・・わたしにはむりだなー」

そして笑ってみせる。
自分に対して笑ってみせる。
ならこの気持ちは何なのだろうと。

「・・・貴女のお気持ちは分かりました・・・理解されてるようなら結構ですわ」

「「ふんっ」」

そう言い3人は貴族の子女らしく長い髪を掻き揚げ、踵を返して歩いて行く。
そっちはハルの進行方向でもあるのだが、流石に追いかける形になるのは具合が悪い。
笑みを崩してから兜の顔当てを下ろし、ガシャンと音を立てて壁に凭れかかる。

「・・・はぁ」

目を閉じて天を仰ぐ。
兜の中に篭る吐息を苦々しく感じながら。


廊下から出て来た3人の背姿を二つの鎧が見送る。
顔当てを下ろしているので、3人の子女らは誰かまでは分からなかっただろう。

「・・・どうすんの?」

「まあ、家に厳重注意ってところだな・・・全く「英雄の娘」に何を言っているんだか」

背が雑踏に塗れたところで、アルが顔当てを上げる。

「そっちじゃねえよ、馬鹿殿下」

「・・・分かっている、モテない学園代表」

「モテなくはないよ?!オレだって一応「英雄の息子」なんだからな?!」

アルは半まなこで騒ぐオスカーを見る。
その肩書きを利用する気などさらさらない癖に、と。
その立場を利用しようとする男であれば兎も角、行商人という根無し草になると言って憚らない男に、どの女性なら将来性を見出せるというのだろうか。

「何とか言って?!お願いだからっ!」

そんなオスカーより自分の事だ。

「・・・先に食堂で待っていよう」

「そうじゃない、違うの!オレは否定して欲しいの!」

爵位など何とでもなる。
そう思っていた。
だがアルは歩幅の違いなど考えてもいなかった。
変わらないハルの傍らで、先に老いる自分など考えてもいなかった。

「・・・俺では駄目なのか?」

そう溢しながら、追い縋るオスカーを引き連れ廊下を歩いた。
自分の答えすら出ないアルには、どうでも良い問いに答えてやる余裕はなかった。


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